本と出会い「命」考えて
年間の自殺者数が8年連続で3万人を突破し、深刻な社会問題になっています。自殺したくなったら図書館へ行こう」という言葉が全国に広がるきっかけを作った東近江市立能登川図書館の才津原哲弘館長(60)に、現代社会における図書館の可能性や果たすべき役割などについて聞きました。
――「自殺したくなったら図書館へ行こう」という言葉の由来は。
アメリカの図書館のポスターにこの言葉が使われていることを、図書館情報大学長を務めた竹内哲(さとる)さんの講演録で知りました。アメリカでは図書館が自殺防止の役割を果たしていることを知人らに紹介したのがきっかけで、多くの人にこの言葉が知られるようになりました。
――なぜ、この言葉を紹介したのですか。
自殺者が一人も出ない街、自殺を考えている人が一人もいない街は、日本のどこにもないはずです。自殺する前の段階で、本や人と出会い、ほっとできる「隠れ場」としての図書館が求められていると思ったからです。
――能登川図書館は今年、開館して10年を迎えます。
旧能登川町の公民館図書館の時には、年間1万冊の利用でした。それが現在は年間30万冊。日常的に本と向かい合う家庭が増えたと思います。また、様々な人との出会いもありました。ガンの宣告を受けたある女性は「ヨーロッパの修道院の図書室がそうであるように、自分にとって図書館は魂を癒やす場所だ」と話してくれました。
――どうやって、利用を1万冊から30万冊に増やしたのですか。
何かを知りたいと訪れた利用者を、手ぶらで帰さない態勢を整えることです。それには絶えず良い本をそろえ、利用者の関心に応える必要があります。能登川図書館は毎年、約1万冊の本を購入してきました。図書購入の予算を付け、本を選ぶ職員をきちんと配置する。これに尽きます。
――図書館の職員の役割は。
年間7万冊もの本が出版されており、1人が読める本は限られています。責任を持って本を選ぶ力は一朝一夕ではできません。本と利用者に継続的にしっかりと向き合う。その経験の積み重ねが本を選ぶ力を育てます。そこに人件費として予算を投ずることは、図書館を生かすことにもつながります。
――なぜ、図書館に興味を持ったのですか。
最初は就職先の一つぐらいに考えていました。大学卒業後、千葉県八千代市の図書館に勤務しました。長く続けるつもりはありませんでしたが、列をなして本を待ち、深々と感謝して本を受け取る人たちと接するうちに、やりがいを感じるようになりました。
――理想的な図書館とは。
誰もが気軽に歩いて行けるように、中学校区に一つあること。市町の予算の1%くらいを図書館の費用に充てることが条件です。図書館は生涯にわたっての「学び」を保障し、人が知りたいことを提供する場。身近にあることが何より重要なのです。
――3月で定年退職になるそうですが。
バトンを手渡す職員一人ひとりに頑張ってほしい。ただ、図書館は職員だけで出来上がるのではなくて、利用する住民一人ひとりが育てるのです。良い図書館は天から降ってこない。自分たちの図書館として利用し、図書館を育ててほしいですね。
――定年後の夢は。
友人がいる福岡県二丈町に移り住むつもりです。小さな町で、図書館がありません。今度は住民の立場で、町のためにできることをしていきたいと思います。
1946年、広島市生まれ。学習院大卒業後、千葉県八千代市立図書館や福岡市民図書館、福岡県苅田町立図書館などを経て、95年に旧能登川町立図書館建設準備室長に。97年、同館長・博物館長に就任し、2006年から現職。趣味は硬式テニス。お薦めの本は「月人石」(乾千恵、谷川俊太郎、川島敏生)、「砂漠でみつけた一冊の絵本」(柳田邦男)、「絵本があってよかったな」(内田麟太郎)の3冊という。
(2月26日付け読売新聞が報道)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shiga/news001.htm
才津原館長の図書館に対する思いが、伝わってくる記事でした。 今後ともこの快適な図書館が発展していくことを願っています。