よっしゃー難攻不落の如月先生を落としたぞっ如月先生の連載となれば売り上げアップ間違いなし。俺もまだまだ若いもんには負けてないな(微笑)あれっここ何処だろ、一本間違えたかな。初めてきたところだから迷ったか。
「バーン」
なんだ今の音は銃声?まさか戦後10年も経つのに銃声なんてきな臭い。戦後は関係ないか、いつだって事件は起きる。えっ?誰か走ってくる。凄い形相でまさかさっきの銃声と関係があるのか? なんかやばいかも、早くここ離れなきゃ。いかん足が上手く動かん。
「こっちだ!」
女の声?女は俺の手を掴み脇の小道を走り出した。
「早く!」
「はっはいっ」
女の足は速かった。運動不足なのもあって足がもつれそうになりながらもなんとか走った。女は途中で手を離したが必死でついていった。気がつくと人の多い大通りに出た。
「ここまで来れば大丈夫だ、奴は人混みで銃は使わない。顔を見られたとしたら事だがあの距離では恐らく見てないはずだ」
「ありがとう」
改めて女の顔を見て驚いた。女は細く色が白く大層な美人だった。目立たない地味な格好をしているが俺の女に対する嗅覚は並外れてるから(^^; なによりも眼をひいたのはその鋭い眼。意志の強い美しく何処か哀しみを秘めてるようにも見える。
「なんだよ、人の顔じろじろ見るんじゃねえよ」
「ごめん、こんな美人滅多にみないから」
「はっ?どこに眼つけてんだよ。あっじゃあな、気をつけて帰んな」
女の顔色が変わった。向こうから二人組の男が走ってくる
今度は俺が女の手を掴んだ。
「えっ?」
「こういうときは逃げるよりこの人混みに紛れた方がいい。酔っ払いも多い時間だし(微笑)」
「ちょっ・・・・・・」
二人組の男は熱く抱擁を交わしているかに見える二人の横を通り過ぎ向こうの方に走っていった。
「ざけんなっ!」
「痛っ いいパンチだな、こいつは痛い。キヌ子といい勝負だ」
「女に殴られることの多そうな男だね」
「確かに(笑)」
「殴って悪かった。やり方は気に入らないが労せず難を逃れた。礼を言う」
「どういたしまして、さっきは俺が助けてもらったし。あっでもちゃんと外したから君のファーストキスを勝手に貰う訳にいかないからね」
「てめぇ~!」
「あっ違ってたらごめん。そういう感は外れたことないからつい」
なんて口の減らない、けどよく見ると高そうなスーツ着て軽薄な男だけど知識人のような。
「あんた仕事は? いや自分が何をしているか言えないのに人に聞くのは間違ってると思うから別に言わなくてもいいんだけど」
「オベックスという文芸誌の編集長」
「へー頭良さそうだよね、いろんなこと知ってそうだ」
「どうしたの急に(笑)」
「この男が誰なのか知りたい」
この男は・・・
「男前だな~ 俺の若い頃に似てるし」
「ちっ」
「心当たりがある」
「そうなのか!」
「調べてみるよ」
「ありがとう・・・ございます。お礼は・・・」
「デートしよう」
「えっ?」
「立ち話って訳にも行かないでしょ、食事でもしよう」
「叔母がこの写真をとても大事に持っていて、時折とても愛おしそうに写真を見ているんだ」
「わかった、じゃあ一週間後」
*
「黙って手当しろっ」
「私は医者だから手当します。でも治療の邪魔になるからそれはしまいなさい」
「わかった」
適当に入った病院だったが女医なのに驚いた。しかも美人でいい匂いがした。
「ちょっと出血が多かったみたいだけど傷は浅いから直ぐに治るわよ」
「あっ ありがとう」
「その耳は火傷で?」
「ああ、金がなくて病院に行けなかった」
「そう、聴こえは?」
「見た目は悪いがちゃんと聞こえる」
「よかった~」
「なんでそんなに嬉しそうに言うんだよ。赤の他人の俺の耳がどうであろうと知ったこっちゃないだろ。医者だからそう思うのか?」
「医者としてもそう思うけど、人としてそう思うのは当然のことよ」
「俺の周りにはこの耳を見て嫌な顔するやつばかりだったからな」
「そうだったの、辛かったわね」
同情されるのはまっぴらごめんだと思って生きてきたが悪くはないな、優しくされるのも。
*
「ただいま~」
「おかえりなさい・・・どうしたんんだその顔?あおたん作って。女だな!あんたそんなには弱くはないはずだ、けど相手が女だとからっきし弱くなる」
「多分、ただの女じゃないから」
「どういうことか説明しろ~!」
「わかったわかったちゃんと説明するから殴らないで・・・・・」
「まあ、そういうことなら助けてくれたんだし、だけど身体には気をつけて」
(勿論恋人のふりして抱擁したことは内緒です)
「うん」
「如月先生の連載決まったんだって」
「そうなんだ」
「食いぶちが増えるからしっかり働いてもらわないと」
「てことはできたのか?」
「うん」
「よしっ 今度は女の子がいいな、キヌ子に似た女の子」
「女の子は男親に似たほうが幸せになるっていうよ」
「そっか」
「だからあんたに似て綺麗で優しい女の子がいいな、女ならたらしになる心配もないし」
「そうだね(^^;」
*
「よく食べるね」
「食えるときに食っておかないとな」
「豪快に食べる女性は好きだよ」
「あっ 鼻にケチャップ」
「えっ?」
「あんたみたいな男前でもさすがに鼻にケチャップは滑稽だな(笑)」
「可愛い」
「えっ?」
「素敵な笑顔だ(微笑)」
「そうやって沢山の女に甘い言葉囁いてきたんだろうね」
「うん」
あっさりと認めやがった。
「でも本心だから・・・皆綺麗で可愛くて、それほど美人じゃなくても心が美しかったり料理が上手だったり、女性は素晴らしいよ。だから僕はいつも全力で女性を愛してきた」」
「あっそっ それで飽きるとポイなんだろ」
「ポイなんてしない」
「ん?」
「だから1.2.3.4.5・・・君の手も貸して。やっぱり20じゃ足りないな」
「呆れた」
呆れた男だがこの男に愛された女はきっと幸せだったんだろうなとそんな気さえしてくる。
「今は妻一人だから(微笑)」
「それが普通だ」
この男に妻一人と言わせる女性はどんな女なんだろう、美しく優しくて嫋やかで知性と品があって三つ指ついておかえりなさいと言うような。
「へっくしょん!」
「母ちゃん、風邪?大丈夫?」
「大丈夫だよ~」
「ところでこの写真だが、この洋館と同じ建物は二つとない。そしてここに入れる人間は限られている。君は近衛文隆氏を知ってるか?」
「知ってる」
大人物とは言え普通に生活してる女性なら知らなくても不思議ではないが、やはり知っていたか。
「まさか、そんな大人物だったなんて」
「まだ日本にいる頃の青春の1ページだったんだろうな、君の叔母さんとの」
「だからいつも無事を祈ってあんなに熱心にお参りしてるんだ。私になにか出来ることがあればと思ったがどうしようもない」
「沢山の人が手を尽くしている。いつか日本に帰れる日も来るはずだ。祈ろう」
「ええ」
「そして忘れないことだ、僕たちは戦争の悲劇を伝えていかなきゃいけない。今を生きるものの使命だ」
確かにあの雑誌には根底にそれを感じるときがある。ただの女たらしじゃなかったんだな田島周二。
「君がなにをしているのかはわからないが身体に気をつけて。命は粗末にしないように」
「大丈夫、私は命を粗末にしたりはしない」
「うん、いい眼だ。君ともうちょっと早く出会いたかったな」
「奥さんに言いつけるよ!」
「冗談だよ(笑)怒った顔も可愛いね。 おっと~」
「よけたね、写真のことがわかってスッキリした。ありがとう。あんたも元気でな」
「ありがとう(笑顔)」
ずるいっ この笑顔はずるいっ!
*
「男をC地点に誘い出せ」
「了解」
「あんたにとっても悪い話じゃないだろう」
「わかった」
「ついてきな」
「おいっ何処まで行くんだ、今ここで話すことだってできるだろ? こらっ待て!あの女、急に走り出しやがって、しかも早いし」
「父ちゃん!」
「どうしたんだ、おまえたちだけで来たのか?」
「母ちゃんが食欲なくて」
「悪阻だからな」
「シュークリームなら食べれるって」
「お母さんに頼まれたのか?」
「ううん、びっくりさせようと思って」
「やっぱりそうか、でも子供だけでこんなとこまで来ちゃ駄目だぞ」
「うん」
「じゃあ一緒にシュークリーム買って帰ろう」
「うん!」
「えーと、シュークリーム30個、いや50個ください」
「まいど」
「あっ猫」
「勝手に行っちゃ駄目だよ~」
「お待たせ~えっ?誰もいない。どこだっどこ行ったんだ!」
「くそ~なんて走るの早い女なんだ。おいっ坊主、黒い服着て長い髪を一つに結んだ女が走ってこなかったか?」
「あっちに行ったよ」
とは言うもののこっちにはいねえな
「ん?さっきの坊主じゃねえか、女はこっちに走ってきたんだよな」
「違うよ、向こうだよ」
はぁ? ガキの言うことなんてあてにならねえな。あっちか、待てよ、なんで俺はあの女を追っかけてるんだ、罠かも知れねえじゃないか。しかしさんざんあの女には邪魔されてるからな、捕まえてやる。俺にはこれ(拳銃)があるからな。
「なんだ、またさっきの坊主か、もうおまえの言うことは信用しねえからな」
「おじちゃん、女はあっちに言ったよ。ううん向こうだよ。違うよこっちだよ」
「なっ なんだって~同じ顔が三つも? うー世界が歪んで見える、俺の眼はどうかしちまったのか?」
「どうしました?気分でも悪いのですか?」
「あのときの女医さん。よかった、女医さんの顔は一つだ」
「えっ?」
「俺、今までさんざん悪いことして生きてきたから何かの罰が当たったのかと思った」
「そんなことないわ、それに人はやり直すことができるのよ」
「本当ですか? 俺みたいな人間でも?」
「あなた、優しい眼をしてる。きっと優しい人よ、傷ついた人間は人に優しくできるはず」
「一夫、二夫、三夫!」
「父ちゃん!」
「よかった~迷子になかったのかと思った」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「さあ、おうちに帰ろう」
*
「へぇー木下組を一網打尽、大掛かりな拳銃の取引を阻止だそうですよ。警察もやるときゃやるんですね」
「実情は内部告発らしい。組の男が女と一緒に自首してきたそうだ」
「へぇー女ですか? いい女なんだろうな」
「だろうね(微笑)」
「コードネームはるか 次の任務だ」
「了解」
「叔母さん、しばらく日本を離れるよ」
「そう」
「次の仕事が終わったら普通に暮らす。話はついてる」
「まあまあそれはよかった」
「伯母さんの空手道場手伝うから」
「楽しみに待ってるわ。好きな人でもできた?」
「まさか、そんな人いないよ。去年父さんの仇もとったしもういいかなって」
「そうよ、兄さんは元々そんなこと望んでいないから。でもあなたの気がすむならって思っていただけ」
「うん、ありがとう叔母さん」
あいつ、君のファーストキスを奪う訳にいかないからって言ってたな。奪ってくれてもよかったのに(笑)
ちょっと好きだったよ、いやちょっとどころかかなり好きになっちまった。けど三つ指ついてお帰りなさい(違う)の奥様がいるから諦める。
誰かを好きになるのも悪くない。ドキドキしてちょっと切ない。恋ってやつは誰かをやっつけることでしか得られなかった高揚感だ(笑)
グッドバイ 私の愛した男 end
感想等頂けると嬉しいです。魔都夜曲のときに青春の1ページみたいなラブストーリー考えていたんですが、途中で挫折してしまったのでした。ちょっと話が暗かったのが原因かも。
田島は不埒でどうしようもない男なんだけどチャーミングで憎めない可愛い人です。妻一筋と言いながら美人に眼が無い(笑)そんなときはキヌ子ちゃんに一発殴られながら反省して「ごめんなさい」と謝り「その笑顔ずるいんだよっ!」て度々言われてそうです。ちょっと怖い奥さんだけど情が深い最愛の奥さんと沢山の子供たちに囲まれながら幸せに暮らしてる田島周二なのでした。