【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

親子です  息子と父です

2006年08月24日 00時28分45秒 | 無くした世界 
 

 頑固な不器用者
  


私の父は今年で 八十四歳になりました。
大正生まれの 次男坊です。

上には 少し歳が離れた姉さんが数人います。


わたしの二親とわたしら夫婦 
今年の春に その親父の姉さんたちに逢いに、九州まで往きました。
結果は、悉く皆さん亡くなってるか 痴呆老人となられていました。
お一人は全く此方が誰かを・・・
もう一人のおばさんも ・・・・

親父は、久しぶりに逢えて嬉しそうにしていましたけど、
何処か何だかなぁ・・・っと。


わたしは、子供の頃から親父が 大好きでした。
たぶん、お袋よりもでしょぅ

親父さん、本当に不器用な人です。
何を遣らせても一応 一生懸命にします。
唯ね、結果がぁ・・・ねぇ

若い頃に右脚の膝から下を事故で失くしても 私が見る限り
普通の人と変わりません。
さっさと歩くし、以前は私の仕事の手伝いも してくれました。
事故に遭うまでは 毎日 休まずに仕事場に行ってました。
何があろうと、です。 早朝から夜半過ぎまでです。

わたしは子供心に、顔中汚れて夜中に帰ってくる父を見ると
やっと、無事にお帰りしてます。 って思って お布団の中に入りました。

親父と遊んだ記憶は 殆どありますん。
親父は兄とよく キャッチボールをしていました。

唯、一度。 夏に遠くの磯に貝採りに往った事が
当時の事ですから 歩いてです
どぅして二人でかは 憶えていません。
嬉しかったのを昨日の様に です。
その時に会話は した憶えはないです。 無口な人ですからね。

途中わたしの脚疲れで

其れで、背中に負ってくれました。

汗の匂いが わぁ~! って。
髪の油のポマードの匂いが同じく わぁあ~! って。
わたしね、トッテモ 幸せでした。 此の時


荒磯に着いて 父は一生懸命に貝を採ります
私は 足手纏いでしょ。 何の手伝いもできません。
夕方近くなって 帰りました。 バケツ一杯の貝と共に
父が提げていました 重たいバケツを
其の後ろ姿をわたしは 追いました。
一度も声をかけてはくれません。 唯 無言で黙々と歩いてました。


突然っ! 父は立ち止まり、
バケツを置いて膝を地面に着きました。


「乗れ 乗らんとう 」 

前屈みで 父が

「疲れとらんけん 乗らん 」
「よかっ 乗らんか 」


ランニング姿の父の肩は 日焼けで真っ赤でした。
陽に焼けすぎて小さな水泡が いっぱい出来てました。


「赤かけん よかとぉ 」
「いとうなかけん おんぶされんかっ 」
「疲れとらんっ! 」

半泣きでした わたしは

「せからしかね 早くのらんかっ! 」 


わたしね 幸せでした 何とも表現できません
今 大人になって想い出しても 幸せです

家に着くまで ずぅっとぉ 泣きべそかいてました。



父は物凄く頑固です。 けど、物言いは煩くは言いません。
私が何かの不始末をしても、あんまり叱られた覚えがないです。
でも、だからです、一言が十分にです。


家族のあり様は 色々でしょう

私はわたしの家族が 
わたしの家族で好かったです。





   

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