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Tea Time

ほっと一息Tea Timeのような・・・ひとときになればいいなと思います。

時を越えて・・・冬の絵空再び(前編)

2009-02-05 21:02:16 | 時を越えて・冬の絵空再び
参ったな・・・まさかこんなに急激に不況になるなんて。
今年の春頃は大学さえ出ればどこかに就職できるだろうって思っていたのに、それが今迄になく厳しいものになるなんて。
地元で就職企業説明会があるから行ってみたけど、一流大学でもなく、さしたる資格もない僕には厳しい現実が見えた。
教員資格は取ったけど、教員採用試験に合格するとは到底思えず就職を考えていた。
東京に帰る日、母親から友達が急に行けなくなったからお芝居に付き合って言われたのが「冬の絵空」という舞台だった。
芝居なんて見たことないけど、元々日本史の先生になれたらいいなと思っていたときもあったくらい歴史が好きだったし、忠臣蔵を大胆に解釈したというのに興味を惹かれた。
最も最近では忠臣蔵そのものが忠実とは違うのではないかとか書く人も結構いたりする。


舞台って初めて見たけど面白かったな~。切ない話だったけど・・・
でも忠臣蔵って本当はどうだったんだろ?実際に見た人はいないし、伝えられるうちに少しづつ変わっているのかもしれないし、あの綱吉だって知的で優れた将軍だという説もあるし、吉良は人民に慕われていたそうだ。

高速バスを降りると外はもう明るかった。
今日は12月14日、討ち入りの日か。
確か午前4時頃で、外は雪じゃなく快晴だったんだよな。

ふと急に空が暗くなった。何処かで大きな音がした。
雷?・・・と思った瞬間、頭上に眩いばかりの稲光が走った。。。

えっ!?俺ってもしかすると雷に打たれて死んじゃうの?
そっそんな~今迄の人生が走馬灯のように・・・浮かんではこなかった。
助かった~だけどなんだろ?なんか風景がいつもと違う。
見たことない場所だ、いや見たことはある。だがそれはテレビや映画や本で見た景色だ。
皆着物で歩いている。頭は髷を結っている。まさかここは京都の太秦?
俺ってテレポートしちゃった訳?でも皆が俺のこと変な目で見てるし・・・「痛っ」

「無礼者!何処見て歩いておる!それになんじゃ?その可笑しな着物は?
さては異人か?隠れキリシタンか!おのれ~手打ちにしてくれるわ~」

えーーー!・・・てことは、ここはまさか江戸時代?
てゆーか、俺って結局死ぬ運命なんだ。。。

「ちょっと待っておくんなせぇ~」
「誰だ?」
「あたしは役者業を生業としている沢村宗十郎と申します」
「なんだ、河原ものか」
「そやつは昨日江戸へ出てきたばかりの右も左もわからぬ無作法者、可笑しな着物は芝居で使う着物です。決して怪しいものではありません。
ここはあたしに免じて許してはもらえないでしょうか?それにお侍さんのその名刀でかようなものを切ったとあっては名刀に傷がつきます」


「なんだなんだ、どうしたんだ~」
「ちょっとあの人見たことあるわ」
「もしかしてキャー宗十郎さま~」


「(人が集まってきたか)確かにな、今度だけは見逃してやる」


「さっこっちへ」
「あっありがとうございます」


ビックリした~昨日舞台で見た沢村宗十郎とそっくりだった。
歌舞伎役者の歴史について調べたことがあったけど、歌舞伎役者・沢村宗十郎は享保の時代に旗揚げするんだよな、だからその沢村宗十郎でもないんだよな。



「とにかくその着物じゃ目立ちすぎるからこれに着替えて。芝居の衣装だけどこれなんか地味で丁度いい」

「あの、さっきは助けてくださって有難うございます。俺は丈志って言います。すみません何のお礼も出来なくて」

「そんなの気にしなさんな、とにかくこれに着替えて」

「はい・・・」

「なんだ、丈志さんは着物の帯も結べないんですか(笑)どれ」


そう言って俺の着物の帯を結んでくれた、男の人なんだけどなんだかいい匂いがしてちょっぴりドキドキした。



(丈志さんはそれぞれご贔屓の20歳前後、もしくは20代前半のイケメン俳優さんをイメージして読んでくださいね)


「丈志さんは異国の生まれか?初めて見る着物なんだが」
「いえ、上方の生まれです」
「はぁ~、でその着物は?いや応えたくないことなら別にいいんですよ」

「あの~今は何年ですか?」
「又可笑しなことを(笑)元禄十三年ですよ」

「あの、俺異人でもなければ隠れキリシタンでもないし、決して怪しいやつじゃないです」

「そう思ったから助けたんですよ。丈志さんは嘘のない綺麗な眼をしている(微笑)」


て・・・照れるな~こんな綺麗な顔した人に真顔でこんなこと言われると。

それに綺麗な眼をした優しそうな人。話してみようか、本当のことを。。。


「あの・・・俺の話し聞いてもらえますか?信じられないと思うけど」

「話してください」


俺の話に信じられないという顔をしたり、腕組みをして感心したように頷いたり、大きな瞳をくるくるさせて聞き入っていた。


「ザッと話しましたが信じられないですよね?」

「ああ確かに信じられない話ですが、かといって嘘で思いつくような話じゃない、信じますよ。
それにしても丈志さんの話は面白かった。あたしの芝居見るより余程面白いですよ(笑)」

「よかった~信じてもらえて、急にこんな事態に陥っちゃって凄く不安だったんです」

まさかこんなに簡単に信じてもらえるなんて、頭が柔軟というか、凄く素直な人なんだな。

「あたしでよければ相談にのりますよ。これからどうします?住む所も必要でしょう・・・あっ丈志さんはそろばん出来ますか?」
「あっそろばんなら無駄に段持っているくらい得意です」
「段?」
「十八番ってことです」
「そいつはよかった、天野屋さんがそろばんのできる奉公人を探しているんですよ、あたしの遠い親戚ということにして早速頼んでみましょう。それから今の話は誰にもしないほうがいい」
「勿論そうします。普通こんな話し信じてもらえませんよ」
「あたしみたいなのが珍しいんですかね(笑)」


それにしても、天野屋ってあの天野屋(^^

一時はどうなることかと思ったけど、宗十郎さんがいろいろと力になってくれた。
あっちじゃ大した役にも立たないそろばんや書道をやっていたことが、こっちでは生きていくうえでの糧になった。
無性にファーストフードを食べたくなることを除けば、徐々にこっちでの生活にも慣れてきた。
そしてときどき宗十郎さんのお芝居を見にいった。
普段はどっちかというと物静かな宗十郎さんだけど、舞台の上では男の俺から見てもうっとりするくらい綺麗で、強くて凛々しくてカッコよかった。
心中なんて本当はいけないことなのに、これこそが真実の愛なんだと錯覚してしまうほどの綺麗な死に際だった。



                        *


「宗十郎さんのお芝居凄く良かったです。私泣いちゃいました。これ皆さんで召し上がってくださいね」

「はい、ありがとうございます」


「宗十郎さん♪宗十郎さんはおかるさんのことが好きなんでしょ?」
「えっ!?いや、別に・・・」
「またまた~顔にそう書いてありますよ」
「参りましたね、丈志さんに隠し事はできないですね(笑)」
「おかるさんて明るくて可愛いお嬢さんですね」
「ええ、あたしには雲の上の人です」
「そうかな~おかるさんの宗十郎さんを見る眼もハートマークになってましたよ」
「ハートマーク?」
「俺には好きって書いてあるように見えました」
「まさか」



「えっなに?今日は腹の具合が悪いから俺の代りにおかるさんを天野屋まで送って欲しいだって、OKOKだよ、サンキュ~シロ!」

「わんわん?(OKOKサンキュ~?)」


「えっあたしが!?」
「チャンスですよ、今日は月が綺麗だし、ほらっこないだの芝居で言っていたでしょう。
今宵の月はいつになく美しい、けどあんたはあの月よりも美しいって」
「舞台の上じゃあるまいし、そんな芝居みたいな言葉あたしには言えません」

「そっか役者の宗十郎さんじゃなくて、おかるさんの前では普段の宗十郎さんでいたいんだね。
でも女の子は甘い言葉に弱いし、綺麗とか可愛いとか言われると嬉しいもんだよ」
「そうですか・・・・・あーなんだか緊張してきました」
「もう~深く考えないで、こう手をギュッと握って好きですって言っちゃいなよ」
「そっそんなこと!」
「もう~キスしろって言っているんじゃないんですから」
「キス?」
「それはまた今度説明するから、ほらっおかるさんが待っていますよ、頑張って!」


舞台の上じゃあんなにカッコいいのにな~なんか不器用というか純粋で可愛い人だな(微笑)



                     *


「どうでした?宗十郎さん!」

「おかるさんの手は小さくてやわらかくて暖かかったです」


少し頬を紅く染めながら照れくさそうに話す宗十郎さんはキラッキラッの笑顔だった。
そしてこれが俺が見た宗十郎さんの最高の笑顔だった。


「もっと詳しく話してくださいよ~」
「おかるさんが石ころにつまづきそうになって、それで夜道は危ないから手を・・・てなったんです」
「それでそれで?」
「こんなふうにおかるさんと一緒に歩けるのってとても嬉しいですって言ったらおかるさんが、私も凄く嬉しいですって」
「それって愛の告白じゃないですか~」
「そうですか?」
「この時代の人って簡単に好きだの愛してるって言わないんだから、一緒にいて嬉しいってことは好きですって言っているようなもんですよ」
「そうですかね(微笑)」



                      *



時は元禄十四年三月十四日・・・江戸城松の廊下にて浅野内匠頭は刃傷事件を起こし、それにより即日切腹となった。
世にいう「忠臣蔵」という歴史のひとコマの幕が開いた。




「宗十郎さん、どうしたのその格好?」

「丈志さんに嘘はつけねぇから見られたくなかったんですが、見られちまったものは仕方がない。
実は(中略)・・・この仕事が上手くいったら天野屋さんがおかるさんを嫁にやってもいいと言ってくださったんです。」

「でもなんかあったらどうするの?」

「別に大したことじゃありません。芝居をしてるだけです。こう見えて腕に自信はあるし難しいことじゃないんですよ。けどこのことは絶対に誰にも言わないでくださいね。」

「うん・・・」



まるで俺が見た芝居のように話が進んでいく。。。
けどあれはフィクションだ、作り物だ、あんな忠臣蔵がある訳がない。
大石内蔵助と赤穂浪士が討ち入りを果たしたら、宗十郎さんはおかるさんと幸せになるんだよね?
そうだ、きっとそうだよ。この頃の俺はなんの疑いもなくそう信じていた。 後編に続く

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時を越えて・・・冬の絵空再び(後編)

2009-02-05 21:01:53 | 時を越えて・冬の絵空再び
宗十郎さんの偽大石内蔵助の活躍で、大石内蔵助の評判はうなぎのぼりだった。
宗十郎さんは見事に正義の味方の大石内蔵助を演じていた。

「おおいしくら~のすけです!おおいしくら~のすけです!」

何故だろう?俺にはその声はどこか哀しい声に聞こえて仕方なかった。



                    *


「宗十郎さん、話ってなに?」
「ずっと前から思っていたんですが丈志さんは丈志さんの住んでいた未来に帰らなくていいんですか?」
「そう簡単には帰れないというか」
「なにか方法はないんですか?」
「過去にタイムトラベルした日にち、時間、同じような状況が揃うといいみたいなことは映画や本で見たことはあるけどね。日にちと時間はともかく、俺の頭に雷が落ちそうになったんですよ、そんなことが度々あるとは思えなくて」
「諦めちゃ駄目です。あたしのカンですが丈志さんはきっと戻れますよ。あたしのカンは結構当たるんですよ」
「うんそうだね、でも戻れなくても俺結構ここの暮らしに馴染んでいるし、宗十郎さんもいるし」
「あっちには親御さんがいらっしゃるんでしょ?心配してますよ」
「うん、それ言われると弱いな」
「それにあっちで叶えたい夢とかあるんじゃないですか?」
「俺は日本史が好きで歴史の先生になりたかったんだ、日本の歴史を知らなきゃ未来の日本は作れない!な~んて子供達に教えてみたかったんだけど」
「素晴らしい夢じゃないですか!」
「でも俺の頭では難しくてなかなかね」
「ですが頑張れば叶う夢なんじゃないですか?未来はそういう世界なんでしょ?」

俺はハッとした。。。

「そうだったね、前宗十郎さんにそういう話したね。身分制度のない世界では皆が誰もが自由に平等に生きていける。
頑張れば叶うことも多いって、俺も諦めちゃいけないね」

「丈志さんなら大丈夫ですよ。あっちに帰ったらきっと丈志さんの夢叶えてくださいね」

「そういえば宗十郎さんは、小さい頃から役者になりたかったの?」

「何処かに奉公に行かされるところを、芝居小屋のおかみさんが丁度子役が欲しかったんだと言って連れてこられて。そこでちゃんとできなきゃ飯抜きだからと言われ子供心に必死でした。子供に飯抜きは辛いですからね。そしてある日初めておひねりを貰ったんですよ、それで甘いもんを買って食べたらそれが美味くて美味くて、又おひねりを貰えるように頑張ろうと思って、気がついたら一端の役者になってました」

「そうだったんだ・・・・・」

「どだい親の顔も知らねえようなあたしがおかるさんと夫婦になろうなんざ過ぎた夢だったんですね」

「なに言ってるの!宗十郎さんは凄い男前で優しくて強くて笑顔が可愛くてときどき天然で面白くて、俺宗十郎さんが大好きだよ!俺が女の子だったら宗十郎さんのお嫁さんにしてほしいくらいだよ」

「有難う(笑)丈志さんは優しいですね・・・・・丈志さんは本物って何だと思いますか?」

「えっどういう意味の?」

「あたしにもよくわかりません。難しい質問しちゃいましたね。」

「ううん俺も考えてみる。それよりもなんか宗十郎さん、さっきから元気が無いみたいで気になるんだけど、なんかあったの?」


「おかるさん、どうやら他の男に惚れちまったみたいで」

「一体誰に?」

「大石内蔵助に・・・」

「それってまさか宗十郎さんの偽大石内蔵助?だったら宗十郎さんじゃないか!」

「相手があたしじゃ勝負することもできませんね」

「本当のこと言えばいいのに!」

「約束は守らなきゃいけません。それに相手が誰でも他の男に惚れるということは・・・おかるさんの心を繋ぎ止めておくことが出来なかったあたしはそれだけの男だったということですよ」

「そんなことないって!おかるさんは正義の味方の大石内蔵助に一時的にぽぉ~となっているだけだよ。おかるさんてミーハーというか、恋に恋しているだけなのかも・・・」

「ミーハー?」

「とかく女心は今も昔も難しいんです」

「今も昔もなんですか?(笑)」

「そうなんですよ~いや俺なんてそういう経験は少ないけど(笑)でも恋するって楽しいし、楽しいばかりじゃなくて辛いことも多いけど、恋してるときの自分ってちょっと好きです」

「丈志さんの言っていることなんとなくわかります。なんかこう胸の奥に甘ずっぱいものが広がるんですよね」


ああこの人は本当におかるさんのことが好きなんだな。
そしてそれは宗十郎さんにとっての・・・
初めての純粋で不器用なまでの恋なんだと。。。



「大丈夫ですよ、おかるさんのその感情って一時的なものだと思うし・・・
それに大石内蔵助は12月14日に赤穂浪士と共に吉良邸に討ち入り見事主君の仇を討ち切腹するんです。
それは忠臣蔵といって誰もが知っている有名な話で、忠義に厚い大石内蔵助は男の中の男としてヒーローでよく映画やお芝居になっているくらいです。
そんな歴史が変わるなんてことは絶対にないし、あってはいけないし、間違いなく大石内蔵助は討ち入りするんです。だからそれが終われば・・・」

「歴史が変わるって?」

「多分未来が変わってしまって何処かにひずみができる。例えば俺がこの世界で誰かと夫婦になって子供を持ったら、本来いないはずの子孫が出来てしまう。だから俺はこの時代ではなにもしちゃいけないんだ」

「ならなおのこと丈志さんは未来に帰らないといけませんね」

「うん」



                       *



師走に入るとめっきり寒くなりかじかむ手でそろばんを弾いているとなにやら外が騒がしい。


「てえへんだ~てえへんだ~玄関にこんなものが~!」


***天野屋の娘おかるを無事に返してほしけりゃ子の刻・日本橋の下に100両持ってこい***


「おっ!おかる~!シロはなにをしてったんじゃ!はぁ?小便がしたくなってちょっと眼を離したすきに、この~役立たず!
それにしても金ならいくらでも出すが、おかるの身になにかあったらどうしてくれよう~」



大変だ!宗十郎さんを呼ばなきゃ!



「天野屋さん、話は聞きました!あたしがおかるさんを!」

「そうでんな、あんたはん腕は確かやから一緒にきてもらい・・・」


「おとっつぁん!」

「おかる~どないしたん~無事やったんか~!」

「悪党に捕まったのですがすきを見て逃げ出したんです。でも直ぐに見つかってしまって追っかけてきたんです。そしたら向こうから大石まが歩いてこられたから、大石さま~大石内蔵助さま~って叫んだら、悪党共が、なんだって!あの大石内蔵助だって~そいつは相手が悪い、ここはひとまず退散だ~て逃げていったんです。それで大石さまに家まで送って頂きました。」

「はぁ~さすが大石さまでんな、名前だけで相手を追い払うとは大したお方や、おかるも無事でほんまによかったよかった、おおきに大石はん」


「おかるさん、お怪我は?」


精一杯の笑顔で問う宗十郎さん・・・


「ええ、大丈夫です」


そういうおかるさんの眼は宗十郎さんを全く見ていなかった。その眼は熱く大石さんを見ていた。

宗十郎さんの背中は泣いていた。。。



宗十郎さんがおかるさんを助ける、そしておかるさんは宗十郎さんを惚れ直す。
そんなチャンスだと思ったのに、その絵はもろくも消えた。


それから幾日か経ってのことだった。


「おはよう~シロ、なんか沈んでいるけど又腹の具合でも悪いの?えっ!?おかるさんが大石さんと・・・」


そんな・・・そんなのってないよ、そんなの酷いよ!
いえばよかった、さっさと言えばよかった。
俺がおかるさんに本当のことを言えばよかったんだ。
何度もそう思ったのに・・・
宗十郎さんの真っ直ぐな眼で「言わないでくださいね」と言われると言えなかったんだ。


その夜芝居小屋から風を切る剣の音がした。

殺陣の稽古?いや違う。初めて見る宗十郎さんがそこにいた。


誰に向かって鋭く剣を振り下ろすのか!何に向かって切り付けるのか!

激しい憎悪、或いは自分自身に対する怒りなのか。

こんなにも苦しんで・・・

それでもなおあの人を想うのですか?

俺は・・・・・あの人のこと嫌いです。。。




そして俺は更に驚愕の事実を知った・・・浅野内匠頭は生きていた。。。



誰が悪くて何が正しいのか? 嘘と真は背中合わせ。

虚実の中それぞれが運命に翻弄され

大きなうねりのなか身を投じ悲劇の終幕へと突き進んでいこうとしている。

何を信じて?・・・何のために?・・・誰の為に? その先になにがあるというのか。。。

そんなの間違ってる・・・止めなきゃ・・・止めなきゃ!




                         *



「宗十郎さん!そんな格好で何処行くの?駄目だ!そんなの駄目だ!宗十郎さんが行く必要はないよ!」

「もう後戻りする訳にはいきません」

「そんなことないよ!」

「大石内蔵助は赤穂浪士と共に吉良邸に討ち入る。そしてこれは決して変わることのない事実、そう言ったのは丈志さんですよ(微笑)
いえ何よりもこれはあたしが自分で決めたことなんです」

「だけど・・・」


「てめぇ~で上がったこの舞台!最後まできっちりと勤め上げ!見事幕を降ろしてご覧にいれましょうぞ!」


「いよっ紀伊国屋!宗十郎~日本一!」


俺の掛け声は涙声でちっともさまにならなかった。


「ありがとう丈志さん、達者で・・・」


清々しい笑顔でそう言うと宗十郎さんは去っていった。


振り返ることなく、立ち止まることなく、あなたは大石内蔵助になる。


今千秋楽の幕が開く。


沢村宗十郎は最後の舞台に立つ!



                           *



天野屋は紅く燃えていた。。。 あれは?



「駄目だ!そんなの駄目だ!」

「何処のどなたか存知ませんがその手を離してください」

「・・・!?」

「全てのものが見えたとき私の眼は闇に包まれました。私はあまりにも愚かで罪深い女。
せめて自ら命を絶つことで罪を償いたいのです。」

「なら、なおのこと生きてください!あなたが死ぬことを誰も望んじゃいない。
例えどんなに辛くてもあなたはあなたの人生を生き抜くべきだ。宗十郎さんの為にも・・・」


「・・・・・!?」




すっかり夜は明けて周りは明るくなってきた。とても雷が鳴りそうな空じゃないや。

大丈夫だよ・・・俺はこの世界でもなんとか生きていけるから。。。


ふと・・・途端に空が暗くなった。そして頭上を貫く稲光!


あれは・・・!?



あら楽や 思いは晴るる 身は捨つる

浮世の月に かかる雲なし



それは宗十郎さんの最期の姿だった。


気高く凛々しく美しく・・・


その眼には一点の曇りもなく何処までも何処までも澄んでいた。


沢村宗十郎は本物だよ、本物の男だよ。。。




                          *



忙しそうに行き交う人々、車の音、高層ビル・・・
懐かしい見慣れた風景がそこにあった。

朝刊はあのときと同じ、2008年12月14日
今日は何の日「忠臣蔵・赤穂浪士討ち入りの日」と書いてあった。
なにも変わってはいなかった。

あの雷・・・宗十郎さんが雷様に頼んでくれたのかな?
ありがとう・・・そしてさようなら。。。




俺は教員採用試験に向けて猛烈に勉強をし始めた。

今年が駄目でも諦めずに何度でもチャレンジするからね。あっチャレンジじゃわからないか(笑)何回でも挑戦して頑張るよ。


「丈志さんなら大丈夫ですよ」


宗十郎さん!?・・・何処?   会いたいな・・・もう一度。。。


年が明けて1月24日、偶然手に入ったチケットを手に俺は再び「冬の絵空」を観にいった。



宗十郎さんと同じ顔をした役者が見得を切る!大立ち回りを演じる。

笑い、苦悩する。そして愛しい人への想いを切々と語る。

懐かしさに思わず涙が溢れ出た。



あら楽や 思いは晴るる 身は捨つる

浮世の月に かかる雲なし




あなたの頭上に花は咲く・・・

満開の桜の花びらは風に乗り舞う。

その花よりも美しく・・・

なほ美しく 優しく あなたは微笑む。。。                                 end

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