【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

夜の迷走

2008年01月29日 03時19分19秒 | トカレフ 2 
   


糸が切れた操り人形は、ただの木偶人形になる。
それが人の躯なら、人が背負う、人の定めの重さから逃れられた幸運な者かも。

だけどぅ、どんなに運命を変えようとして死に物狂いで足掻いても、
人の人生に雁字搦めに絡められた運命の糸から、
果たして人さんは、逃れることなんかできるんやろかぁ。

例えばどんな事をしてでも、運命を変えることができるものならば、
いったいそれはどんな方法なんだろう?
そして、どぅやったらその方法が手に入るのだろうか。
何処に往けば、それは知りえるののだろぅ?

だけど誰かが知ってるのだろぅ、その方法をぉ・・・・・・


遺棄された襤褸な人屑のようになって、バァさんの店の土間に横たわり、
グッタリト、糸の切れた操り木偶人形みたいに、全身から力の抜けたタダノ物体。
見たこともないような化けモンみたいな、馬鹿デッカイ男を運ぶことは、
生きている普通の人間を動かす、その何倍もの力が要る。


運転手、力が抜けキって躯がグニャグニャに為った大男の背後から、両脇に腕を回し、
なんとか抱え上げ、表の舗道に乗り上げて停めてる車まで運ぼうとしていた。

「姐ハン、モッソトそっちの方をモッテんかッ!」

「ソッチって、どこやのんッ?」

「足ぃもってどないするねんッ、コッチの膝の裏お持たんかいなッ!」

「持ってるがなッ!ぁッ!抜けたッ!わッ 」

バァさんの手には、巨大な四足動物みたいなバケモンの左足の、大きな靴だけが残る。
舗道に落ちたバケモンの踵が敷石を打つと、乾いた硬い音がした。
運転手、男を力任せに抱えようとしながら、それを観ていた。
ッデ、踵が落ちたとき、鈍い音じゃぁなく乾いた音だったから思わず問うた。

「なんやねん、コイツの脚はセメントかいなッ!」

「ゥンショッット!重とおて!・・・・・ギィ・・ッ!やねん 」

バァさん、外人の両脚を歯ぁ喰いしばりながら脇に抱え込んで喋るので、
ナニを言ってるのか、ハッキリ聴き取り難くかった。

「ぇ~!なんやって、聴こえんがな?」

「義足やってッ 」

「ギソクゥ? なんや?」

「脚ぃないねん モそっと上手に運ばれんのんかッぁアンタッ!」 

ッデ、バァさん、人が力んで奥歯を噛む歯軋り音、久しぶりに聞いた。

「やかましぃわいッ!ぅ!・ぅん・ギリッ!」 ット。

「ぁッ!チョット待ちんかッ 」

「もぉぅ!ドナイヤねん!ッ」

「ッ!血ぃやがな!」

運転手、その言葉に驚いたのと、力尽きかねて男の躯を投げ出した。
男の後頭部が舗道に落ちると今度は鈍い音がした。運転手直ぐに男の黒いコートの前を開く。

「脇腹やな、姐ハン焼酎やッ 」

「アホッ!こないな時になにゆうねんッ!」

「(傷の)消毒やがな、忘れたんかいなダボがッ!」

バァさん、憎まれ口に反応しないで一升瓶を取りに行く。


「そないにケチらんとギョウサンかけんかいな 」

「アンタの車が汚れてもえぇんかッ 」

「ぁッそやな、チョットよぉ見えるように開くわ 」

「チョットあんた、ウチのデバ(包丁)やがな、なにすんねんッ!」

「緊急事態やがなッ!」


運転手、手馴れた感じの手捌きで、男の衣服を包丁で切り開いた。


「刺し傷やな、アンガイ浅いんとチャウの?」

「脂肪が厚いみたいやから、此れヤッタラえぇかもしれんなぁ 」

「アンタの診たてはえぇ加減やからなぁ 」

「姐ハンにゆわれとうないがな 」


「どないしたんやッ!」 ット、突然ッ、ふたりの頭の上から訊かれた。

男に覆いかぶさって傷を覗き込んでいたふたり、驚いて言葉もなく首を後ろに回し見上げる。


「ナッなんやもぉぅ!アンタかいなッ!脅かさんときんかぁ、ァホッ 」

「ニィチャン吃驚させたらアカンがなッ!ほんまにぃ! 姐ハン何方ハンやッ?」

「ぅぅん、チョットな・・・・、知り合いやねん 」

「ぉかんッ なにあったんやッ!」

「アンタにおかんゆわれとうないッ!」

「誰にやられたんやッ!」

「知らんがなッ!」

「知らんで済まんがなッ!」

「知らんもんは、知らんゆうてるやろ、アホかッ!」


「チョットチョット姐ハン、コナイナ時に喧嘩はないやろぉ、ニィチャン手ぇ貸してんか、なッ 」


ッデ、三人がかりでなんとか男を車の後部座席に押し込んだ。

「姐ハン、ワイの車に乗せるんわえぇけどな、どないしたらえぇねん?」

「せんせぇに、電話入れとくさかいに連れていきんか 」

「センセェ・・・ッテ誰や?」

「〇〇医院の先生やがな 」

「ぇ~、アッコはアカンで 」

「なんでや?」

「ワイ、不義理してるさかいになぁ 」

「アンタの不義理がなんか知らんけどな、緊急事態なんとチャウんかいなッ!」


「はよぅ(ハヤク)せんと、死によるがなッ!」
 
先に車の助手席に乗り込んだ、若い男が怒鳴る。

「ウチ、電話しとくな 」

バァさん、駅構内の公衆電話に向かって走り出した。
その背中に、運転手が怒鳴る。

「ワイが謝ってるゆうといてなッ!」

バァさん、後ろを視ないで手ぇ振った。

運転手が車に乗り込むと、煙草の煙に混じって血の匂いがした。
走り始めると、運転席のドアの窓を全開にする。

「今日は、ついてへんなぁ・・・・・」

「なにがですんか?」

「ニィチャン、姐ハンのなになん?」

「身内の者ですわ 」

「身内ッテ?」

「訊いてどないしますのん 」

「別にぃ 」

医院はそんなに走らなくても直ぐに着く距離だったけど、
運転手にとっては、長い時間だと感じた。

『トコトンついてへんがなッ!厄日やでッ!ボケがぁ!』

ット、心で毒づいて、大きく息を吸う。
無性に腹が立っていたが、何処にも持って往きようがなかった。
助手席の男を盗み視ると、ジャンバーの前が少し開いてて、
ズボンのバンドに、鈍い輝きの得物を差してるのが視える。

「ニィチャン、あんた筋モンの玄人かいな?」

「オッチャン、それがどないしたん?」

「どないもせんがな、そやけど素人には見えへんさかいになぁ 」

「ナンも知らへん方がええこともあるんやで、オッチャン 」

「そぉやな、ぅん、そぉやな 」

「オッチャン、ぉかんの店の常連かいな?」

「昔からの知り合いやがな 」

「昔ぃ?」

「ぁあッ 」

「何時からや?」

「おまえな、知らんでえぇことかて在るんやで、なぁ 」

「そらそぉやな 」


医院に着くまでふたり、なんにも喋らんかったそうです。






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