クタビレ爺イの山日記

諸先達の記録などを後追いして高崎近辺の低山中心に歩いています。

味噌玉岩訪問  H-21-3-21

2009-03-22 04:34:02 | 倉渕・長野原・草津・嬬恋
お彼岸の中休み、時間が空いたので予てから気になっていた味噌玉岩の上に
立つ事の決着をつける事にした。この岩は「300山」下巻の第一ページの
李ヶ岳の項に出ているので、過去二回に亘る李ヶ岳林道からの李ヶ岳の序に
帰途に北から目印ビニール紐に従って挑戦しているが中盤で立ち往生して
連敗して未だ其の上に立っていない。古くは御祖霊岩とも。
行く気になった切っ掛けは、「くものうえホームページ゛」なるサイトに
こんな風に書いてあつたから。(1999年)
「――李ヶ岳から下って来て左からは断崖絶壁になるので岩の右側から入ると
安心して登れるーー」と。
其の上、「上州の山花」氏は2007年に蘭津から李ヶ岳の途中でこの岩に寄り
見事な岩上の写真を載せていた。つまり、登路が判らないとぼやいていたのは
爺イだけだったらしい。
右というからには岩の西側にある巻き道の何処かに登路があるんだと思って出発。
R-29、R-211、R-33と乗り継いで「びくや」先の李ヶ岳林道入り口、(10.30)



この先は相当な悪路の林道、車の腹を擦らないように超低速で進行。路肩や
真中の出っ張りに片車輪を乗せて苦心の走行。約1.5Kの地点で看板を見て
先に進もうとしたらどうにもならない悪路で百メートルバック。



この看板の所に駐車。766m



登山口はこの先0.5K程なので歩いても大した事ではない。西南に少し霞みの
掛かった妙義が見える。



前回と同じ登山口に到着(11.07)。新品の道標が付けられているので蘭津からの
ルートが整備されたのかもしれない。



蘭津への下り尾根はこんな具合。



今までの目印だった群馬県林務部のプレートは健在。



取り付き口はこの擦り跡を登って急登の踏み跡を辿る。799m



左檜林、右雑木林の境目を登ると間もなく石宮に出会う。
屋根部分の両端に仏の顔が彫りこまれている。これが寺院や神社にあつたなら
他の例で見るように間違いなく完全に文化財に指定されるのに。854m





次の目標は約0.5K先の三角点だがダラダラ登りが続く。この標識は
西周り道からの合流点になり、帰途はここ出てくる積り。



やがて分岐を右に行き新しい尾根に乗る。大きい二股は左に進み長い登りに入る。
厄介なコブを幾つか越えると三角点(12.05)。點名・辰ノ口 四等 974.73m




再び登りが始まり少々バテ気味。あと0.5K位。左からの林道跡が合流すると
全面を雑木に囲まれた味噌玉岩、反対側から見ると岩の塊が実感できるが
此方からは岩山の感じは全く無い(12.23)。昼食・休憩。



古い記録にはこう書いてある。
「倉田村と室田町の境界。その山容、味噌玉を固めたるに似たるを以って
名づく。往昔、榛名神社の在りし所にして、維新前において老杉・古檜繁茂し
最も神寂たる深山なりしが維新後、濫伐の餘弊は遂に一帯の原野と化せしめたりー」
さて、腰を上げて味噌玉岩の西の迂回路に行こうとしたら妙な事に気付く。
自分の影が左90度にある。北進している積りだったから正午近くの影は正面の筈。
慌てて地形図を確認すると尾根は岩手前で大きく右旋回しているので、味噌玉岩は
南北ではなく東西に長いのだ。つまり岩に真っ直ぐ行くのが岩の西に行く事だった。
登山口は迂回路ではなく岩正面にあると気付いて正面に回る。
すると赤テープ発見。今までもこの辺は探った事があつたが、樹葉の濃い時期
だったので見逃していたのか?



テープに誘われて更に岩の隙間に進むと再び樹幹に大きなマーク。右に岩の割れ目。



一段上に上ると上に向かって細い割れ目が走っており、歩行可能な土の道。
左斜面に北側のものと同じのビニール紐目印、別ルートもあるらしい。



岩角に掴まって注意深く進むといきなり台地に飛び出した。ここが岩の頂点らしい。
だが、期待した榛名神社の痕跡は元より、只の細長い土の台地で大岩すらない。
境界杭一本だけにガックリ(12.54) 1.045m



枯れ枝が邪魔するが展望はまあまあ。北には巨大な李ヶ岳



この冠雪の山は白根方面かな?



東のこれは天狗や鏡台山方面らしい。



台地の東北端を見ると成る程、此方から登るのは至難の技だ。



台地は大人しいが一寸横を覗くと物凄い岩の塊だと実感する。



だが、某サイトに掲載された頂上の岩に乗った写真は不可解。何故なら
頂上にはそんな岩が無いから。暫く展望を楽しんでから下山開始。
ここで漸く気付いた。岩に乗った写真は頂上ではなく途中、それも殆ど
降りきる寸前の岩らしい。そこで爺イもそれらしき写真。あと数メートルで
尾根と言う位置の岩でも頂上岩に見える?



今日はもう李ヶ岳に行く元気は無く下山に掛かるが、往路を離れて西南への
境界線。荒れた林道跡を辿って進むとこんな看板(13.19)。



両側から張り出す刺のある草を払いながら蛇行して降ると分岐。
右に行くと大きく西に回って林道に到達するが駐車場所から離れすぎるので
左を選択して薄暗い檜林。適当に東南に進むと杭の所で往路に復帰(13.38)。

林道着は13.55、一呼吸の後、のんびり歩いて無事に駐車場所(14.13)。
帰途は「びくや」脇から林道・榛名南線でR-126に出て箕郷経由。
沿道の梅が未だ満開だつた。





追記
当初の予定は古界名山の北方にある三角点・焼止のある1210.2m峰だったが
出発時間が遅くなって第二候補の味噌玉岩になった。帰宅して「おっち村長さん」
こと「おーちゃん」のミクシイを読んで吃驚。おーちゃんが古界名山手前で
親子熊に遭遇して逃げて来たとの記事。爺イが予定通りならおーちゃんと
出合ったかも知れないが同時に親子熊にも。逃げ足が遅い爺イはどうなったか?




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12 コメント

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びっくり! (お~ちゃん)
2009-03-24 20:25:13
 なんと云う 運命の悪戯でしょう(笑)

 古界名山付近で 出会っていたかもしれなかったのですねw いやぁ~ 会いたかったぁ(笑)

 ご存知の通り 古界名山の山頂直前で子連れの熊に出くわしまして、逃げ帰ってきた情け無い私でございます。

 味噌玉岩 私も以前 その 味噌玉岩の上で焼味噌おにぎりを食べる というイベントを(独りで)行いまして、その 岩の山頂があまりに普通の平らな場所だったので その先にいくつかある 岩々まで 苦難の末上りあがって「いったいどれが 味噌玉なんだ?」と考えたことがありました。
 私も師匠と同じルートを辿ったと記憶しています。
 そのときは 李ヶ岳までのピストンでした。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=636730833&owner_id=8043921
 
返信する
柏木トヤ山 (お~ちゃん)
2009-03-24 20:35:20
 柏木トヤ山とは 1210.2m峰のことでしょうか? 以前から1210.2m峰には 名前があるのでは?と思っているのですが・・・。

 あと 古界名山 又は 古界名山の中腹の岩崖のことを 地元ではアライタイワ と 呼んでいたようです。
返信する
古界名山 (爺イ)
2009-03-24 21:25:34
おーちゃんの古界名山読みました。
爺イのミクシイ開始が2007-11-20で
おーちゃんの記事が2007-11-27。
多分、始めたばかりでマゴマゴして
読んでいなかったかも。
WBCも終わったので折をみて1210mに
行って来ます。ラジオをガンガン鳴らしていけば親子熊も敬遠してくれるでしょう。
柏木トヤは聞いていません。三角点名
が「焼止」なのでそれに近い名前かな?
とはおもつていましたが、トヤ山とは南牧のものしか知りません。
古界名途中の岩崖はアライタですか?
大きな松ノ木のある岩崖なら北から回り込んで登った事があります。
返信する
柏木トヤ山 (お~ちゃん)
2009-03-24 21:39:41
 300山の古界名山の冒頭に
 「上野国郡村誌にはこの山は西は大岩山、東は柏木トヤ山に接し、岩山にして樹木なしとある。」
 とあるので 柏木トヤ山 とは どのお山なのか?と興味を持っているのです。
返信する
RE:トヤ山 (爺イ)
2009-03-25 09:27:10
中之条町史でも見ようとしましたが
今日は図書館が休館なので、書いた本人・横田氏に電話で問い合わせしました。だが、ご本人もトヤ山は判らないそうです。郡村誌はM-16のもので古くて根拠を確かめようがありませんが、考えようによっては昔の人は麓からも山を仰ぎ見て考察した筈です。とすれば大岩山も古界名山も確かに1100mを越える山ですが仰ぎ見る限りは900mや800mでも立派な山に見えた筈。古界名山の東や東南にはそのくらいのピークは幾つかありますから今の地形図で言えば812m地点の山かな?と思っています。
あの県道沿線で大岩地区辺りから
北方の山塊を眺めるとヒントが得られるかも知れません。
返信する
RE:柏木塒山 (爺イ)
2009-03-27 21:18:57
「上野国郡村誌・吾妻郡・上沢渡村」の項を読みました。この村の
「山」としては「高天山(現家ノ鞍)」・有笠山・大岩山・古界名山・
大岩山・柏木塒山・村立山・大塒山」と後半3つは知らない山名。

古界名山「村の西方にあり東は柏木塒山に連なり西は大岩山に接すー」

柏木塒山「村の西北にあり西北は村立山に連なり登路二条、字穴山と
字蛇野―中腹に名勝・穴小屋窟ありー 渓水一条、山の西腹から出て
蛇野川に入るー」

村立山「村の西方にあり西は暮坂嶺に連なり西北大塒山に接するー」

とあるので繋げて見たが益々判らない。若しかすると古界名の東を無視すると北方の1160mか1210mでは?
町教育委員会・山の会・資料館に問い合わせるも何れも回答得られず。
尤もこの本は明治八年に編集されて内務省地理局に提出された物を
昭和60年に県文化事業振興会が収録した物なので現行政の手を経た
ものではないので、この記述自体が地元関係者の関心の外らしい。
この後の吾妻郡誌・中之条町誌には柏木塒山・村立山・大塒山の記述は
見当たらない。
返信する
柏木塒山 (お~ちゃん)
2009-03-27 22:10:54
 私が方向音痴なのかも知れませんが(笑)
 古界名山を目指していると 1210m峰が 古界名山の東にあるような錯覚を覚えるのです。

 この柏木塒山で ピン!ときたのが やっぱり 1210m峰なんです。

 私も柏木塒山・村立山・大塒山の記述を見つけることはできませんでした。

 地元の長老さんを探し当てて聞くしかないかなぁ(笑)
 
 何か判明しましたら また 報告します。
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RE:柏木塒山 (爺イ)
2009-03-28 07:11:51
最後の頼りは資料館長の「カラサワさん」だけどなかなか掴まらない忙しい御仁。名勝・穴小屋窟さえ判れば、
その尾根上の山が本命と思つていますが。穴小屋窟が今の仙人窟ではないかと想像しています。
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Unknown (Unknown)
2009-03-28 20:29:17
渓水一条が仙人の滝ということですね(^_^)v

四万 沢渡方面で 長いこと 林業に従事していた方に 柏木トヤ山の存在を問い合わせ中で返事待ちですo(^-^)o
返信する
Unknown (お~ちゃん)
2009-03-28 20:31:35
すいません( ̄○ ̄;) 私の名前を入れ忘れましたm(_ _)m
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