「あ!柿本君、何かひっかかてるん違う?」
和恵がぽんと肩を叩く。「うん」と頷くと、和恵は“わが意を得たり”の顔になった。
「夏美さん、炭鉱町の出身やろ?“新しい”とか“もう古い”とかに、小さい頃から振り回されてきはったんよ。それで、次の“新しい”に出会うこともなしに集団就職で出てきはったやろ。家族のことあまり喋らはらへんけど、どうもみんな離ればなれみたいやし……。誰のせいや!言うてみても、ようわからへんしなあ、言うてはったわ。お父さんをずっと応援してるお母さんを傍で見てはって、それでもどうにもならないいうのも経験しはって……」
「会社のせいとも言えへんしなあ。そら、考えてまうわなあ」
上村が、溜息交じりにぽつりと言う。彼にも同様な経験があるように見える。
「ま、そんなことやから、男の人が“やってみせたる~~”いうのは、あまり信用はしてはらへんのよ。最初の旦那さんのこともあるやろう。大きな夢を語るだけで、本当は夢を信じてもいないし、実現しようとも思ってないことに、半年かけて気付いたらしいもん。男の夢の多くは“口説きの道具”や、思うたらしいわ。……偉いわなあ、10代で気付いたんやで。でも、逃げへんかった。最初に気付かへんかった自分の責任やし、簡単に亭主を捨てるわけにもいかへんし、思うたらしいわ」
「しかしそれやったら、小杉さんの夢が本物か、実現の可能性があるのか、考えはって、それでこれは応援しようって…」
「実現するんやったら応援しようってこと?それ、功利的な感じせえへん?……柿本君、結果がはっきり見えるもんしか応援できひん人?」
和恵がほほ笑みながら覗きこむ。目に少し意地悪な光が差している。僕は、首を横にも縦にも振れず、テーブルに置いたハイライトに手を伸ばす。僕にはまだ、夏美さんが別れた旦那さんから何を学び、どう変わったのか、はっきりとはわからない。それに、寡黙だと思っていた和恵の、意外な能弁さに少し気圧されてもいた。
「夏美さんと小杉さん、二人とも言うてはったわ、吉田山で。柿本君、迷ってるんやなあ。見つけられへんのやなあ、って。ほんま、そうなんやねえ。……それがおもしろいところなんやけどね、簡単に見つけた気になる男の人多いから」
和恵の意地悪な目線が、今度は上村を捉える。
「それはええがな!夏美さんの話したりいな!」
手で目線を払い、上村は足を組み直す。
「じゃ、夏美さんが小杉さんのどんなところが気に入ったか、わかる?そこから理解した方がええかもしれへんねえ」
「ううん。……小杉さんには失礼かも知れへんけど、一体どこがええんやろう、思うてたよ。一緒に革命をやっていこう、いうことやなかったら猶更やなあ。いや、ほんまに小杉さんには失礼な話なんやけどね」
僕は“この際だ!”とばかりに、僕の抱えていた大きな不思議を、咳払いを2度しながら素直にぶつけてみた。
「一言で言うと、素直さと行動力かな?」
「小杉さんは、単純で無鉄砲なところを気に入ってくれたんや、言うてはったけどな」
「同じことやないの!」
上村に言い返す和恵の語気が荒い。僕は、和恵に軍配を上げたい気分になりながら俯く。ほんの少し、夏美さんと小杉さんの関係が理解できたような気がした。
「この店変えてみせる、ってカウンターの中に入ってきて、無理だと悟ると一生懸命仕事しはったでしょ、小杉さん。それがよかったんやて。…………カウンターには毎晩、言葉だけ立派な学生たちが来てるもんやから、それがそこだけの話やいうこともようわかってきてはったし、小杉さんの素直さと行動力は目立ったん違うかなあ。年下だったいうのもよかったのかもしれへんなあ」
明快だ、と僕は思った。夏美さんの過去、環境、恋愛経験を考慮すると、とても納得できる話だった。残る疑問は、後わずかとなった。小杉さんが過激派リーダーであることと、夏美さんはどう折り合いをつけていったのか。折り合いどころか、応援するに至ったのは何故なのか。果たして夏美さんは、革命を信じているのか……。
*原則、月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
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