本人が否定しようが、肯定しようが、誰にも醜聞があります。
ここでは最近の「中国の醜聞」を集めてみました。必要な方のために出典も明示し、あればリンクも用意しています。
中国人だけに見られる奇怪なことが、無数にあります。その一つが
王朝が腐敗すれば、天命に従って、新しい王朝が誕生
というもの。これが典型的な「ご都合主義」ですね。
- どこにも信頼すべき理念がなく、単なる「結果論」をありがたく戴くに過ぎないのに、いかにも「天命」がくだった、とします。誰もそれで納得しなかったのでしょうが、誰も異論をもたなかったのです。それほど社会的締め付けが激しかったのだろう、と私は受け止めています。
- 儒教の主張は、ほとんどすべて、こういう類のもので、支配者にとってこんなありがたい宗教モドキはありません。まぁ信ずるしかないので「宗教」としておきました。
- こんな中国で、「人はみな平等」とする仏教が栄えるはずがなく、また栄えては困るのでした。確かに一時期流行した期間があったかに見えましたが、中国・韓国で仏教が浸透することはありませんでした。この地域には、儒教による差別が、もっとも相応しい「宗教」だったのです。
儒教が教えることをまとめておきますと
- ご都合主義
- 結果論
- 勝てば官軍
- 支配者のための道具
- 立派そうに言いくるめる虚言
- 金儲けを否定する儒者が、実はもっとも金に執着する
でした(笑)。
「儒教は正しいことを言っている」
と思っているそこのあなた、危ないのでご注意のほどを。
儒教にかぶれるのも、ほどほどに、しておきませんか。
それとも私が間違っていますか(大笑)。
- 親兄弟を斬殺しても、それが天命ですか。
- 自分を正当化するための虚言ではありますまいか?
- 普段から無視に近い態度をとりながら、「子や孫たちに敬われたい」という心を癒してくれる、それが儒教なのでは?
もちろんのことですが、一部でひどいことを主張しているからと言って、その全てを否定してはならない、という原則があります。
しかし儒教の場合
「ほとんどの部分」で間違っているため、全部否定してもいいかと思います。かろうじてマシなことを主張する部分を発見できるかも知れませんが、それさえ厳密に言えば、怪しいのでした。
昔のことですから
どんな説でも今の時代としては「あやしい」と言えるかも知れませんが、もしいいことがあるならば、「~はこうも言っております」と引用し、全てを善とすることは避けなければなりません。
さてさて、皆様はどう思われますか。