昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第一章:親父への旅  故郷との再会 ①

2010年09月15日 | 日記
駅前に到着。客待ちのタクシーが数台。開けたドアに足を投げ出している運転手が2名。バス待合所には、茫洋と待ち時間を過ごす数名の老人たち……。
駅前を突き当たり、かつてのメインストリートを左、右と見遣る。左右まっすぐに伸びる道路に人影はない。クルマがおとなしく通り過ぎていくだけだ。
かつてもそう賑わっていた街ではないが、もう少しは人の暮らしの匂いが漂っていたような気がする。
街を行き交う人々。その横をすり抜けていく自転車の高校生。子供たちの嬌声。叱責する母親の声。女子学生の笑い声…。商店街の温かいざわめきは、もうない。
夕方の打ち水の匂いも、台所から漏れ出す煮物の香りにも、出会わない。
かつての光景を期待するのは酷、というものだ。長い間離れてしまっている者の我儘を聞くほど、故郷は鷹揚でもない。
都会的なものの洗礼を受け、無邪気に変貌を求めていった結果がここにある、とまで言いたくはないが、どうしようもなく足元から身体を浸してくる寂寥感には、小さな怒りが含まれているのを感じる。
人のぬくもりを求めて路地に入り、焼き肉店のドアを開ける。高校時代に家族で数度食べた味が忘れられず、帰省する毎に行っている店だ。ミノ、センマイ、レバーの鮮度と、独自のタレは、いつも裏切ることなく満足させてくれる。
テレビの野球中継を観ていた店主の、おっとり刀の「いらっしゃいませ!」に戸惑いながら、入り口脇のテーブルに着く。冷え冷えとした空気は、効きすぎのクーラーのせいだけではなさそうだ。
店内から見えるキッチンでキャベツを刻み始めるおかみさん。奥の住居からは「いらっしゃいませ~」と、娘さんと思しき女性が駆け出てくる。
中ジョッキ、カルビ、上ミノ、センマイ焼き、小ライスを娘さんに注文。レバーは、さすがに見る気もしない。
やけに泡の多い中ジョッキを口に運びながら店内を見回す。座敷テーブル2つ。4つのフロアテーブル。油と煙に黒々と店の歴史を滲みこませた柱と壁。
すべては記憶のまま、昔のままなのだが、どうも尻の座りがよくない。おかみさんと交代し、肉を切りタレと混ぜ合わせている店主の手元さえ、あやしく見えてくる。
10分後…。不安は的中した。ネタの鮮度はよしとして、タレは独自性を失い、市販のものの水準以下に堕してしまっているように思えてならない。
2400円。客を迎え入れる気力、客の舌と闘う熱意は、もはや失せてしまっているのだろうかと、訝る眼で店主を見ながらお勘定をし、僕は店を出た。背中では、つけっ放しのテレビが、巨人リードを叫んでいた。

*60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと等あれこれ日記)

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