朝9時、僕は図書館に着く。鍵を開け、窓を開けて空気を入れ換える。誰もいない図書館はむしろ誰かが今迄そこにいたかのような空気を感じるが、朝の空気を入れることによって図書館は清々しい空気をまとい、来館者たちを迎え入れる準備を始める。
僕は床にざっと掃除機をかけ、雑巾で机の上を拭き、花瓶の水を取り替え、明かりをつけ、天気の続いたときは庭に水を撒き、時間がくると表の門を開ける。
10時半に早目の昼食をとる。今は図書館を一人で管理しているから休憩の為に席を外せないからだ。それほど人の出入りの無い図書館とはいえ一人で管理するのはなかなか忙しかったりする。助手が一人欲しいところだが。春が来るまで一人でやっていくことに決めていた。
強制はしない、待っているわけではない。だけど君はまたこの甲村記念図書館にくる・・・そんな確信があった。
休館日の月曜の朝は川べりを歩く。「人間は足から老化が進むんだ、週に一度はウォーキングくらいしないと」と兄に言われて始めた。運動は苦手というか殆どしてこなかったのだが、このウォーキングシューズというのはなかなかの優れもので軽快に歩けた。今日は祝日の月曜日だから賑やかな声が聞こえる。早朝野球でなくて早朝サッカーか。
「危ない!」
「えっ」
サッカーボールが右腕を直撃した。 向こうからサッカーウエアの男が走ってきた。
「申し訳ない、怪我はなかったか?」
白いシャツに透けて薄っすらと赤いものが見えている。
「ちょっと見せて、こう見えて俺医者だから」
断る間もなく腕をつかまれてシャツの袖をまくられた。
「これは・・・内出血を起こしてる。君・・・まさか?」
「ええ、でも大丈夫です。病院に行きますから」
「車すぐそこにあるんだ、乗って!」
「本当に申し訳ないことをした」
「ボールを蹴ったのはあなたではないんでしょ?」
「俺がチームの責任者だから」
「そうですか、普通の人ならかすり傷程度ですんだ怪我です。そんなに気にしないでください」
(大島さんは原作では血友病と書かれています)
「ここでいいですから車停めてください」
「本当に今日は申し訳ないことをした、また改めて詫びたいと思う」
「そういう気遣いは結構ですので」
「具合が悪くなるようだったら連絡して欲しい」
「桂木病院院長・・・」
「院長と言っても町の小さな病院だから、君は?」
「名刺持ってないんですよ」
「連絡先を教えてもらえないだろうか」
教えたくないけど教えないとしつこそうだ。
「甲村記念図書館で司書をしてます」
「甲村記念図書館か~あそこならよく知ってる、死んだ親父の一番のお気に入りの場所だった」
図書館のことを褒められて少しうっとおしさが消えた。
「では、これで、早く休みたいので」
「そう今日はゆっくり休まないと、引き留めてすまなかった」
*
「はい、甲村記念図書館です」 ←電話してます。
「桂木といいますが司書の大島さんはおられるでしょうか」
「僕ですが・・・」
「先日のお詫びに食事でもと思いまして」
「結構です」
「そう言うと思いました。けど今日は親父の月命日で親父の好きだった図書館の話なんか出来るといい供養になるなと思いまして」
そういう話をされると弱い・・・
「ここ寿司美味いんだ、ドンドン食べて」
「はい」
「親父は歌や俳句が好きでそういう勉強や研究をしたかったんだろうけど、祖父が厳格でそんな話が出来るわけもなく医者になり病院を継いだ」
「お父さんの写真とかありますか」
「1枚携帯に入ってる」
「あっ」
「知ってるのか?」
「ええよくいらしてました。見識が豊かで帰るときにはいつも優しく声をかけてくれました。素敵な紳士でした。・・・似てませんね」
「よく言われるよ(苦笑)ここ美味いんだけど予約してもカウンター席しかとれないくらい混んでるのがな~もっと静かな店にすればよかったな」
「いえ、美味しかったです」
「そっか、じゃあそろそろ帰るか」
「キャッ」
ウェイトレスがなにかにつまづいてお盆の上のグラスが落ち、グラスの破片が僕たちの足元に飛び散ると、すかさずズボンの裾をめくられた。
「切れてないようだな、よかった」
なになにあの二人? できてるの~やだーウフッウフッ
「まったく、あのくらいで切れる訳ないでしょ。公衆の面前でズボンまくられて、皆の視線が痛かったです」
「面目ない」
「あなた医者でしょ、患者がなにか持病を持ってたら神経質になり過ぎるのはよくないとアドバイスするんじゃないですか?それに血友病といってもいろいろあって僕は重度ではない」
「専門外なんだ、勉強したいと思う」
「いいですよ、いや僕の為に勉強しなくていいけど医者としてならどうぞ勉強してください」
「うん(笑顔)」
「お寿司ご馳走様でした、さようなら」
「またなっ」
はっ? またなんてないだろう・・・
明るくて快活でスポーツマンで僕とは真逆で別世界に住んでいる。いい人だとは思うけどああいう人は苦手だ。
背は高く大きく切れ長の目に鼻筋も綺麗だ、少し浅黒い肌からこぼれる歯は白い。まあちょっとタイプだけど。二度と会うこともないだろう。
*
僕は極めて規則正しい日常を送る。それが身体的にも精神的にも一番健康でいられるから。特に今は休めない状況にあるから細心の注意をはらう。だが風邪をひいてしまい今週は身体が重かった。休みが待ち遠しいと思ったことはないが明日が休みでホッとする。もうすぐ閉館時間だ、お腹が空いた。食欲も出てきたようで風邪もようやく治ったみたいだ、なんで風邪をひいたかといえば規則正しい日常から外れたからだろう。あの疫病神めっ 医者としての技量はわからないからそこまで言ってはなんだが。今日は早く帰って買い物に行こう。
「よっ」
「なにしてるんですか!?もう閉館時間です。お帰りください」
「どうした? 顔色が悪い、貧血も出ているようだ」
「ちょっと風邪をひいて」
「それはいかんな、車に診察鞄があるから取ってこよう」
「結構です。大体なにしにきたんですか?」
「今日休みでさ、暇にまかせて料理してたら作り過ぎてしまって一緒に食べないか、ほらっ美味そうだろう」
にんにくやスパイシーな香りが鼻をくすぐる。理性が本能に負けた。
「美味しいです」
「小食そうに見えるけど案外食べっぷりいいじゃないか」
「ここんとこちゃんと食べてなかったので」
「食べてもらうとやっぱ作り甲斐があるな、元々は料理なんてしなかったんだけど離婚してからは作らざるを得なくなって、嵌っちゃったんだな」
離婚したんだ、もてそうだから浮気か・・・僕にしてはつい下世話なことを考えてしまった。下世話というか他人のことはどうでもいいから滅多に考えたりはしない。
「君は料理は? あっそうか~でも最近はカット野菜とか冷凍食品の温野菜とか充実してるからそれで結構美味いもん作れるんだぜ、うん、俺が教えてやるよ」
余計なお世話と言いたいところだがもう少し食生活を改善したくて、料理を教えてもらうことになった。おかげで食生活は大分よくなったし、時々手の込んだ料理を振る舞ってくれた。胃袋を掴まれるとはこういうことか。疫病神と言ったのは撤回しようと思う。
知識は豊富で多趣味で面白く楽しい人だ。人が良くて偏見とか差別とかそういったものはこの人の中には少しもないんだろう。こういう人がクラスメイトだったら僕ももう少し学校に行けただろうかとふと考えた。
「ジャーン、特性パエリアの出来上がり~」
「豪勢ですね」
部屋の本棚には医学書がズラリ、いや医学書より漫画の方が多い(^^;
「漫画を読まないなんて絶対人生損してると思うんだよな、一度でいいから読んでみなよ」
「そうですね、あっあの写真・・・」
「元妻と娘だ、未だに飾っているなんて女々しいか」
「いえ・・・」
「娘がアメリカの高校に留学した後すぐだった。やりたいことがあるから別れてくれって、別に別れなくてもやりたいことやればいいと思うんだけど、元の私に戻って~とか真っ新な私で~とか言ってたけどよくわからん」
「はあ・・・(男が出来たとは考えないのだろうか? あっまた下世話なことを)」
「別れないでくれって泣いてすがったんだけど出ていった。俺って若い頃もてたんだよな」
「でしょうね」
「それで泣かした女は数知れず・・・てのは嘘だけど、でも元妻に会ったときこの人だと思った。それで猛烈にアタックして結婚して、ずっと妻と娘を愛して大切にしてきた。別れないでくれって泣いてすがったんだけど出ていった。一晩泣き明かしたけど、ふと俺はこの17年なんて幸せだったんだろうと思ったら吹っ切れた。慰謝料渡して離婚した。慰謝料じゃなくて感謝料だな。」
あいた口が塞がらなかった。いるんだ、こんなお人よし・・・
「今にきっといいことありますよ(^^;」
「そっか、そうだな。うん、君の言葉はなんか重みがある」
「再婚するとか、好きな人はいないんですか?」
「いるよ」
「へぇ~」
「綺麗な眼をしててさ、いろんなもの抱えながら真っ直ぐに生きてる。でもなんかほっとけなくて、だからといって守ってやりたいなんて言ったら、蹴り入れられそうなんだ」
「おっかないんだ(笑)」
「ああ(笑) とりあえずこの写真は片づけないとな」
「綺麗な人ですね」
「うん、俺は可愛い系より綺麗系が好きなの、君も綺麗な顔してるよね、綺麗って言われても男は嬉しくないか」
「僕も漫画読んでみようかな」
そう言って漫画を見るフリをしたのは少し赤くなった自分に気付いたから。。。
「好きな人はいないの?」
「いるよ」
心がざわついた。
ざわついた心などもういらない。
*(過去です)
「田舎に帰ろうと思う」
「えっ?」
「親父が体調崩して心細くなったんだろな、帰ってこいってうるさいんだ」
「淋しくなるね」
「引き留めてはくれないんだね」
「だって・・・」
「君は傷つくことが恐いんだ、それは仕方のないことだと思う。僕と君の間には隔たりがあって、どんなに愛し合って身体を重ねてもその隔たりを・・・君の心の空洞を埋めることはできなかった、僕の力不足だ。それに君自身が思うより君は強い、僕がいなくても君は大丈夫だ」
「・・・・・・・」
「元気で・・・僕はとても君のことが好きだったよ」
僕だって僕だってあなたのことが好きだった。。。
制限速度も対向車もない山道を加速する。殆どシフトダウンしないままにカーブを曲がる。何事もなく目的地に着いた。僕は生かされてる?
「ごらん」
木々の間から除く満天の星。風は吹く。木々はざわめく。森は生きている。
「君は傷つくことを恐れてる。だけどこれからもそうやって生きていく。生きていくのは辛い?」
「そうでもないよ、僕は僕自身をちゃんと受け止めてるつもりだ」
「君はもろくて弱くて、だけど強い、そして優しい。僕はそんな君が大好きだよ」
「ありがとう」
「君は自分のことが好き?」
「うん、時々愛想が尽きることもあるけれど好きだよ、僕が僕を愛さなくて誰が僕を愛してくれるっていうんだ」
「それを聞いて安心した。さあ僕のこと抱きしめて、君は温かい、生きている。生きているから涙が出る。泣いていいんだよ」
「うん」
「さあもう帰ろう、帰りはもう少し安全運転でね」
「うん」
後編に続く。。。
僕は床にざっと掃除機をかけ、雑巾で机の上を拭き、花瓶の水を取り替え、明かりをつけ、天気の続いたときは庭に水を撒き、時間がくると表の門を開ける。
10時半に早目の昼食をとる。今は図書館を一人で管理しているから休憩の為に席を外せないからだ。それほど人の出入りの無い図書館とはいえ一人で管理するのはなかなか忙しかったりする。助手が一人欲しいところだが。春が来るまで一人でやっていくことに決めていた。
強制はしない、待っているわけではない。だけど君はまたこの甲村記念図書館にくる・・・そんな確信があった。
休館日の月曜の朝は川べりを歩く。「人間は足から老化が進むんだ、週に一度はウォーキングくらいしないと」と兄に言われて始めた。運動は苦手というか殆どしてこなかったのだが、このウォーキングシューズというのはなかなかの優れもので軽快に歩けた。今日は祝日の月曜日だから賑やかな声が聞こえる。早朝野球でなくて早朝サッカーか。
「危ない!」
「えっ」
サッカーボールが右腕を直撃した。 向こうからサッカーウエアの男が走ってきた。
「申し訳ない、怪我はなかったか?」
白いシャツに透けて薄っすらと赤いものが見えている。
「ちょっと見せて、こう見えて俺医者だから」
断る間もなく腕をつかまれてシャツの袖をまくられた。
「これは・・・内出血を起こしてる。君・・・まさか?」
「ええ、でも大丈夫です。病院に行きますから」
「車すぐそこにあるんだ、乗って!」
「本当に申し訳ないことをした」
「ボールを蹴ったのはあなたではないんでしょ?」
「俺がチームの責任者だから」
「そうですか、普通の人ならかすり傷程度ですんだ怪我です。そんなに気にしないでください」
(大島さんは原作では血友病と書かれています)
「ここでいいですから車停めてください」
「本当に今日は申し訳ないことをした、また改めて詫びたいと思う」
「そういう気遣いは結構ですので」
「具合が悪くなるようだったら連絡して欲しい」
「桂木病院院長・・・」
「院長と言っても町の小さな病院だから、君は?」
「名刺持ってないんですよ」
「連絡先を教えてもらえないだろうか」
教えたくないけど教えないとしつこそうだ。
「甲村記念図書館で司書をしてます」
「甲村記念図書館か~あそこならよく知ってる、死んだ親父の一番のお気に入りの場所だった」
図書館のことを褒められて少しうっとおしさが消えた。
「では、これで、早く休みたいので」
「そう今日はゆっくり休まないと、引き留めてすまなかった」
*
「はい、甲村記念図書館です」 ←電話してます。
「桂木といいますが司書の大島さんはおられるでしょうか」
「僕ですが・・・」
「先日のお詫びに食事でもと思いまして」
「結構です」
「そう言うと思いました。けど今日は親父の月命日で親父の好きだった図書館の話なんか出来るといい供養になるなと思いまして」
そういう話をされると弱い・・・
「ここ寿司美味いんだ、ドンドン食べて」
「はい」
「親父は歌や俳句が好きでそういう勉強や研究をしたかったんだろうけど、祖父が厳格でそんな話が出来るわけもなく医者になり病院を継いだ」
「お父さんの写真とかありますか」
「1枚携帯に入ってる」
「あっ」
「知ってるのか?」
「ええよくいらしてました。見識が豊かで帰るときにはいつも優しく声をかけてくれました。素敵な紳士でした。・・・似てませんね」
「よく言われるよ(苦笑)ここ美味いんだけど予約してもカウンター席しかとれないくらい混んでるのがな~もっと静かな店にすればよかったな」
「いえ、美味しかったです」
「そっか、じゃあそろそろ帰るか」
「キャッ」
ウェイトレスがなにかにつまづいてお盆の上のグラスが落ち、グラスの破片が僕たちの足元に飛び散ると、すかさずズボンの裾をめくられた。
「切れてないようだな、よかった」
なになにあの二人? できてるの~やだーウフッウフッ
「まったく、あのくらいで切れる訳ないでしょ。公衆の面前でズボンまくられて、皆の視線が痛かったです」
「面目ない」
「あなた医者でしょ、患者がなにか持病を持ってたら神経質になり過ぎるのはよくないとアドバイスするんじゃないですか?それに血友病といってもいろいろあって僕は重度ではない」
「専門外なんだ、勉強したいと思う」
「いいですよ、いや僕の為に勉強しなくていいけど医者としてならどうぞ勉強してください」
「うん(笑顔)」
「お寿司ご馳走様でした、さようなら」
「またなっ」
はっ? またなんてないだろう・・・
明るくて快活でスポーツマンで僕とは真逆で別世界に住んでいる。いい人だとは思うけどああいう人は苦手だ。
背は高く大きく切れ長の目に鼻筋も綺麗だ、少し浅黒い肌からこぼれる歯は白い。まあちょっとタイプだけど。二度と会うこともないだろう。
*
僕は極めて規則正しい日常を送る。それが身体的にも精神的にも一番健康でいられるから。特に今は休めない状況にあるから細心の注意をはらう。だが風邪をひいてしまい今週は身体が重かった。休みが待ち遠しいと思ったことはないが明日が休みでホッとする。もうすぐ閉館時間だ、お腹が空いた。食欲も出てきたようで風邪もようやく治ったみたいだ、なんで風邪をひいたかといえば規則正しい日常から外れたからだろう。あの疫病神めっ 医者としての技量はわからないからそこまで言ってはなんだが。今日は早く帰って買い物に行こう。
「よっ」
「なにしてるんですか!?もう閉館時間です。お帰りください」
「どうした? 顔色が悪い、貧血も出ているようだ」
「ちょっと風邪をひいて」
「それはいかんな、車に診察鞄があるから取ってこよう」
「結構です。大体なにしにきたんですか?」
「今日休みでさ、暇にまかせて料理してたら作り過ぎてしまって一緒に食べないか、ほらっ美味そうだろう」
にんにくやスパイシーな香りが鼻をくすぐる。理性が本能に負けた。
「美味しいです」
「小食そうに見えるけど案外食べっぷりいいじゃないか」
「ここんとこちゃんと食べてなかったので」
「食べてもらうとやっぱ作り甲斐があるな、元々は料理なんてしなかったんだけど離婚してからは作らざるを得なくなって、嵌っちゃったんだな」
離婚したんだ、もてそうだから浮気か・・・僕にしてはつい下世話なことを考えてしまった。下世話というか他人のことはどうでもいいから滅多に考えたりはしない。
「君は料理は? あっそうか~でも最近はカット野菜とか冷凍食品の温野菜とか充実してるからそれで結構美味いもん作れるんだぜ、うん、俺が教えてやるよ」
余計なお世話と言いたいところだがもう少し食生活を改善したくて、料理を教えてもらうことになった。おかげで食生活は大分よくなったし、時々手の込んだ料理を振る舞ってくれた。胃袋を掴まれるとはこういうことか。疫病神と言ったのは撤回しようと思う。
知識は豊富で多趣味で面白く楽しい人だ。人が良くて偏見とか差別とかそういったものはこの人の中には少しもないんだろう。こういう人がクラスメイトだったら僕ももう少し学校に行けただろうかとふと考えた。
「ジャーン、特性パエリアの出来上がり~」
「豪勢ですね」
部屋の本棚には医学書がズラリ、いや医学書より漫画の方が多い(^^;
「漫画を読まないなんて絶対人生損してると思うんだよな、一度でいいから読んでみなよ」
「そうですね、あっあの写真・・・」
「元妻と娘だ、未だに飾っているなんて女々しいか」
「いえ・・・」
「娘がアメリカの高校に留学した後すぐだった。やりたいことがあるから別れてくれって、別に別れなくてもやりたいことやればいいと思うんだけど、元の私に戻って~とか真っ新な私で~とか言ってたけどよくわからん」
「はあ・・・(男が出来たとは考えないのだろうか? あっまた下世話なことを)」
「別れないでくれって泣いてすがったんだけど出ていった。俺って若い頃もてたんだよな」
「でしょうね」
「それで泣かした女は数知れず・・・てのは嘘だけど、でも元妻に会ったときこの人だと思った。それで猛烈にアタックして結婚して、ずっと妻と娘を愛して大切にしてきた。別れないでくれって泣いてすがったんだけど出ていった。一晩泣き明かしたけど、ふと俺はこの17年なんて幸せだったんだろうと思ったら吹っ切れた。慰謝料渡して離婚した。慰謝料じゃなくて感謝料だな。」
あいた口が塞がらなかった。いるんだ、こんなお人よし・・・
「今にきっといいことありますよ(^^;」
「そっか、そうだな。うん、君の言葉はなんか重みがある」
「再婚するとか、好きな人はいないんですか?」
「いるよ」
「へぇ~」
「綺麗な眼をしててさ、いろんなもの抱えながら真っ直ぐに生きてる。でもなんかほっとけなくて、だからといって守ってやりたいなんて言ったら、蹴り入れられそうなんだ」
「おっかないんだ(笑)」
「ああ(笑) とりあえずこの写真は片づけないとな」
「綺麗な人ですね」
「うん、俺は可愛い系より綺麗系が好きなの、君も綺麗な顔してるよね、綺麗って言われても男は嬉しくないか」
「僕も漫画読んでみようかな」
そう言って漫画を見るフリをしたのは少し赤くなった自分に気付いたから。。。
「好きな人はいないの?」
「いるよ」
心がざわついた。
ざわついた心などもういらない。
*(過去です)
「田舎に帰ろうと思う」
「えっ?」
「親父が体調崩して心細くなったんだろな、帰ってこいってうるさいんだ」
「淋しくなるね」
「引き留めてはくれないんだね」
「だって・・・」
「君は傷つくことが恐いんだ、それは仕方のないことだと思う。僕と君の間には隔たりがあって、どんなに愛し合って身体を重ねてもその隔たりを・・・君の心の空洞を埋めることはできなかった、僕の力不足だ。それに君自身が思うより君は強い、僕がいなくても君は大丈夫だ」
「・・・・・・・」
「元気で・・・僕はとても君のことが好きだったよ」
僕だって僕だってあなたのことが好きだった。。。
制限速度も対向車もない山道を加速する。殆どシフトダウンしないままにカーブを曲がる。何事もなく目的地に着いた。僕は生かされてる?
「ごらん」
木々の間から除く満天の星。風は吹く。木々はざわめく。森は生きている。
「君は傷つくことを恐れてる。だけどこれからもそうやって生きていく。生きていくのは辛い?」
「そうでもないよ、僕は僕自身をちゃんと受け止めてるつもりだ」
「君はもろくて弱くて、だけど強い、そして優しい。僕はそんな君が大好きだよ」
「ありがとう」
「君は自分のことが好き?」
「うん、時々愛想が尽きることもあるけれど好きだよ、僕が僕を愛さなくて誰が僕を愛してくれるっていうんだ」
「それを聞いて安心した。さあ僕のこと抱きしめて、君は温かい、生きている。生きているから涙が出る。泣いていいんだよ」
「うん」
「さあもう帰ろう、帰りはもう少し安全運転でね」
「うん」
後編に続く。。。