社会福祉の本を読んでいたら個別性を尊重することが大切、と書いてありました。
それで思い出したのですが、ハワイのボランティア研修の中で、メディカルソーシャルワーカー(MSW)の人が、こんなことを言ってました。
たとえクライアントが倫理感のない考えを持っていても、
たとえ一般的には賛成できないことをしようとしていても、
私たちはそれも尊重しなければならない。
う~ん・・・。
昨年日本死の臨床研究会で聞いた話の中にも(これも米国のMSWの話)
場合によっては法律・宗教・慣習に逆らっても活動する。
という話を聞きました。
え~。
そんな場面に出会わないことを祈りたいですが、
支援をしなければよいのか、
尊重するだけなら構わないのか、
実際には悩みますよね。
⇒メディカルケアプランニング ウェブサイトはこちら
それで思い出したのですが、ハワイのボランティア研修の中で、メディカルソーシャルワーカー(MSW)の人が、こんなことを言ってました。
たとえクライアントが倫理感のない考えを持っていても、
たとえ一般的には賛成できないことをしようとしていても、
私たちはそれも尊重しなければならない。
う~ん・・・。
昨年日本死の臨床研究会で聞いた話の中にも(これも米国のMSWの話)
場合によっては法律・宗教・慣習に逆らっても活動する。
という話を聞きました。
え~。
そんな場面に出会わないことを祈りたいですが、
支援をしなければよいのか、
尊重するだけなら構わないのか、
実際には悩みますよね。
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たとえ一般的には賛成できないことをしようとしていても、
私たちはそれも尊重しなければならない。
そんな場面に出会わないことを祈りたい、って・・・?
個別性を尊重し、受容し、そして共感することはカウンセリングの基本ですが、倫理観のない考え(この場合、倫理観という意味も吟味されなければなりませんが)、一般的に賛成できないこと(同様に一般的という意味も曖昧です)って、私達現場ではしばしば起こります。
そのような考えに至ったクライエントの気持ち(気持ちですよ、気持ち)を尊重、つまり即否定するのではなく、共感的に、或いは正確に理解することは必要でです。
でも、その後こちらの考えや気持ちを、伝えることも大切です。
先日もある少年(法律上の呼称で少女も含まれます)「あいつを殺ってしまいたい・・・」とか、「おクスリ(シャブ)少しくらいだったら、別に何ともないよ・・・」って!?
非行臨床では、こんな会話はしばしばです。
結論。相手を尊重し、共感するけれども、ダメなことはダメと言う。
日ごろ共感性豊かなカウンセラーが、ここ一番って時には相手を審判するからこそ効果があるのです。
書物や講義(知識や理論と言い換えてもいいですが)は大切ではあるけれども、人間としての躍動の原点にはならないです。
体験に裏打ちされた話、そして自らの実践による体得こそが一番だと私は思っています。
ちょっと気張って言ったかな。
ごきげんよう。
納得です。
またいろいろ教えて下さい。
そろそろ暑くなってきました。お体ご自愛下さい。