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珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

感覚を思考を使って書く

2024-12-08 | 精神世界
精神世界では、起こる物事に問題があるのではなく、それはただの「状況」であり、問題は受け取り方で起こるとされている。

要は起こる状況を、本来の自分がありのままを見るか、
思考に捕まって一体化した幻の自我が諸々(過去や未来や正義感やプライドや感情やらアイデンティティってやつやら)をかき集めて歪曲して見るか。

本来の自分とは「今この瞬間に、身体の神経や細胞と共に居続けている、思考(自分とは別物)に乗っ取られていない意識」であり、物事がそのままクリアに見えて、大いなるものと言われるものに繋がっている状態。
大いなるものというのは書きようがないけど、繋がると、思考とは比べ物にならない知恵と調和と愛をもって生きていける、人生ゲームのスーパー攻略本のようなもの。

これは思考では理解できない感覚なので、こうして言葉にしたところで、これを頭で読むと「はいはい、このスピの理屈を信じろと?」になってしまう。
なので、頭ではなくて感覚で「そうなんだ~」程度で入れればいいのでは?と思う。

以上、私も感覚で納得したことを、「文章だけ思考を使って」書いてみた。

直感

2024-12-08 | 日記
夫の今の現場が過酷で、2日続けて撮影所に泊まった後、1日だけ帰って洗濯物を置いて翌日も現場に泊まり、その翌日はそのまま地方に行って、一泊して帰ってくるというスケジュールがあった。
地方から帰って来る日も遅くなると聞いていたので、何時頃になるのかとラインしたけど返信がなかったので、日付が変わる頃に先に寝た。
その夜中にふと目覚めて、なぜだか強烈に「あ、今帰ってくる」と思った(というかわかった)瞬間、その1秒か2秒後に玄関のドアがガチャリと開いた。

前に誰かが「直感というのは聞こえるんですか?見えるんですか?」とネドじゅんさんに訊いた時「どちらでもない」と言われていたことが、やっとわかった。
言葉にすると、沸き上がってくるとか教えられるという感じ。
その時は寝ている時だったので「起こされて伝えられた」という感じ。

朝起きると、気のせいか頭がスースーして軽くて、お腹や胸の辺りから温かいエネルギーを感じる。
そんなの気のせい、たまたまと思うなら、ぜひ「気のせい」を感じてみてください。できるなら。
私は「気のせい」に素直に従っている。

本当のドン引き

2024-12-07 | ウイルスは無い
ワクチンがダメというのは、ウイルスが在る無しを除いても、確かに言えるかもしれない。

例えば「これは治験中のもので、あなたは試運転もしてない車や飛行機や潜水艦に乗れますか?」とか
「ワクチンとは日本語で予防接種だけど、厚労省は予防はしませんと言ってる(実際、打ってもまた罹る)注射を、なんでおかしいと思わないの?」とか
「重症化を防ぐって、症状を抑えるってことだよね?症状というのは、例えば腐ったものを食べたら吐くとか下痢するとか、目にゴミが入ったら涙が出るとかだけど、症状っていうのはそうやって毒を出そう、治そうという力なの。それを抑えるってヤバイでしょ?」とか。

諸々間違いではないんだけど、そう言っても残るのは「じゃあどうやってウイルスから身を護ればいいんだよ?」
「健康な人はいいけど、高齢者や赤ちゃんは弱いんだよ」
「空気とか飛沫とか接触には対策が必要じゃないか」

これね。
これがある限り、ワクチンやマスクは問題はあるにせよ、人類を救う医療行為という大ウソが守られる。

でもウイルスが無いとなると「じゃあ無い病原体に対してなんで打つの?!」「何が入ってるの?」と、やっとやっと恐ろしい現実にぶち当たる。
そりゃ信じがたい、恐ろしい現実だよね?
「何の問題もない健康な人に、騙して医療とは無関係どころか、わざと有害なものを入れているんだから。

人が口をあんぐりしてドン引きなのは「ウイルスが無いなんて突拍子もないことを言い出すゆえのリアクション」じゃないのだ。
※本当のドン引きは「何の問題もない健康な人に、騙して医療とは無関係どころか、わざと有害なものを入れている」である。
※「それを地球規模で隠している」ということである。

この本当のドン引きを理解してないと、ドン引きの定義がちゃんちゃら甘いと言うしかない。

ということでこれを読んでいる皆さま。
私は誰かを攻撃したいんじゃないんです。
ただこの恐ろしい事実を
「全く知らない。そんな議論が起こっていることも知らない」「そんな誰も言ってないこと興味ないわ」「言ったってドン引きされるだけ」「そーよねえ」
じゃなくて、広めなければならない理由を知ってほしいのです。

ふつうの国民

2024-12-07 | 日記
自民党は毎年、約5000人の韓国と朝鮮と中国人に日本国籍を与えていると法務省が公表した。
(そして通明という偽名を与えてすっとぼけていた。通明ってなんで必要?)

やっぱりというか、今さらというとか、いつからよ?  
で、今現在の日本の純粋な日本人って実は何割よ?
怒らないから正直に言ってよ?

在日(反日)は、政治家や官僚や司法やメディアや芸能界や893や企業の重役だけのはずがなく、一般国民にこそ大量に紛れ込んでおり、日本人の民度が下がったのは教育のせいとか時代だとか、テキトーなことを言ってたんだろうなあ。
私はこの代で断家するとはいえ、山も田んぼもあった本家の生まれで、6歳までいた生家の蔵に行くと何やら古めかしい品々があったから日本人と思うが、こんなの誰でも当たり前すぎて、どうでもいいと思っていたことを、疑ったり考える日がくるとは夢にも思わなかった。
そもそも自分が何とも思ってない国の人たちから、ここまで憎まれて「苛め抜いて、血を入れて、最後には乗っ取ってやろう」という企ても知らなかった。

別に反日に限らず、ただの事実を言っているだけなのに「私生活の欲求不満から陰謀論にハマった」と言いやがった言いあそばされたのは一般国民であり、ノーマスクの乗車客が飛行機を降ろされたのを見て拍手したのもふつうの国民だ。
役職とか国籍とか関係なく、もはや人間が怖くなる。

人類は動物や草木を見習って、早いこと目覚めなければと思う。
覚醒ってネットから情報を知ることではなくて、意識から変容しなくては。




興味がないわけがない2

2024-12-06 | ウイルスは無い
ノーマスクや反ワクには、これでもかとライフワークのように喧伝するのに「ウイルスは無い」になると、途端に、人が変わったように押し黙って「興味ない」「必死さが怖い」「世間とマッチしない」となるミステリーが、やはり気になる。

だってノーマスクや反ワクの理由が
「ウソが嫌いだから」「政府やメディアの言うことを鵜呑みにして、自分で調べないのがおかしいから」「世間の圧力なんて事実を知っていればどうってことない」なら、
ウイルス病原体からの感染があなたを病気にしますだって同じではないか?

やはりアレか?
打て打てドンドンやマスク着用を言ってる厚労省やメディアや、間接的には医者とか上司なら現世に実在しており、という個人名や組織名が出せるけど、
とっくに死んでセピア色の肖像画でしかない人や、ふわんとした「誰とは言えない常識」になると人は何も言わなくなるってやつ。
騒動以降も「ウイルス学者」という存在も決して前に現れない。
(架空のウイルスを扱う学者って架空なのでは?😅 

「無いとしても、じゃあその追求は誰に言えばいいんだよ?」という、この誰(どこ)という的がないと弓が引けない

誰に矢を放つんじゃなくってさ、ただ無いという事象に向き合おうよ?

「いや、全く興味ないから」

やはり弓矢を引く矛先がないと、何の興味も沸かないらしい。

興味がないわけがない

2024-12-05 | ウイルスは無い
 「マスクは無意味」「飛沫ガーとか異常」と、とにかくノーマスクノーマスクと多分、ノーマスクと反ワクに関しては日本一発信し続けているインフルエンサーが、
ウイルスがある無いには興味ないし議論したくないと言っているのに驚いた。
(ロバート・F・ケネディJr と一緒)
なぜなら(自分が発信しているノーマスクへの執念や必死さは怖くないのに)
「ウイルスはないの必死さは怖すぎる。マスクの強制をされたら、ウイルスは存在しませんって言うんですか?それを聞いた人は口あんぐりになるから」

ええええええ………?!😱 😱 😱 
私はこの言葉に口あんぐりなんだけどな。

99.9%がマスクをしていた中でノーマスクでいるのと、99.9%がウイルスが存在すると信じられている中でウイルスが無いということに、いったい何の差があるのさ? 

ノーマスク、ノーワクチンをここまで強く主張しながら、ウイルスの存在のあるなしに興味がないわけがない。
その実は、ポロッと漏らしたように「皆が口をあんぐりとする中、珍獣を見るような反応で見られて浮いていまい、それを理解させるなんて途方もない労力を使うなんて萎える」ということ。

ならば、自分は人からどう思われようと風を切って一人信念を貫くとか、同調圧力なんてくだらないとかは言わないことだ。
間違っていることは100人から何言われても言い返す。でも1000人なら「興味ない」と言って逃げちゃお、みたいな半端な感じね。

マスクもワクチンと一緒で、有害とか効かないからダメなんじゃなくて、ウイルスがないからする必要がない。
これが肝じゃなかったら何が肝なのだ?
口をあんぐりするなら、ウイルス感染症なんて知れば穴だらけの大ウソを、組織ぐるみで医者にまで信じ込ませたことにでは?

ともかく「皆が口をあんぐりするから」なんてしょーもない理由で「興味ない」「怖い」と逃げるのは正直がっがりである。
「ワタシは誰の挑戦でも受ける」と、こういう時こそ猪木みたいなスピリットは沸かないものなのか。

7ヵ月

2024-12-04 | 日記
年末年始は9連休になる人が多いそうで、「そうなんだ~」とカレンダーを見ていたら、ふと気づいた。
仕事中がもっとも、マインドフルネス状態に近くなる私には「辛い仕事を頑張った後の休日が楽しみ」という感覚が無くなってしまったことに。

休日のように楽しみに待ちわびているものは、「今と意識が一体になっている時」にとって代わったからである。
ということは、もしいつでも「まったき意識」になったら、毎日が待ちわびていた連休のように楽しいことになる。
家事をしていても雑用をしていても常に楽しい。アクシデントや退屈でさえ、とことん味わい、面白がる…ドラえもんのポケットにすらないそれに。 

この秘密兵器のすごいところは、条件を選ばないことだ。
学歴も職種も国籍も、誰であろうと何歳であろうと、男だろうと女だろうとトランスジェンダーだろうと、世の中が曇天だろうと晴天だろうと、それらと意識が今と一体かは無関係。
リベラルもグローバリストも真っ青な、何の差別もない平等じゃないの。

これに気づいた2024年は最高の年だった。
年始に救急車に乗った年が、まさかこんな結末で師走を迎えるとは。

今を肯定しなさいの謎

2024-12-02 | 精神世界
スピチュアルの理解しにくいところの二つ目は、これではないかと思う。
「今に抗わず肯定しなさい」「今は完璧なんです」「思考(エゴ、左脳)はNOを喜ぶのよ」
私も最初は「え?じゃあ例えば詐欺でやってるマスクやワクチンや、ばかばかしい自粛に反発するなっていうの?だってこれって正当な理屈じゃん?」と思った。
この単細胞を、鮮やかにぶった斬るのが「キレスピ」というべきか。


まずもって「こんなバカバカしい詐欺に騙されないでマスクなんかしないワタシ」とか言ってるのは幻のワタシであって、幻の作ったドラマである。
人間の中には「思考」よりもはるかに深淵な意識が存在しており、そんな思考を「ふうん、そんなふうに思ってるんだ~」と観察できたらそれがホンモノの私。
ホンモノの私は、怒っても悲しいんでもおらず、恐れても退屈もしていない。
それらの感情は「私」には属しておらず、やってきては過ぎ去る存在なだけ。
にも関わらず、殆どの人は自分と思考(自分のナリスマシ)と同一化してしまう。

今一瞬に集中すると過去も未来もないわけで、今のありのまましか見ない。
それができるのがホンモノの私で、時間とセットじゃないと起こりようがない否定や批判や比較をして「わかった」と言いたがるのが、思考の成す技である。

「あの人はあんな人」と評価するのも、その人の真の姿じゃなくて「固定観念」という、
人を観念のレベルにまで下げて見ていることになり、的外れで失礼も甚だしい。
純粋な意識に根差して無いこのような状態が機能不全であり、この
自分=思考と勘違いしている夢から覚めることが覚醒。

余談だけど「刺激、刺激がほしいんだ!!」と思ったら、誰かの書き込みに刺激を求めるんじゃなくて、「刺激がほしい」と感じている自分の感覚を観察してみてください。
「あ、それワタシじゃないし~💦」と気づいて、退屈まで消えていきますよ
😆

拡散力

2024-12-02 | 日記
兵庫県の県民局長の問題をめぐって、メディアが知らんふりしているので、SNSがスクープを容赦なく拡散している。
立花氏曰く「常識が好きな人から嫌われたり、批判されたりすると思いますが、、、 そんなん、ぷーぷーぷーや!」

どんなセンセーショナルなことでも、メディアが無視したら「簡単にひねり潰せる」「じれったくなるほど浸透しない」「さあ?きいたことないわ…」になるのかと思いきや、いやいや話が個人のエロ話なら話は別。
勉強になった。

「ウイルスは無い」だけじゃ刺激が足りないようだ。
常識なんかぷーぷーぷーという破壊力が必要かもしれん。

「ふつうの風邪」が5類感染症指定になるとか、「今年のインフル」は特徴がないとか、どうしても風邪にはウイルスの型があると設定したいのは、「背後にかくかくしかじかの下半身の弱みを握られていたから」なーんていう「付録」が付いてたら真剣に聞くのかな?
(学研もりぼんも付録よかったよねー)
いやマジメに聞いている😅 

怒ってはいけないの謎

2024-12-01 | 精神世界
一般に「はいはいスピね」みたいに、スピチュアルを嫌う理由を切り取ると「怒ってはいけない」ってやつじゃないだろうか?
私みたいにそんなことも知らなかったくらい無知なタイプでも、昔(といってもコロナ騒動最中の3年ほど前)、スピ系と呼ばれるインフルエンサーのセミナーに通っている人が
「世の中がどうあれ、私は幸せだから」とか「デモなんて波動が下がることは私はしたくない」
という言葉を聞いて驚いたことがあった。

なんでおかしいことをおかしいと言って抗議しちゃいけないの?
黙ってたらOKと思われるじゃない?
それは自分がたまたま狂った政策をされても、たいした打撃も受けない仕事をしているからじゃないの?
困っている人がいっぱいいるのに、自分さえよければいいの?
いや、こんな反感を買うのをわかってながら言うんだから、それに深い理由ってやつがあるなら知りたいわと、めっちゃ好奇心がわいた。

なのでこの「スピなんか」と言う人たちと摩擦を起こす「怒ってはいけない」という切り取りについて書くと、多分こういうことでは?に挑戦しようと思う。 


私が納得したエックハルト・トール氏やネドじゅんさんの指南書(そのくらいしか知らないけど)では、基本の基本に、
通常ワタシと思っている自意識(個我というのかエゴというのか頭の中で勝手にしゃべり続ける思考)は、本当のワタシではなくて、本当の自分とは魂というべきか神と繋がった生命そのもので、ナリスマシとは別という前提がある。
ざっくりいうと、ニセの自分と本当の自分ということですね。

スピチュアルというのは、この基本を知って聞かないとチンプンカンプンで、事実何もしらなかった私もさっぱりわからなかった。

であるからして、幻のワタシが作り出した、怒りを並べた正義なんてものはエックハルト曰く
エゴというものは恐れと欲望が主な感情であり、多かれ少なかれ「被害者意識」という要素を含んでいる。その根幹は恨みや苦悩とされており、それが強いと中心核になっている人もいる。
例えあなたに恨みを抱く正当な理由があったとしても、自分でアイデンティティをこしらえたことに変わりはなく、それは自分を観念という牢獄に閉じ込めるのと一緒である。
その思考が、結果自分に何をもたらしているか観察してみてください。
犠牲者話に執着するその思いで、話を語らずにはいられない強迫的な傾向に気づいてください。

と一刀両断している。
少なくとも私の知ったスピチュアルというものは、このようにふわふわどころか、はっきりとストレートでキレキレだ。
そして、思考と対極である本当の自分(魂)のもつ威力というものについては
そのような心の状態を観察する人になってください。
観察する側が本当の自分です。
取り立てて何もする必要はなく、気づくだけで充分です。気づくだけで(意識も現実社会も)変容と自由がやってくる。
全意識を今この瞬間に向けると現れる叡智は、あなたの人生を突き動かしはじめる。それはエゴとは比較にならないくらい、物事が効率的で充実感も喜びも無限大に拡大する。

と、じゃあデモも批判も怒りもしないから何もしないのではなくて、その代わりにアイデンティティというニセの自分を押さえて、叡智と繋がる「今」に没頭するのだと言っている。

「怒ってはいけない」という切り取りだと偽善に聞こえるけど、それは言葉足らずであり、実際はナリスマシの主張に従う非効率より、比較にならない生き方があるからそっちの方を選んだ方がいいよと、そういうことですね。

私が知らないだけかもしれないけど、この「怒ってはいけないVSスピにハマった」の分断を解きほぐす、わかりやすい解説がなかなかないので書いてみた。
個人的には、やっと意味がわかって満足。