便潜血検査陽性を放置していませんか?

2022年11月27日 | 日記・エッセイ・コラム
 今年度も多くの皆さまに目黒区民健診を受けていただいておりますが、「便潜血検査」で陽性(出血あり)と診断されたものの、大腸内視鏡検査を受けずに放置されている方が少なからずいらっしゃいます。先日も昨年度健診での便潜血検査陽性を放置して、今年の健診でも再度陽性であったため、今回は説得して大腸内視鏡検査を行っていただいたところ、進行がんがみつかった患者さんがいらっしゃいました。幸い術前検査では転移もなく手術も可能でしたが、1年前に発見していれば開腹手術ではなく内視鏡治療が可能だったかもしれません。

●便潜血検査陽性と大腸がん
 便潜血検査はがんの診断ではなく、大腸からの出血の有無をみる検査です。大腸がんの組織は正常大腸粘膜よりも脆く、排便の際に便が擦れて出血しやすいので、便潜血検査で陽性、すなわち消化管出血の疑われる方は、大腸がんが存在している可能性が高いのです。便潜血検査では、大腸がんからの出血だけでなく、痔や腸の炎症、良性の腫瘍からの出血も拾い上げますので、便潜血検査陽性=大腸がんというわけではありません。大腸がん検診で便潜血検査陽性と判明した方に大腸内視鏡検査を行った場合、日本消化器がん検診学会の報告によると、大腸がんの発見率は3.6%と報告されています。「たった3.6%、じゃあ大丈夫」、とおもわれるかもしれませんが、人間ドックなどで無症状の方に大腸内視鏡検査を行ってもがんはほとんど見つかりませんので、検査をやっている側からすると、100人検査して3~4人にがんが見つかるというのは、とても大きな数字です。
 また同学会では、大腸がん以外に、37%の患者さんに大腸腺腫が発見されると報告しています。大腸腺腫は良性腫瘍ですが、将来的にがん化したり、がんを合併する可能性があるので切除が原則ですが、多くの場合は内視鏡切除が可能で、小さな腺腫であれば検査時に切除してしまうことができます。
 便潜血検査は大腸がんの早期発見だけでなく、予防にもつながるわけです。

●便潜血検査の弱点
 便潜血検査で陽性であっても、「痔があるからおそらく痔からの出血だろう」、「排便時に痛かったので、肛門が切れたに違いない」、「大腸内視鏡は辛いのでいやだ」・・・、といった理由で内視鏡の精密検査を受ない方が多いことが、便潜血検査の最大の問題点です。日本消化器がん検診学会は、便潜血陽性者の大腸内視鏡検査受診率は55.4%と報告しており、半数弱の方は陽性のまま放置しています。陽性を放置するのでは、便潜血検査を受けた意味が全くありません。
 また便潜血陽性の結果を告げると、内視鏡検査ではなく便潜血検査の再検査をご希望される方も少なからずいらっしゃいますが、これも意味がありません。
 もし、再検査で陰性(出血なし)であっても、前回の出血原因が治った、無くなった、というわけではありません。炎症性病変からの出血で、その炎症が治った可能性はありますが、多くの場合は2度目の検査のときには病変からの出血がなかった、もしくは血液の付着した部分から便を採れなかったのです。便潜血検査で日を替えて2回採取をセットにしているのは、たまたま出血がなかった、上手く採れないという可能性があることを踏まえています。
 がんがあるのに、便潜血検査の2回の採便でうまく出血が拾えない可能性ももちろんあり、便潜血検査で大腸がんを捕捉できる率は7-8割といわれています。これはすでに大腸がんの診断がついた患者さんに対して便潜血検査を行い、陽性になる率が70~80%という研究結果によるものです。
 便潜血検査陰性=大腸がんは無い、ではないのです。

●上手な便潜血検査の受け方
 2020年の国立がん研究センターの統計で、大腸がんは、男性で肺、胃についでがん死亡数の第3位、女性では2003年以降ずっと第1位ですが、日本人で死亡数の多い5つのがん(大腸、胃、肺、肝臓、膵臓)を比べると、大腸がんは10年生存率の高いがんです。2009年に発見された大腸がん患者さんは、ステージ1で92.6%、2で83.6%、3で70.1%、ステージ4でも12.7%が10年生存しています。
 大腸がんは、がんのタイプにもよりますが、総じて進行が遅く、早期発見、早期治療のメリットが大きい、すなわち「検診を行う価値が高い」といえます。
 「年に1度の便潜血検査による大腸がん検診」は、わが国において死亡率減少効果(受けた集団が、受けていない集団よりも大腸がん死亡率が低い)が証明されているがん検診なので、大腸がんの発生率が上昇する「50歳以降では、毎年必ず受ける」ことが基本です。
 しかし、便潜血検査は完全な(100%がんを拾い上げる)検診ではありませんので、実際にがんがあっても陰性になっている可能性もあります。しかし毎年受け続けることで、昨年拾えなかった出血を今年は拾える、かもしれません。大腸がんは比較的進行が遅いので、1年遅れて発見したとしても救命可能であることが多いです。また毎年陰性が続いている場合には、その信頼度(がんがない可能性)は単年度の検査結果よりも高いと言えます。
 「陽性の場合は、必ず内視鏡検査を受ける」ことは言うまでもありませんが、「過去に陽性を放置している場合も、次回また便潜血検査を受けるのではなくて、内視鏡検査を受ける」べきです。「昨年便潜血陽性だったけれど今年は陰性だから大丈夫、ではない!」のです。
 便潜血検査は日本オリジナルのがん検診で、米国では大腸がん検診として「5年に1度の大腸内視鏡検査」を推奨しています。これは5年に一度内視鏡検査を受けている集団は、受けていない集団よりも大腸がん死亡率が低い、という研究結果に基づいています。5年に1度でいいの?と心配におもわれるかもしれませんが、大腸がんは進行がおそいので、5年のサイクルで発見できれば、救命できる状態でがんが診断できるということです。
 従って「毎年便潜血検査が陰性が続いていても、5年に1度は大腸内視鏡検査を受ける」ことで、便潜血検査の弱点をカバーできるとおもいます。


赤字胃エックス線の存続問題

2022年11月14日 | 日記・エッセイ・コラム
 胃X線による胃がん検診をご希望される方が増えています。
 週に1~2名程度で内視鏡検査に較べると少ないのですが、ご近所の方に加えて、少し遠方から受けに来てくださる方もいらっしゃいます。
 厚生労働省では平成27年度より、住民検診などの公的な胃がん検診で、従来の胃X線検診に加えて内視鏡検査も認めるようになりました。それ以降内視鏡検診を実施する医療機関が急増し、胃X線検診の廃止が進んでいます。区の碑文谷保健センターも老朽化した胃X線検査機器の更新は行っておりません。現在目黒区胃がん検診で、胃X線検診受けられる施設は5か所しかなく、内視鏡検診は36か所で受けることができます。当院での胃X線検診受診者の微増は、実施施設の減少によるところが大きい、おもわれます。
 胃X線検査は、1940年代から日本人に急増し、男女ともがん死亡の圧倒的な1位であった胃がんを、何とかして発見しようとする努力の結晶で、直接見ることのできない胃の中を、造影剤バリウムで胃の粘膜の凹凸の影を造って、それを体外からX線撮影することで観察するという、日本オリジナルの画期的な検査法です。黒澤明監督の1952年の映画「生きる」では冒頭に主人公の胃がんの映った胃X線写真が登場しますし、白い巨塔の財前教授も自分の胃X線写真を見て呆然とするわけで、胃X線検査は日本の医療の主役、バリウムは検診のメインディッシュでした。
 胃内視鏡も開発は1940年代から始まり、1960年代になってようやく胃の中をのぞきながら撮影できる「胃カメラ」が完成したのですが、実用化されるのは1975年に軟性ファイバースコープが登場してからです。当初、機器はかなり高額で画質も良くないため、胃内視鏡は特殊な検査でしたが、ビデオ内視鏡の時代になり、覗いている術者以外もテレビ画面で画像を見られるようになり、画質の急速な進歩、小型化、そして価格の低下により、内視鏡検査は急速に広がり、現在に至っています。
 原因不明の死病だった胃がんが、ピロリ菌感染による胃粘膜萎縮が原因であることがわかったことで、胃がんになりやすいかどうかがピロリ菌検査と血清ペプシノゲンによる胃がんリスク検査で簡単に診断でき、ピロリ菌の治療で胃がんの予防ができ、内視鏡により早期発見だけでなく、胃を切る手術をすることなく治療できるようになったことで胃がん死亡率も急速に低下したことも追い風で、胃がん検診の中心は、今や胃X線から胃がんリスク検査&内視鏡になっています。
 内視鏡によって直接胃の中をみられるようになり、治療も行えてしまう現在ですが、胃X線検査が役割を終えた訳ではありません。内視鏡は医師が胃の中を見ながら診断をするので、検査1件あたりに手間と時間がかかり、機械的に連続撮影した写真を後でまとめて読影して診断する胃X線検診の処理能力には劣ります。また内視鏡機器の洗浄にも手間と時間がかかるので、連続して大人数の検査を行うことができません。クリニックレベルでの小規模な検診では、場所も取らず、一般診療と共用できる内視鏡検査が便利ですが、集団検診に特化した大規模な現場ではまだまだ胃X線検査は主役であり、検査機器のデジタル化によってアナログフィルムの時代とは比較にならないほど検査は効率化され、過去の画像の比較も容易になり、診断能も向上しています。
 さて、当院の胃X線検査もそのような効率化によって継続しているのかというと、実はそうではありません。
 X線検査のデジタル化は、胸のレントゲン検査のように透視を伴わない場合は感光パネルをフィルムからデジタル用に交換するだけで、簡単に行えるのですが、胃X線のように透視を伴う場合はパネルだけでなくパネルを動かす透視台そのものを交換する必要があり、費用は高額になります。
 当院でも胸部X線は5年前にデジタル化したのですが、胃X線に関してはアナログフィルムのままです。これをデジタル化しようとすれば、前述した通り透視台の交換が必要になるのですが、当院は開院の際に、大きな機器である透視台を先に搬入してからレントゲン室を拵えてしまったので、透視台を交換しようとすると、まずレントゲン室を壊さなくてはなりません。レントゲン室は壁に鉛を張って遮蔽した構造になっているので容易には壊せませんし、壊してデジタルの透視台に入れ替え、また鉛の壁を作って保健所の認可を受け直す、という気が遠くなるような費用と時間と手間がかかります。多少増えているとはいえ、現在の検査件数では費用対効果が見込めず、胃X線のデジタル化の目途は全く立っておりません。
 アナログのレントゲンフィルム撮影には、現像機に現像液と定着液が必要です。アナログのレントゲンフィルム製造業者は撤退が続き、老舗の富士フィルムだけが赤字部門ながら細々と供給を続けてくれています。現像液、定着液についても推して知るべしで、いつ供給が止まっても不思議ではありません。フィルムも現像液、定着液とも価格は高騰していますが、状況を考えると仕方がありません。そしてフィルム現像機の製造は終了しており、保守期間も過ぎてしまっていて、今の機器が壊れても修理ができません。すでに歯車やベルトなどの可動部分がかなり摩耗してしまっているので、毎回現像時には、自分で丁寧にメンテナンスして大切に使っています。現像液、定着液の廃液には毒性物質が含まれているので下水には流せず、タンクに貯めて業者に回収してもらっています。廃液には銀や希少金属が含まれているので、アナログフィルム全盛の時代にはレントゲン廃液の買い取り業者があったのですが、それが無償回収になり、現在では費用を払って引き取ってもらっています。
 そして、アナログのX線透視台も交換部品の供給期間が過ぎており、先日、台を動かすハンドルが故障した際も、他院で廃止になった機器から使える部品をみつけてもらい、やっと修理ができました。
 というわけで、当院の赤字胃X線がいつまで継続できるかは、機器の健康状態とフィルムや現像液の供給にかかっていますが、胃がん対策をライフワークにしてきた私には胃X線への深い愛着がありますので、内視鏡は苦手というバリウムファンの皆さまがいる限り老朽化した機器をいたわりながら、存続させていきたいとおもっています。

新型コロナワクチン接種後の心筋炎・心膜炎について

2022年11月13日 | 日記・エッセイ・コラム
 心筋炎・心膜炎の主な症状は胸痛、呼吸苦で、運動や体の位置によって痛みや呼吸苦が強くなることもあります。
 新型コロナウイルスやその他のウイルス感染は、心筋炎・心膜炎の原因となりますが、新型コロナワクチン接種後にも極めて低頻度(100万回接種当たり数十例)ではありますが、心筋炎・心膜炎が発症することが報告されています。
 10代から20代の男性に多い傾向にあり、厚生労働省は注意喚起をしています。
 ワクチン接種後の心筋炎・心膜炎が重症化することはまれで、多くは10日程度で改善しますし、新型コロナウイルス感染による心筋炎・心膜炎の頻度よりも低いことから、ワクチンの接種は推奨しています。

 ワクチン接種後の心筋炎・心膜炎は、接種直後よりも、翌日から数日後から症状が出ることが多いので、
 ワクチン接種後に、胸の痛み、動悸、呼吸が苦しい感じがするなどの症状がございましたら、ご来院ください。
 当院では、心電図検査、胸部レントゲン検査を行い心臓の状態をチェックし、必要に応じて採血迅速検査(白血球、CRP、CPK、血清トロポニンT)を追加して、心筋や心膜の炎症、ダメージを評価した上で、心筋炎、心膜炎の可能性が高い場合には、専門医療機関に紹介しています。