一筆啓上せしめ候15  お腰につけたカプセル怪獣

2023年06月24日 | 日記・エッセイ・コラム
 阿武隈川を渡ると、車窓には田園風景がひろがります。前方遠くに阿武隈山地の山並みが見えます。
 4人掛けボックスシートに座り、郡山駅で買った笹の川純米吟醸カップのアルミの蓋を少し持ち上げ、蓋とカップの隙間からこぼれないように少しすすってから蓋を外します。蓋を一気に外すと振動で揺れて大事なお酒がこぼれてしまうことがあります。「開口中途ノ一啜」はカップ酒飲みの極意です。普通酒の笹の川カップは都内でも時々見かけるのですが、純米吟醸のカップは珍しく、おそらく地元限定販売ではないかしら。すっきりとしてやわらかい口当たりから、ほのかな甘みが口腔内に広がり、上品な吟醸香とアルコール感が鼻腔に抜けて、人心地つきました。
 窓の下は丁度いい塩梅の幅のテーブルになっています。そこにカップを置いて列車の振動で倒れないよう左手でおさえながら、右手でウエストバッグから忘れていけない「水素サプリメント」を取り出します。電源コンセントのない水郡線車内では水素吸入器が使えませんので、消化管内で水素を発生してくれる水素サプリメントは旅の友として欠かせません。二口めの笹の川純米吟醸を舌で転がして味わってから、水素サプリのカプセルを二つ、口の中に入れ飲み下しました。モロボシダンが、カプセル怪獣に戦いを託すような気分です。モロボシダンが諸事情でウルトラセブンに変身できないとき、ベルトにつけているケースからカプセルを取り出して敵に向かって投げると、カプセルの中から手下の善玉怪獣が現れてセブンの代わりに戦います。他のウルトラシリーズにはない、このウルトラセブンのカプセル怪獣という設定は秀逸で、ポケットモンスターの元ネタであることは間違いありません。カプセル怪獣はミクラス、アギラー、ウインダムの三匹、私は桃太郎のお腰につけたキビ団子とお供の犬、猿、雉からの発想ではないか踏んでいるのですが、この説はまだ専門家も唱えていません。
 閑話休題、水郡線は磐城守山駅に到着します。郡山から2駅でもう磐城!とおもうのですが、磐城守山駅はまだ郡山市内です。白河以北の現在の福島県、山形県の内陸部、宮城県、岩手県、青森県は旧陸奥国(山形県の日本海側と秋田県は出羽国)ですが、明治元年に陸奥国から岩代国、磐城国、陸前国、陸中国の4国を分立させ、現在の青森県エリアが奥に追いやられ新陸奥国になりました。郡山市や白河市、福島市のある中通り地区のほとんどは岩代国になったのですが、岩代国と磐城国の境を阿武隈川としたため、ここ磐城守山駅は磐城国ということになります。そのため水郡線には内陸部の中通りにもかかわらず磐城の名を冠した駅がいくつかあります。旧国名を頭につける駅名のネーミングは、日本国内に同じ名前の駅を造らないための措置です。ちなみにリアス式で有名な三陸海岸は陸前、陸中、陸奥の旧陸奥三国に連なるので三陸海岸なのですが、この理由をご存知ない方が案外多いことを震災のときに知りました。リアス式とはスペインの大西洋に面したリアスバイシャス地方の複雑な海岸線が由来です。越前・越中・越後や備前・備中・備後は大宝律令にも記された国名ですが、陸前、陸中、陸奥という区分が明治以降のものだとは、恥ずかしながら今回初めて知りました。
 片側の線路とホームを廃止した棒線駅の磐城守山駅では乗降客はなく、列車は出発します。
 しばらく田園地帯を走ると、単線の線路が二手に分岐して広がって、上下2面のホームを有する谷田川駅に到着します。しばらく停車していると前方から郡山行きの列車がやってきて、下りホームに入線して停車すると、私の乗った上り列車が発車します。列車交換のすれ違いも単線鉄道の旅の楽しみです。
 谷田川駅を過ぎると、列車は田園地帯から切り通しの多い区間を走ります。このあたりが郡山市と須賀川市の市境で、列車は小塩江駅に到着します。
 小塩江駅のある須賀川市は、ゴジラやウルトラシリーズの生みの親、円谷英二の生誕地で、須賀川市は「M78光の町」とPRしています。

一筆啓上せしめ候14 レール天国、ウイスキー天国

2023年06月23日 | 日記・エッセイ・コラム
 2両編成のディーゼルカーは郡山駅を出ると線路の切り替えポイントを左に左に進み、東北本線の上り線と合流して進んでいきます。程なく新幹線の高架の下をくぐると、左手に郡山車両基地が見えるので出口に移動し、ドアの窓に顔をすりよせるようにして懐かしい車体を探します。車両基地を過ぎると、今度は郡山貨物ターミナルが現れます。東北本線から分岐した線路が分岐を繰り返して、投網のように広大な敷地に広がっています。牽引の機関車や、コンテナを積んだ貨車の姿を一分あまり楽しみ終わると、車窓には特徴的な緑色の建物、笹の川酒造の醸造所が現れました。
 明和2年(1765年)創業の笹の川酒造は、日本酒だけではなくウイスキーの製造も行っています。戦後間もなく発売されたチェリーウイスキーはブレンデッドタイプで、くせのないまろやかな飲み口です。チェリーの名前は前身の山桜酒蔵に由来し、もちろんさくらんぼが原料ではありません。磐梯山から猪苗代湖を渡って郡山盆地に至る良質の軟水と乾燥した寒風が、醸造と熟成を支え続けています。笹の川酒造のウイスキーの名声を高めたのは「イチローズモルト」です。1980年頃からわが国ではウイスキーの消費量が減り、国内メーカーは減産、廃業に追い込まれました。2003年に埼玉県羽生市の東亜酒造が廃業した際、ライバル社の笹の川酒造に間借りしてウイスキー原酒を保管し、2005年に笹の川酒造の名義で「イチローズモルト」が発売されました。イチローズモルトの高評価から東亜酒造の肥土伊知郎さんは秩父に蒸留所を再興し、現在のジャパニーズウイスキーブームの先駆けになり、笹の川酒造も安積蒸留所をリニューアルし、山桜というシングルモルトの製造も開始しています。ハイボールの流行やNHKのテレビドラマ「マッサン」のヒットで、現在ウイスキーの需要は伸び続けていますが、ウイスキーが出荷されるには長期の熟成期間が必要なので、ウイスキー、特に国産ウイスキーは品薄の状態が続いています。
 車両基地、貨物ターミナル、そして酒蔵を堪能しているうちに、左に分岐して水郡線専用線路に入り安積永盛の駅に到着。ここでは数名の降車があり、学校名の刺繍の入ったスポーツバッグを持った高校生が一人乗ってきました。4名掛けのボックスシートが空いたので、荷物を持って移動します。安積永盛の駅を出発すると、しばらく水郡線、東北本線上下の3本の線路が並走した後、水郡線の単線だけが左にカーブして、一人旅の始まりです。倍音が心地よい汽笛を鳴らして列車は阿武隈川の鉄橋を渡ります。ここから路線はJR東日本東北本部から、同水戸支社管轄となります。

一筆啓上せしめ候13 桃色双六水郡線

2023年06月22日 | 日記・エッセイ・コラム
 郡山駅は新幹線、東北本線の他に、会津若松、喜多方を経て新潟県の新津に向かい羽越本線、信越本線に結ぶ「磐越西線」、福島県を東に横断し浜通り地区の中心都市、磐城で常磐線とつながる「磐越東線」、そしてこれから乗車する「水郡線」の始発駅であり、重要な鉄道の結節点であることがわかります。磐越西線、磐越東線が県内主要都市を結び、東北本線と日本海側の羽越・信越本線、太平洋側の常磐線という本州を縦断する幹線と接続するという役割のはっきりした路線であるのに対して、水郡線はコンセプトがはっきりしない鉄路です。郡山駅の在来線ホームは地下通路で結ばれていますが、改札を通るとすぐ、床にピンク色の文字で「3番線水郡線」の矢印だけが、目立つように表示されています。ピンクの矢印に沿って進むと、ホームに上るエスカレーターの手前の床にも「水郡線のりば3」という大きなピンクの表示で、なんだか我らが水郡線だけ特別扱いです。エスカレーターでホームに出ると、そこは東北本線のホームで、東京向かって右手が下り2番線、左が上り4番線、そして足元には「3水郡線」の表示とピンクの矢印がホーム前方に向かって引かれています。ホーム先頭まで来るとピンクの壁の待合室があり、更に「3水郡線のりば」の矢印が待合室の壁に表示されています。待合室の横を通ると、ホームは壁で行き止まりで、壁には「3番線水郡線ホームはこの先です」という太いピンクの矢印が描かれた大きな看板があり、その看板の向こう側に進んだ先に、3番線水郡線乗り場が見えました。ようやく郡山駅双六の上がりです。
 水郡線のホーム3番線は、東北本線2番線の先っぽを切り取って拵えた、短く幅の狭いホームで、そこにかわいらしい2両編成の気動車が私を待っていました。
 乗り込むと足元から響いてくるディーゼルエンジンの振動が心地よく、車内は、進行方向左側が4人掛けの向かい合わせのボックスシート、右側が2人向かい合わせのカップルシート?、両側4人掛けではないのは、朝夕の通学時間帯の混雑時に立って乗るお客さんのスペースを確保するためとおもわれます。そしてドア付近は3人掛けのロングシートです。ぎりぎりの乗車だったので、ボックスシートにはそれぞれ一人ずつお客さんで埋まっていたので、私はロングシートに荷物を置いて、運転席の横の前方車窓の見える位置に陣取りました。子供の頃から変わらない特等席です。
 リコーダーを強く吹いたような汽笛を鳴らして、15時55分定刻に列車は出発しました。

「あってはならない」は、あってはならない

2023年06月21日 | 日記・エッセイ・コラム
 最近よく聞く耳障りな言葉が「あってはならない」です。ロミオとジュリエットが親に言われた言葉ではありません。
 事故や不祥事などが起こったときに、経営者や監督する立場の偉い人が「あってはならないこと」と言って謝罪しているのを聞くと、想定外で自分ではどうすることもできなかったことだという言い訳に聞こえて不愉快です。
 「素数に2以外の偶数はあってはならない」、これは素数の定義に反するからで、自分の信条や価値観に照らした判断ではありません。
 最近可決された某法案の第三条に「不当な差別はあってはならないものであるとの認識の下に」という記述があります。原案では「差別は許されない」となっていたのですが、禁止規定に読めるとの意見を取り入れ修正されたそうです。差別は時代によって、慣習によって、そして個々人の信条や価値観によって変わる曖昧なものなので、あってはならないものであるという認識を、すべての人が素数の定義のように共有することは難しいとおもいます。もし何か差別的な行為によって不利益を被っている人がいるのであれば、事例を具体化して、それを認識の如何を問わず「許されない」として禁止しなくてはなりません。
 先日陸上自衛隊の射撃場で、実弾射撃訓練中の18歳の自衛官候補生が教育隊員らに銃口を向けて発砲し、2人が死亡、1人負傷するという事件が起こりました。陸上幕僚長は「このような事案は、武器を扱う組織として決してあってはならない」と発言しましたが、これこそ「許されない」どころではなく、「あってはならない」と言うしかない、と同情しています。

一筆啓上せしめ候12 郡山駅は母か盲腸か

2023年06月20日 | 日記・エッセイ・コラム
 郡山駅西口を出ました。駅前が広々としているのが気持ちがいい。振り返ると駅舎が横に長く、高層化されていないのが駅らしくていい。近年、駅と駅前の建物を結ぶペデストリアンデッキと呼ばれる巨大な歩道橋が張り出し、駅前を塞いでしまっている駅が多く見られますが、これは興ざめです。仙台駅や大宮駅といった基幹駅から中規模都市の駅もどんどんペデストリアンデッキのある駅ビルになってしまい、同じ顔をした尊厳のない駅が増えているのが残念です。
 郡山駅は両腕広げて街をしっかり抱いてくれているお母さん、そんな印象です。因みにフランス語で駅はgareで女性名詞、ドイツ語のBahnhofは男性名詞ですが・・・おっと、時節柄あぶない話題なのでここには深入りせずに、先に進みます。
 駅前広場には安積疏水を成し遂げた人々の事績を称える「麓山(はやま)の滝」のモニュメントがあり、その前が野外イベント広場になっています。地元のお笑い芸人らしい二人組がコントをやっていて、人だかりが出来ていました。
 駅前からは基幹道路が真っすぐ伸び、並行してアーケード街も見えます。駅前広場の北側にビッグアイという高層ビルがあり、市内を見渡せるデッキがあるので、早速22階まで上がってみます。デッキから街を見下ろすと、線路の西側に高いビルがたくさん建っていますが、東側は広い駐車場のある低層で大きな建物がいくつかみられるだけ。地方都市でよくみられる駅を挟んで全く違う街という光景です。嬉しい事に同じ22階にはNゲージ(車輪幅が9ミリの鉄道模型、9=Nine)の鉄道ジオラマがあり、明治期、昭和期、そして現在の郡山駅と周辺の街並みを鉄道模型と一緒に再現しており、郡山駅は開設当初から街に近い駅だったことがわかります。旧城下町など江戸時代からの繁華街のある街では、蒸気機関車の煙を嫌って駅が郊外に作られたため、昔からの繁華街と駅が離れていることが多く、京都や金沢などがその代表例です。安積疏水の完成は1882年、郡山駅の開業が1887年ですので、郡山は現在の都市のように物流や人の移動の拠点である「駅」中心の街作りが行われていったことが偲ばれます。
 デッキの上の23階にはギネスブック公認の宇宙に一番近いプラネタリウムがありますが、今回はたった1時間の滞在なので、世界一高い場所にあるプラネタリウムはあきらめて、外にでました。駅前のアーケード街を早足でぐるっと回って、郡山駅に戻ります。シャッター街の増えている地方都市のアーケードですが、郡山は全国チェーンの飲食店に並んで、雑貨屋さんやおもちゃ屋さんまで営業しており、勝手に安心しました。
 水郡線発車時刻まで残り15分足らず、駅構内にある「かんのや 郡山駅おみやげ館」でこれからの長道中の供を買い込み、改札口に向かいます。
 水郡線は運行上すべての列車が郡山駅発ですが、路線は郡山駅の一つ東京寄りの「安積永盛駅」で東北本線と分岐します。東京から一筆書きになるためには安積永盛で乗り換えなくてはならなかったのですが、新幹線で郡山まで来てしまったため、一筆書きからはみ出してしまったのです。本来は郡山駅の改札を出るときに清算が必要だったのですが、新幹線乗車だったので駅員さんが大目に見てくれたわけです。 
 券売機で「郡山⇔安積永盛」の盲腸部分190円の乗車券を購入して、郡山駅在来線改札を通りました。