やっとブログを書く心と時間の余裕が生まれました。
理由は、連休に入ったからなのですが。
最近はっきり実感したことがあります。
って遅過ぎ!と言われそうですが。
それはわからないとき、答えが見つからないとき、壁にぶつかったとき、
わからない対象に何度もアクセスすることが大切だということです。
昔の刑事ドラマではよく「現場100回」といって、刑事が足繁く現場に赴いて、
視点を変え、時間を変え、状況を変えながら現場をみるうちに、解決の糸口が見つかるという話がありました。
(ちなみに小学生時代の将来の夢は、警視庁捜査一課に行くことだった。無謀~・笑)
最近痛感するんです。こういう地道な作業って、すご~く大切だなって。
医療なら患者100回でしょうか。
こちらも「全ては患者が教えてくれる」という話をよく耳にしますが
日を変え、時間を変え、患者の話を聞き、状態をみていれば答えが見えてくるようです。
論文100回も大切ですが、それ以上に患者100回が大切な気がする。
集中して対象に向き合う。
仮説を立てて、検討してみて、棄却して、
また新たな仮説を立てて、検討してみて、棄却して・・・
ずっとこの繰り返し。
するとすっと答えの道筋がクリアになり、雑多なものが見えなくなってくる、という感覚です。
そのとき見つかった答えには自信があります。
なんでこんなことを思っているかというと、今まさにこの格闘をしているからです。
悩める日々です。
理由は、連休に入ったからなのですが。
最近はっきり実感したことがあります。
って遅過ぎ!と言われそうですが。
それはわからないとき、答えが見つからないとき、壁にぶつかったとき、
わからない対象に何度もアクセスすることが大切だということです。
昔の刑事ドラマではよく「現場100回」といって、刑事が足繁く現場に赴いて、
視点を変え、時間を変え、状況を変えながら現場をみるうちに、解決の糸口が見つかるという話がありました。
(ちなみに小学生時代の将来の夢は、警視庁捜査一課に行くことだった。無謀~・笑)
最近痛感するんです。こういう地道な作業って、すご~く大切だなって。
医療なら患者100回でしょうか。
こちらも「全ては患者が教えてくれる」という話をよく耳にしますが
日を変え、時間を変え、患者の話を聞き、状態をみていれば答えが見えてくるようです。
論文100回も大切ですが、それ以上に患者100回が大切な気がする。
集中して対象に向き合う。
仮説を立てて、検討してみて、棄却して、
また新たな仮説を立てて、検討してみて、棄却して・・・
ずっとこの繰り返し。
するとすっと答えの道筋がクリアになり、雑多なものが見えなくなってくる、という感覚です。
そのとき見つかった答えには自信があります。
なんでこんなことを思っているかというと、今まさにこの格闘をしているからです。
悩める日々です。