最古の良寛詩歌碑
三条市立図書館に断片が展示されています、
従来最古とされて来た詩碑は分水国上の乙子神社の詩歌碑
安政5年(1858年)に建立されたものあるが、
展示の古碑はこれより23年さかのぼる、現存最古の
良寛碑である、
生前しばしば三条を訪れた良寛が、八幡宮辺で詠まれた
いしぶみの一部の断片
十字街頭乞食了 八幡宮辺方徘徊 児童相見共相語
去年痴僧今又来 越州沙門 良寛書
(十字街頭 食を乞いおわり 八幡宮辺まさにはいかいす
児童相見て共に相語る 去年の痴僧今又来る)
良寛没後4年、良寛を敬慕した、町人たちが文政の大地震や
天保の飢饉で乏しい世相の中でゆかりの八幡宮境内に建立
したもの、その後文久元年(1861年)4月の大火で詩碑
壊れ行方不明に 昭和60年八幡宮築山の一隔で石片が発見
建碑は天保6年(1835年3月)
建碑者 成田伝吉 三浦屋元助
現存詩碑は古碑の代替えとして,大正3年に(1924年)に
建立されたもの、
三条市立図書館に断片が展示されています、
従来最古とされて来た詩碑は分水国上の乙子神社の詩歌碑
安政5年(1858年)に建立されたものあるが、
展示の古碑はこれより23年さかのぼる、現存最古の
良寛碑である、
生前しばしば三条を訪れた良寛が、八幡宮辺で詠まれた
いしぶみの一部の断片
十字街頭乞食了 八幡宮辺方徘徊 児童相見共相語
去年痴僧今又来 越州沙門 良寛書
(十字街頭 食を乞いおわり 八幡宮辺まさにはいかいす
児童相見て共に相語る 去年の痴僧今又来る)
良寛没後4年、良寛を敬慕した、町人たちが文政の大地震や
天保の飢饉で乏しい世相の中でゆかりの八幡宮境内に建立
したもの、その後文久元年(1861年)4月の大火で詩碑
壊れ行方不明に 昭和60年八幡宮築山の一隔で石片が発見
建碑は天保6年(1835年3月)
建碑者 成田伝吉 三浦屋元助
現存詩碑は古碑の代替えとして,大正3年に(1924年)に
建立されたもの、