秋田津軽一筆ヶ記 24

2016年07月30日 | 日記・エッセイ・コラム
列車がトンネルに入ると、窓ガラスが鏡になった。
身を乗り出す女と、鏡の中で目が合ったまま、短いトンネルを抜け、視線が切れる。
程なくまたトンネルに入り、目が合う。
鏡の中は女の横顔になり、私も正面から視線をうつす。
鏡の世界から戻ってきた女の表情は一瞬蠱惑的だった。
「いただきますね」
女はバッグの上にのせていた缶ビールを開け、私も2回目の乾杯に追従した。
車窓右側に驫木駅が見える。
線路左側には海が迫っている。高波が来たら呑み込まれてしまいそうな、小さな木造駅である。
「と・ど・ろ・き」
女は私に身体を向けて、通り過ぎる駅を目で追う。
「馬三つの驫木って、この地名でしか使わない漢字なんですよ」
驫木は旧大戸瀬村で、昭和30年に深浦町と合併している。合併後とはいえ、女にとって同じ深浦町内の蘊蓄である。言わずもがな、かもしれない。大丈夫か?
「そうなんですか?」
大丈夫だ。
「ふつうは車三つの轟でしょう」
轟二郎という俳優がいて、私の世代では、役者よりも「びっくり日本新記録」というテレビ番組で、本名の三浦康一で毎回あらゆる種目にチャレンジしていたのが有名なのだが、それは黙っておく。
「車三つ?、そうね」
女は手のひらに車三つを指で書いて、うなづいた。
この海沿いの狭い土地を、阿倍比羅夫か坂上田村麻呂の騎馬の大軍が、蹄の音を驫かせて通過していったことを住民は忘れられなかったのではないか・・・、その仮説はちょっと難易度が高いので、
「昔から、波の音がとどろく場所なんでしょう」
「でも、どうして馬三つ?」
私は蝦夷征伐の自説を話すと、女は目を輝かせた。
「東京にも等々力があるんです」
「等々力、うちの近く、電車ですぐ!」
女も今は東京に住んでいる。
「私も目黒だから、すぐです」
女は私の目黒には興味がないようで、
「馬が関係あるんですか?」
「あそここそ、等々力渓谷の水の音がとどろいてたから、とどろき。漢字は当て字」
「渓谷?東京に渓谷があるんですか?」
今、リゾートしらかみが、大井町線だったら、とおもった。

溶連菌性咽頭炎が流行しています

2016年07月23日 | 日記・エッセイ・コラム
溶連菌(A群β溶血性連鎖球菌)は主にノドに感染して、咽頭炎や扁桃炎を起こします。全身に小さく赤い発疹を伴い、その皮膚症状から、かつては猩紅熱と呼ばれた病気です。猩紅とは暗い赤色のことで、英語のスカーレットのほうがわかりやすいかもしれません。猩とは、オナガザルに似た、人面で顔と毛が赤い中国の想像上の動物で、その血の色が猩紅とされています。
うんちくはさておき、
おもな症状は発熱とノドの痛みです。しかし、3歳未満ではあまり熱があがらないこともあります。
体や手足に小さくて紅い発疹が出たり、舌が腫れぼったくなしイチゴのようなツブツブができたりすることもあります。
頭痛、腹痛、首すじのリンパ節の腫れることもあります。
感染してからだいたい2〜4日で症状がでます。

溶連菌に感染している疑いがあれば、ノドの粘膜を綿棒で採取して細菌の検査をおこないます。迅速診断キットがあるので10分以内に結果が出ます。
陽性反応が出た場合は、症状と合わせて「溶連菌性咽頭炎」と診断します。
ノドに溶連菌がくっついているだけで、悪さをしていない場合もあり、健康な人でも、ノドの検査で溶連菌が陽性と出る場合があるからです。

「溶連菌性咽頭炎」と診断された場合には、抗菌剤を10日間しっかり飲みます。
症状は1~2日で治まることがほとんどですが、抗菌剤は途中で止めずに10日間呑み続けなくてはいけません。
服用を中止してしまうと、再発したり、リウマチ熱による心臓弁膜障害や糸球体腎炎の合併症を起こすことがあります。
また薬を飲み終えて1か月後には必ず尿検査をして、腎炎による蛋白尿や血尿が出ていないかを確認しなくてはいけません。
食事はノドに刺激の少ないものであれば特に制限なく、熱が高くなければ入浴も可です。

感染経路は咳やくしゃみによる飛沫感染で、家族(大人も)や同級生に感染するおそれがありますが、抗菌剤をのみはじめて24時間を経過すれば、他の人にうつす可能性はほとんどありませんので、症状が改善していれば登園・登校は構いません。

Gastro-Health Now 42号(2016.8.1)あとがき

2016年07月21日 | 日記・エッセイ・コラム
現在、東京大学病院の原発性肝がんの新患の10%以上が、B型C型肝炎ウイルス感染を背景にしない肝がんであるという。
希少疾患の紹介が多い施設特性はあるものの、肝炎ウイルス検診の普及や抗ウイルス治療の進歩によって、ウイルス性肝炎からの発がんが減り、相対的にそれ以外の肝がんの比率が高まっていると解釈できる。
今後胃がんも同じ経過をたどることが予想されるため、これからはピロリ菌感染を背景としない、A群からの胃がんの対策を真剣に考えていかなくてはならない。
しかしA群胃がんがあるからといって、胃がんリスク検診の有用性が損なわれるものではないことは、肝炎ウイルス検診が今後とも肝がん対策として重要であることと同じである。
胃がんリスク検診によって、胃がんになるかならないかという絶対的な線引きはできないが、胃がんになる危険度を層別化できることは間違いない。
危険度を層別化することで、その危険度に応じた現実的な対策が立てられるのは、地震など各種災害や、事故への対策と基本的には同じと考えればわかりやすいとおもう。
これまでの予防接種や薬の有害事象への対応からみても、日本人は小さなデメリットを受け入れないことで、大きな利益を失う選択をする傾向がある。
A群胃がんに関する知見を増やしていくことは重要であるが、A群胃がんの存在を胃がんリスク検診の否定の材料にするのは愚である。
なお、厚労省のがん検診検討委員会等では、胃がんリスク検診を「胃がんリスク層別化検査」と呼ぶ機会が多くなっていることから、将来的にはこの名称に統一すべきと考えています。

秋田津軽一筆ヶ記 23

2016年07月17日 | 日記・エッセイ・コラム
女の姓は七戸といい、先祖は南部七戸から300年前に移住してきた一族とのこと。
岩崎には、南部曲り屋造りの屋敷が残っているし、深浦沖のアワビやサザエの漁場で有名な久六島の発見者の久六も、この一族である。
「七戸って、岩崎に多いんです、だから選挙の時なんかたいへんで」
「七戸さんが何人も立候補してる?」
女は笑ってうなづく。
「みんな、どっかでつながってるから、なおたいへん」
列車は広戸駅を通過する。
ほとんど浪打際に、線路は伸びている。すぐ山側には国道101号線が走っている。
一本の線路と2車線の道路が猫の額の皺のようである。
大波が来れば流されてしまいかねない。
実際、昭和47年には高波で線路の路盤がえぐり取られ、通過した列車は脱線して海に突っ込むという事故が起こっている。
犠牲になった機関士の慰霊碑が、事故現場近くの線路沿いの建てられているが、拝む間もなく通り過ぎてしまったようだ。
「でも、祖母が津軽から、弘前なんです」
「!」
「祖父が弘前の大学に行って、その下宿のお嬢さん。大変だったみたいですよ、反対されて」
女にも弘前の血が流れている。私はうれしくなって、少し間を詰めて座りなおした。
列車は追良瀬川の鉄橋を渡り、追良瀬駅を通過し、トンネルに入っていく。
「トンネルに入っていくときって、気持ちよくないですか?」
女は立ちあがり、肩をすくめて、身体を前に乗り出した。

秋田津軽一筆ヶ記 22

2016年07月14日 | 日記・エッセイ・コラム
秋田津軽一筆ヶ記 22
リゾートしらかみ号の先頭車両の一番前の展望のカップルシートに、女が海側、私が山側に並んで座った。
「深浦から先の五能線に乗るの、初めてなんです」
「私も鯵ヶ沢から先は、今回が初めて」
二人の「先」は逆方向だが、これからの深浦鯵ヶ沢間は、お互い初めての旅になるようだ。
赤くごつごつした岩礁が続く行合崎海岸に近づくと、列車は乗客サービスのためにスピードを落とす。
車内放送が、観光パンフレットの表紙にも使われている海岸であることを説明してくれた。
ここからが、五能線観光のクライマックスといえる区間である。
「通学も買い物もほとんど能代や秋田だったから」
「弘前や青森も行かなかった?」
女は頷いた。
「五所川原も?」
「部活の大会とかで行ったけど、車だった」
「何部?」
「陸上部、でも部員足りないから、バスケと、卓球もお手伝いで」
野球部のことを訊きたかったが、我慢した。
列車は行合川の小さな鉄橋を渡ると、海岸から防風林の中に入っていく。
正面の遠くに黒い大きな山の頂が見えた。
「岩木山だ」
私は身を乗り出し、窓に顔をすりつけた。
緑の森の上方遠くに見える黒い山は、間違いなく岩木山である。
「岩木山、岩木山」
わたしは女に山を指さした。
「深浦からは見えるんですよ」
岩木山は、一瞬山頂を見せただけで、すぐに森の向こうに隠れてしまった。
「岩崎だって津軽なんだから、岩木山を拝まなきゃ」
女は笑いながら、私を睨んで言った。
「うちは南部なんです」