「小杉さんの気配には会えたんやけどな。本人には結局、一度も会われへんかってん」
ドヤ街に行った目的がすり替わっていくのを自覚しつつ、桑原君は自分の居場所を小杉さんとの接点に求めていた。
「いつもすれ違いなんや、あの人とは」
桑原君は、溜息をついた。
「京子のことも、聞いて欲しかったんやけどなあ」
桑原君は、もう一度溜息をついた。今度の溜息は深かった。
僕は、桑原君を探して僕の住み込みの部屋にやってきた京子の汗に濡れた横顔と、三枝を追うように去って行った後姿を思い出していた。桑原君の隣にいた京子は思い出せなかった。
「京子ちゃん、君探して俺んとこ来たことあるくらいやしなあ。うまくいってたんと違うの?」
三枝を追った時の京子のことには触れなかった。
「うまくいってたんやろうなあ。喧嘩はせえへんかったし。考え方似てたしなあ」
「過去形かいな」
「うん。過去形になってまうんや、京子の話する時は、最近。それが、問題やねん」
山下君からの情報では、二人一緒に部屋にやってきたはずではなかったのか。一緒に逃亡生活をしているのではなかったのか。
「今日は?一緒やと思ってたんやけどなあ」
顔を覗き込むと、桑原君は少し苦く笑って頭を掻いた。
「それがな。あいつと一緒に動くの、大変やねん。で、田舎の友達、あいつのな、のとこに行ってもらうことにしたんや」
「田舎って?」
「播但線て、知ってるやろう、姫路から裏日本に行く。あの途中の駅が、あいつの出身やねん。そこやったらええやろう、思うてな」
「一緒にいてやったらええやんか」
「それが、難しいんやて!」
険しい顔つきで頭を掻きながら、桑原君は吐き捨てた。怒っているように見えた。
「あいつ、毎晩抱いてあげんとあかんねん。人がおってもやで。山下君、何か言うてへんかったか?」
少し驚いたが、思い当たる節はある。
「いや!山下君からはなんも…」
「三枝さんの彼女やったの知ってるやろ?京子」
「聞いたような、聞いたことないような…。そんな気いしてたんは確かやけど…」
「そうやったんや、あいつ。で、ある夜から俺の彼女いうことになってん。変な感じするやろ?」
変な感じはしなくはないが、なくはないことだ。いやむしろ、よくあることと言ってもいいはすだ。しかし、桑原君の迷いや無鉄砲にも見える行動に京子との経緯が絡んでいるとは考えたくない。
「君に影響を与える存在だったんや、京子ちゃん」
当たり障りのない言葉で、僕は先を促した。
「それが、あかんねん!」
桑原君は痛い所を突かれた顔になった。
「三枝さんがちょうど小杉さんとぶつかり始めた頃の夜やったわ。男5人で話してたんや、これからの方針について。三枝さんは、全員自分の意見に賛成する思うてはったみたいなんやけど、一人だけや、賛成したんは。ほら、上村や。で、みんなの言うことの裏に小杉さんの存在感じたんやろなあ、三枝さん。“小杉さんと話せんとあかん。結局それや!”言うて、ぱっと出ていかはったんよ。あの人らしいやろう。気い短い人やもんなあ」
「京子ちゃんは?何してたん」
「あいつ、男の面倒見るの得意やろう。灰皿替えたり、ティーバッグ入れたり出したりや、ずっと」
「で、どないした?みんな」
「それぞれ意見はあるんやが、なんせセクトのことやからなあ。上の二人が決めることになるんやろなあ、て、ちょっと意気消沈した言うんやろか、なんや力抜けてもうてなあ」
明日(7月5日)、つづきを更新します。
つづきをお楽しみに~~。 Kakky(柿本)
第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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