こんな問いがあります。
「アメリカで、車に乗っていた父子が事故に遭った。父親は即死、子供は一命をとりとめたが脳に損傷を受けた。子供はヘリで救急搬送された。幸い、その日は脳外科の世界的権威が当直だった。その外科医は早速手術に取り掛かったが、子供の顔を見るなりこう言った。『おお、息子よ!』
この子供と外科医はどういう関係だったのだろうか?」
9月14日、mass×mass関内フューチャーセンターにて、第142回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。因みに、mass×mass関内フューチャーセンターでの開催は今回が最後になります。mass×massの皆様には、2013年6月12日の第35回YMS以降、9年余りにわたり大変お世話になりました。この場を借りてYMS一同、心より御礼申し上げます。
さて、冒頭の問いですが、答えは「その外科医は子供の『母親』だった」です。ある特定の社会の中で生きている以上、人の心の中には「無意識のバイアス」と呼ばれる、悪意があるか否かに関わりなく存在する偏見があります。上の問いで言えば、「脳外科の世界的権威=男性」という思い込みです。女性の社会進出が進んでいるといわれるスウェーデンでも結果は同じだったそうで、ご自身が脳神経外科の世界的権威である藤田医科大学ばんたね病院の加藤庸子先生さえも、この外科医を「男性」だと思ったという話を聞いたことがあります。大事なのは「悪意はなく無意識である」という点と、「誰にでもある」という点です。どのようなものであれ、こうしたバイアスは我々一人一人の中にあり、判断に影響を与えているのだということを受け入れ、思い出すことです。これが、これから展開する今回のお話しにとって重要なポイントとなります。
前置きが長くなりましたが、今回の講師は一般社団法人ルータス代表理事の大原康子様。ご自身も事故で夫を亡くされ、三児を育てるシングルマザーでいらっしゃいますが、「母子世帯の貧困とシングルマザーの自立について」と題してお話しいただきました。
初めに、2014年9月24日に起きた、「銚子市母子心中事件」という痛ましい事件のお話がありました。事件の詳しい内容については「DIAMOND ONLINE」の記事をリンクしておきますが、今回のテーマである母子世帯の貧困の問題が象徴的に表れたショックな出来事でした。
わが国の相対的貧困率は15.4%(2019年)に達するといわれています。生活に必要な物を購入できる最低限の収入を表す「貧困線」は127万円(2018年)とされていますが、母子世帯の実に13.3%がこの貧困線の50%にも満たない「ディープ・プア」の状態にあるそうです。この貧困の背景には、世代間連鎖 雇用慣行 高齢化 自己責任論 金融教育の不足 ジェンダーバイアス 清貧思想など様々な要因があります。
母子世帯の正確な数は分かっていませんが、約123万世帯いるとされ、うち8割が離婚(死別は8%)です。離婚の理由も様々であり、女性の場合一番多い理由は「性格の不一致」で57.6%ですが、次に多いのが「精神的な暴力」で29.8%を占めます。これに「身体的暴力」、「経済的暴力」、「子供への虐待」を含めると、実に7割にも達します。いわゆるDVの場合、とにかくそこから逃れるため、慰謝料や養育費などの取り決めができないままということも多く、これが貧困に向かう大きな要因となっていると思われます。
日本ではシングルマザーの就業率は80%(OECD平均は70%)と高いのですが、50%が貧困(OECD平均は30%)と言われています。つまり、就労する意欲が高いにもかかわらず、貧困の割合も高いという実態が見えてきます。また、養育費を受け取る取り決めをしている割合は42.9%ありますが、実際に受け取れているのは24.3%とのこと。この養育費については2020年に法改正がなされ、不払いに対して刑事罰が科されるようになりましたが、これもシングルマザーの側から訴えを起こすことが条件です。ただでさえお金がない上、就労と同時に同時に家事育児も抱えているシングルマザーにとって、訴えを起こすことは容易なことではありません。中には明石市のように行政が養育費を先払いし、取り立てを代行する独自の取り組みをしている自治体もあるようですが、まだまだ一般的とは言えません。
総じていうと、⽇本のシングルマザーはワーキングプアの状況にあり、家事育児との板挟みにあり、元夫からの⽀援が薄く、世間からはシングルマザーになったのは⾃⼰責任とみなされ、孤⽴しているというのが主流ということが言えます。特に最後の「世間の目」というのは、冒頭に述べた我々に内在している「無意識のバイアス」が少なからず関係しているのです。
さて、大原さんが代表を務める一般社団法人ルータスでは、シングルマザーの経済的自立を支援するため、シングルマザーのためのコレクティブハウス(家事や育児などを共同で行うことを前提にしてつくられた都市型の集合住宅)構想を進めていらっしゃるそうです。これはまさに貧困の類型として挙げられる、経済、居住、関係、時間の問題にアプローチしたものと言えます。かつそこから女性の自立、キャリアアップ、目標の実現、収入の増加の達成を目指しています。
20年ほど前、里親にコミュニティを提供するとともに、退職した高齢者が隣人として、メンターとして里親や子供の力になる”Hope Meadows”と呼ばれる施設がアメリカ・イリノイ州にあるという話を聞いたことがありますが、今でもあるようですね。高齢者の孤独や貧困も問題となっている中、世代を超えて助け合えるような「新しい下町」が育っていくと良いなと思いました。
過去のセミナーレポートはこちら。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした