参ったな・・・まさかこんなに急激に不況になるなんて。
今年の春頃は大学さえ出ればどこかに就職できるだろうって思っていたのに、それが今迄になく厳しいものになるなんて。
地元で就職企業説明会があるから行ってみたけど、一流大学でもなく、さしたる資格もない僕には厳しい現実が見えた。
教員資格は取ったけど、教員採用試験に合格するとは到底思えず就職を考えていた。
東京に帰る日、母親から友達が急に行けなくなったからお芝居に付き合って言われたのが「冬の絵空」という舞台だった。
芝居なんて見たことないけど、元々日本史の先生になれたらいいなと思っていたときもあったくらい歴史が好きだったし、忠臣蔵を大胆に解釈したというのに興味を惹かれた。
最も最近では忠臣蔵そのものが忠実とは違うのではないかとか書く人も結構いたりする。
舞台って初めて見たけど面白かったな~。切ない話だったけど・・・
でも忠臣蔵って本当はどうだったんだろ?実際に見た人はいないし、伝えられるうちに少しづつ変わっているのかもしれないし、あの綱吉だって知的で優れた将軍だという説もあるし、吉良は人民に慕われていたそうだ。
高速バスを降りると外はもう明るかった。
今日は12月14日、討ち入りの日か。
確か午前4時頃で、外は雪じゃなく快晴だったんだよな。
ふと急に空が暗くなった。何処かで大きな音がした。
雷?・・・と思った瞬間、頭上に眩いばかりの稲光が走った。。。
えっ!?俺ってもしかすると雷に打たれて死んじゃうの?
そっそんな~今迄の人生が走馬灯のように・・・浮かんではこなかった。
助かった~だけどなんだろ?なんか風景がいつもと違う。
見たことない場所だ、いや見たことはある。だがそれはテレビや映画や本で見た景色だ。
皆着物で歩いている。頭は髷を結っている。まさかここは京都の太秦?
俺ってテレポートしちゃった訳?でも皆が俺のこと変な目で見てるし・・・「痛っ」
「無礼者!何処見て歩いておる!それになんじゃ?その可笑しな着物は?
さては異人か?隠れキリシタンか!おのれ~手打ちにしてくれるわ~」
えーーー!・・・てことは、ここはまさか江戸時代?
てゆーか、俺って結局死ぬ運命なんだ。。。
「ちょっと待っておくんなせぇ~」
「誰だ?」
「あたしは役者業を生業としている沢村宗十郎と申します」
「なんだ、河原ものか」
「そやつは昨日江戸へ出てきたばかりの右も左もわからぬ無作法者、可笑しな着物は芝居で使う着物です。決して怪しいものではありません。
ここはあたしに免じて許してはもらえないでしょうか?それにお侍さんのその名刀でかようなものを切ったとあっては名刀に傷がつきます」
「なんだなんだ、どうしたんだ~」
「ちょっとあの人見たことあるわ」
「もしかしてキャー宗十郎さま~」
「(人が集まってきたか)確かにな、今度だけは見逃してやる」
「さっこっちへ」
「あっありがとうございます」
ビックリした~昨日舞台で見た沢村宗十郎とそっくりだった。
歌舞伎役者の歴史について調べたことがあったけど、歌舞伎役者・沢村宗十郎は享保の時代に旗揚げするんだよな、だからその沢村宗十郎でもないんだよな。
「とにかくその着物じゃ目立ちすぎるからこれに着替えて。芝居の衣装だけどこれなんか地味で丁度いい」
「あの、さっきは助けてくださって有難うございます。俺は丈志って言います。すみません何のお礼も出来なくて」
「そんなの気にしなさんな、とにかくこれに着替えて」
「はい・・・」
「なんだ、丈志さんは着物の帯も結べないんですか(笑)どれ」
そう言って俺の着物の帯を結んでくれた、男の人なんだけどなんだかいい匂いがしてちょっぴりドキドキした。
(丈志さんはそれぞれご贔屓の20歳前後、もしくは20代前半のイケメン俳優さんをイメージして読んでくださいね)
「丈志さんは異国の生まれか?初めて見る着物なんだが」
「いえ、上方の生まれです」
「はぁ~、でその着物は?いや応えたくないことなら別にいいんですよ」
「あの~今は何年ですか?」
「又可笑しなことを(笑)元禄十三年ですよ」
「あの、俺異人でもなければ隠れキリシタンでもないし、決して怪しいやつじゃないです」
「そう思ったから助けたんですよ。丈志さんは嘘のない綺麗な眼をしている(微笑)」
て・・・照れるな~こんな綺麗な顔した人に真顔でこんなこと言われると。
それに綺麗な眼をした優しそうな人。話してみようか、本当のことを。。。
「あの・・・俺の話し聞いてもらえますか?信じられないと思うけど」
「話してください」
俺の話に信じられないという顔をしたり、腕組みをして感心したように頷いたり、大きな瞳をくるくるさせて聞き入っていた。
「ザッと話しましたが信じられないですよね?」
「ああ確かに信じられない話ですが、かといって嘘で思いつくような話じゃない、信じますよ。
それにしても丈志さんの話は面白かった。あたしの芝居見るより余程面白いですよ(笑)」
「よかった~信じてもらえて、急にこんな事態に陥っちゃって凄く不安だったんです」
まさかこんなに簡単に信じてもらえるなんて、頭が柔軟というか、凄く素直な人なんだな。
「あたしでよければ相談にのりますよ。これからどうします?住む所も必要でしょう・・・あっ丈志さんはそろばん出来ますか?」
「あっそろばんなら無駄に段持っているくらい得意です」
「段?」
「十八番ってことです」
「そいつはよかった、天野屋さんがそろばんのできる奉公人を探しているんですよ、あたしの遠い親戚ということにして早速頼んでみましょう。それから今の話は誰にもしないほうがいい」
「勿論そうします。普通こんな話し信じてもらえませんよ」
「あたしみたいなのが珍しいんですかね(笑)」
それにしても、天野屋ってあの天野屋(^^
一時はどうなることかと思ったけど、宗十郎さんがいろいろと力になってくれた。
あっちじゃ大した役にも立たないそろばんや書道をやっていたことが、こっちでは生きていくうえでの糧になった。
無性にファーストフードを食べたくなることを除けば、徐々にこっちでの生活にも慣れてきた。
そしてときどき宗十郎さんのお芝居を見にいった。
普段はどっちかというと物静かな宗十郎さんだけど、舞台の上では男の俺から見てもうっとりするくらい綺麗で、強くて凛々しくてカッコよかった。
心中なんて本当はいけないことなのに、これこそが真実の愛なんだと錯覚してしまうほどの綺麗な死に際だった。
*
「宗十郎さんのお芝居凄く良かったです。私泣いちゃいました。これ皆さんで召し上がってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「宗十郎さん♪宗十郎さんはおかるさんのことが好きなんでしょ?」
「えっ!?いや、別に・・・」
「またまた~顔にそう書いてありますよ」
「参りましたね、丈志さんに隠し事はできないですね(笑)」
「おかるさんて明るくて可愛いお嬢さんですね」
「ええ、あたしには雲の上の人です」
「そうかな~おかるさんの宗十郎さんを見る眼もハートマークになってましたよ」
「ハートマーク?」
「俺には好きって書いてあるように見えました」
「まさか」
「えっなに?今日は腹の具合が悪いから俺の代りにおかるさんを天野屋まで送って欲しいだって、OKOKだよ、サンキュ~シロ!」
「わんわん?(OKOKサンキュ~?)」
「えっあたしが!?」
「チャンスですよ、今日は月が綺麗だし、ほらっこないだの芝居で言っていたでしょう。
今宵の月はいつになく美しい、けどあんたはあの月よりも美しいって」
「舞台の上じゃあるまいし、そんな芝居みたいな言葉あたしには言えません」
「そっか役者の宗十郎さんじゃなくて、おかるさんの前では普段の宗十郎さんでいたいんだね。
でも女の子は甘い言葉に弱いし、綺麗とか可愛いとか言われると嬉しいもんだよ」
「そうですか・・・・・あーなんだか緊張してきました」
「もう~深く考えないで、こう手をギュッと握って好きですって言っちゃいなよ」
「そっそんなこと!」
「もう~キスしろって言っているんじゃないんですから」
「キス?」
「それはまた今度説明するから、ほらっおかるさんが待っていますよ、頑張って!」
舞台の上じゃあんなにカッコいいのにな~なんか不器用というか純粋で可愛い人だな(微笑)
*
「どうでした?宗十郎さん!」
「おかるさんの手は小さくてやわらかくて暖かかったです」
少し頬を紅く染めながら照れくさそうに話す宗十郎さんはキラッキラッの笑顔だった。
そしてこれが俺が見た宗十郎さんの最高の笑顔だった。
「もっと詳しく話してくださいよ~」
「おかるさんが石ころにつまづきそうになって、それで夜道は危ないから手を・・・てなったんです」
「それでそれで?」
「こんなふうにおかるさんと一緒に歩けるのってとても嬉しいですって言ったらおかるさんが、私も凄く嬉しいですって」
「それって愛の告白じゃないですか~」
「そうですか?」
「この時代の人って簡単に好きだの愛してるって言わないんだから、一緒にいて嬉しいってことは好きですって言っているようなもんですよ」
「そうですかね(微笑)」
*
時は元禄十四年三月十四日・・・江戸城松の廊下にて浅野内匠頭は刃傷事件を起こし、それにより即日切腹となった。
世にいう「忠臣蔵」という歴史のひとコマの幕が開いた。
「宗十郎さん、どうしたのその格好?」
「丈志さんに嘘はつけねぇから見られたくなかったんですが、見られちまったものは仕方がない。
実は(中略)・・・この仕事が上手くいったら天野屋さんがおかるさんを嫁にやってもいいと言ってくださったんです。」
「でもなんかあったらどうするの?」
「別に大したことじゃありません。芝居をしてるだけです。こう見えて腕に自信はあるし難しいことじゃないんですよ。けどこのことは絶対に誰にも言わないでくださいね。」
「うん・・・」
まるで俺が見た芝居のように話が進んでいく。。。
けどあれはフィクションだ、作り物だ、あんな忠臣蔵がある訳がない。
大石内蔵助と赤穂浪士が討ち入りを果たしたら、宗十郎さんはおかるさんと幸せになるんだよね?
そうだ、きっとそうだよ。この頃の俺はなんの疑いもなくそう信じていた。 後編に続く
今年の春頃は大学さえ出ればどこかに就職できるだろうって思っていたのに、それが今迄になく厳しいものになるなんて。
地元で就職企業説明会があるから行ってみたけど、一流大学でもなく、さしたる資格もない僕には厳しい現実が見えた。
教員資格は取ったけど、教員採用試験に合格するとは到底思えず就職を考えていた。
東京に帰る日、母親から友達が急に行けなくなったからお芝居に付き合って言われたのが「冬の絵空」という舞台だった。
芝居なんて見たことないけど、元々日本史の先生になれたらいいなと思っていたときもあったくらい歴史が好きだったし、忠臣蔵を大胆に解釈したというのに興味を惹かれた。
最も最近では忠臣蔵そのものが忠実とは違うのではないかとか書く人も結構いたりする。
舞台って初めて見たけど面白かったな~。切ない話だったけど・・・
でも忠臣蔵って本当はどうだったんだろ?実際に見た人はいないし、伝えられるうちに少しづつ変わっているのかもしれないし、あの綱吉だって知的で優れた将軍だという説もあるし、吉良は人民に慕われていたそうだ。
高速バスを降りると外はもう明るかった。
今日は12月14日、討ち入りの日か。
確か午前4時頃で、外は雪じゃなく快晴だったんだよな。
ふと急に空が暗くなった。何処かで大きな音がした。
雷?・・・と思った瞬間、頭上に眩いばかりの稲光が走った。。。
えっ!?俺ってもしかすると雷に打たれて死んじゃうの?
そっそんな~今迄の人生が走馬灯のように・・・浮かんではこなかった。
助かった~だけどなんだろ?なんか風景がいつもと違う。
見たことない場所だ、いや見たことはある。だがそれはテレビや映画や本で見た景色だ。
皆着物で歩いている。頭は髷を結っている。まさかここは京都の太秦?
俺ってテレポートしちゃった訳?でも皆が俺のこと変な目で見てるし・・・「痛っ」
「無礼者!何処見て歩いておる!それになんじゃ?その可笑しな着物は?
さては異人か?隠れキリシタンか!おのれ~手打ちにしてくれるわ~」
えーーー!・・・てことは、ここはまさか江戸時代?
てゆーか、俺って結局死ぬ運命なんだ。。。
「ちょっと待っておくんなせぇ~」
「誰だ?」
「あたしは役者業を生業としている沢村宗十郎と申します」
「なんだ、河原ものか」
「そやつは昨日江戸へ出てきたばかりの右も左もわからぬ無作法者、可笑しな着物は芝居で使う着物です。決して怪しいものではありません。
ここはあたしに免じて許してはもらえないでしょうか?それにお侍さんのその名刀でかようなものを切ったとあっては名刀に傷がつきます」
「なんだなんだ、どうしたんだ~」
「ちょっとあの人見たことあるわ」
「もしかしてキャー宗十郎さま~」
「(人が集まってきたか)確かにな、今度だけは見逃してやる」
「さっこっちへ」
「あっありがとうございます」
ビックリした~昨日舞台で見た沢村宗十郎とそっくりだった。
歌舞伎役者の歴史について調べたことがあったけど、歌舞伎役者・沢村宗十郎は享保の時代に旗揚げするんだよな、だからその沢村宗十郎でもないんだよな。
「とにかくその着物じゃ目立ちすぎるからこれに着替えて。芝居の衣装だけどこれなんか地味で丁度いい」
「あの、さっきは助けてくださって有難うございます。俺は丈志って言います。すみません何のお礼も出来なくて」
「そんなの気にしなさんな、とにかくこれに着替えて」
「はい・・・」
「なんだ、丈志さんは着物の帯も結べないんですか(笑)どれ」
そう言って俺の着物の帯を結んでくれた、男の人なんだけどなんだかいい匂いがしてちょっぴりドキドキした。
(丈志さんはそれぞれご贔屓の20歳前後、もしくは20代前半のイケメン俳優さんをイメージして読んでくださいね)
「丈志さんは異国の生まれか?初めて見る着物なんだが」
「いえ、上方の生まれです」
「はぁ~、でその着物は?いや応えたくないことなら別にいいんですよ」
「あの~今は何年ですか?」
「又可笑しなことを(笑)元禄十三年ですよ」
「あの、俺異人でもなければ隠れキリシタンでもないし、決して怪しいやつじゃないです」
「そう思ったから助けたんですよ。丈志さんは嘘のない綺麗な眼をしている(微笑)」
て・・・照れるな~こんな綺麗な顔した人に真顔でこんなこと言われると。
それに綺麗な眼をした優しそうな人。話してみようか、本当のことを。。。
「あの・・・俺の話し聞いてもらえますか?信じられないと思うけど」
「話してください」
俺の話に信じられないという顔をしたり、腕組みをして感心したように頷いたり、大きな瞳をくるくるさせて聞き入っていた。
「ザッと話しましたが信じられないですよね?」
「ああ確かに信じられない話ですが、かといって嘘で思いつくような話じゃない、信じますよ。
それにしても丈志さんの話は面白かった。あたしの芝居見るより余程面白いですよ(笑)」
「よかった~信じてもらえて、急にこんな事態に陥っちゃって凄く不安だったんです」
まさかこんなに簡単に信じてもらえるなんて、頭が柔軟というか、凄く素直な人なんだな。
「あたしでよければ相談にのりますよ。これからどうします?住む所も必要でしょう・・・あっ丈志さんはそろばん出来ますか?」
「あっそろばんなら無駄に段持っているくらい得意です」
「段?」
「十八番ってことです」
「そいつはよかった、天野屋さんがそろばんのできる奉公人を探しているんですよ、あたしの遠い親戚ということにして早速頼んでみましょう。それから今の話は誰にもしないほうがいい」
「勿論そうします。普通こんな話し信じてもらえませんよ」
「あたしみたいなのが珍しいんですかね(笑)」
それにしても、天野屋ってあの天野屋(^^
一時はどうなることかと思ったけど、宗十郎さんがいろいろと力になってくれた。
あっちじゃ大した役にも立たないそろばんや書道をやっていたことが、こっちでは生きていくうえでの糧になった。
無性にファーストフードを食べたくなることを除けば、徐々にこっちでの生活にも慣れてきた。
そしてときどき宗十郎さんのお芝居を見にいった。
普段はどっちかというと物静かな宗十郎さんだけど、舞台の上では男の俺から見てもうっとりするくらい綺麗で、強くて凛々しくてカッコよかった。
心中なんて本当はいけないことなのに、これこそが真実の愛なんだと錯覚してしまうほどの綺麗な死に際だった。
*
「宗十郎さんのお芝居凄く良かったです。私泣いちゃいました。これ皆さんで召し上がってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「宗十郎さん♪宗十郎さんはおかるさんのことが好きなんでしょ?」
「えっ!?いや、別に・・・」
「またまた~顔にそう書いてありますよ」
「参りましたね、丈志さんに隠し事はできないですね(笑)」
「おかるさんて明るくて可愛いお嬢さんですね」
「ええ、あたしには雲の上の人です」
「そうかな~おかるさんの宗十郎さんを見る眼もハートマークになってましたよ」
「ハートマーク?」
「俺には好きって書いてあるように見えました」
「まさか」
「えっなに?今日は腹の具合が悪いから俺の代りにおかるさんを天野屋まで送って欲しいだって、OKOKだよ、サンキュ~シロ!」
「わんわん?(OKOKサンキュ~?)」
「えっあたしが!?」
「チャンスですよ、今日は月が綺麗だし、ほらっこないだの芝居で言っていたでしょう。
今宵の月はいつになく美しい、けどあんたはあの月よりも美しいって」
「舞台の上じゃあるまいし、そんな芝居みたいな言葉あたしには言えません」
「そっか役者の宗十郎さんじゃなくて、おかるさんの前では普段の宗十郎さんでいたいんだね。
でも女の子は甘い言葉に弱いし、綺麗とか可愛いとか言われると嬉しいもんだよ」
「そうですか・・・・・あーなんだか緊張してきました」
「もう~深く考えないで、こう手をギュッと握って好きですって言っちゃいなよ」
「そっそんなこと!」
「もう~キスしろって言っているんじゃないんですから」
「キス?」
「それはまた今度説明するから、ほらっおかるさんが待っていますよ、頑張って!」
舞台の上じゃあんなにカッコいいのにな~なんか不器用というか純粋で可愛い人だな(微笑)
*
「どうでした?宗十郎さん!」
「おかるさんの手は小さくてやわらかくて暖かかったです」
少し頬を紅く染めながら照れくさそうに話す宗十郎さんはキラッキラッの笑顔だった。
そしてこれが俺が見た宗十郎さんの最高の笑顔だった。
「もっと詳しく話してくださいよ~」
「おかるさんが石ころにつまづきそうになって、それで夜道は危ないから手を・・・てなったんです」
「それでそれで?」
「こんなふうにおかるさんと一緒に歩けるのってとても嬉しいですって言ったらおかるさんが、私も凄く嬉しいですって」
「それって愛の告白じゃないですか~」
「そうですか?」
「この時代の人って簡単に好きだの愛してるって言わないんだから、一緒にいて嬉しいってことは好きですって言っているようなもんですよ」
「そうですかね(微笑)」
*
時は元禄十四年三月十四日・・・江戸城松の廊下にて浅野内匠頭は刃傷事件を起こし、それにより即日切腹となった。
世にいう「忠臣蔵」という歴史のひとコマの幕が開いた。
「宗十郎さん、どうしたのその格好?」
「丈志さんに嘘はつけねぇから見られたくなかったんですが、見られちまったものは仕方がない。
実は(中略)・・・この仕事が上手くいったら天野屋さんがおかるさんを嫁にやってもいいと言ってくださったんです。」
「でもなんかあったらどうするの?」
「別に大したことじゃありません。芝居をしてるだけです。こう見えて腕に自信はあるし難しいことじゃないんですよ。けどこのことは絶対に誰にも言わないでくださいね。」
「うん・・・」
まるで俺が見た芝居のように話が進んでいく。。。
けどあれはフィクションだ、作り物だ、あんな忠臣蔵がある訳がない。
大石内蔵助と赤穂浪士が討ち入りを果たしたら、宗十郎さんはおかるさんと幸せになるんだよね?
そうだ、きっとそうだよ。この頃の俺はなんの疑いもなくそう信じていた。 後編に続く