goo blog サービス終了のお知らせ 

神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] ビッグデータ・コネクト

2015-07-15 18:19:41 | SF

『ビッグデータ・コネクト』 藤井太洋 (文春文庫)

 

やってくれました。藤井太洋。こりゃすごい。脱帽だ。

近未来ものかと思いきや、描かれているのは正に現在、今この瞬間。そして、先見性がどうのとか予見的がどうのとかではなく、現時点で問題になっていることをわかりやすく整理してストーリー化している。これは関係者必読。

関係者というのはSFファンだけじゃなくって、コンピュータ、データ処理、IT技術に関わる人すべて。もっと言えば、それらのユーザを含むすべての人。スマホを使い、ATMを使い、電子マネーを使うあなたにも、けしてヒトゴトではない。

露骨に元ネタとして描かれているのは、ゆうちゃん事件こと、パソコン遠隔操作事件。そして、一部で悪名高い武雄市図書館の官民連携システムだ。

パソコン遠隔操作事件では警察の無能サイバー捜査によって冤罪被害者を量産し、杜撰な証拠固めによって、あやうく真犯人を不起訴にするところだった。

そして、武雄市図書館のシステムはTSUTAYAやスタバの併設が好評な反面、情報の流れの不透明さに対する懸念が今でも払拭されていない。

もし、パソコン遠隔操作事件の容疑者が本当に無罪であり、官民連携システムが意図的に作られたセキュリティホールだったら。それをフィクションとして描いたのがこの小説。

さらに特筆すべきは、最大12次にも達するというシステム案件。通称、IT土方とも呼ばれる悲惨なデスマーチの現場がリアルに描かれていること。これもフィクションとして多少の誇張はされているものの、現場を知るものにとっては悲哀あふれる、あるあるネタが満載で、リアル感が半端無い。

さらには無能な警察、人権無視の密室取調べ、デリカシーの無いマスコミ……。物語はフィクションであっても、数々のネタにはすべて元ネタがあり、リアルだ。

本来、ビッグデータとは特定個人の情報を含まない(というか必要としない)大量のデータ(行動履歴、センシングデータ、ネットの書き込みなど)から新たな知見を発見するための手法であったにも関わらず、言葉だけが独り歩きし、バズワードと化して、口先だけのコンサルやマーケッターがほざく意味不明な世迷言に成り下がりつつある。そして、ビッグデータの名の下で行われる情報収集がセキュリティホールとなる懸念は現実のものになりつつある。というか、現実になっている。

ひとりひとりの開発者には悪意は無く、善意からの利便性追求のためであっても、結果的に悪用される危険性は充分に認識しなければならない。

けして危機感を煽るわけではないが、世間の無関心や無理解に多少イラつく昨今である。だからといって、こんな形で命を掛けようとは思わないけれど……。


【追記1】
「ITを知る者だけが書ける21世紀の警察小説」
え、マジで。続編企画あんの!
トラに勝つってすごいな、武岱!!(たぶん違)

【追記1.5】
なるほど、武岱別人説があるのか!

【追記2】
「個人情報のディストピア小説を政府マイナンバー担当者が読んでみた」
おい、お前、自分がディスられてるのがわかってるのか?
それだけ問題点がわかっているならば、ニンマリしてる場合じゃねーだろ!

【追記3】
自分が直接知っているのは3次請まで。それ以上は、それこそこっちが名刺を切らしておりましてと言われる立場だからわからん。デスマーチはせいぜい2ヶ月遅れくらいのもんだろ。特許庁? 俺は知らんよ!

【追記4】
他のひとの感想を巡回してみて、これを「いずれやってくる近未来」としているのが多くてびっくりした。確かに舞台設定は2017年以降かもしれないけれども、これは今、この瞬間に起こっていておかしくないことだよ。けして未来の話じゃない。

 


[SF] エクソダス症候群

2015-07-15 18:10:39 | SF

『エクソダス症候群』 宮内悠介 (創元日本SF叢書)

 

精神とは何か。狂気とは何か。

舞台は惑星間移民時代の火星。機械が少ないがゆえに馬が主要な交通機関というのも面白いが、人が集まるところには医療機関が必要で、精神科も例外ではないというのは盲点だった。

しかし、火星の精神病院は物資不足から先祖がえりともいうべき悲惨な状況になっていた。そのために、過去の野蛮な治療方法が、ただの昔話ではなく、現実的に取り得る選択肢としての実態を持って感じられる。

タイトルの「エクソダス症候群」はここを、火星を脱出したいという衝動に駆られる精神病として設定される。

“ここ”を脱出したいという衝動に、身に覚えは無いか。それがヒトのグレートジャーニーの源かもしれない。というのはSF的くすぐりとしてあるけれども、それ以上に、精神病治療の歴史にまつわる数々が興味深い。

かつての精神病患者は悲惨な状態で監禁され、あまつさえ見世物にされ、瀉血や過度なショック療法という今で考えれば野蛮で残酷な治療を受けさせられていた。

それがロボトミーに代表される外科手術となり、現代の薬漬けと言われる治療法へと変遷していく。そこで強調されるのは、当時はそれらが“科学的”であったということ、そして、現代の治療法も(もちろん、小説中で描かれる未来における治療法であっても)、未来の医学者から見れば野蛮で無意味な治療方法であるかもしれないということである。

さらには、特定の文化においてのみ観測される精神疾患である文化結合症候群が紹介されるにいたり、狂気とは何かということさえ揺らいでいく。対人恐怖症は主に日本人だけが発症するとか、まさかと思ったが事実らしい。

さらには精神科医である主人公の発症と、医師であり患者である牢名主のような存在の登場により、治療するものと治療されるものの境界も揺らいでいく。

狂っているのは自分なのか世界なのか。治療しているのは患者なのか医師なのか。閉じ込められているのは病棟の内側なのか外側なのか。

現実の底が抜け、深みにはまっていくこの感覚はおぞましくも心地よい。

 


[SF] レッド・ライジング

2015-06-22 23:59:59 | SF

『レッド・ライジング─火星の簒奪者』 ピアース・ブラウン (ハヤカワ文庫 SF)

 

これは面白かった。分厚いし、続き物なのにまだ1巻しか出てないけれども、オススメ。

舞台は未来。貴族社会が復活したような階級社会の火星で、最下層の労働者(レッド)に属する主人公が、地下組織の手によって改造(!)され、社会を変えるために成り上がっていく様子が描かれる。

面白いことに、物語の前半と後半はまったく別な雰囲気になっている。

前半は階級世界の悲惨さ、過酷さが描かれる。

階級は色属(カラー!)として表現され、これは明らかに人種差別を意識しているのだろう。また、主人公は若くして結婚するが、これは下層階級の寿命の短さを指しているのだし、それは発展途上国における結婚年齢の低さに通じる。

さらにすごいことに、色属の階級社会を守るために、支配階級のゴールドが行っている政策が生々しい。まさに「弱いものがさらに弱いものを叩く」ことによって、下位層同士が憎しみ合い、分断され、効率的な分業体制という階級社会の大義名分に疑問を抱かないようにさせているのだ。

このような状況下で、社会に疑問を持ちつつも長いものには巻かれながら生きていこうとしていた主人公に訪れる転機。そこで使われた“歌”がいい。この歌はゴールドに対する反逆の象徴となり、さまざまな再解釈のもと、このシリーズ(まだ1冊しか出てないけどな!)の根底に流れるメロディーとなっていく。

そして後半。彼の能力に目をつけた反ゴールド組織は、仮面ライダーのごとく彼を“改造”し、ゴールドの選抜教育施設(いわば、大学?)へ送り込む。

ここで重要なのは、彼は既に伴侶を得、レッドとしていっぱしの稼ぎ頭だったにも関わらず、大人への通過儀礼施設へ送り込まれるところ。すなわち、それがまた格差の表象となっているわけ。

しかし、その教育施設で行われていることがまたすごい。『ハンガーゲーム』や『バトルロワイヤル』に言及されるのは、なるほどこれか。そして、歴史上の英雄と共にたたえられる“ウィッギン”という名前にSFファンは小躍りするだろう。

この授業とも儀式ともゲームともつかない期間において、主人公はゴールドとは何かを知っていくのであるが、その様子は先に言及された先行作品から想像されるとおり。あんなことやこんなことが起こるわけで、これがまたすこぶる面白い。スリリングであり、凄惨であり、時に痛快である。

そして、最終的にゴールドとして認められた彼が取った選択が……、今後のシリーズの展開にわくわくしながら待て次号。

前半において、火星の不条理な階級社会を詳細に描くことにより、主人公の行動原理である怒りを読者が共有すること。これが無かったら、先行作品の焼き直しに過ぎない陳腐なアクション小説になってしまうところだったが、露骨な人種差別や格差問題と、底辺層の分断統治という問題をテーマとして明確にすることによって、単純なエンターテイメント小説から一段上の文学に昇華させようとしている。それが露骨であればあるほど、返ってこの社会の成り立ちやゴールドの真実が興味深くなっていくというのが不思議。

この先、絶対にとんでもないどんでん返しが待ち受けている予感もあり、次巻に大いに期待している。

 


[SF] 薫香のカナピウム

2015-06-09 23:59:59 | SF

『薫香のカナピウム』 上田早夕里 (文藝春秋)

 

『地球の長い午後』を髣髴させる生態系SF、と見せかけて、いろいろ意地悪なテーマを織り込んだ作品。

大人になる直前、なったばかりの若者を主人公に据えたジュブナイルでありながら、出版形態は四六判ソフトカバーなので、少年少女は図書館でしか出会えなさそうなのが惜しい。

実は意図的なミスマッチを狙っている節もあるのだけれど、疑い出せばきりが無い。それぐらい、意地の悪いひねくれたラストが用意されている。

あえてネタバレ全開で語るので未読の方は注意!

 

 

個人的に気になったのは、人工物と自然の対比と、ジェンダー問題。


まずはSF的に馴染み深い、人工物と自然の対比について。

やっぱり、『風の谷のナウシカ』を思い起こさないわけには行かない。もしもナウシカが主人公だったとしたら、彼女はどのような選択をしただろうか。

自分は科学技術に関して楽観的なので、最終的には科学技術がすべてを解決できると信じている。そのため、遺伝子工学や環境工学に対して大きな不安は無いし、ぶっちゃけて言えば、コミック版のナウシカの決断には懐疑的だ。

一方で、この物語において問題とされているのは、実のところ、自然か(無軌道な)工学かという対比の問題ではなく、知性や意識の問題ではないかと思った。

主人公のアイルたちが島を脱出するのは、進みすぎた工学的ハザードのせいでも、遺伝子改変への恐怖でもなく、自分たちが自分らしく生きるためにという、意志や意識の問題であったのだと。

もしも、文字通り森と共生して生きる融化子が知性を保てる存在であったならば、そして、巨人たちが最初から真実を語っていたのならば、彼らの決断は変わったのだろうか、それとも、変わらなかったのだろうか。

融化子が知性をそのまま保てるならば、森に生きるために特化した存在として生きることは積極的に選ぶことのできる選択肢だったのではないかと思う。


もうひとつの問題はさらに複雑だ。

物語中にはジェンダーの固定化が肯定的に語られる部分がある。力の強いものが戦い、弱いものが機を織る。ただし、巨人たちのテクノロジーによって、この世界で卵を得るのは定住者の性ではなく、巡回者の性である。

回りくどく書いたけれども、これが最後の意地悪な罠。主人公は明らかに定住者である少女で、巡回者の少年と出会い、家庭を持とうとするわけだが……。

ウェブの感想を読んでみると、この部分に言及している読者が少ない。ネタバレを気にしているのか、それとも、まさか気付いてないのか。

はっきり言うと、ジェンダー問題の解決には男女の性別を入れ替えて固定するのではなく、流動的になるべきだ。すなわち、“政治的に正しい性的役割分担”とは、どちらの姓でも卵を得ることができたり、巡りに参加できたりすることではないだろうか。

あるいは、敢て固定化された性を肯定的に論じたうえで、最終的にその立場を逆転させることによって、読者の固定観念を明らかに(あえて糾弾とは言わないけれども)しようということなのか。

いずれにしろ、この部分はもっと論議を呼ぶべきなんじゃないかと思った。


で、七面倒くさい裏の議論をさておけば、生命の濃厚な匂いに満ちた、良質なジュブナイルSFである。ので、中学校や高校の図書室なんかにはガンガン入れて欲しい小説だった。

 


[SF] 凍りついた空

2015-06-02 23:59:59 | SF

『凍りついた空 エウロパ2113』 ジェフ・カールソン (創元SF文庫)

 

木星の衛星、エウロパを舞台にしたファーストコンタクト小説。

いきなり冒頭から主人公は絶体絶命。おまけに、片方の眼球はつぶされ、頭蓋骨は割れ、手足もまともに動かないのをパワードスーツで無理矢理動かすというかなりグロい状況。

しかも、この主人公は何度治癒して復活しても、また傷だらけにされるという繰り返しで、著者はどんだけサドなのかと。

物語としては、エウロパで発見された生命体はどれだけ知性があるのか、どうやってコミュニケーションしたらいいのかといったことを、遠く離れた地球の外交戦略に左右されながらも現場の科学者たちが苦心するといった内容。

エウロパは木星の潮汐力による摩擦熱で内部が暖かく、海があるかもしれないといわれており、もっとも地球外生命体の存在する可能性が高いとまで言われている星である。そういう環境でどのような生命体が、どのような生態で存在しうるのかという想像は面白いのだけれど、その方面は……。

たとえば、エウロパ人の形体や生態にどのような必然性があるかなどは余り考慮されていないようだ。

彼らにとっての一番の問題は、エウロパ人が知的生命体なのかどうかということ。だからと言って、知性とは何かというテーマが掘り下げられることも無く、クジラ類に対する感情的な議論と同じレベル。

どちらかというと、ファーストコンタクトに対する科学者たちの大変さと、当初の問題が最終的な一発逆転の素になるというストーリー展開の楽しさが売り。

 


[SF] 母になる、石の礫で

2015-05-12 23:59:59 | SF

『母になる、石の礫で』 倉田タカシ (ハヤカワ・SF・シリーズ Jコレクション)

 

『NOVA』での縦横無尽に繋がったタイポグラフィ小説や、月面大喜利小説でおなじみの倉田タカシが、なんとハヤカワSFコンテストに応募した作品。例の柴田勝家に負けて大賞を逃したものの、予想以上に本格SFでびっくりした。こういうのも朱に交われば赤くなるというのだろうか。

3DプリンタというのはSFネタの“なんでもつくっちゃう機械”(たとえば、『ダイヤモンド・エイジ』のマター・コンパイラ)が現実化した夢の機械なのだけれど、さらに“それ”が3Dプリンタの発展系として小説に書かれてしまうという、現実とSFネタのフィードバックも面白いところ。遂に現実はここまで来たんだなと。

さて、この小説では“それ”は母と呼ばれる。括弧書きも何も付かない普通名詞としての母なので、冒頭でちょっと混乱する。舞台は倫理規定に縛られることを嫌って母星を飛び出したマッドサイエンティストたちのコロニーで、主人公は人工子宮から生まれたために母といえばこの母しか知らない。

母は生活物資や食料だけでなく、人工臓器や新しい手足などの生体部品も出力する。これにより、人体改造すら容易である。その延長には、母によってゼロから生み出されたヒトが明示される。つまり、母は完全なる母に成り得る存在なのだ。

この特殊な境遇で育ち、母の概念が異なる主人公の一人称で語られるがゆえに、母とは何かというテーマが強烈な違和感によって際立ってくる反面、設定を理解するまでは混乱して意味が取りづらい。この点は評価が分かれそうな感じ。

物語はマッドサイエンティストと、母の出力した人工子宮から生まれた2世、母から直接生まれた3世との間の確執に、母星からの干渉や太陽系外進出計画、さらには、ネットワーク化された集合意識といったネタが絡んでごちゃごちゃしながら、主人公たちが生き残るための戦いが描かれる。

でもやっぱり、母って“産む機械”としての属性だけじゃないよねと思わせておいて、終盤には「母になってよ」という台詞、そして、「母をする」という表現が出てきて、母の概念は補完されていく。

母とは何か、ヒトとは何かを突き詰めていった先には、いったい何が待つのか。それは確固たる核ではなく、無限の発散なのかもしれない。ああ、そうか、これは「母大喜利小説」なのか!

 

ところで、倉田タカシの肩書きは今でも「ネタもコードも書く絵描き」なんだろうか……。

 


[SF] 深海大戦 漸深層編

2015-05-07 23:59:59 | SF

『深海大戦 Abyssal Wars 漸深層編』 藤崎慎吾 (角川書店)

 

ヒト型格闘ロボットの存在意義を海中に見出した熱血海洋ロボットSF、『深海大戦 中層編』の続編。というか、話が終わっていない。そもそも三部作なのか四部作なのか。

前作の中層編では謎の深海生物リヴァイアサンや、敵役の〈ダゴン〉との戦いが繰り広げられたが、今回の獲物はただの潜水艦と、燃え成分は若干抑え目。それでも、最後の戦闘シーンでは、またもやのヒーローアニメ的展開が待ち受けているのであった。

今回はシリーズを通してのストーリーの骨格が見え始めた感じ。ミクロネシアに伝わる伝説と深海底に現れた海の中の湖の謎。秘密の洞窟に祭られている浮遊する岩。そして、ネットで流行し始めた不思議なシミュレーションゲーム。これらがひとつに繋がることを暗示して次巻へ続く。

ただ、今作の展開では、超自然的な要素が多すぎて、ちょっと残念だった。この著者であれば、深海研究の最新知見や面白ネタを盛り込んでくることを期待するのだけれど、見慣れない深海生物やポンペイ語の単語を並べるだけで、あまりネタ的に面白いものは見当たらなかった。

一方で、憑依や幻覚、予知夢といった超自然的な部分がクローズアップされ、それが無ければ物語が成立しなくなってしまっている。このあたりにどういう説明をつけるのか、あるいはつけないのかが今後の展開で気になる部分。やっぱり重力波とか?

アニメ化決定ということだけれど、もともとはアニメ化の企画は無かったのか。ロボットアニメの意図的なパロディに見えるぐらいの類型的な展開は、果たしてアニメ化された暁にはどのような評価がされるのかもちょっと気になる。


[SF] 世界受容

2015-05-06 23:59:59 | SF

『世界受容』 ジェフ・ヴァンダミア (ハヤカワ文庫 NV)

 

《サザーン・リーチ》三部作の完結篇。

ストルガツキーやレム、J.G.バラードらの諸作に比較されるが、確かに断片的にはそれらを彷彿させる展開だった。しかし、やっぱりこの小説の面白さはSF的よりもホラー的なのではないかと思った。

第1作の『全滅領域』では、何も知らされずに〈エリアX〉の調査へ赴かされた第12次調査隊の隊員〈生物学者〉の視点で〈エリアX〉の謎が語られる。

第2作の『監視機構』では、やはり知識の無い新局長である〈コントロール〉の視点で、〈エリアX〉の外側からその謎に迫り、逆に〈エリアX〉を管理する機関である〈サザーン・リーチ〉の謎に飲み込まれていく。ここでも謎は広がるばかり。

第3作では前作の主人公たちに加え、〈エリアX〉内部に存在する灯台の〈燈台守〉と、前局長=第12次調査隊の〈心理学者〉の視点で過去が、すべての発端が語られる。そして、オリジナルの〈生物学者〉のその後や、〈生物学者〉のコピーである〈ゴースト・バード〉と〈コントロール〉が〈エリアX〉へ再潜入してからの顛末が語られる。

結局のところ、〈エリアX〉の正体はほのめかされるだけであるし、〈地形異常〉の果てに消えた〈コントロール〉の行方も、副局長と共に外へ向かった〈ゴーストバード〉の運命も、拡大を始めた〈エリアX〉の外側の世界がどうなっているのかも、まったくわからないまま物語は終結する。すなわち、物語の主眼はそこには無い。

〈エリアX〉は目的も理由も原理も説明されないまま、謎は謎のまま。明らかにされるのは、〈エリアX〉出現の経緯と、故郷に対する前局長の想いだけだ。

リアルに異質な〈エリアX〉の生態系と、その怪異に直面した人々の反応(それをニューウェーブ的にインナースペースと呼ぶべきかどうかはわからない)は、それはそれで面白いし、謎めいた前局長の行動の動機が明らかになる過程はある意味で謎解きのカタルシスを与えてくれる。しかし、それでは〈エリアX〉がただの書き割りに過ぎず、あまりにももったいない。

〈エリアX〉の正体や世界の結末が謎のままに残されてしまったことで、消化不良のもやもや感がどうしても大きく残る。これではまるで、怪異の原因が明らかにされない不条理なホラー小説のフォーマットと変わらないではないか。

で、結局、タイトルの『世界受容(ACCEPTANCE)』は誰が何を受容したんだろうか。

 


[SF] 監視機構

2015-04-20 23:59:59 | SF

『監視機構』 ジェフ・ヴァンダミア (ハヤカワ文庫 NV)

 

《サザーン・リーチ》三部作の二作目。いまだ〈エリアX〉の全貌は掴めず。

『SFが読みたい!』にランキングされ、Web本の雑誌でもSFとして紹介されていたけれども、これはフォーマット的には完全にホラー小説。第1部の『全滅領域』は構成上あのような形にならざるを得なかったんだろうけれども、第2部になっても基本的には変わらず。

何が起きているのかは主人公の主観的にしか語られず、思わせぶりな謎だけが提示され続ける。読者は、新局長となって赴任した主人公である〈コントロール〉とともに、〈エリアX〉に対する最前線基地である〈サザーン・リーチ〉の謎を紐解いていくことになる。

前局長の正体が未帰還の〈心理学者〉であるという愕然とする事実が簡単に明らかになるものの、その先の究明は遅々として進まず。もうひとつの重大事項である〈心理学者〉と〈燈台守〉の関係が明らかになるのは終盤。かといって、中だるみなわけではなく、主眼は〈コントロール〉と〈サザーン・リーチ〉が巻き込まれたスパイ合戦じみた権力闘争。

この側面もまた、〈エリアX〉に負けず劣らずの魑魅魍魎が跋扈する謎領域なのだけれど、主人公の〈母親〉とやらが絡んでさらにカオスに。当初、この〈母親〉というのは何かのコードネームかと思っていたのだけれど、どんどん本物の母親だということがわかってきて、これまたホラーっぽい感じに。子供の職業にまで過干渉し、手駒に使う凄腕スパイの母親って、どう考えたってホラーネタでしょう。

最後には遂に帰還した前局長と共に〈エリアX〉の侵攻が始まるわけだけれども、主人公は〈生物学者〉を追って逃亡してしまうため、最終的に何が起こったのかはわからず。

ついに邂逅した〈生物学者〉とともに〈エリアX〉に飛び込んだ〈コントロール〉の運命はいかに……。といういかにもな終わり方で次巻へ続く。

第3部はSF的な広がりのある結末を期待したいのだけれど、果たしてどうなるか。

 


[SF] 全滅領域

2015-04-09 23:59:59 | SF

『全滅領域』 ジェフ・ヴァンダミア (ハヤカワ文庫 NV)

 

《サザン・リーチ》三部作の一作目。

ストルガツキーでバラードで、主観記録なので真偽不明というところまで先に知っていたので身構えすぎたのか、特に引っかかるところ無く読んでしまった。

《エリアX》の謎については、おいおい明らかにされるのだろうと思って、そこに興味を持たなかったというのが良かったのか、悪かったのか。

意味わからないのは当たり前。回答は無いというのがわかっていて読むのは楽だが、あまり面白みも無い。後でいろいろひっくり返されるのがわかっていると、大胆な仮説も立てる気がしないわけで。

あとはここからどの方向に転がっていくのかだが。この手の、理不尽ホラー系は解決篇が陳腐なことが多くてガッカリすることが多いのだけれど、これはそれなりに評判がいいようなので期待したい。