
5月14日、コミュニティラウンジ「Benten103」にて、第176回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。

講師はSocial Healthcare Design株式会社、代表取締役CEOの亀ヶ谷正信様。近年よく聞かれるようになった「ウェルビーイング(Well-Being)」という概念と経営との関係についてお話しいただきました。
ウェルビーイングとは何でしょう?WHOの定義によれば、「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」とあります。日本語では「幸福」と訳されますが、やはり「幸福」と訳される「happiness(ハピネス)」が一時的な喜びや満足感を指すのに対し、ウェルビーイングは持続的な安定した状態を指します。
ウェルビーイングに関する研究は、ここ20年ほどの間に、マーティン・セリグマンによるポジティブ心理学や、慶應義塾大学・前野隆司教授の幸福学などを通じて発展してきました。前野教授は、幸せについて、「長続きしない幸せ(地位財)」と「長続きする幸せ(非地位財)」の区別を明らかにしていますが、前述のように、ウェルビーイングは後者の「長続きする幸せ」にあたります。
尤も、亀ヶ谷さんは、こうした心理学的アプローチとは一線を画し、「脳科学」からこのテーマに切り込んでいます。亀ヶ谷さんは、ウェルビーイングを「ココロとカラダとキズナの3つが満たされた状態」と捉えます。特に「キズナ」は見落とされがちですが、人とのつながりこそが安定したココロの状態を生む鍵となります。そして、「満たされている状態」は個々人で異なるため、唯一の正解というものはありません。幸せは与えられるものではなく、自分で自分を満たさなければならない。これは今回のお話し全体を貫く、重要な考え方です。
また、一般に定義される「健康」とは「心身ともに健常なさま」をいい、そこには「キズナ」、すなわち「人間関係」の要素が欠落しています。さらに、「健常」とは「特別の異常がないこと」を指すので、心身が「満たされている」ことと同義ではありません。したがって、WHOによる健康の定義と日本語の健康の定義は以上の点においてこことなります。今回は、時間の制約上、特に「ココロとキズナ」を中心に話を進めます。前回の第175回YMSにおける睡眠のお話は、いうなればウェルビーイングにおける「ココロとカラダ」に焦点を当てたものと言えるかもしれません。因みに「キズナ」とは、人間関係の中でも特に「信頼・愛着・共感などが含まれる、深く結ばれたココロのつながり」を指しています。つまり、人間関係は「ココロ」を介在しなくても成立する場合がありますが、キズナにはそこに互いの「ココロ」が影響し合っており、同時にキズナから生まれる相互作用は互いのココロにも影響を及ぼします。したがって、ウェルビーイングであるのに「ココロとキズナ」は不可分であるというわけです。
そしてその「ココロ」は、脳の中で生じる「思考」・「感情」・「意識」が互いに影響し合って作り上げられます。思考と感情は異なるメカニズムで働いています。思考は「認知する力」、感情は「感じる力」であり、両者が一致する状態を脳は求めています。ウェルビーイングとは、「思考と感情が一致した状態」なのです。言い換えれば、前述の「ハピネス」は感情だけが満たされた状態ということができます。たとえば、「楽しい」は一時の感情ですが、それだけでは長続きしません。
難しいのは、人間関係が、この「思考と感情の一致」を妨げる要因となりうるということです。何故なら、カラダやココロの健康はある程度自力で整えることができますが、キズナだけは相手がいて初めて成立するものだからです。だからこそ、思考と感情が一致した「ココロが満たされた状態」であるためには、人間関係が「キズナ」に昇華している必要があります。キズナは、第1次(親・親密なパートナー)、第2次(友人・知人・親族)、第3次(職場や地域などの社会的つながり)の3層に分けられ、このうち2層以上が機能していないと、人はココロの安定を保ちにくいとされています。
さて、このように考えると、職場もウェルビーイングの重要な舞台となります。多くの人は、人生の多くの時間を仕事に費やしているからです。また組織にとっても、個人の思考と感情が一致していない状態ではキズナの構築が難しく、信頼関係が生まれないため、生産性に悪影響を及ぼします。
では、思考と感情が一致する状態を作り上げるにはどうすればよいのでしょうか?人は外部から入ってくる膨大な刺激のすべてを認識しているわけではありません。人間は生存のためにエネルギーを節約する必要があるため、多大なエネルギーを消費する脳は、自分にとって必要と判断した情報にだけ焦点を当て、それ以外の情報は不要なものとして削除しようとするメカニズムが働いています。「自分にとって必要と判断した情報」とは、「意識を向けた情報」のことです。しかし、人が何に意識を向けているかは人によって異なるため、同じ事物に遭遇してもそれをどう認識しているかに違いがあり、それが誤解や衝突を生む原因となります。誤解や衝突は人間関係を毀損し、思考と感情の不一致につながります。
ある事実に対し、それをどう「意味づけ」するかは個人によって異なる上、その意味づけは無意識に行われます。しかし、組織における価値観や規範、文化や風土といったものは、個々の意味づけをある程度同じ方向に揃え(意識をどこに向かせるか?)、予測可能にすることによって誤解を生まないようにすることが可能ですが、より根本的にはやはりコミュニケーションを通じて互いを受け入れる行為が必要でしょう。
企業経営とは、個人では到達できない価値創出を、組織という枠組みで実現する行為です。個人の成長と組織の成長を切り離すことはできず、組織の成長の前提として個人の成長がなければなりません。個人の成長段階は、自己理解と受容(内省)に始まり、他者理解と受容(傾聴・対話・共感)へと進みます。それができて初めて、組織において健全な形での協働関係の構築(チームビルディング)が可能となり、それが発展して組織パフォーマンスの最大化につながるのです。「初めに自己受容ありき」。現代人は「外に向かう意識」に偏りがちです。しかし、真の成長とは、内省を通じた自己理解の深化から始まるのです。
この自己受容を妨げるものは「恐れ」です。恐れを克服することが自己を成長へと導きます。恐れとは未知のものに対して生まれる感情です。恐れを感じるのは単純にそれを知らないからだけだと意味づけし直すことが、学びと成長の起点となります。ただ、そのためにはその人が「恐れ」を克服できると信じ、克服する意思を持っている必要があります。そのため、組織としては適切な課題設定を行うことで、メンバーの成長意欲と内発的動機づけを促す手助けをすることができます。自己成長を感じさせる方法とは、1.できそうだと感じられる課題を与えること、2.少し頑張る必要がある目標設定を行うこと、3.自分で選択した課題・目標設定であることです。

ウェルビーイングとは、単なる「幸せ」ではなく、「ココロ・カラダ・キズナが満たされた状態」であり、思考と感情の一致を伴う安定のことです。そしてそれは、他者との関係性の中でこそ育まれるものです。経営とは人を活かして個人では達成できない価値を生み出す行為であり、その根底には人間理解と信頼の構築があります。その点においてウェルビーイングと経営は重なり合う部分があり、昨今経営におけるウェルビーイングが注目される一因があるのだと思います。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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