へちま細太郎

大学院生のへちま細太郎を主人公にしたお話。

おとうさんの告白

2006-03-24 18:50:45 | へちま細太郎
細太郎、これから話すことを黙って聞いて欲しい。
おじいちゃんもおばあちゃんも、まだ早すぎるというけれど、おとうさんは話してもいいと思った。
たぶん、ショックを受けるだろう、傷つくかもしれないけれど、やっぱりほんとのことを話しておこうと思った。

細太郎、まずは「リカ」ちゃんなんだけど、おまえのおかあさんの名前なんだ。
梨に香り、という字を書くんだ。
きれいな名前だろう。
名前の通り、梨香はきれいな人だった。

細太郎、おとうさんとおかあさんは、離婚はしていないんだよ。
じゃあ、今でも奥さんか、というとそれは違う。
おとうさんとおかあさんは、結婚していないんだ。

僕が初めて梨香に会った時、梨香には結婚相手がいて、僕の片思いだった。
梨香は僕よりも5歳年上で、僕が通っていた図書館に司書として勤めていた。
梨香のうちは大きな病院で、医者にならなかった梨香は、病院を継ぐために見合いをしてお医者さんと結婚することになっていたんだ。
僕は梨香に一目ぼれしたけど、話しかける勇気もなくて、ましてや婚約者がいる女性に恋したなんて、なんとなく気まずかった。
それでも、何とか目が合うようになって、挨拶をするようになって、言葉を少しだけ交わすようになって、僕は嬉しい反面だんだんつらくなっていった。
そして、僕は後悔したくなかったから、という理由で思い切って告白した。
梨香は困ったろうね。
僕は、相手のことも考えないで自分の気持ちばかり優先する、ただの子どもだったんだよ。
返事がもらえなくても、梨香が僕をさけても、僕は毎日図書館に通って何かと理由をつけては梨香と話したかった。嫌われてもいい、と思った。
ストーカー?
そうだよね、ストーカーだよね。
参ったね。

でもね、梨香が僕をさけていたのは、ほんとは僕が嫌いじゃなくて、僕のことがほんとは好きだったんだって。
それに婚約者がいなくても、年上だということに気兼ねして、告白されても知らないふりをしていただろうって、話してくれた。
梨香も、つらくて耐えられなくなっていたんだ。

僕たちは、誰にも内緒で付き合い始めた。
梨香が結婚するまで、という約束だったけど、でもそれもできなくなっちゃった。
梨香のお腹の中に、細太郎ができたんだ。
細太郎、僕は嬉しかったんだよ。
梨香も嬉しかったんだよ。
でも、現実は、誰も細太郎の誕生を喜ばなかった。

それからのことは、僕はあんまり覚えていないんだ。
梨香は、両親と婚約者の激怒にも耐えて、細太郎を産むとがんばってくれた。
気がつくと、僕の手に細太郎が残されていた。
それから、梨香がどうしているのか、僕は知らない。
というか、忘れちゃったんだよ。
辛かった日のことを、僕の心が封印しちゃったみたいだよ。
誰も教えてくれないし、僕も聞こうとしなかった。
僕がただひとつ理解したことは、自分のことだけでなく好きになった相手のことも考えなくちゃいけないっていうことかな。

僕が、覚えているのは、楽しかったことだけだ。

細太郎、おまえがおとうさんをどう思うか、おまえの判断にまかせるよ。

あ、おまえの名前、おかあさんがつけてくれたんだよ。
いい名前だろう。
ちゃんと、漢字で書けるか?

「かける」という字は、「翔」と書くんだぞ。

「細太郎」もおかあさんがつけたんだ。
おまえ、生まれた時、細くて小さかったからなあ。。。