あの店に、屋号なんか在ったか、どうなのかもぅ?
今じゃぁ憶えてなんかぁ
それにぃ忘れずに憶えていたって・・・・、ナンにもぅ。
如何してかぁ? っと
ツレと、その店で待ち合わせの約束するとき
「婆さんトコなぁ 」
「おぉ わかった 」
だから、【 ばぁさんの店 】
今想い出しても名前とゆうか唯ぁ バァさんの店 だったとしか。
人の記憶なんてね、自分の記憶なんて、時が過ぎて逝ってしまったら
頭の中に、忘れろと朧な霞が罹ったみたいになって
何もかもな想い出が、アヤフヤにぃなってくるみたいですよ。
だけどね自分、あの時の出来事は、未だに憶えてます。
タブン、自分が死ぬまでなんでしょうねぇ。
忘れるコトなんかぁできませんかなぁ・・・・タブン
深夜に夜勤(ヨルツトメ:某深夜倶楽部)が終わったら
そのまま寝グラのアパートに帰らず、次の ≪頼まれ早朝アルバイト≫先、青果市場にと
女物の通勤自転車 テレテレテレッ と漕ぎ、店での酔いを醒ましながら市場の在る駅裏へ。
っで、バイトに行くその前に、夜食を採ろうとして、市場に往く途中の
踏切近くに在る 「番外地」 目指しました。
冬の終わり頃の夜といっても、まだまだ肌に冷たい寒さ。
自分が羽織っているのは、カッコウだけで薄い、フアッションオーバー。
その下には、黒服(店着)を自分の服に着替えず、そのままで次のバイトにと。
(市場での仕事服は、バイト先の青果店が用意してくれてました)
だから、薄着での寒さな感覚、疲れた躯の芯まで突き通ってきてました。
店に着くと、隣の店との間の、小便臭い狭間に自転車を突っ込む。
かじかむ手先に息を吹きかけ、内側が結露で濡れた古い木枠の硝子の引き戸
力を入れて開けようとしたら、若い男が開けて出てきた。
男が店の明かりを背にしていたので、顔、ドンナ風だったかは憶えがぁ・・・
擦れ違いざまに、お互いの肩が触れたとき、男の身体から
ナニかぁ、鋭さナ感覚が伝わってきて自分、チョットぉぅ・・・・・!
何かがぁ匂うぅ・・・っな、雰囲気が漂う
【 ババァの店の中 】
若い男と入れ違いに、店に足を踏み入れても、歓迎の声などぉぅ
そんなもの望んでもいなかったけど、何かがあればなぁっとぉぅ
その代わりババアがいつもの 此方にチラリッ!っな、飛ばし視線だけ。
コンナ店で、多くを望むまいッ!
自分が何時も座るのは、入り口から一番遠い奥の板壁沿い。
(くの字のカウンター、木造の席数七人分と予備の折りたたみパイプ椅子)
おババのチラリ視線を下を向いて避けたので、顔上げて店の奥を見たら
「化け物ッ!」 っと、心で。
大男が、猫背な感じで黒い影になって、板壁にくっ付くようにして、収まっていた。
座る。 じゃぁナク壁の一部みたいな感じで、据わっていましたッ!
だから板壁に並んで吊るし標された、御品書きの短冊、マッタク見得ませんでした。
自分、慌てて横目でおババを盗み見ると、細い顎先で反対側の板壁を指します。
自分、素直に従いました。 此処じゃぁ、ババァに文句を言う奴なんかぁ・・・・
注文もしないのに、眼の前に何時もの、大盛肉饂飩。
丼の底が割れるっかもなぁ!っな、感じで ドンッ! っと置かれます。
自分、丼から揚がる湯気を透かしながら反対側の怪物を見モッテ
割り箸を前歯で噛んで割り、熱い饂飩を啜りました。
冷めた躯の中に、熱いものが落ちていきます。
赤唐辛子の辛味がぁ~!
饂飩の味よりも、腹の太る感じと寒さ抑え、っが目的の唯の食い物。
白人男の眼の前のカウンター、男の背丈に比べるとアマリにも低すぎて
男の背中、猫背になっていた。
カウンター、煙草の焦げ痕や、なにかの染みで、イッパイでした。
汚れたカウンター の上に置かれた、余り清潔とは言い難い
汚くも手垢で油染みたように曇った硝子のコップ゜。
その中に入った冷酒(ヒヤザケ)を、水でも飲むような感じでした。
岩石みたいな顔の、頑丈そうな二つに割れた顎先を
上向きに突き上げるようにして、勢い良く何杯も呷っていた。
大きな掌で包まれ小さく見えるコップ゜、子供のママゴト遊びの玩具のコップみたいだった。
一息に呑む度に硝子コップ、勢いよくカウンターに叩き音発て、戻してた。
自分には解らない異国の言葉と、モット注げ っな手つき仕草で
女将のバァさんに、お代わり注ぎを強請ってさせていた。
だから真ッ更の一升瓶、中身の焼酎が直ぐに半分以上も無くなる。
自分、寒い処で生まれた者は、キッと強い酒に慣れているのだろう。
っと思いながら、外国人があたり前のように、何杯も重ね呑むのを眺めてた。
ぁりゃぁ、飲むじゃぁないなぁ・・・・溜めるやなぁ!ッ
自分、そぉ思った。
っで、大男。 幾らかは腹に溜まって満足したのか
握っていたコップを静かにカウンターに置き、カナリ大きな溜め息一つ。
それから大きく背中を反らして伸びをし顔を前に戻したら
金色毛虫のような眉毛の下、伏目がちに窪んだ眼孔でババァを視た。
そして此方をッ!
自分、ゲッ! っと。
眼がッ!男の眼がっ!! 瞬間観でも判ったッ!
凍えるように冷たく冴え冴えナ感じの青い瞳ッ!
自分咄嗟に目線を自分から逸らしました。
ヒタスラ丼の中の饂飩を見つめ、啜り喰いました。
タブン ≪電話は無いのか? ≫
っと、外国人が身振り手振りで。
「アンタの国ッ、こんな(場末)トコッ電話、あるか? 」
バァさん、見事なまでに青い眼に据えた自分の目線を逸らさず
モツ煮込みの鍋の蓋を閉じながら、半島訛りが混じった風な日本語で応じた。
異国人、雰囲気で理解できたのか 「ダァー 」 っと
今から思えば、タブンこんな風に短く喋ったかと。
此処ら辺りでは、外国人と言えば朝鮮半島人くらい。
此の男のような、蝋人形みたいな肌の白っぽい人間は、物珍しさがぁ・・・!
突然、表が騒がしくなった。
近くで、警官の呼子が吹かれてた。
その返事みたいな呼子が何処かで吹かれた。
結露した、店の引き戸が激しく一度叩かれ、誰かが駆け去る足音。
自分驚いて振り返って引き戸を見たけど、白人は何事もなかった様に呑み続けていた。
暫くしたら表の騒ぎ、段々と遠のいていきました。
「バァさん、何の騒ぎなんやろなぁ? 」
「・・・・・知らん 」
おババ、葱を包丁で刻みながら、顔も上げずに答えた。
白人、自分の眼の前に置かれた、新しい焼酎の一升瓶の首
軽々と摑んで傾け、コップに注いでいました。
兎も角この外国人、食い物でも酒でも、何でも出す店から出て行くとき
相当に覚束ない、怪しげなようすの足取りだった。
男の革靴の先が、店の引き戸の敷居に引っ掛かり
危うく倒れそうになりながら、表に出て行った。
「バァさん、ココらには珍しいぃ客やなッ! 」
自分、外国人が開けっ放しにした引き戸を閉めながら、感心しきって。
「そぉなんや、ウチじゃぁ初めてやで、あんなん。迷惑なんよぉ連れてくるわッ! 」
っと滑らかな、此処らの播州訛りでお話です。
「誰が、置いていったんッ? 」
・・・・ッ! 返事は戻ってきません。
カウンターの中、近いけど遠くに感じました。
けどぅ、外国人が店から出て行くのを見送ったら
なんとなくババぁっと目が合い、思いもかけずに
互いにぃ気恥ずかしさが!
自分照れ隠しで、何時も飲まない丼の汁、飲み干しました。
此の姥ぁ、決して年寄りじゃぁなかった、只ぁ此処に来る客は此の女の人を
「バァさん」 っと、呼んでいた。
此の女(ヒト)、噂では戦時中は大陸や南方方面で、旧日本兵相手にぃ色々とぉ・・・・・。
店の客筋、タイガイ深夜働きの、お水系の男や女。
自分が往ったときは男の客の方が、幾分か多かった。
それと、旧国鉄の線路保安職員らが、夜食を採りにきたり
駅裏の青果と乾物の卸し市場で、早朝働きの人が早めの朝飯前の飯を食いに来る。
此処「番外地」では、他にもこの店と似たり寄ったりな
同じような雰囲気の店屋が並び、此処ラで売りにしている食い物は
「あの肉うどんの肉なぁ、タブン犬か猫やないんかぁ? 」
「あっこの、おでんのスジなぁ、ナンのヤツのスジなんやろかなぁ? 」
「ヒヤ酒なぁ、なんぼ飲んでも酔わへんやろぉ、ナンやぁ混ざってるんかぁ? 」
決して冗談じゃぁ・・・・・なぁ、所やった。
そんな、地元の者でも余り近寄りたがらない、場所だった。
その頃は自分、夜の世界で働いていました。
その日は、深夜に店が引けたので、其の侭アパートには帰らず
働いてる倶楽部の馴染みの客で、青果市場の大将が倶楽部のママァに
「なぁ手がないんやぁ!誰か若いんにぃ手伝ってくれんかぁ、頼むわぁ! 」
っと泣きついて、お陰で白羽の屋が刺さったのが、自分。
「アンタに、タっての頼み、行ったッてやりっ! 」
自分逆らわんと、素直に応じました。
ママぁには、この頃、チョット迷惑を掛けていましたので。
イヤイヤながらも、素直にでした。
っで、店がハネテから、一息おババのトコで休憩し
頼まれバイトっをしに、駅裏の卸し市場にと。 行く予定。
「バァさん、ホナいってくるでぇ 」
「タイソウやけどぅ、気張りんかぁ 」
「ぅん 」
後ろ手で、内側が曇ったガラスの引き戸を閉じたら、冷たい風が顔を嘗めた。
空を見上げたら、星が出て綺麗すぎたから、今日は晴れかぁ・・・・っと。
店と店の間の、小便臭い隙間みたいな所に突っ込んでいた自転車を引き出し、跨った。
横の有刺鉄線の柵の向こう側、暗い線路上を夜を吹き飛ばすかと
勢いよく蒸気の音発てて、夜行列車が駆けて往きます。
自分、汽車の煙の中の、石炭の燃える匂い嗅ぎながら
夜を暗さナ自転車灯で右に左にと、地面を舐め照らし、風切って走り始めたら
漸く温もっていた気分が、冷たく醒めゆくのが解かり、少し情けなさがぁ!
夜汽車が通り過ぎても、踏み切りの遮断機、降りたままでした。
カンカンッと、辺りに響き渡る、甲高い警鐘の連続で打たれ続け音ッ!
サッキ通り過ぎた列車の反対側の、線路の向こうから、段々と明かりが近づきました。
踏切の中が照らされたと思ったら、突然眼の前が風圧で圧せられました。
今度は、黒っぽい貨車が長く連なった、貨物列車が轟音を発てて通りすぎてゆきますッ!
辺りが静かになって、踏切の遮断機揚がりかけると
静かさな夜の中ぁ 微かに耳にぃ聴こえてきました。
自分、最初は虫の声かぁ? っと。
ですが、この寒さナ時季にぃかぁ? っと。
っで空耳やな。
右足で踏んでいる自転車のペダルに、力を入れかけたらぁ・・・・!
随分後から思いました。
自分、あの時にぃ、あのまま踏切ぃ
渡った方がぁ・・・・・!!
夜の暗さは 何の助けにも為りません
暗さな中の 視えないものを 無理にと覗いても
ロクな事にはぁ・・・・・・
っとその時には 自分 気づきませんでした