一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

木村名人の名手

2024-02-21 14:45:44 | 名局
きょう2月21日は、木村義雄十四世名人の生誕日。1905年生まれだから。生きていれば今年で119歳になる。
木村十四世名人は名人8期の伝説的人物である。日本将棋連盟のHPを見ると、「将棋連盟100周年特設サイト」に、木村十四世名人と塚田正夫名誉十段の対局姿が確認できる。木村十四世名人もご満悦ではないだろうか。
木村十四世名人は第1期の名人。木村名人の恐ろしいところは、木村名人があまりにも強すぎて、第4期と第5期は、番勝負なしの木村名人防衛の措置が取られたことであった。
第6期は塚田八段に名人位を奪われたが、第8期にリベンジ。この期は1日制五番勝負という変則日程だったが、木村八段はよく戦い、第4局を終えて2勝2敗。最終決戦は1949年5月24日、皇居内の済寧館で行われた(主催:朝日新聞社、日本将棋連盟)。世に言う「済寧館の決戦」である。
将棋は木村八段の先手で、正調角換わり相腰掛け銀となった。木村八段は巧みな攻めから駒得を拡げる。
終盤、塚田名人は△4六歩と伸ばし、次に△4七歩成がある。しかしそこで▲4八歩と受けるのはアマチュアの手だ。

木村八段は▲2四歩(図)と打った。これが名手で、△2四同歩なら▲同飛△2三歩▲3四飛△3七金▲同飛で、次に▲3四桂を見て先手勝勢。
とはいえ▲2四歩の局面、アマから見ればまだまだ逆転の余地はある。ところが塚田名人はここで投了してしまった。木村八段の名人復位も見事だったが、塚田名人の散り際もあっぱれだった。
その後、木村名人は大山康晴八段、升田幸三八段に勝ち名人位を8期に伸ばした。
そして1952年、木村名人は大山九段に敗れ現役を引退、「良き後継者を得た」の名台詞を残し、十四世名人を襲位したのであった。
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