ゆっくりかえろう

散歩と料理

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憑物  1/6

2011-09-14 | フィクション

  朝、妻に言われてしまった
 「約束通り 今日から食卓は別々にしてね」

 俺がどんな悪いことをしたというんだ

 発端は先週 娘と食事のとき
 「もう イヤ! お父さん嫌い!」
 「どうして私が食べているとき じろじろ見るの」
 「いやらしい!」
 娘が突然キレた

 「いやそんなことない 誤解だよ」
  俺は必死になって弁明した

 「何いってるの 私が食べだしたら 自分は食べなくなるし」
 「必死になって私の食べるのを目で追うじゃないの!」

  俺は無意識にやっているようだが まったく実感がないわけでもない

  たしかに娘の食事を見たくて見たくてしょうがない
  食べているものを横取りしたくてしょうがない

  「そんなに邪険にするなよ」「ちょっとくらいいいじゃないか」
  思わず本音がでる

  「やっぱりそうだったのね」「ついに本当のことをいったわね」
  俺は焦りを感じながらも さらにダメ押しをいってしまった

  「お前が食べているものが とても美味しそうなんだ」
  「いや お前が食べているところを見るのが好きなんだ」
  「これって愛情の裏返しだろう?」

  娘は叫んだ 「もうイヤ! 気持ち悪い」
  「汚らわしい」「ヘンタイ!」

  娘にこういわれてとってもショックだった
  俺はヘンタイなのか

  あれから娘は口をきいてくれない それどころか
  私が帰宅すると 部屋に籠ったきり出てこなくなる

  とてもショックだ

  そのことを昨夜 妻に相談すると

  「私も常々思ってました」

  「あの子が見られるている間 私はあなたに見られずに済みましたが
   あれから私と二人っきりで食事をとるようになって 今度は
   私が被害者になってしまいました」

   妻は憤然と堰を切ったように話しだしました

  「被害者って お前・・・」

  「それはいくらなんでもいいすぎじゃないのか」
  妻はブレーキの利かない自転車みたいに キイキイと
  そしてその自転車で坂を下るように いつまでも言い募りだしました

  「だいたい結婚した当時からそうでした」

  「大きな音を立ててお味噌汁を啜る 食べながら喋るし唾を飛ばす」
  「口の中は丸見えで 食べているものは汚らしく見えるし 舌打ちはするし」
  「おかずはこぼし放題 テーブルにひじを突き 食べている最中に鼻をかむ
   咳払いして痰をはく 喧しくって汚らしくって無神経で気持ちが悪いわ」
  しゃべりだしたらもう止まらない

  「おまけに食事中は 私が食べているのをじろじろ穴が開くように見つめ」
  「隙をみつけると 私の食べさしを盗み取るし」

  「それを注意すれば そんなことしてないと とぼけるし否定するし 終いには
   怒り出して 一家の主人に対して何てことをいうんだと開き直るし」
  「もう最低最悪」

  「ここ数年は 単身赴任であなたがうちにいなかったから  平和でしたが
  あなたが帰ってから同じ日々が続くと思うと 私は耐えられません」

  「耐えられないからって どうするんだい?」
   ついつられて聞いてしまいました
  
  「食事は娘と二人だけでします」
  「あなたはお一人で済ませてください」
  「そうでなければ・・・・」

   俺は唾を飲み込んだ
   妻はその音にも敏感に反応して 俺をじろりとみた
   
   「・・・りこん・・・いえ別居してください」

  目の前が真っ暗になった ショックだった 楽しい食卓が 家庭の団欒が
  日々の楽しみが・・・・いやいや違うぞ そう家族の団欒だ 楽しい家庭だ

  妻や娘がこんなことを思っているなんて知らなかった
  それにしてもあまりにも ひどい仕打ちだ

  女は冷たい生き物だ 冷血だ ちょっとくらい見せてくれてもいいじゃないか
  我慢してくれてもいいじゃないか 疲れて帰ってくる俺を労わってくれてもいいじゃないか
  ちょっとくらい見てもいいじゃないか へるもんじゃなし・・・・

  俺は悔しさと悲しさと怒りで 仕事へ行く気を失くしてしまった
  唯一の楽しみを封じられた俺は 途方にくれてしまった

  娯楽といえばパチンコぐらい 競馬や競輪はやらない 浮気もしないし
  酒だってそんなに飲まない
  
  「朝食はいらないから・・」
  妻には抗議のつもりでいった言葉だった
  もしかしたら心配して何か聞いてくれるかもしれない

  「いらないの?せっかく用意したのに」  「じゃいいわ」
  けんもほろろとはこういうのをいうのか 

  「何してるの 会社に遅れますよ はやくいってらっしゃい!」
  取り付く島もない  いや俺には帰るいえがない

  ドアを閉める直前 母娘の会話が聞こえた
  「さあ お父さんは出かけたわよ 早く二階から降りてらっしゃい」
  「本当にお父さんはいない? じゃ降りていくわ」

   楽しそうな家族の会話が聞こえてくる
  俺はどこでどう間違ったのだろう

  それにしても 娘と妻の食べている様子が目に浮かぶ 見たくてたまらない
  俺はこぼれるよだれを じゅるっと手でぬぐい 名残惜しそうに
  家のドアを何度も振り返った
  



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