まなびの途中

色々な仕事をしてまいりました。
色々な出会いがありました。
勘違いもありますが、
学んだことを書いてまいります。

「我慢」という言葉を考える

2006年08月21日 | 教育、文化、少子化
自宅のパソコンは、どうやら、熱を帯びると、「暴走」する、
そんな感じであると了解するようにしました。
ウイルスでも、なんでもない。
以来、きちっと、遮蔽物をなくして、換気を気をつけて、作業することにしました。
ええ、幸いなことに、症状がでません。

中2が学校で自殺 「原因は生徒指導」両親、提訴へ

長崎市内の市立中学で04年3月、2年生の男子生徒が校舎から飛び降りて自殺
する事件があり、生徒の両親が近く、市の管理責任を問い、9000万円余りの
損害賠償を求める民事訴訟を起こす。

これだけを見ると、何だか、ありゃりゃ、という気分になりますが、
2004年に彼が自殺して以降、長崎県内では7人の子供達が自殺している。
何かが問題なんであろうが、ちょっと異常事態だったんだろう。
部外者である自分は、コメントしにくい内容です。

長崎県では、立て続けに「低年齢」の犯罪報道が相次いで、地元民を嘆かせている。
違法建築まで、また長崎だよぉ、と友人が嘆いていたことも忘れられない。

一方で、こんな記事が目に付いた。
●「給食費は義務教育の範囲内でしょ!」ブチ切れ保護者から教師を救え!?

 「教育と人間関係の相談室カンナ」というホームページ。
 「うちの子と○○ちゃんは仲が悪いみたいなの。今すぐクラスを別々にしてもら
  えます?」、
 「義務教育だから給食費は払わない!!」「うちの子は箱入り娘で育てたい。誰と
  もケンカさせないという念書を提出しろ」「保護者会に参加するために会社を
  休んだから休業補償を支払え」などの要求のほか、しまいには「うちの子がけ
  がをして学校を休む間、けがをさせた子も休ませろ」と言ってくる親まで・・・。

という内容が載っていました。
  文科省調査によれば、全国の公立小中学校で精神性疾患による教職員の休職者
  は10年前のほぼ3倍に。小野田教授の調査によると、小中学校・園の8割が
  「無理難題な要求が増えた」と回答しているんだそう。その背景には教師の能
  力に問題がある場合も多分にあるが、保護者のコミュニケーション能力の低下
  が主な原因としてあげられる。

そして、今回のこの記事。
心の病、30代社員に急増 企業6割で「最多の世代」

  30代の会社員にうつ病や神経症など「心の病」が急増していることが、社会
  経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所の実施したアンケートでわかった。
  30代に最も多いとした企業は、04年でほぼ半数だったのが、今年には
  61.0%に増えた。また、6割以上の上場企業が、「心の病」を抱える社員
  が増えたと回答した。専門家は「急速に進む成果主義や管理職の低年齢化が一
  因ではないか」と分析している。

ごめんなさい、短時間でコメントできる頭をもっていないので、並べましたが、
思うんですが、この所、何かの「ハードル」が、思いっきり下がっているように
感じます。
今まであったら、それはそうなんだが、相手だってこんな風に思っていてさぁ、
そういう「想像力」を背景にした、相互関係というものがあって、
それぞれが思いをめぐらせて、「利害関係」が大人的に対処されていた、
ような感じがします。

思えば、「我慢」する。
そういう言葉にさえ、ネガティブなイメージが付きまといます。
相手先に、理不尽な事があって、それを一方的に曝されている、攻撃を受けている
こういうシチュエーション全般が、「我慢」する、という言葉に対比されている
そんな気配が漂います。

特に、最近は我慢する必要は無いんだ、言いたい事をきちっと言う。
それが許されている、人に迷惑をかけなければ、思ったことをする自由を
手に入れた時代だ。
そのようなフレーズが、ストレート、ど真ん中直球で、浸透しているかのようです。

相手のことをイメージできて、思いやる、そういう能力を取得しない、
経験させない、無駄なことだと感じる。

我慢という言葉ですが、語源由来辞典によると、
  我慢は、仏教語で七慢のひとつで、サンスクリット語「mana(マーナ)」の漢訳。
  仏教で「慢」は、思い上がりの心をいい、その心理状態を七つに分けたものが
  「七慢」である。
  その中の「我慢」は、自分に執着することから起こる慢心を意味し、「高慢」
  「驕り」「自惚れ」などと同義語であった。

  我慢の元となる「七慢」は、「慢(まん)」「過慢(かまん)」「慢過慢(ま
  んかまん)」「増上慢(ぞうじょうまん)」「我慢(がまん)」「卑慢(ひま
  ん)」「邪慢(じゃまん)」で、それぞれの意味は以下の通りだが、文献によ
  って解釈が異なる部分もある。

  慢とは、他と比較しておごり高ぶること。
  過慢とは、自分と同等の人に対し、自分の方が上だと思うこと。
  慢過慢とは、自分より優れた者に対し、自分の方がもっと上だと思い誤ること。
  増上慢とは、悟りの域に達していないのに、既に悟っているという自惚れの心。
  我慢とは、自分に執着することから起こる慢心のこと。
  卑慢とは、はるかに優れた者と比較し、自分は少ししか劣っていないと思うこと。
  邪慢とは、間違った行いをしても、正しいことをしたと言い張ること。

人を見下す若者達という本がありましたが、昔から、言い伝えられている言葉が
あります。
教師も、親も、会社員も、また、デリカシーの無いことを言ってしまいそうなんですが
全て、「慢」を置き忘れたように、思えるのは私だけでしょうか。
この日本では、ストレス、それは、人間関係に起因するものが大半です。
「慢」の関係を、洪水のように浴びた「子供達」。
教育が不毛になりかけているのは、どうやら、やっぱり、大人のあり方。
これが問題なんでしょうか。