共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

どうにかしてよ厚木市!

2022年05月16日 19時15分45秒 | 日記
今日は、また肌寒い一日となりました。折角しまい込んだ長袖をひっぱり出してきましたが、どうせまた使わなくなるだろうと思うと、1回でも着てしまったことが妙に悔やまれます。

午後になって雨も止んだので、明日小学校で使う文房具を買いに本厚木の駅前まで出かけました。

最近、本厚木駅北口の景色が変わってきています。北口の広場には交番があって、その後ろにスルガ銀行の建物があったのですが、それが取り壊しになって先週あたりにはすっかり姿を消し、道の反対側に渡ってみると



こんな感じになっています。

現在、かつてスルガ銀行のビルがあったところからは



小田急線の電車の姿を垣間見ることができるようになりました。私は30年以上厚木に住んでいますが、ここから駅のホームを見るのは初めてのことです。

いずれここには、新たな商業施設が建設されることになっています。ただ、元々ここの土地は細長い台形をしている狭小地のため、大した建物は建たないであろうことも分かっています。

あまり言いたくはありませんが、本当に厚木市はこうした都市開発が下手くそ過ぎます。いい加減、発展し続けている隣の海老名市との溝がどんどん深まっていくばかりなことに気づいてもらえないものか…と、忸怩たる思いを禁じ得ないのは私だけでしょうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日はモンテヴェルディの洗礼日〜名作オペラ《オルフェオ》のオープニングを華やかに飾る『トッカータ』

2022年05月15日 12時34分56秒 | 音楽
昨日の蒸し暑さから一転、今日は涼しい風の吹く日となりました。本当にこの時期は、何を着ていいのやら分からなくなります。

ところで、今日5月15日はモンテヴェルディの洗礼日です。



クラウディオ・ジョヴァンニ・アントニオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)は16世紀から17世紀にかけてのイタリアで作曲家、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、歌手としてマルチに活躍した人物です。マントヴァ公国の宮廷楽長やヴェネツィアのサン・マルコ寺院の楽長等を歴任し、ヴェネツィア音楽の最も華やかな時代の一つを作り上げました。

モンテヴェルディは1567年に、北イタリアのクレモナに生まれました。1582年と83年には早くも最初のモテットと宗教マドリガーレ、1587年には世俗マドリガーレの最初の曲集を出版し、その直後からクレモナの外での職を探し始めました。

1590年に、マントヴァ・ゴンザーガ家のヴィンチェンツォ1世の宮廷付きの歌手およびヴィオラ・ダ・ガンバ奏者として仕えはじめ、1602年には宮廷楽長となりました。そして1607年には主君マントヴァ公の命を受けて、謝肉祭の祝祭用として自身の最初のオペラ作品《オルフェオ》を初演しました。

更に、1610年には大規模宗教作品である《聖母マリアの夕べの祈り》を作曲しました。この曲
は出版譜に書かれた音楽の規模がものすごく大きいために、バッハの《ロ短調ミサ曲》と同じように一回の礼拝ですべて演奏することを目的としていたかどうかについては現在でも意見が分かれています。

モンテヴェルディは生涯に18曲のオペラを作曲したと言われていますが、その代表作といえば何と言っても《オルフェオ》でしょう。ギリシャ神話の『オルフェオとエウリディーチェ』を基にした劇的な展開のこのオペラは、脚本としても音楽としても大変斬新なものとなっています。



《オルフェオ》は歴史上2番目に作られた本格的なオペラというだけでなく、恐らく作曲家が各声部への楽器指定をした最初の作品であると考えられていて、その初演時の楽器指定が今日にまで伝わっている最初期の大規模作品の一つとなっています。この《オルフェオ》によってモンテヴェルディは『音楽による劇』という全く新しい音楽の様式を作り上げたと言われていて、また雷の音を表すサンダーシートなどの効果音が世界で初めて作曲家によって使われたという説もあることから『近代オペラの出発点』ともみなされています。

さて、オペラ本編を観るには2時間近くかかるので、今日はその《オルフェオ》の幕開けを飾るファンファーレの音楽を紹介したいと思います。

《オルフェオ》は『トッカータ』と名付けられたファンファーレによって始まります。これは最古のオペラ序曲ともいわれることがありますが、実際の用途としてはこれから劇場でオペラが始まることを観衆に知らせるものであったといわれます。

このファンファーレは、主君ゴンザーガ家の栄光を称える『音の紋章』としての役割も果たしていました。というのも、この当時トランペット奏者を抱えられるのは一部の特権階級のみで、トランペット奏者も宮廷楽団の他の楽器奏者とは身分も給与も扱いが格段に違っていたのです(この『トッカータ』は《聖母マリアの夕べの祈りの冒頭にも合唱付きで使用されています)。

ということでモンテヴェルディの誕生日である今日は、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者でもあるジョルディ・サヴァール指揮による《オルフェオ》のオープニングを飾る『トッカータ』の演奏動画を転載してみました。もしこの華やかな音楽を聴いて興味を持たれたら、是非《オルフェオ》本編も御覧になってみてください。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『あの味』がするアイス Part2

2022年05月14日 18時40分18秒 | スイーツ
今朝はひどいドカ雨が降りました。我が家の地区は軽くハザードマップに載っているので、変に水が溜まらないかとヒヤヒヤしたくらいです。

そんなドカ雨が上がると徐々に晴れ間が覗き始め、一気に夏日に突入しました。一日のうちでこうも気候が変動すると、身体もおかしくなってきます…。

そんな暑さをどうにか解消しようと、コンビニにアイスを買いにいきました。すると



こんなものがありました。

これは『あいすまんじゅう』を手掛ける丸永製菓から発売されているもので、ファンタグレープの味がするアイスキャンディです。アイスですからさすがにシュワシュワとはしません(笑)が、食べてみるとかなりファンタグレープに近い味がします。

涼しい部屋の中で堪能するアイスは、また格別です。ただ、明日は気温が下がるようなので油断はできません…。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

意外に好評!折り紙フラミンゴ

2022年05月13日 18時40分35秒 | 日記
今日、小田原の小学校で折り紙を折る授業がありました。子どもたちが思い思いに折り紙を折っていたのですが、その中の一人が

「先生も、なんか折って〜。」

と言ってきたのです。

折り紙を折ること自体は構いませんが、普通に鶴なんぞ折っても面白くないな…と思って、桃色の折り紙を使って



フラミンゴを作ってみました。そうしたら、子どもたちが

「え〜、スゴーい!」
「どうやって作ったの〜?」
「教えて〜!」

と大騒ぎになってしまったのです(汗)。

実はこのフラミンゴ、折り鶴を折れる方なら必ずできます。というのも、折り鶴を折る工程での



ここまではフラミンゴも全く同じなのです。

ここから首と尻尾になる部分を折り上げると



折り鶴になりますが、尻尾の部分を折り上げず



更にもう一回折って細くし、クチバシの先をかぶせ折りして羽根を折り下げ、足先を中割折りします。すると



フラミンゴが出来上がるのです。

あまり大した技術も要らない折り紙フラミンゴですが、思いがけず子どもたちに好評で驚きました。と同時に、子どもたちに囲まれてしまった私を遠巻きに見ていた担任の先生の厳しい目線も浴びてしまったのでした…。

多分、私は悪くない…はずです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日はフォーレの誕生日〜元々は歌曲である《夢のあとに》

2022年05月12日 16時18分48秒 | 音楽
今日は朝のうちは日差しがあったものの、午後からは雨が降り始める生憎のお天気となりました。夜から明日にかけて雨足が強くなるようで、何となく今から気が滅入ります。

ところで、今日5月12日はフォーレの誕生日です。



ガブリエル・ユルバン・フォーレ(1845〜1924)はフランス・ロマン派を代表する作曲家の一人です。

教師だった父の元に5男1女の末っ子として生まれたフォーレは、幼い頃から教会のリード・オルガンに触れるうちに天性の楽才を見出されました。わずか9歳のときに入学したパリの音楽学校では、1861年に教師としてやってきたカミーユ・サン=サーンスにピアノと作曲を師事しました。

1865年に卒業した後にパリのマドレーヌ教会のオルガニストとなり、1871年にはサン=サーンス、フランクらとともにフランス国民音楽協会の設立に参加しました。晩年には難聴に悩まされながらも作曲を続け、次第により簡潔で厳しい作風へと向かっていきました。

フォーレ大規模な作品よりもむしろ小規模編成の楽曲を好み、室内楽作品に名作が多く遺しました。それぞれ2曲ずつのピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲、ヴァイオリンソナタ、チェロソナタと、各1曲のピアノ三重奏曲、弦楽四重奏曲等があります。

また代表作として名高い《レクイエム》も、現在よく演奏されるフルオーケストラバージョンは出版社の求めに応じて改作したもので、オリジナルはヴァイオリンやフルート、オーボエといった高音楽器を使わない内省的な響きのするアンサンブルでした。こうしたところにも、フォーレのこだわりが垣間見えます。

さて、折角の誕生日に《レクイエム》をご紹介するのも何ですので(汗)、今日はフォーレの歌曲をご紹介したいと思います。

一般にはあまり知られていませんが、フォーレは歌曲の分野でも《夢のあとに(Après un rêve)》、《イスファハーンの薔薇(Les roses d'Ispahan)》、《祈り(En prière)》、ポール・ヴェルレーヌの詩に曲をつけた《月の光(Clair de lune)》、20篇のうち9篇を選んで作曲した《優しい歌(La Bonne Chanson) 》など、かなりの数の歌曲を残しています。その中でも、とりわけ有名なのが《夢のあとに》です。



恐らくフォーレの歌曲の中で、まっ先に上げられるのがこの《夢のあとに》でしょう。これはフォーレが1878年、33歳の時に作曲した歌曲《3つの歌 作品7》の第1曲です。

歌詞はイタリアのトスカーナ地方に古くから伝わる詩をフランスの詩人でパリ音楽院の同僚でもあったロマン・ビュシーヌ(1830〜1899)がフランス語に翻訳したもので、夢で出会った美しい女性と過ごす幻想的な時間が語られ、やがて夢から覚めた男性が「あの美しい女性の幻影を返してくれ」と一人寂しく叫ぶ姿が描かれています。



Dans un sommeil que chamait ton image
Je rêvais le bonheur, ardent mirage,
Tes yeux étaient plus doux, ta voix pure et sonore,
Tu rayonnais comme un ciel éclairé par l’aurore

夢の中にあなたの美しい姿があった
私の幸せな夢、燃え上がる幻影
あなたの瞳はとても優しく、声は澄んで響いた
あなたは輝いていた 暁に照らされた空のように

Tu m’appelais et je quittais la terre
Pour m’enfuir avec toi vers la lumiére,
Les cieux pour nous entr’ouvraient leurs nues,
Splendeurs inconnues, lueurs divines entrevues

あなたは私を呼び 私はこの地上を離れた
二人して光の彼方に逃れるために
空は私たちのために雲の扉を開き
見たこともない輝き 神々しい閃光が微かに見えた

Hélas! Hélas! triste réveil des songes
Je t’appelle,ô nuit,rends-moi tes mensonges,
Reviens,reviens radieuse,
Reviens,ô nuit mystérieuse!

あぁ!あぁ! なんという悲しい目覚め
私は叫ぶ おぉ夜よ 私に返しておくれ、あの人の幻影を
戻れ、戻っておくれ 輝きよ
戻っておくれ おぉ 神秘の夜よ!



実はフォーレはこの前年の1877年に婚約者のマリアンヌ・ヴィアルドから婚約を破棄されて、精神的に大きな打撃を受けています。そのこともあって、この詩の内容がまるでその当時のフォーレの悲痛な心情を表しているようにも感じられ、甘美で幻想的なメロディと相俟って心に静かに響く作品となっています。

そしてこの《夢のあとに》はフォーレらしい美しいメロディが心に残る曲ゆえに、歌曲としてだけでなくヴァイオリンやチェロといった様々な楽器での演奏でも知られています。歌い手さんには失礼ですが、何なら動画検索をしてみるとむしろ楽器での演奏の方が多いくらいです。

それでも、やはりこの曲は歌曲ですから、今日はオリジナルのかたちでの《夢のあとに》をお聴きいただきたいと思います。レジーヌ・クレスパンの歌唱による、対訳詞つきの動画でお楽しみください。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今季初の水出しコーヒーと『ブルーベリーワッフル』@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2022年05月11日 20時35分35秒 | カフェ
今日も小田原の小学校支援級では、大小様々なことが勃発しました。とにかく情緒級の子どもたちは分単位くらいで機嫌がコロコロ変わるのですが、大人たちもそれに翻弄されないようにしないといけないので大変なのです。

そんな小学校勤務をどうにか終えてから、横浜あざみ野の音楽教室を目指しました。そして、2週間ぶりに《雫ノ香珈琲》に立ち寄りました。

5月に入って新メニューがいろいろと登場していたので、今日は



今月限定の『ブルーベリーワッフル』をお願いしました。お店の看板メニューであるクロワッサン生地のワッフルにお店で手作りされたブルーベリーソースとサワークリーム、生クリームが添えられ、フレッシュブルーベリーとバニラアイスも盛られています。

ブルーベリーやサワークリームの爽やかな酸味とバニラアイスやブルーベリーソースの甘味が絶妙にマッチして、実に風味豊かな一品です。初夏らしいワッフルをいただいて、ホッとすることができました。

5月に入って



水出しコーヒーもスタートしていたので、



今回はそれもお願いしてみました。今日の水出しコーヒーは今月のコーヒーでもあるルワンダアバンドゥンジ農園のものでしたが、すっきりとした飲みやすいコーヒーで、ワッフルとの相性もなかなかでした。

今日はお天気もよかったので助かりましたが、どうやら金曜日以降は荒れ模様になりそうです。そろそろ楽器の機嫌が悪くなる時期になるので、早めに対策をしておかなければ…。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

改めて思う実によく出来た名作《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》

2022年05月10日 17時40分30秒 | 音楽
昨日の雨が上がって、五月晴れとはいかないまでもいいお天気に恵まれました。週間予報も少しだけよさそうな感じですが、本当にそのようになるかはまだ分かりません。

ところで、今日は小学校の音楽の時間にモーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》を鑑賞しました。タイトルを聞いただけでは子どもたちの顔に『?』が飛び交っていましたが、いざ曲が流れれば

「あぁ!!」

と一斉に大騒ぎになりました。

《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》といえば、モーツァルト晩年期の名作のひとつです。クラシック音楽に全く興味のない人ですら一度演奏が始まれば即座に反応してしまう音楽といえば、恐らくこの曲とバッハの《トッカータとフーガニ短調》とベートーヴェンの《運命》と《第九》くらいではないでしょうか(少々乱暴ですが…)。



楽譜を見てみると分かるのですが、この曲は実によく出来ています。かつて音楽教室の発表会の時に生徒に第1楽章を演奏させたことがあるのですが、特にこの楽章はヴァイオリン中級者が演奏する第3ポジションまでの限られた音域で書かれているので、生徒でも演奏することができたのです。

聴き映えのする音楽を作ろうと思えば、音数を増やしたり音域を広げたりといったことをするものです。しかしモーツァルトは敢えて弦楽器だけのアンサンブルで、しかもそれぞれのパートがそんなに音域を広げることなく重なり合うようにしただけで、これだけの名曲を作り上げてしまったわけです。

冒頭4小節のテーマがユニゾンで始まるというインパクトの強さと、展開部の

「そっちに行くんか〜い!」

という意外な転調、そしてあらぬ方向に転調を繰り返しながらちょっと不安気なユニゾン音階を経てからシレッと元のテーマが再現してくるあたりは、正にクセ強作曲家モーツァルトの真骨頂と言っても過言ではないでしょう。しかし、だからこそこの曲は時代や世代を超えて人々に親しまれているのかも知れません。

ということで、今日は《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》の第1楽章の演奏動画を載せてみました。あまりにも耳馴染んでしまっているので気になっていないかも知れませんが、1:35の展開部から2:11の再現部にかけての転調の妙味に耳を傾けてみて、モーツァルト音楽の奥深さを改めて感じていただきたいと思います。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『あの味』がするアイスキャンディ!

2022年05月09日 17時10分25秒 | スイーツ
今日は朝から曇りがちの空模様となりました。夕方頃からは冷たい雨も降り始めて、思いがけない肌寒さとなりました。

ところで、今日5月9日は『アイスクリームの日』なのだそうです。何でも1964年に東京アイスクリーム協会が販売促進のための記念事業を行って様々な施設へアイスクリームをプレゼントしたことから、翌1965年に日本アイスクリーム協会が制定したのだそうです。

それで、近所のコンビニのアイスクリームコーナーをのぞいてみたら



こんなアイスが売られていました。昭和世代には懐かしいロッテのブルーベリーガムの味がするというアイスキャンディです。

実際に食べてみると冷たいので『ガムの味そのまま』というには若干無理がありますが、それでも製造元が同じなだけあってかなり近い味わいとなっています。今日はアイスキャンディを堪能するにはちょっと寒い気もしましたが、それでも美味しく楽しむことができました。

今週は総じてあまり天候が良くないようです。土曜日のうちに洗濯物を済ませておいて本当によかったと思いますが、あまり五月雨模様が続かないことを願うばかりです…。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

藪に咲くシャガの花

2022年05月08日 18時35分18秒 | 
今日も比較的涼しい一日となりました。ただ、日中は長袖を着ていると少し暑く感じたので、やはり春ではなく初夏なのだな…と思わされます。

そんな初夏の陽気を象徴するかのように、近所の藪の中に



シャガの花が咲いていました。この花が咲くと、5月が来たなと思います。

さて、散発的だったゴールデンウィークも今日で終わり、明日からはまた日常生活が戻ってきます。私も頭を平日仕様にすべく、今日は少し早く休もうと思います。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日はブラームスの誕生日〜愛するクララ・シューマンに捧げた《左手ピアノのためのバッハ『シャコンヌ』》

2022年05月07日 17時55分15秒 | 音楽
今日は雨が降ったり、そうかと思うと晴れ間がのぞいたりする、よく分からないお天気となりました。風もどことなく涼しくて、何を着たらいいのか判断に困ります。

ところで、今日5月7日はブラームスの誕生日です。



ヨハネス・ブラームス(1883〜1897)は、彼と同時代の指揮者ハンス・フォン・ビューロー(1830〜1894)によってバッハ、ベートーヴェンと並ぶ『ドイツ3大B』と称された、言わずと知れたドイツロマン派を代表する作曲家です。

ブラームスの来歴や何やらについては、今更ここでゴチャゴチャ言うこともないでしょう。ということで、今回はそのあたりは全部すっ飛ばします(オイ…)。

で、今日はブラームスのピアノ作品のひとつをご紹介したいと思います。それは



3大Bの大先輩ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685〜1750)の傑作のひとつである《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004》の終曲『シャコンヌ』を編曲したものです。

この編曲は『ピアノのための5つの練習曲 Anh. Ia/1』という連作の中の第5曲目に収められています。なので、世の中的にはあまり知られてないかも知れません。

バッハの『シャコンヌ』といえば



バッハの無伴奏ヴァイオリン作品としてのみならず、バロック音楽中の金字塔的作品のひとつとしてあまりにも有名な曲です。それ故に様々な音楽家が編曲を試みていて、その中で一番有名なものはイタリア人ピアニストのフェルッチョ・ブゾーニ(1866〜1924)のピアノアレンジがありますが、個人的にはちょっとガチャガチャしていて、失礼ながら若干悪趣味な感が拭えません。

一方でブラームスは、



何と左手のみで演奏するようにピアノアレンジしています。なんでわざわざそんなことを…とも思うのですが、この異色のピアノアレンジが生まれるきっかけになった背景には、ブラームスにとって決して成就することのない愛する女性



クララ・シューマン(1819〜1896)が深く関わっています。

ブラームスが



師でもあるローベルト・シューマン(1810〜1856)、クララ・シューマン夫妻と出会ったのは20歳の頃でした。ローベルトの師だったフリードリヒ・ヴィーク(1785〜1873)の娘として父親から英才教育を受けていたクララは、まだまだ女性の活躍が限られていた時代の中にあって女流ピアニストとして華々しい活躍をしていました。

その後、ローベルトはライン川に投身自殺を図った末に46歳という若さで他界してしまいました。この時、残されたクララは



ローベルトとの間にもうけた8人もの子どもたちを育て上げるべくピアニストとしてヨーロッパ各国でコンサートに出演したり、亡夫の作品を少しでも世に送り出すため宣伝活動としての自主公演を開催したりしていました。

そして、青年期にシューマン家に出入りし、音楽評論家ローベルトに認められたことによって世に知られることとなったブラームスも、クララのために作品を献呈したりするなど親しい関係を築いていきました。それはやがて、師の未亡人との叶わぬ恋に発展することとなります。

ある時クララが右手をケガしてしまって、ピアノ演奏が思うに任せなくなってしまったことがありました。その状況を知ったブラームスは、早速左手だけで演奏できる作品を作り上げてクララに捧げることにしましたが、その時に選んだのがバッハの無伴奏ヴァイオリンのための名品『シャコンヌ』だったのです。

直接的には右手の使えないクララのために、左手だけで演奏できる作品を…と思い立ったのがきっかけとなったわけです。ただ、このピアノアレンジはそれだけではなく、ドイツの偉大なる先達バッハに対するブラームス自身の畏敬の念も詰まったものということができます。

当然のことながら、バッハのオリジナルがあまりにも素晴らしい作品なので、ブラームスのアレンジも大変素敵な作品となっています。左手一本での演奏という制限が設けられていますが、元々ヴァイオリンの4本の弦だけで演奏するように書かれたバッハの原曲と同じく音数を制限することによって、より原曲のテイストに近い響きを演出することができているとも言えるものです。

そしてこれまた当然のことですが、左手一本のみでの演奏だからこそピアニストの力量が存分に試されるものともなっています。それに応えることのできたクララ・シューマンというピアニストは、それだけ素晴らしい演奏者だったのでしょう。

因みに、このアレンジを手掛けた頃のブラームスは



こんな感じです。音楽室の肖像画はヒゲモジャの姿ですが、青年期のブラームスはこんなにもイケメンだったのです…。

そんなわけで、ブラームスの誕生日である今日は、クララ・シューマンに捧げたバッハの『シャコンヌ』をお楽しみいただきたいと思います。福間洸太朗さんのベヒシュタインピアノによる、バッハとブラームスとの時を超えたコラボレーションを御堪能ください。



コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花とぬこさん

2022年05月06日 17時17分17秒 | ネコ(=゚ω゚=)
今日はゴールデンウィーク中の一点の平日でした。もしかしたら休む子どもたちも多いかも…と思ったりしたのですが蓋を開けてみれば欠席者はほぼゼロ、多少の休みボケっぷりは垣間見えるものの、元気に登校してきていました。

それでも、自由に休めていた日常から時間割で動かなければいけない学校生活が始まったことで少なからず苛立ちは抱えていたようで、中には出来ないことに直面して地団駄を踏んだり、ひどいと壁を蹴ったりする子も見受けられました。ただ、そうした子を変に優しく宥めてすかしてばかりもしていられないので、要所要所で

「はい、やりますよ。」

と塩対応もしていました。

今日は全校生徒が5時間授業だったので、ちょっとだけ早目に学校を出ることができました。なので、帰り際に小田原城址公園に立ち寄ってみることにしました。

先月撮影した《御感の藤》の辺りをそぞろ歩いていると、ツツジが植えられている石垣の上に



一匹の猫がチン…とお座りしていました。



始めはちょっと離れたところから撮影していたのですが、あまりにも物怖じしない様子に見えたので少しずつ 少しずつ間合いを詰めていって



こんなに近くまで寄ることができました。

もしかしたら誰かが餌付けしているのかも知れませんが、とにかく大人しく座っていて



何ならこちらに目線をくれるサービスっぷりでした。それにしても



何ともイケメン?美人さん?な猫で、ツツジの赤紫色とのコントラストも実に素晴らしい感じです。

私が撮影していることに気づいた他の人が近づいて撮影していても、一向に動ずる気配はありませんでした。ただ、さすがにジッとしていることに飽きてしまったのか、しばらくすると大きなアクビをかまして何処かへ行ってしまいました。

何だか久しぶりにニャン写を撮ることができて、ちょっと嬉しい気分になれました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久々の再会

2022年05月05日 18時10分55秒 | カフェ
今日は端午の節句です。外は五月晴れ…を通り越して夏日となりました。

そんな中ですが、今日は昔あざみ野の教室に通っていたかつての生徒が北陸方面から里帰りしているということで、久しぶりに会って近況を聞くことにしました。ただ、残念ながら今日は木曜日のためいつも利用している《雫ノ香珈琲》が定休日だったため、とりあえずあざみ野直結のetomoの中にあるキャピトルコーヒーに入りました。

席を確保してから、私は



ソフトクリームのせのコーヒーゼリーをオーダーして話を聞きました。

アラサーを迎えて以前より少し逞しくなった彼の話を聞いて見ると、年回り的に職場でいろいろと言うに言われぬことがあるようでした。職場でもある程度責任のあるポストに就くこともあり、人間関係のバランスとりに苦心している様子が垣間見えていました。

自身でも経験がありますが、職場での人間模様は実に厄介なものです。それでも、私に向けて淡々と話す様子を見ていると、彼の中ではある程度自身が目指すべき方向性は見えているような気もしたので、私は特に偉そうなことを言わないようにして彼の話を聞いていました。

コロナ禍が今以上悪化しなければまたお盆休みに帰省するとのことだったので、その再会を期待しながら駅で別れました。その時には是非《雫ノ香珈琲》で再会したいものです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

風にのってきたハゴロモジャスミン

2022年05月04日 20時20分20秒 | 
何でしょう…昨日あたりから全身がダルくて仕方ありません。明後日からまた小学校が始まるというのに、こんなんではどうしようもありません。

そんなことをグズグズ考えていても仕方ないので、午後からどうにか身体を起こして外に出ました。すると5分ほど歩いたところで、何処からか甘い花の香りが漂ってきたのです。

香りに誘われて風上に向かってみると、



あるお宅の生け垣にハゴロモジャスミンが咲いていました。近づいてみると



ジャスミンならではの甘い香りが道いっぱいに広がっていました。

はぁ…

結局テンションを向上させるには至らずに帰宅しました。金曜日までに何とかしなきゃ…。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

去りゆく春を惜しむスミレ

2022年05月03日 19時30分51秒 | 
今日は憲法記念日です。巷では日本国憲法について侃々諤々あったようですが、私は日頃の疲れが一気に来たためか朝から頭が痛くて、ほぼ一日無為に過ごすハメとなりました…。

午後になってちょっと気分がよくなったので、買い物がてら出かけてみることにしました。すると、我が家から少しばかり離れた藪の中に



スミレが一輪だけ咲いていました。

春を代表する花のひとつですが、そろそろ初夏の陽気になってきたこともあって、今季はもう終わる頃でしょう。ツツジが満開の中で物陰にひっそりと咲く可憐なスミレの花に、去りゆく春を見たような気がしました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日はアレッサンドロ・スカルラッティの誕生日〜ペルゴレージの名曲誕生のきっかけとなった《スターバト・マーテル》

2022年05月02日 16時25分15秒 | 音楽
今日は折角晴れたと思ったら、午後になって突然大雨が降ったりする不安定な空模様となりました。『春に三日の晴れなし』とは言いますが、こうお天気が安定しないと洗濯物もおちおちできません。

ところで、今日5月2日はアレッサンドロ・スカルラッティの誕生日です。



アレッサンドロ・スカルラッティ(1660〜1725)はバロック期のイタリアの作曲家で、特にオペラとカンタータで著名です。オペラにおけるナポリ楽派の始祖と考えられていて、クラヴィーア・ソナタで有名な



ドメニコ・スカルラッティ(1685〜1757)の父親でもあります。

さて、一般的にはあまり馴染みのないアレッサンドロ・スカルラッティですが、実は名曲を生み出すきっかけを作ったといってもいい人物でもあります。それが《スターバト・マーテル》です。

アレッサンドロ・スカルラッティの《スターバト・マーテル》は、彼がナポリ総督宮廷楽長を勤めていた頃、ナポリ在住の貴族集団『悲しみの聖母騎士団』から委嘱され1724年に作曲したものでした。そして、後に同団体がスカルラッティの作品に代わる新たな《スターバト・マーテル》を委嘱したのが



あのジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(1710〜1736)でした。

二人の《スターバト・マーテル》はソプラノ、アルト独唱と弦楽器という編成であることや、世俗カンタータと室内二重唱曲の影響を受けていることなどが共通しています。このことから、ペルゴレージの名曲はアレッサンドロ・スカルラッティの曲に替わるものとして依頼されたと推定されていますが、そういった意味ではアレッサンドロ・スカルラッティの作品が無ければペルゴレージの名曲も生まれなかったわけです。

そんなわけで、今日はアレッサンドロ・スカルラッティの《スターバト・マーテル》をお聴きいただきたいと思います。後のペルゴレージの名曲誕生のきっかけとなった、時に静謐な、時に情熱的な音楽を御堪能ください。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする