名古屋でお世話になった[ジェイルハウス]神谷始さんに関するエピソードは、
このラジオにまつわる想い出話の最後に書かせていただくつもりだったのですが。
元・Kittyの岩瀬貞行さんより、
神谷さんの訃報を知らされ、衝撃を受けました 

岩瀬さんに教えていただいた神谷さんと親交の深かった方たちからの
Xやブログ等のコメントを拝読すると・・・
神谷始さんは、70年代、OHM・・(オーム)というロックバンドのドラムス担当として
名古屋を中心に活躍なさっていたとのこと。
そのバンドはやがてファイヤーと名を改め、メジャーデビューを果たしたものの、
しばらくして彼はドラマーを引退。
その後、名古屋の[ジェイルハウス]に入社し、
ライブやコンサートのプロモーターをなさっていたそうです。
そういえば、はじめてお目にかかったときいただいた名刺には、
[ジェイルハウス]と社名が入っており、ちょっと不思議に思った記憶が・・・
おそらく、私が所属していたKittyと提携していたのでしょう。
私がラジオ番組収録のため隔週で名古屋に通いはじめるようになってから、
ほぼ毎回、神谷さんは名古屋駅まで車で迎えにきてくださっていました。
当時、ラジオ関係者の方から、
『神谷さんはスーパーロックっていう大きなイベントの企画と
プロモートをしたすごい人なんだよ』
そう教えていただいたことはございましたが、
神谷さんはご自身のことを多く語らない方でしたので
彼の経歴については、ほとんど知らないまま、約1年半、送迎していただきました。
いつだったか、岐阜放送の収録が押してしまい・・・
東京行き新幹線の最終ぎりぎり。
翌日、9時からはじまる大学のゼミにどうしても出席しなければならなかった私は、
彼に事情を話したところ、
「もしかしたら間に合うかも」
名古屋駅の地下通路をふたりで全力疾走
エスカレーターを駆け上がり、
お互い、息をぜいぜい切らしながら、新幹線のドアのガラス越しに
手を振った想い出が・・・

私の就職が決まり最後の収録を終えた夜は、
素敵なレストランに連れていってくださいました 
背が高く、端正で甘いルックスに加え、とてもおやさしい方でしたので、
さぞや女の子から人気があったことと思います。
また腰が低く誠実な仕事ぶりは周知され、音楽関係者からの信頼も厚かったのですね。
神谷さんの御逝去にまつわる記事の中に、
facebookから引用したという写真が掲載されており拝見したのですが。
肩まで届く白髪、そして大きなサングラス姿。
最初は・・えっ、これって本当に神谷さん・・
そう思ってしまいましたが、よく見ると、
頬と口元に微かにかつての面影が感じられました。
周囲のみなさんに愛され、良い年輪を重ねていらしたのだと思います 
お亡くなりになられたのは4月初旬だったのですね。
まさに当時のラジオ番組を収録したテープを聴きはじめ、
神谷さんのことにも思いを馳せていた頃・・


もう一度、お目にかかり、感謝の気持ちを伝えたかった・・・
もう届かないかもしれないけれど。
『ありがとうございました』
・・・心よりご冥福をお祈り申し上げます・・・