傾聴ボランティア~緩和ケアにて~

~薬剤師・社会福祉士による小さなボランティア活動~

痛みの雨に傘を

2006年02月28日 | 医療関連
雨が降れば傘をさそう。

当たり前のことですよね。

痛みがあれば鎮痛剤を使おう。

これはどうも当たり前ではないらしい。


傘を差し出されても、傘をささずに雨に打たれながら歩く人、

ドラマや映画なら様になるかもしれませんが、

傍からみていると単に「見てて痛い」状態です。

傘の管理をしているのに、傘を差し出さない人、小さすぎる傘を渡す人、

少々の雨には打たれていなさい、とでも言うのでしょうか。


疼痛緩和を啓発するため、様々な人達が今啓発活動をしています。

とてもとても苦労されています。

その活動が実を結んで、雨に打たれる人がいなくなるよう願うばかりです。

セミナー

2006年02月27日 | 在宅ホスピス
今度、多分長袖一枚で過ごしやすい季節になったら、

主にがん患者の家族と本人を対象にセミナーを開催したいと考えています。

心療内科医を招いてテーマはコミュニケーションについてになると思います。

十分な計画と準備をするようアドバイスをもらったので、これから十分練っていきたいです。

どんなものができるか、今から楽しみです!

Passion

2006年02月24日 | Weblog
オリンピックの舞台って独特の雰囲気があるって、よく言いますね。

その中できっちり自分を出せるって、すごいですよね~。

すごいです~。

フィギュア女子シングルの日本選手たち!

感動しました。


今回オリンピックのテーマは、Passion lives here !

このPassion て大きな力ですね~。

仕事をしていく、特に困難に立ち向かう時に必要なもの

それがPassionだと思います。

このところ出会う方々と話をしているとそのPassionが見えてきます。

山を動かすような目標。そのために生まれたPassion。

私もPassion を持ち続けていられるように、と思う今日この頃です。

健康食品とサプリメント

2006年02月23日 | Weblog
厚生労働省の研究班が、がん患者の多くが利用している健康食品やサプリメントに

本当にがんを抑える効果があるのか、

ヒトでの臨床試験を開始するようです。


先日は、

厚生労働省が動物を使って一部のアガリスクの毒性試験をしたところ、

発がん性物質の働きを促進する作用が認められたとして、

販売停止・自主回収を要請したとのニュースがありました。

(この件に関しては、製品選定の経緯や他の製品をどうするのかなど、いろいろ物議をかもしだしています。またアガリクスを含む製品全体にそのような作用があるとはいえません。)


がんが治ると思わせる、またそのような体験談が載せられる健康食品やサプリメントの多くは、

きちっとした臨床試験がされていないのが実情。

厚労省の研究班が健康食品やサプリメントの臨床試験に取り組みは、

患者さんにとって有益な情報が得られるはずで、

期待したいですね。

トリノ

2006年02月22日 | Weblog
トリノオリンピックが真っ盛りですね。

フィギュアスケート女子シングルがはじまり、荒川選手と村主選手が好成績で、フリーの演技が楽しみです。

米国から出場したフィギュアペアの日本人選手がいました。

井上怜奈選手です。

井上選手はお父さまを肺がんで亡くされ、

お父さまが怜奈さんのスケートを応援していたから、アメリカに渡って励んでいました。

しかし自らも肺がんになってしまい、

抗がん剤治療を受けながらスケートをする・・・

その心のうちは計り知ることはできませんね。

パートナーのジョン・ボルドウィンに、

がんだから、再発したらジョンの時間まで無駄になるから、

とパートナーを断ったら、

元気なうちだけでもいいんだ

と。

そして二人でがんばってオリンピック出場をされ、演技をしている姿には感動します。

健康な私は何しているんでしょう、と。


井上選手だけでなく、誰かががんばっている姿って、美しいし、元気と勇気をもらいます。

メダルは手にすることはできなくても、結果はメダルだけじゃないです。

全体を

2006年02月21日 | 医療関連
先日、「がん疼痛緩和と医療用麻薬の適正使用推進のための講習会」、に行って参りました。

参加者には「がん緩和ケアに関するマニュアル」(厚生労働省・日本医師会)が配られ、是非ご活用下さい、とのことでした。

注意喚起されたのは、

拾い読みするべからず、必ず最初から最後まで通して読むべし!

必要だと思うところだけ拾い読みすると、全体の趣旨もつかめないし、自分の方向性も正しく修正できない、ということなんですね。

全体を読んで読んだことになる。。。

私は、こういう本を、ついつい拾い読みしてしまうので、どきっとしました。


話はぜんぜん変わりますが、マクロビオテック、っていう食事方法がありますよね。

一つの食材は全体(種子・実・葉・根など)が一つとしてバランスがとれてまとまっている。これを丸ごと食すること。

特に玄米が推奨されてますよね。

考え方がなんだか一緒ですね(無理くり?)。

そんなことがふとよぎり、本のマクロビオテックを実行しようと思いました。

より忙しく

2006年02月20日 | 医療関連
現在の病院では、入院中の患者さんに事故が起こらないようにする対策が盛りだくさんなんだということ、伺いました。

その中で薬の管理も含まれている、とか。

だされた薬は患者さんに渡さず、看護師さんが管理して、時間になったら患者さんに渡して、コンプライアンスを守らせる。

ことモルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなどの医療用麻薬に関しては管理が厳しく、

患者さんが飲み終わるのを横で見張っていることも

一般病棟ではみられる出来事だとか。


それじゃ、ベッドサイドに突発痛 breakthrough pain 用のレスキューを十分に置けない病院もあるのかもしれません。

ベッドサイドになければレスキューではないですよね。

レスキューがすぐに使えなければ、患者さんは痛みに苦しまなければならない。


なぜそんな事態になってしまったんでしょうか。

入院中の患者さんが薬を飲みすぎた、薬を失くした、転倒した、ということが

事故を起こした、となると、監督不行き届きと言われて、

場合によっては訴訟問題になりかねない、

という背景からそのような管理体制がとられるようになったんではないかと思います。

医療現場では訴訟がでないように、ピリピリしているんですね。

そのために現場では事故が起こらないように業務が増え、そのしわ寄せは患者さんに来る。


ちょっと極端だったかもしれません。


でも訴訟という手段が、患者さんの権利を獲得することにつながらないこともあるのかと、考えた次第です。

だるい

2006年02月17日 | 医療関連
先のブログで食欲不振のことを書きましたが、

先生方はご家族への説明に苦慮されているんですね。

痛いって本人にしかわからないけど、食べないって一目瞭然。

家族にとってみては当然の反応ともいえますね。

本人にしか分からない症状と、傍から見て分かる症状とでは

家族の反応も違う気もします。


例えば全身倦怠感。

じっとしていてもだるくて仕方がない、身の置き所がないようなだるさ、

精神的なだるさ。

何もする気もないし、日常の動作もQOLも下がってしまいます。

本人にとっては食欲不振より辛いのかもしれません。

しかし家族は、食欲不振のような反応はないのかも。

そうだとしたら、命に関わることでもなさそうだから???

もっと全体的に捉えべきなんでしょうね。

アナログな人間

2006年02月16日 | 医療関連
あるパーツを製造している社長さんからこんな話しを聞いたことがあります。

大手メーカーがそのパーツを作るために、コンピューターで綿密な計算をしてデザインされ立派な工場で製造されたパーツと

その社長さんの会社が自分の工場で手作りで作ったパーツでは

手作りのパーツの方が優れているんだそうです。

その最終製品を使うのは人間です。

う~ん。

ここにはある普遍的なセオリーが潜んでいると信じています。

人間はアナログだから、人間が使うものを作る時、デジタルはアナログにはかなわない。

ということ。

最終調整はアナログで行わないと本当に人間に適したものは作れないんじゃないかと思ってます。


そこで忘れがちなのが医療分野。

ある治療法が新しく開発されて、信頼できるエビデンス(証拠)があっても、

みんなに効く訳ではないし、

みんなに適した方法ではない、

ということ。

エビデンスは動物や多数の人に治療をしてでてきた結果を元にしているので

アナログといえばアナログですが、

ある結果を導きだす点では一般化したというか、マニュアル化したというか、

人間の複雑さをはずして、なるべくわかりやすい、単純なものに仕上げることが目的とされるので

デジタル的な要素をもっているのでは、

とも思ったりします。異論はあるとは思いますが。

医療者はその点をよく理解してエビデンスを利用しているのですが、

一般には導き出された結果だけにフォーカスが当てられ、

自分が複雑なアナログな人間であることをさておき

新しい治療法で治るんだ!と思う傾向があります。

エビデンスはたくさんの人を診る医療従事者が包括的にみるものであって、

個々の人々に当てはめてみるものではないのでは

と思っています。


情報が豊富になればなるほど、

アナログな人間であること忘れたくないですね。

食べろといわれても

2006年02月15日 | 医療関連
末期になると食欲が低下します。

体の機能が少しずつ落ちていくから

カロリーは必要なくなっていくから

食べたくなくなります。

食べなくなると、周囲の人、特に家族は焦ります。

食べないと、

よくなるものもよくならない、元気がでない、弱ってしまう、

と思うのですね。当然です。


機能が少しずつ落ちていくと想像すると、なんとなく食べる量も減ると想像できますよね。

聖路加国際病院の日野原重明先生が言っています。

年をとったら若い時と同じように食べる必要はない、と。

年をとることと病気とは違いますが、

体の機能が少しずつ落ちる、という点では共通点があるのではないでしょうか。

私の勝手な想像ですが、体の機能って

横軸に年齢、縦軸に機能をとると、正規分布のグラフのように、

だんだん大きくなってピークを迎えだんだん小さくなるのかな、なんて思ってます。

ただ、気を保てば頭の働き、知的生産活動などは一次関数のグラフのように上がっていくんですね。