PART 23 かかと落とし!!
中央公園におけるバーニーズとの闘い以降、私は同じような夢を
繰り返し見るようになっていた。
場所はその都度ことなる。
それは廃墟のような学校だったり、森の奥だったり、
断崖絶壁の獣道だったりした。
いずれにしても、私はキララと二人きり。
そして、ライオンやクマに襲われるという状況に関しては一致していた。
ある晩、私は深い山奥にいた。
うっそうと茂る樹木に遮られ、陽の光すら届かない薄暗く道なき道を
私はキララとともに進んでいた。
この峠を越えていかねばならない、なんらかの重要な使命を帯びていたのだ。
「こっちよ」
私が言うと、キララはリードもないのに従順に私のあとに従ってくる。
やがてようやく視界が開けた。
しかし、左側は見下ろすと足がすくむような切り立った崖。
右側はごつごつとした山肌。そんな危険きわまりない道を通りたくはない。
私はほかに道がないか、あたりを注意深く見渡した。
けれど、そこしか先に進む道は見当たらなかった。
人がようやく一人通れるくらいの嶮しい山道をなんとか抜け、
ほっとしたとき。
突如としてクマが出現した。
実際にクマと間近に接した経験は、もちろん一度もないが、
夢の中のクマはデフォルメされ、とてつもなく大きい。
私は後方のキララを気遣いながら、くノ一(くのいち)がごとく素早い動作で
木立ちに身を隠した。
夢の中の私は、現実の私とはことなり身のこなしがとても俊敏なのだ。
少し遅れて私のあとをついてきていたキララに、
「お願い、コイツをやり過ごすまで、おとなしくしていて」
祈るような気持ちで念を送る。
しかし、まるで警戒心のかけらもないキララは、
「なに? なにがあったの?」
ひょうひょうと草むらから姿を現した。
そして、クマに目をとめると「もしかしてお友達?」というように、
しっぽを振って歩み寄って行った。
「きーちゃん、ダメ。それはクマ。お友達なんかじゃない。
こっちに戻って」
押し殺した声で言った私の声は届いているはずなのだが、
キララは歩みを止めない。
後ろ足で立ち上がったクマは、耳元まで大きく口を開け、
牙を剥きたてて唸り声をあげた。
今にもキララに、鋭利で剛健な爪を持つ太い腕を振り下ろそうとしている。
「やめて!!」
私はクマの前に立ちはだかった。
クマは間に割って入った私に攻撃目標をかえるため、一度、前脚を地面に置いた。
今しかチャンスはない。
私は思い切り右足を振り上げ、渾身のかかと落としをクマの頭上に見舞った。
「痛いっ! なにするんだよ」
飼い主の声で私は我に返った。
好むと好まざるにかかわらず、狭い住宅事情のため、
飼い主と私、そしてキララは同じベッドで就寝せざるをえない。
昨夜、私はゲームに興じている飼い主に背中を向け、壁際を向いて
眠りについたはずだった。
しかし、クマとの闘いの中、いつしか仰向けになり、そして……..。
足を振り上げるとき、「ふっ」と腹筋に力を込めた感覚も残っている。
「いてーな」
飼い主は顔をしかめ、太もものあたりを大げさにさすっている。
「ごめん」
私は謝罪し、夢の中でキララを守るため闘っていたことを説明したが、
彼は「これってDVなんじゃない?」と主張しはじめた。
「目が覚めちゃったよ」
そう言って再びゲームのスイッチを入れた彼に私はお詫びのコーヒーを
淹れるはめになった。
こぽこぽ音をたてはじめたコーヒーメーカーの前にぼんやり佇みながら、
私は思っていた。
バーニーズとの闘いでキララが感じた恐怖と痛みに比べたら、
私のかかと落としの一撃なんて、たいしたことないじゃない。
キッチンにいる私を追いかけるようにキララがやってきた。
「ごめん。起こしちゃった? パパは怒ってるけど、でもね、
カオリンはきーちゃんを怖いクマから助けるために頑張ったんだよ」
私が小声でそう言うと、
「わかってるよ。ついでに僕にも牛乳ちょうだい」
キララは目を細め私の頬にキスした。