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神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] リライブ

2015-04-06 23:59:59 | SF

『リライブ』 法条遥 (ハヤカワ文庫 JA)

 

『リライト』に始まる4部作の完結篇。超絶バカSFだった第1作に対して、2作目以降は、結果的に、ただの蛇足と言い訳。

途中までは時系列(というか、因果関係)が無矛盾であることを追って、パズル的な楽しみができたのだけれど、そればっかり続くと、そろそろ飽きてきたので、さいごは流した。はいはい、それで合ってます。

“「あったこと」を「なかったこと」にはできない”って言うけれども、実はそれは小説の内容でしたっていう、ある意味万能なメタネタを最初にやってるくせに、今さら何を。

今回はヤスヒコの手紙という体裁なので、全篇にわたる種明かしという位置付けが強く、これまで不明だった、“そこまでして何をしたかったのか”という動機が語られるわけだけれども、せっかくの種明かしが、あからさまに同情を誘う物語りなくせに、手紙という体裁のためか内容が薄すぎて感情移入しづらい。

結局、奇想天外なマジックに対しては、わざわざ種明かしなんていらなかったんだとしか言いようが無い。

そういうわけなので、未読の人は『リライト』だけ読んで馬鹿笑いするのがオススメ。2巻以降の存在は無視するべし。

 


[SF] 有頂天家族 二代目の帰朝

2015-04-02 22:38:19 | SF

『有頂天家族 二代目の帰朝』 森見登美彦 (幻冬舎)

 

森見登美彦10周年記念祭りが肩透しになってから1年。やっと、『有頂天家族』の続編が出版された。実に7年ぶりとは信じられないが、毛玉たちとのうれしい再開である。

サブタイトルに『二代目の帰朝』とあり、矢一郎を始めとする4兄弟は京都に住んでいるのに、いったいどこに帰るのか……。と思いきや、なんと二代目とは赤玉先生の息子であった!

加えて、夷川早雲の長男、金閣銀閣の兄、呉一郎も初登場。こちらももう一人の二代目の帰朝とも言えよう。

そんなこんなで、新キャラも加え、長閑なのか騒然なのか、阿呆の血が騒ぐ物語が繰り広げられる。

『夜は短し歩けよ乙女』で登場した3階建ての叡山電車や、『聖なる怠け者の冒険』のぽんぽこ仮面まで登場し、森見ワールドは京都を飛び出し、琵琶湖のほとりや四国までも飲み込み、さらには遠くイギリスまで手を伸ばす。

長兄、矢一郎はもちろん、次兄、矢二郎にもロマンスの香り。そして、矢三郎の元・許嫁の海星が姿をひた隠しにする理由も判明。父、総一郎と母の馴れ初めなんてものも描かれ、嬉れし恥ずかしの狸たち。

さらには、弁天をめぐる赤玉先生と二代目の三角関係、薬師坊の座をめぐる弁天と二代目のライバル関係が狸界だけでなく、狸鍋の金曜倶楽部をも巻き込んでの大展開。この続きは第3部完結編を待てとは殺生な。

こんなに阿呆でいながら、ここまでハラハラドキドキの大逆転な展開で泣かせるのだから、森見登美彦という作家は侮れない。作家生活10周年記念を飾る最後の作品『夜行』も待ち遠しい。

とにかく、淀川教授のごとく、狸愛が止まらなくなる小説だった。

北海道という最果ての地で育ち、東京というあずまびとが集う地に暮らす我が身にとって、天狗や狸の住む京都はまさに異界。しかし、去年、糺の森まで行ってきたときはあいにくの雨で、狸たちはどこに隠れたのか、出会うことはできなかったのであった。残念。

 


[SF] 完璧な夏の日

2015-04-02 22:17:14 | SF

『完璧な夏の日』 ラヴィ・ティドハー (創元SF文庫)

 

最近、アメリカでリブートが続いているヒーロー物のイギリス的解釈による再構築。もしくは(解説によれば)ユダヤ的解釈なのかもしれない。

青タイツや壁に張り付く能力などもちらっと出てきたり、というか、もっとすごい人もジャーナリストとして登場したりするのだけれど、基本的にマーベルもDCも関係ないオリジナルストーリー。

映画の『ウォッチメン』に近いとのことだけれど、たしかに陰鬱とした雰囲気は、その他の陽気なヒーロー像とは一線を画しており、近しいものを感じる。

超人的能力はある特定の装置によって発信された波動によって遺伝子が変化することにより発現したものであり、能力者は全世界に平等に現れ、時節柄、第二次世界大戦の影の主力として活躍していく。アメリカでは派手なヒーローとして、イギリスでは007のようなスパイとして、ドイツでは……、ソ連では……。

そして、彼らは老化が抑えられているため、ベトナム戦争や湾岸戦争にいたるまで、戦争の影に存在し続ける。しかし、その中で、彼らは次第に精神的に疲弊していく、という設定が興味深い。

しかしながら、この物語の主軸は、霧を操る能力者であるフォッグを中心とした愛の物語である。というと、ネタバレになってしまうのか。あと、BL成分も多目。

彼らの行動理由の多くが愛や友情であったり、肉体的には不老であっても精神的には疲弊していくという描写が、能力者も人間に過ぎないことを強調し、その上で、過去から現代に至る戦争の閉塞感を表しているように思える。

ただ、この小説の体裁がどうにも納得いかない。

現在におけるある事件の発生により、隠遁していたフォッグが呼び出され、英国能力者のリーダーであるオールドマンに事情聴取を受ける設定で始まり、それに伴い、過去の回想シーンが語られるわけだが、これがフォッグの回想シーンではなく、「われわれ」という視点からの三人称で語られていく。しかも、その回想シーンも時系列的にぐちゃぐちゃで、これまでに登場していない人物が、なんの紹介も無く増えたりするので、意図的に読者を混乱させようとしているとしか思えないのだけれど、この理由が見えない。

もちろん、解説を読んでも、納得できていない。どうして、「われわれ」でなければならなかったのだろうか。

あと、読み落としているのか、読んでいる途中に寝ぼけていたのか、パリでの出来事の続きとか、フォーマフト裁判の結末とか、いろいろ書かれていないエピソードが多いような気がする。

結局、すべては「愛のため」で終わるのは美しいのだけれど、いろいろ納得できないことが多すぎて、どうにも評価できない。

あー、絶賛してる人が口々にオヴリヴィオン、オヴリヴィオンって言ってるのも、そうか腐か、としか思えないんだけれど……。

 


[SF] サムライ・ポテト

2015-03-23 23:59:59 | SF

『サムライ・ポテト』 片瀬二郎 (河出書房新社 NOVAコレクション)

 

著者の片瀬二郎は2001年にENIXエンターティンメントホラー大賞を受賞しながら、10年間沈黙していたという。それが創元SF短編賞で大森望の目に留まり、再デビュー。その後、『NOVA』後半の常連となり、ついに《NOVAコレクション》から単行本発行にいたる。

表題作「サムライ・ポテト」の初出は大森望責任編集の『NOVA』シリーズだが、シリーズ中、1、2を争う傑作だった。夕暮れの電車内で電池切れ警告音が響くラストシーンは、何度読んでも涙を誘う。

この人の作品は、アイディアは目新しくないものの、その料理方法は独特で、当初の読みとは予想も付かない方向に、突然転がり出す処が面白い。しかも、それでいながら、その転がり方は、自分が昔に考えたようなシナリオと比較的重なっていて、まるで他人のような感じがしない。

『SFが読みたい!』でもベスト10にランクインしているくらい好評なので、まさか再び沈黙してしまうことはないと思うのだけれど、今後が気になる作家の一人である。

 


「サムライ・ポテト」
商店街の店頭で接客するキャラクターロボットが意識を持ってしまったら。それを気付かせてくれたのは児童虐待が疑われる少年の姿だったが、そこから物語は予想外の方向へ。意識とは何かを考えさせられる問題作。

「00:00:01pm」
こちらも『NOVA』初出。よくある時間静止ネタで、主人公が世界に絶望し、そこから復活していく様子が物語の核なのだけれど、その過程で登場する狂女の存在が、ある意味怖すぎる。

「三人の魔女」
これまた良くある仮想現実ネタなのだけれど、途中までの世界を疑う展開から、なぜこの世界が作られたのかが明らかになる結末のアンバランスさがおもしろい。そんな理由で、というのは、必ずしも陳腐な結末を意味するわけではない。

「三津谷くんのマークX」
イスラム国が猛威を振るっている昨今、現実感を増していく物語。誰もが使えるオープンソースとテロの結びつきは藤井太洋も指摘しているとおり。その魔法のような技術の紡ぎ手としての葛藤よりも、相手に一泡吹かせてやりたいという気持ちが前に出ていて痛快だけれど、それでいいのかという気も。

「コメット号漂流記」
これも序盤で仮想現実を疑ったが、スペースコロニーの話。攻撃を受けたスペースコロニーから剥がれ落ちたコンビニでサバイバルする話と思いきや、壮絶な戦闘が始まり、爽やかに見えても世界が終わる予兆で終わる。女子高生の素直な感情が理不尽な世界をぶち壊す様に喝采を送りたい。

 


[SF] SFマガジン2015年4月号

2015-03-23 21:46:34 | SF

『SFマガジン2015年4月号』

 

隔月刊になってから実質1回目の出版。

cakesでの週刊S-Fマガジンは読むのを忘れて無料期間を過ぎてしまうので、紙の媒体も捨て難い。いや、週150円でいつでも読めるんだけどさ。この当たりの心理的敷居の高さは、慣れなのだろうけれども、如何ともし難い。

ハヤカワSF文庫の2000番到達記念特集として、ハヤカワSF文庫総解説PART1[1~500]と題して、500番までの総解説が掲載されている。Twitter上で担当者を探したりと、出版前から苦労が見える特集記事だ。暇なときにパラパラとめくるために永久保存版。

逆に言うと、まだ全部に目を通してないです。細かく読むと、すごいことがいろいろ書いてあるらしいが、今はネットで流れてくるそれらの二次情報だけでも充分おもしろい。そのうち暇になったらちびちび読んでいこう。

ちょっと気になったのが、各巻の表紙をコラージュしたページに抜けがあること。早川に在庫が無いなら、アマゾンのマーケットプレイスでもどこでも入手できそうなものなんだけれど。と思ったら、これは《ターザン》の未刊行作品分らしい。いつの日か刊行されるときが来るんだろうか。そういう俺も、ターザンなんて、一冊も読んでない。

 


「ガニメデ守備隊」 谷甲州
読みきり扱いなのだけど、連載だよね。毎回書いているけど、これだけだと何のことやら。

「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」 田中啓文 《TSUBURAYA×HAYAKAWA UNIVERSE》
くすくす笑いが止まらないネタ満載。夕陽パノラマとか、大伴某とか。そうかそうか、田中啓文は2代目だったのか。まさかとは思ったけど、ケイブンシャの正式表記を調べてしまったよ。

「長城〈後篇〉」 小田雅久仁
やっぱり〈前篇〉だけの短編でよかった気がする。どんどんディープなインナースペースに突き進んでいくのが、ただのオカルトにしか読めなくなった。

「良い狩りを」 ケン・リュウ/古沢嘉通訳
これは度肝を抜かれた結末。ケン・リュウは叙情的ファンタジーしか書かないと思っていたのに、これはびっくり。いきなりのオールタイムベスト級だった。魔法と妖術の衰退と、新たな魔法としての蒸気機関なんて説明は蛇足すぎる。


神林長平と円城塔のこれまでの連載はちょうど佳境なんだろうけど、2ヶ月空くとさすがに厳しい。特に、神林のも円城のもややこしい話なので、記憶が・・・・・・。

新しい方の連載も、冲方丁のはせっかくの感情の高まりが冷やされてしまうので隔月刊は悪影響だと思う。川端裕人のはまだなんとか付いていけそう。

 


[SF] SFマガジン2015年2月号

2015-03-23 21:38:08 | SF

『SFマガジン2015年2月号』

 

創刊55周年記念号というわりに、特別な記事は無かったような気が。隔月刊刊行に移行した一発目でもあるが、先月号が出ているので、実際に2か月空くのは次号の4月号からだし、いまいち実感が無く。

特集記事の「PSYCHO-PASS サイコパス2」も映画の宣伝レベルで終わり。まがりなりにも文芸誌としては、もっと突っ込んだ記事が欲しかったかもと思いつつ、映画を見に行けていないので、ネタバレされてもという気も。

サイコパス2のテーマは "What's color?" なのだけれど、横山えいじ『おまかせ!レスキュー』の巻頭カラーネタがいい感じでかぶっていておもしろかった。鹿矛囲が「お前の色は何色だ?」と問いかけるシーンで、「白黒」って表示を出して欲しい(笑)

それよりも、この号は、冲方丁『マルドゥック・アノニマス』の連載がついに開始された号として記録されることになるだろう。新カトル・カールともいうべきクインテットの出現と、新しい仲間の登場、そして、あっさり退場とか、厳しすぎる。『ベロシティ』を超える壮絶な戦いが待ち受けるであろうことが予感され、喜ぶべきか、おののくべきか。

そもそも、ウフコックの死が描かれることは予告済みで、プロローグもガス室の描写から始まるのだからネタバレも糞も無いわけだが、やはり、愛すべきキャラクターとの別離がカウントダウンされ始めるのは心が痛い。

川端裕人『青い海の宇宙港』も連載開始。これ、まだ初回だけれど、これ絶対おもしろいやつだよ。王道の少年×冒険×科学文学。

円城塔『エピローグ』は、世界の大きな構成が見えてくる感じだけれど、あまりに支離滅裂すぎて、詳細がどうなっているのかよくわからない。『NOVA+』の短編「Φ(ファイ)」も、もしかしたら関係あるかもしれない。

 


「製造人間は頭が固い "The Institutional Man"」 上遠野浩平
SFマガジン初登場ながら、まさかの統和機構ネタ。しかも、強化人間の出自をめぐるキーとなる小道具もあり、なぜこれがSFマガジンに載ったのかをいろいろと邪推してしまう。

「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」 ケン・リュウ/古沢嘉通訳
なんだか合わなかった。仮想空間ならではの時間の流れの速さをうまく使っているのとは思うのだけれど。

「影が来る」 三津田信三 《TSUBURAYA×HAYAKAWA UNIVERSE》
著者も言うように、ウルトラQというよりは怪奇大作戦とか、トワイライト・ゾーンネタ。そういえば、新聞記者って探偵と並んでこの手のミステリで主人公になることが多かったのだけれど、昨今のマスゴミ的な風潮からか、主人公が新聞記者というだけで昭和レトロを感じてしまう。

「長城〈中篇〉」 小田雅久仁
前篇だけで完結でもよかった気がするのだが、さらに連載は続く。この世界の論理的説明はつけられるのか、それとも、不条理な幻想で終わってしまうのか、雰囲気は嫌いじゃないだけに、結末のつけ方に期待したい。

- 「PSYCHO-PASS GENESIS(予告篇)」 吉上 亮
あまりに予告篇すぎて、拍子抜け。

「と、ある日の兄と弟」 宮崎夏次系
最近、時々掲載されるコミック枠。なんで主人公は、親ではなく、兄だったんだろう。

 


[SF] ラブスター博士の最後の発見

2015-03-02 23:59:59 | SF

『ラブスター博士の最後の発見』 アンドリ・S・マグナソン (創元SF文庫)

 

あらすじを読んで見送りにしようかと思っていたけど、書評で評判がいいので購入。しかし、その内容は表紙や紹介文から想像されるようなさわやかなラブストーリーではなかった。

体裁的にはスラップスティックなドタバタコメディ。そこで描かれているテーマは、マーケティング(ステマを含む)による世界支配と、その愚かしさではないかと思う。

広告や宣伝が世界を支配するというテーマはSF小説にかぎらず、都市伝説でもよく知られたテーマだ。これは、そのテーマを寓話的に推し進めた世界での物語。

この物語がラブストーリーであるのは確かなのだけれど、あまりにひねくれすぎているので、まともなラブストーリーを期待する人には到底オススメできない。

読み終わった後で考えてみると、誰かさんの計算ミスで世界はズタズタになってしまうわけだけれども、ラブスター博士による「インラブ」の計算が間違っているとはどこにも書かれていない。シグリッドの相手がインドリディにならなかったのは計算間違いなどではなく、意図的な犯罪の結果だったわけだし。つまり、真実の愛は計算できないなんて、どこにも書かれていやしない。

だからこそ、自由意志なんて存在しないということを逆説的に強調してしまっている。人間の嗜好は計算しつくされ、それがために、人間の行動はメディア(明示的な広告やステルスマーケティング的な情報)によって簡単に操作できる。

博士は愛と死を計算し尽くして、最後には祈りや神の存在までも計算し出すわけだけれども、それだって、間違っていたとはかかれていない。そこにはちゃんと神がいたのだという解釈で正しいんじゃないか。そして、自分自身を計算しなかったことが皮肉な悲劇であると。

おもしろいのは、この物語は比較的最近に書かれたのにもかかわらず、舞台は過去のレトロフューチャーっぽいこと。

これは物語の寓話的性格をより強調しているだけでなく、かつての計算機万能な未来予測ってこんな感じだったよねという懐古的な意図もあるんじゃないか。さらに、そこで扱われていたメディアへの警鐘は、困ったことに今でも有効だよねと。

そして、こんな奇妙な万人受けしない作品を、真実の愛を説く優しいラブストーリーとして売ろうとする商業的書評はまさにマーケティング的ねじ曲げそのもの。

書評家のM氏は本当に最後まで読んだのかよ。

 


[SF] 紅の凶星

2015-02-19 23:59:59 | SF

『紅の凶星 グイン・サーガ135』 五代ゆう (ハヤカワ文庫 JA)

 

五代版グインのヤガ篇&パロ篇続き。

ヤガ篇は敵の正体がだんだん暴かれてきて、イェライシャも付いてることだし、なんとかなりそう。

新キャラのアッシャは宵野版のアウロラとともに、新生グインのキーキャラクタになっていくんですかね。

それはさておき、パロ篇の怒涛の展開が予想外すぎて、いったいどこまで行くのやら。

そういえば、レムスは「第三次パロ神聖王国の中興の祖となる聖王レムス」なわけで、そろそろ復活して逆転ヒーローになるという目もあるのか。そういった意味では、この衝撃的な展開と再三の大混乱はレムス再登場への伏線になりえるのかな。

それに輪をかけて、あとがきになにやら不穏な様相が・・・・・・。まさか、グインという物語はあまりに物語の力が強すぎて、ノスフェラスのグル・ヌーのごとく、著者を蝕んでいくのではないだろうな。

 

 


[SF] MORSE

2015-02-17 23:59:59 | SF

『MORSE(上下)』 ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト (ハヤカワ文庫 NV)

 

古本積読消化。というか、捨ててもいいかと旅行先(ボリビア)に持って行ったもの。ところが、これが予想外に面白くて、帰りの飛行機の中で読みふけってしまった。

端的に言ってしまえば、吸血鬼もの。北欧が舞台で、ルービックキューブなんて出てくるのでずいぶん昔の話かと思えば、出版は2004年。その後、スウェーデンで映画化され、アメリカでリメイク。

このアメリカ版の映画のタイトルが日本語タイトルに使われているが、スウェーデン版が各賞受賞の名作であるのに対し、アメリカ版は換骨奪胎された駄作らしい。さすが、アメリカ。

この作品では、描かれている吸血鬼像としては珍しくないものの、吸血鬼を取り巻く人々の物語それぞれが物悲しくて心に刺さる。

主人公のオスカルはいじめられっ子だし、最初の加害者であるホーカンはロリコン犯罪者だし、貧乏なアル中とレジ打ち中年カップルに、犯罪者一家の末っ子……。いわば、社会的弱者たちが惹きつけられるようにヴァンパイヤであるエリのもとへ呼び寄せられていく。まるで、すべての不幸の元凶が彼女であるかのように。

実際に、エリはそのような心に弱点を持つ人間を利用しようとしていたのだけれど、オスカルにだけは心を開き、友達になろうとし、正体を見せる。

「私は女の子じゃないよ」という言葉の裏の意味が分かったときに愕然とするが、それがまた、物語全体をひっくり返して悲しくさせる。

少年が旅立つラストシーンは、はたしてハッピーエンドなのか、あるいは、悲劇の再生産の始まりなのか。

少年は少女に出会い、世界の真実を知ってちょっとだけ成長する。そういった王道の物語でありながら、まるで正反対の悲劇を読んだような不思議な読後感があった。

 


[SF] vN

2015-02-02 23:59:59 | SF

『vN』 マデリン・アシュビー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

タイトルの『vN』はフォン・ノイマンを示しているというのはすぐにわかった。しかし、ノイマンというと、ノイマン型コンピュータのイメージが強くって、vNはノイマン型じゃないだろと思って読んでいたのだけれど、自己複製するフォン・ノイマン・マシンから来てるのか。これは失敬。

主人公のvNの名前はエイミーで、これも明らかに『銀色の恋人』の著者であるエイミー・トムソンから。そのほか、訳者あとがきにも言及されているけれど、『ブレード・ランナー』=『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』や、その他のSF映画、ドラマ、果ては、日本のアニメに至るまでさまざまなオマージュがちりばめられている。

そうかといって、その部分は小ネタに過ぎず、本質的には祖母-母-娘の物語であり、ボーイ・ミーツ・ガールな恋愛物語である。

アンドロイドとは、とか、知性/知能とはという問題よりも、もっと普遍的な家族や子供(もしくは複製)の問題をテーマに描かれているような気がする。

そういうテーマについて論ずるには、論理的に頭の中を整理できていないので、ただの印象に過ぎないのだけれど、表面的なおたく的ネタの氾濫と、その奥に含まれるテーマのギャップはなかなか面白いと思った。

個人的に一番ツボったのは、エイミーに捕食されることによってエイミーの中で意識を再構築した祖母のポーシャに対して、悪魔祓いの台詞(映画『エクソシスト』)や、多重人格のカウンセリング的な台詞が投げかけられるところ。

コンピュータウィルスも、あれは感染なんじゃなくって悪魔憑きなのかもよ。あと、マルチユーザは多重人格ね。

エイミーの、というか、かの一族におけるフェイルセーフ(vNにおけるロボット三原則的な)の捻じ曲がり方については、結局のところ、唯一正しい“倫理”は存在しないという、しごく当たり前のことを言っているに過ぎないとは思うのだけれど、あれだけショッキングに見せられると衝撃的ではある。

昨今の、「ひとを殺してみたかった」という動機の殺人が衝撃的であることにも関係してくると思うんだけれど、深入りせずにこれにておしまい。