原地区の長野集落をかつて広電バスの極楽寺線終点である極楽寺山口まで運行されていた。昭和37年(1962)5月頃には広島バスセンターから2便、廿日市から1便運行されており昭和50年(1975)頃も運行されていたようであるが何時頃廃止になったのかは定かでない。ここから右側の道を進んで高い峰に向かう道が原参道であったが国道433号の長野ループが出来てからはルートが変わっている。
原地区の長野集落をかつて広電バスの極楽寺線終点である極楽寺山口まで運行されていた。昭和37年(1962)5月頃には広島バスセンターから2便、廿日市から1便運行されており昭和50年(1975)頃も運行されていたようであるが何時頃廃止になったのかは定かでない。ここから右側の道を進んで高い峰に向かう道が原参道であったが国道433号の長野ループが出来てからはルートが変わっている。