間抜けな「俺」

2004年12月20日 | 日記・エッセイ・コラム
 自宅の玄関の前でかばんをごそごそとかき回していると、ドアの向こうで電話が鳴りました。
 キーホルダーが何かに引っかかって取り出せないので、かばんをドアノブに近づけるようにして鍵を差し込んでまわすと、中身がばらばらとこぼれてしまいました。
仕方がないので、そのまま急いで電話に出ます。
「俺だけど、患者さん、死んじゃってさあ、今家族が来てるんだよ」
 男の声に重なって、病院の呼び出し放送が聞こえます。
 私が息を整えていると、男はくぐもった声で続けます。
「100万出せば、警察に訴えないで示談にするっていうんだ、教授にも大学にも黙っているって」
 私の荒い呼吸が、相手にも伝わっているのでしょう。
「俺一人のミスっていうわけじゃないから、安心してくれ。でも担当の研修医がびびっちゃって、先生お願いしますって泣きつかれて・・・、手持ちがないんだよ100万。家族は今すぐ振り込むなら、振込みでもいいって・・・」
 私は電話を肩にはさみながら、玄関に戻りました。
 小銭は散乱し、急いで無理やり引っ張ったせいで、大事にしていたロボットのキーホルダーの足がちぎれて、植木鉢の中に落ちていました。がっかりです。
 私は呼吸を整えて言いました。
「俺が俺に100万振り込めばいいんだね」
「えっ」という小さな声とともに、電話は切れました。
 振り込め詐欺をもくろむ方は、「俺」が電話に出てしまうこともあることをお忘れなく。
 俺も、もうひとりの俺にとっても、なんとも間の悪い昼休みでした。