4ヶ月ぶりの静岡出張
今回で、静岡遠征は12回目となりました。
今回の静岡遠征は今までとは少し事情が違っています。
‘ 静岡遠征、番外編 ‘ といったところでしょうか・・・
今回の一番の目的は、三島市に最近オープンした、
「 癒しの森 Amin 」 様を訪問する事です。
三島市に初上陸の前日、午後に、静岡市内に到着、
夕方、居酒屋で 鳥の唐揚げ と 静岡おでん で一杯やって、
夜は、駅前のビジネスホテルで一泊、
翌朝、三島市に向かう事としました。
ほろ酔い気分で、ホテルにチェックイン、
部屋に入ると、 机の引き出しに、
なぜか・・・・
何気なく、分厚い聖書を片手で取り上げ、適当な所を
右手で開いて、
机の上においてみた。
「 何伝が出たかな ? 」 と思って、開かれた聖書のペーのぞいてみると・・・
マルコ伝だった。
「 もしや!!! ひょつとすると ・・・・・・ 」
と思った・・・・・少々の悪寒が走った・・・
活字に目を凝らした・・・・
「 やはり!!!!!! あの箇所だ!!!!! 」
偶然に開いたこのページは マルコ伝 ・ 第15節 ・ 34章 だった・・・
このヶ所は私が若い頃、何度も何度も読み返した事のある、特別なヶ所なのです。
十字架に貼り付けにされ処刑されようとしているイエス、
いよいよ息を引き取ろうとするとき・・・・
まさに・・・最後の最後のとき・・・・何を叫んだか?????
マルコ伝にはこう記されています。
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イエスは大声で、
「 エロイ、 エロイ、 ラマ、 サバタクニ、」と叫ばれた。
それは訳すと、
「 わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」
・ マルコ伝 ・ 第15節 ・ 34章
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イエスは、人々の罪を一身に背負って、死んでゆく覚悟があったはずです。
にも関わらず、
最後にお吐きになった言葉は、
一見、見苦しいとも思える、悲痛なお言葉、
この言葉、言い方を変えれば・・・
「 神様!!! オレは、まだ死にたくない!! 」となってしまう。
イエス様とあろうお方が・・・どうして・・・
最後の最後に、このような恨みとも聞える悲痛なお言葉を発せられたのか??
どうしてなんだ!!!!
この言葉は、キリスト教の基本的な教義を覆してしまうほどの大問題です。
にも関わらず・・・
隠蔽される事もなく、聖書の中にハッキリ記されています。
この、記述こそが、「 偉大なるキリスト 」を語る上で
人智では、計り知れない 真実 を内在していると私は思っています。