銀河鉄道の夜

2022年06月21日 | 日記・エッセイ・コラム
 子供の頃から、星を見るのが好きでした。
 でも、実際の天空では目指す星や星座をなかなか見つけられずに、私のもっぱらのお気に入りは、ガイドさんが星を線で結んで星座を見せてくれるプラネタリウムでした。時節柄プラネタリウム、なんていうと衆議院議長さんの手口かとおもわれてしまいますので、リアルな星を見に行くことにしました。
 SHIBUYA SKYは渋谷スクランブルスクエアの14階から専用エレベータで上がった46階にあり、そこから地上229メートルの屋上ヘリポートに出ることができます。エレベータの天井は「2001年宇宙の旅」のような、星空の中を突き進んでいくようなイメージ映像を映しながら急上昇し、おもわず見上げているうちに46階に到着。手荷物はすべてロッカーに預けなくてはならないのですが、これは屋上から下への落下物防止対策、ということがあとでわかりました。屋上での飲物もすべてプラカップ。夜景パノラマのバーカウンターから、東京タワーとスカイツリーのツーショットを見ながらのシャンパンも例外なしです。
 さて、6月の今頃の夜には、西に春の大三角、東に夏の大三角が見られます。
 春の大三角のうしかい座のアルクトゥルスとおとめ座のスピカは春の夫婦星と呼ばれていて、アルクトゥルスは秒速125キロメートルでスピカに近づいていて、6万年後にはこの夫婦星は2度の近くに並び、大三角ではなくなってしまいます。
 一方、夏の大三角には、誰もが知ってる織姫(こと座のベガ)と、彦星(わし座のアルタイル)で、こちらは1年に一度しか逢うことが許されません。
 でもね、アルクトゥルスは地球から37光年、一方スピカは250光年と桁違いに遠く、地球からは2つの星が近づいているようにみえるだけ、実は仲良しそうに見せている仮面夫婦星なのです。
 それにくらべてベガとアルタイルはどちらも地球からほぼ20光年のご近所だし、1年なんて星の寿命からすれば一瞬みたいなもの、悲しむことは全くありません。
 なんて蘊蓄を仕込んでいたのですが、残念ながらの梅雨空で星は全く見えませんでした。
 ヘリポートの人口芝に寝転んで、曇天を見上げていると、ヘリポートの周りから天空に向かって幾筋ものレーザー光線が放たれました。夜空一面の雲がスクリーンになって、私のすぐ横から光のレールが一直線に宇宙に向かって進んでいく。
 これは宇宙エレベーターだ・・・
 イーロンマスクのスペースXなど、民間人を載せた宇宙ロケットが飛ぶようになって、宇宙エレベーター構想はちょっと影が薄くなっていますが、今も大真面目に進んでいるプロジェクトです。
 赤道上空3万6000キロメートルの高さに基地駅を作り、そこから地球と宇宙の両方向にケーブルを伸ばす。地球側のケーブルを伝って地球から基地駅を経由して宇宙に向かうのが宇宙エレベータ構想です。1991年にカーボンナノチューブという、ダイヤモンドと同等の強度と銅の数千倍という電導性、そして極めて軽い素材が日本において開発され、宇宙エレベータ構想はSFの世界から、一気に現実味を帯びました。地球から3万6000キロメートルという高さは、人工衛星の速度と地球の自転速度が同じになるので、この高さの人工衛星は地球からは止まって見えます。よって赤道から宇宙に向かって3万6000キロメートルの線路を敷くことが可能なのです。この静止衛星軌道上の駅に太陽光発電パネルを置くことで、天候に左右されない安定した発電を大量に行うことができ、ケーブルを使って地球に送電することもできます。また静止軌道基地駅から宇宙に伸ばしたケーブルの途中にもいくつか基地駅を作り、そこから軌道に応じた宇宙船を飛ばすことで、更に遠くに行くことができ、地球からロケットを打ち上げるよりも安価で安全です。パークアンドライドの宇宙版です。
 鉄道好きで、未だに飛行機が怖い私は、民間人の宇宙旅行のニュースを聞いても心躍らなかったのですが、軌道のついている宇宙エレベーターならぜひ乗ってみたい。
 東京スカイツリーを作った大林組は、宇宙エレベーターで更なる天への延伸を計画していて、完成は2050年としています。
 先日、渋谷から羽田空港に結ぶ蒲蒲線の完成が2035年と発表されましたが、渋谷の空を見上げながら、長生きの目標をもう15年延ばした夜でした。

熱あるカタは爪を隠さないで

2022年05月15日 | 日記・エッセイ・コラム
 新型コロナ診療が始まってから、患者さんの指先を拝見することが多くなっています。
 指先にパルスオキシメーターを付けて動脈血酸素飽和度を測定して、呼吸状態を確認しているからなのですが、爪にネイルアートを施していると、メーターがうまく装着できず、測定に難儀します。すべての指の爪にこんもりとお飾りが盛られていて、お手上げ、ということもしばしばあります。
 マスク時代で、お顔の化粧に対するエネルギーがすべて指先に向かってしまうのか、この指でどうやって生活しているのか心配になるような方もいらっしゃいます。
 服装や化粧、ヘアスタイルが自分には見えないの対し、爪は常に自分に見えているので、エスカレートしやすいのかもしれません。
 指は顔や髪の毛と違って作業の道具、最も鋭敏なセンサーですから、それに手を加えることは機能に影響を及ぼします。少なくとも医療現場や飲食業では、ネイルアートはご法度だとおもっています。ネイルアートは指輪のようにすぐに外せるわけではないので、そのままの状態で作業しなくてなりません。何かが引っかかったり、それ以上に何よりも不衛生。デコレーションの隙間にどれだけ細菌が増殖してしているか想像すると、そんな指で調理されたものを食べる気にはなれない。
 お一人暮らしでご自分の作ったものを他人に食べさせる機会がないとか、炊事はすべて他の人の任せられるというのであれば構いませんが、もし他人に自分の指で触ったものを食べさせる機会があるなら、そのお爪はやめた方がいい。これから気温も湿度も上がって食中毒が増えます。ネイルアートは自分の指を使って働く必要が全くない、自分のお尻も召使に拭いてもらえる貴族の文化です。
 パルスオキシメーターが使えないぐらいは大したことではありませんが、ネイルアートに使う薬剤やそれを外すときの溶剤の毒性や、爪を削ったりする際の感染などは、健康に直接悪影響を及ぼします。
 ネイルアートの重さが、指先の筋肉のトレーニングに効果があるのかもしれませんが、ネイル装着に何時間も座って指先を眺めているよりも、鏡で全身を見てスクワットするほうが、健康にも美容にも優先課題なのでは?とおもわれる方も少なからずいらっしゃいますよ。
 

私はカツ活しています

2022年05月14日 | 日記・エッセイ・コラム
 予防接種会場で、
「ニンカツの方は大丈夫でしょうか?」と質問され、返答に窮してしまいました。
日常生活は体調次第で、特に制限はございません
 ニンカツという言葉が耳から離れず、しどろもどろな答えになってしまいました。
 ~活、という言葉が氾濫して、すでに定着しているものもあります。
 おそらく、就職活動が言いにくいので、「就活」と略されたのが始まりだとおもうのですが、いまや婚活、上記の妊活、就活をもじった「終活」、そして何を短縮したのかわからない「パパ活」なんても現れました。
 「~活」が滑稽なのは、「就活」の定着を契機に、~の部分があからさまだとちょっと言いにくい事柄を、活動をつけることで一般化し、それを短縮してあからさまさを緩和して、雑誌の記事などで面白おかしく使ったことから広まったからです。
 元々~活動というのは、火山活動のように、傍から観た状態の表現であって、自分が~活動をしている、というのは違和感があります。私は芸能活動をしている、救助活動をしているなど、その活動が特殊な場合なら通用するかもしれませんが、私は医療活動をしている、とは普通は言わない。それが「~活」の氾濫で、私は婚活中です、妊活中です、といった会話が無防備になされるようになってしまっていて、二重におかしいわけです。
 昔からある~活は、生活、これは短縮形ではなく漢語、映画会社の日活は日本活動写真、ホームルームの学活は学級活動の短縮で今の~活の元祖ですが、学活なんて言葉は今も使ってるのかしら?、このぐらいしかおもいつかないぐらい~活は一般的ではなかった。
 現代の「~活」の急速な普及の背景には、あのカツの存在も一役買っているとおもいます。
 カツは西洋料理のcutletがカツレツになり、カツと呼ばれるようになった料理ですが、代表選手のトンカツは語呂が良く、日本人では知らない人がいないぐらい一般化した料理です。「~活」の代表選手の「婚活」「妊活」も語呂だけでなく、中身もトンカツの衣に包まれて言いやすくなっているのではないかしら?
 ちなみにトンカツなど、肉類を油で揚げたものがカツで、魚類や野菜はフライになるようですが、串に刺さっていれば、野菜でも魚でも串カツになるようです。フライはfryで、野球のフライも上げるものですが、こちらはflyです。

バカ田大学はバカボンのパパの母校でイイノダ

2022年05月02日 | 日記・エッセイ・コラム
 今活躍中のスポーツ選手の卒業校が「××校は〇〇選手の母校です」という横断幕を校舎に掛けていたことに、何となく違和感を感じました。ひっくり返して「〇〇選手は××校の卒業生です」であれば違和感はありませんが、これを「××校は〇〇選手の出身校です」というと、〇〇選手を応援している気分がだいぶ失せてしまいますね。
 違和感の元は母校、という言葉の使い方にあるようです。
 母校という言葉は、卒業生や在籍歴のある人が自分の出身校を「私の母校です」というとか、同じ卒業生同士で、「彼は母校の教授になった」とか、「彼は母校の誉だ」、逆に「母校の歴史に泥を塗った」みたいな使い方に限られ、母校には卒業生の自分(たち)にとってかけがえのないもの、という前提があるようで、卒業した学校が母校かどうかは、卒業や在籍といった客観的な事実に加えて、卒業生が母校とおもうかどうかが大事であって、学校側は出身者に母校であることを押し付けられないのです。
 バカボンのパパが先輩たちと肩を組んで、「我が母校、バカ田大学」と叫ぶのはいいけれど、「バカ田大学はバカボンのパパの母校です」と校舎に横断幕を出すのは・・・あれ?ハンタイノサンセイ、これはこれでイイノダ?
 バカボンのパパが卒業した(という設定になっている)熊本県菊池市立七城中学校にはバカボンのパパの石碑が立っています。でも「バカボンのパパの母校」とは書かれていませんでした。
 

被害者は誰?

2022年04月28日 | 日記・エッセイ・コラム
 イナカキムスメシャブヅケ作戦の件に関して、「デジタル時代のマーケティング総合講座」を主催した大学が、受講者に対してだけでなく、「今回の不適切発言は、SNSや報道等で多くの方の知るところとなり、不快な思いをされたと承知しております。講座主催者として深くお詫び申し上げます。」と、広く一般に向けて謝罪をしていることに驚きました。
 大学での講義の内容が、講師の意向によらず教室外に拡散されることの方が異常だとおもいますし、更にそれを聞き知って、勝手に不快な思いをした受講料を払っていない部外者にまで、大学が謝罪する必要があるのでしょうか?
 実際に女性が覚せい剤中毒になったわけでもなく、特定の個人や団体を中傷したわけでもない、講師の単なる比喩表現を聴講対象外の人が知ってどう思うと、勝手に思わせておけばよいのです。しかも講義の中の一部分です。元首相がオリンピック委員会での発言の録音が流出し、その一部分が切り取られて拡散し辞任に追いやられましたが、あれも前後を知ればそれほどおかしな発言ではなかった。 
 さて、イナカキムスメシャブヅケ作戦という表現が不適切だったかについては、それこそ「SNSや報道等で知るところになった」断片的な情報しかないので論評は避けますが、不適切だったにしても、不的確ではなかったとおもいます。
 言い古されて手垢のついた表現ですが、「イイタイコト」は伝わります。
 かつて他国民をアヘンヅケにして領土も権益も奪ってしまった国もありました。
 グローバルなファストフードチェーンのとってきた戦略は、その味を知らなかった人への中毒性を利用しています。
 我々の先祖が狩猟採集の生活をしていたころは、脂肪分、糖分、塩分が常に欠乏状態。だから稀に獲物や果物、岩塩が得られたときには必死で食らいついて貯め込む行動をさせるように、脳内に快楽物質が出るようになった。我々の身体は狩猟採集の時代からほとんど進化していないので、食料がいくらでも手に入るようになった今でも、脂肪と糖、それに塩分を摂取すると快楽が得られ、かくして中毒に陥ってしまうのです。
 これが生活習慣病が増える理由でもあるのですが、それはさておき、では講師はどう言えば「適切」だったのでしょう。
 例えば「卵から孵化したばかりのヒナが、初めて見たものを母親だとおもってついて歩くように」なんてのは、ちょっと弱いかな?
 「ツユダクの女子大生」作戦なんてのはどうかしら?「ピカピカの一年生」の節のCM流して、学生証提示でたくさん付録をつけてあげる。昔、ファストフード店でも、子供向けにおもちゃやキャラクターグッズをたくさん配ってました。付録で釣って、子供の舌をファストフード中毒にするために。
 でも、どんな言い換えを行ったたとしても、そのような中毒作戦は、デジタル時代の現在にも通用する「適切な」マーケティングなのか?
 講座主催者は表現の適切さよりも、語る中身の適切さを吟味すべきなのではないかしら。
 

 
 
 

ビンタ考

2022年04月25日 | 日記・エッセイ・コラム
 アカデミー賞の授賞式の壇上で、受賞俳優が私的な理由で司会者に暴力を振るった事件、事の是非を巡っては、暴力への賛否、男らしさ?、家族愛?、病気差別、性差別、人種問題、果ては現在進行中の戦争になぞらえたりと、世界に物議を醸したわけですが、私としては一流の役者が、芸としてではなく私的に行った暴力パフォーマンスが話題になってしまうことが不興です。名門の歌舞伎役者が芸ではなく家族トラブルで国民を楽しませているのと同じような興ざめです。
 スターは虚構の世界で輝いてこそ、一般の我々と同じように悩み、怒っているようなところを見せてはいけない、それについて自分から発信するなんて何をかいわんや、なのですが、このインターネットの時代にはスターも庶民と何ら変わらないということを隠し切れない、のでしょうね。
 さて、今回の件で為になったのは、死語になりつつあった「ビンタ」の語源を知ったこと。
 ビンは「鬢」で耳際の髪の毛のことで、タは「手」です。
 皆さまご存知でした?

「新型コロナ後遺症」が疑われる方はご相談ください。

2022年04月25日 | 日記・エッセイ・コラム
 4月に入って、当院でも新型コロナウイルスの患者さんは漸減しており、また流行がオミクロン株にシフトした2月以降、肺炎や心筋炎で重症化する患者さんは全くいらっしゃいません。直接の症状の重さだけからいえば、新型コロナ感染症は例年流行するインフルエンザ以下の「風邪」に落ち着いてくれた感があります。
 一方で新型コロナに感染して1~6か月たっても全身倦怠感、長引く咳や痰、呼吸苦、微熱、味覚・嗅覚障害、脱毛などが続く、いわゆる「新型コロナ後遺症」の患者さんが増えています。
 明らかな新型コロナ感染の既往のある患者さんだけでなく、オミクロン株流行以降は感染の自覚はなく、後遺症を疑う症状で来院し、抗体検査を行ってIgG抗体陽性、IgM抗体陰性であることから、感染時には気が付かなかった(極めて軽症だった)が、後遺症だけが出ている可能性がある、といった例も見受けられます。
 ただし、これらの症状は新型コロナ感染後遺症に特異的なものではなく、甲状腺疾患やEBウイルスなどの他のウイルス感染、アレルギー疾患、膠原病、副鼻腔炎、そして高齢者の場合には癌やリンパ腫などの悪性疾患によるものである可能性もあるため、すべてをコロナの後遺症、で片づけてしまうことは危険です。
 現在のところ「新型コロナ後遺症」の治療に関して、確立した治療法はありません。追加のワクチン接種で改善したという報告もありますが限定的で、それぞれの症状に対する対症療法で経過をみるのが主流です。
 当院でも専門外来を設けてはおりませんが、新型コロナ感染後遺症が疑われる患者さんには、がんや甲状腺疾患、他の感染症といった類似の症状をきたす病気の精査と、漢方薬やビタミン製剤を中心した対象療法、必要に応じて専門医へのご紹介もおります。
 お悩みの方はご相談ください。

ゴールデンウイークの診療体制

2022年04月21日 | 日記・エッセイ・コラム
東京都の要請により、ゴールデンウイークに発熱患者さんの診療を行います。
PCR検査をご希望の方は、検査センターの検体回収の都合により、できるだけ午前中の受診をお勧めいたします。
なお、ご受診の際は
https://himonya.atat.jp/i/f.php
より、順番予約をお願いいたします。

4.29(祝)8時30分~12時30分 /12時30分~20時※午後は原則として発熱外来のみ
4.30(土)8時30分~12時30分(午前診療のみ)
5.1(日)8時30分~12時30分(午前診療のみ)
5.2(月)8時30分~12時30分/15時~20時
5.3(祝)8時30分~12時30分 /12時30分~20時※午後は原則として発熱外来のみ
5.4(祝)8時30分~12時30分 /12時30分~20時※午後は原則として発熱外来のみ
5.5(祝)8時30分~12時30分(午前診療のみ)
5.6(金)8時30分~12時30分/15時~20時
5.7(土)8時30分~12時30分(午前診療のみ)
5.8(日)8時30分~12時30分(午前診療のみ)


獣類時代

2022年04月12日 | 日記・エッセイ・コラム
 いまの人類文化というものは、一口に言えば、内容は生存競争だと思います。生存競争が内容である間は、人類時代とはいえない、獣類時代である。しかも獣類時代のうちで最も生存競争の熾烈な時代だと思います。ここでみずからを滅ぼさずに済んだら、人類時代の第一ページが始まると思います。たいていは滅んでしまうと思うのですけれども、もしできるなら、人間とはどういうものか、したがって文化とはどういうものであるべきかということから、もう一度考え直すのがよいだろう、そう思っています。
 ~岡潔「人間の建設」1965年 より

新型コロナワクチンの小児(5歳~11歳)接種は、まだ準備中です。

2022年03月16日 | 日記・エッセイ・コラム
 当院も小児接種の実施施設に登録されておりますが、まだご希望される方が少ないため、接種を開始していない状況です。小児用のワクチンは1バイアルから10名の接種を行うので、1日に10名の接種希望者が集まらないと、ワクチンが無駄になってしまいます。
 お急ぎの方には、他施設での接種をお願いしております。
 
 子供に接種させるべきかどうか、についてはたくさんのお問い合わせをいただいておりますが、厚生労働省のホームページにあるデータをご覧になってご判断ください、と申し上げています。
 現在、小児への接種を推進する情報、反対する情報がネット上を飛び交っています。
 出所の怪しいデーターや、自説に都合のいいようにデータを解釈して説明しているものや、1つの例や個人の経験に偏ったもの、感情的なものもたくさん出回っているので、そのようなものに惑わされることなく、厚生労働省が公開している情報から、冷静に判断されるべきだとおもいます。
 新型コロナワクチン接種は、前例のない地球規模の「壮大な実験」です。
 理論的には感染予防効果、重症化予防効果というメリットが、副反応などのデメリットを上回る、と判断されて全世界でワクチン接種がスタートしたことだけは間違いありませんが、理論通りに進むのかどうかの保証は全くありませんし、今のところ進んでいるのかについても評価が分かれています。そして世界の状況もウイルス自体も変化しています。どんなに偉い先生の意見も、極論すればその方の現時点での予測に過ぎませんし、ましてやウイルスやワクチンの専門家ですらない私の意見がバイアスになっても困るので、差し控えた方がいいとおもっています。
 小児接種に関しても、賛否双方の意見がこれだけ出回っていることからみても、正しい答えは、まだ誰にもわからないのです。

 「今、子供に接種させるべきか否か」は、保護者ご自身が、今あるデータから判断するしかありません。