パチンコって便利だな、朝から晩まで時間を潰せて、1日やってると特に儲かりもしないけど損もしないことがわかった。夜は飲まないと眠れなくなっていた。日増しに酒の量が増えていく。
街が賑わっていると思ったら今日はクリスマスか。もう二度とあの街に帰ることはないと思っていたのに気がつくと公演のベンチに座っていた。
「私、クリスマスには絶対にここに来るんだ」
笑って聞いていたけれど、あれから何度もここに来た。君も来ただろうか?
「ワインて飲みやすいけど、結構くるね」
「うん、ビールなんかより余程アルコール度数が高いからね」
「2本目開けなきゃよかったな」
「だな」
乾いた喉を潤す為にワイン飲んでるなんて、どこか可笑しいのかも知れない(苦笑)
高校生くらいのカップルが怪訝そうにこっちを見ている。そりゃそうだ、こんな時間にワインをラッパ飲みしてる髭面のおっさんじゃ白い眼で見られて当然だ。
俺にもあったな・・・あんな頃が。ただ話すだけで一緒に帰るだけで楽しくて、ドキドキしながら手を繋いだり、将来の夢なんか語ったりして世界がとても綺麗に見えた。どこでどう間違ったんだろう? 若くはないが老いてはいない。まだやり直せるじゃないか、それなのに俺はなにやってんだろう。
妙に寒気がした。ワインをもう1本開けて一気に飲み干した。 まずい・・・息が出来ない。どうなってんだ? わからないままに意識が遠のいていく。
「藤井さん!しっかり!眼を開けてください!」
「亜子?」
「よかった・・・・・今、先生呼んできますね」
「急性アルコール中毒です。たまたま看護師の高居さんが公園を通りかかって命拾いしましたね。相当不摂生な生活をしていたみたいですね、軽い肝硬変になってます。入院してください。今ならほんの初期なんでしっかり治療すればちゃんと治りますから」
「はい、よろしくお願いします」
ようやく眼が醒めた気がした。今まで病気らしい病気は殆どしたことがなく健康に産んでくれた親に感謝していた。もしこんなことで命を落としていたら最大の親不孝をするところだった。だが夜になると寝付けなく酷く喉が渇いた。おぞましいほどに身体が酒を欲していた。病院に酒なんてある訳がない。近くにコンビニなかったかな・・・。
「藤井さん、何処行くんですか? まだコンビニまで歩いて行ける体力ないですよ」
「看護師さん・・・」
「お酒でも飲まなきゃどうにもならないことがあるというのはわかります。私の兄がそうでした。大分お酒に依存してたみたいで、私は勉強が忙しくてそのことを知らないままで、ある日無茶な飲み方して急性アルコール中毒で命を落としました。そんな兄が許せなかったし、兄の異変に気付かなかった自分も許せませんでした」
「看護師さんは僕の妹に似てます。思いっきり妹に怒られてる気分になりました、妹がここにいたらひっぱ叩かれていますね(微笑)」
「看護師として患者さんをひっぱ叩く訳にはいきませんよ」
「またフラフラしてたら怒ってください」
「先生に話して睡眠剤を処方してもらいましょう。夜さえちゃんと寝れれば、昼は人の眼が沢山ありますからね、一番大事なのは絶対にもう飲まないという強い意志です」
「はい」
簡単ではなかったがようやくなんとか酒から離れることが出来た。 ん?これなんだろ・・・折り紙かな。
「あれ~どこにおとしたのかな」
「これを探しているのかな?」
「うん、ありがとう~おじちゃん」
「これって鶴を折るのかな」
「うん、でもうまくできないの」
「じゃあ、おじちゃんが折ってあげようか」
「うん!」
「はい」
「わーおじちゃん、じょうずだね、まなみもつるおりたいな、おじちゃん、おしえて」
「いいよ(微笑)」
こうして小さな可愛らしい少女に折り紙を教えることになった。昔寺井に付き合わされたボランティアで覚えた折り紙が役にたった。
「ママにつるみせたらすごーいってわらったよ」
「そっか、よかったな。まなみちゃんはママが大好きなんだね」
「うん、ママはきれいでやさしいんだよ、いちばんすきなのはママのわらったかお」
「じゃあ、もっとママが笑うように新しい折り紙覚えようか」
「うん!」
俺はすっかりこの少女と仲良くなった。だがいつものように病室に行くと面会謝絶の札がかかっていた。
「あの看護師さん、愛実ちゃんは難しい病気なんでしょうか?」
「そうね、でも大きくなったら手術を受けられるから愛実ちゃんも、愛実ちゃんのお母さんも頑張っていらっしゃるのよ」
病院にはいろんな人がいた。今更ながらこの1年の自分の怠惰な生活を悔やんだ。ちゃんとしなきゃな。
ある日同室の里中さんが遺産相続で親戚がもめていて困るということを話していて、アドバイスというほどのものではないけれど、知っていることを少し助言した。
「そっか~藤井さんてもしかして弁護士さん?」
「まさかとんでもないです。大学が法学部だけだっただけです。それに今は無職です(苦笑)」
「藤井さんは賢そうな顔してるもんな」
「T大の法学部とか」
「えっ・・・」
「マジっすか~俺、大学なんてそこしかシラネーから適当に言ったのに」
「頭いい人って偉そうな人が多いのに藤井さんは頭が低いからね」
「藤井さんみたいな人が弁護士なら話易いのにな」
「そうそう弁護士ってなんか敷居が高くてね」
「藤井さん、今無職なんだろ、今からでも弁護士になればいいのに」
弱気を助け強気をくじく、そんな弁護士になりたかったのを思い出していた。あの頃の自分が弁護士になるのは無理があると思っていた。だけど今なら、人の心に寄り添える、そんな弁護士になれるかも知れない。だけどもう長いこと六法全書なんて読んでないし、今から死に物狂いで勉強したとして司法試験に受かるとは思えない。それでも俺はなにかを始めなきゃと思った。やらずに諦めるのはもう止めよう。
*
今年のクリスマスも公園のベンチで迎えた。なんだかここに来ると気持ちが安らいだ。
君は元気でいますか? 幸せですか? ・・・いや、人はそう簡単に幸せにはなれないよな、ただ健康で元気でいてください。
俺はと言えばやっと司法試験予備試験に合格したよ。次は司法試験だ、ただ司法試験予備試験に受かるのに3年かかったから司法試験となると5年は覚悟しなきゃいけないかも(苦笑)。5年以内に合格しないと後がないんだけどな。
だが次の年俺は司法試験に合格した。信じられなかった、山が大当たりに当たったのもあるが、ようやく神様に頑張りを認められてる気がした。そう思えるほど奇跡としか言いようがない合格だった。司法修習を受け、修習後に行われる考試に合格した後、弁護士会に登録されれば晴れて弁護士だ。周りは殆ど俺より若かったが、なりふり構わず喰らいついて必死だった。
「寺井! 久しぶりだな」
「藤井~会いたかったよ~」
「俺もだよ(笑)」
「ん?もしかしてそれって弁護士バッチじゃないのか?」
「うん(微笑)」
「専務のご令嬢と結婚したんじゃなかったのか? なにがどうしてそうなったんだ?、聞かせてくれよ~」
「うん、今夜は飲み明かそうぜ」
「頑張ったな~おまえ頑張ったんだな~」
「寺井も凄いよ、海外留学を経てW大の準教授だもんな、本なんかも出しててな。まっしぐらだもんな、おまえの道は。俺なんて曲がりくねった人生だよ」
「生きてきた証だよ、次は綺麗な花を咲かせようぜっ」
「俺はもうそっちはいいよ」
「なんでだよ、なんかおまえ40過ぎて益々いい男になってきたじゃん、そっちはいいよとか勿体ないぜ」」
「おまえこそまだ一度も結婚してないんだろ、一度くらい結婚しろよ」
「はは、そうだったな(笑)」
楽しかった。またこんなふうに笑える日がくるなんて(微笑)
クリスマス、仕事帰りに一緒に淋しく男飯でもしようと約束してた寺井にドタキャンされた。彼女でもできたかな(笑)という訳で久しぶりに公園のベンチでクリスマスを迎えた。ん? あれは病院じゃないか、そっか隣のビルがなくなったから病院が見えるのか。意外とここから近かったんだな。亜子によく似た看護師さんはもういないだろうか? 愛実ちゃんは?愛実ちゃんは病院なんかにいないほうがいいよな、元気になって退院していて欲しい。懐かしさついでで病院の近くまで行ってみた。
「もしかして藤井さんですか?」
「看護師さん! お久しぶりです」
「あの~もしかしてそのバッチって弁護士バッチじゃないですか?」
「ええ、まあ」
「前に同室の患者さんたちが昔そんな話をしていましたが本当になられたんですね弁護士に、素晴らしいです」
「看護師さんこそ、その指輪・・・結婚なされたんですね」
「ええ」
「おめでとうございます。どうりで綺麗になった筈だ」
「あら、その言い方だと昔は綺麗じゃなかったみたいな言い方で」
「なんかキャラも変わりましたね(笑)」
「藤井さんこそ(笑)」
「これから仕事ですか」
「はい」
「ママ!」
「愛実ちゃん」
「なんだ、看護師さんか」
「ごめんね~ママじゃなくて、ママもう直ぐ来るだろうから中に入って待っていようね、外は寒いよ」
「うん」
「愛実ちゃん?」
「おじちゃん、誰?」
「えーと・・・愛実ちゃんは今も折り紙好き?」
「うん好きだよ、あー折り紙のおじちゃんだ~」
「思い出してくれたんだ、ありがとう!」
「おじちゃん、お髭がないからわかんなかったよ」
「そっか(笑)」
「愛実、遅くなってごめんね~」
「ママ!」
「由美・・・・・」
*
「そのバッチ・・・弁護士になったの?」
「離婚して会社クビになって、アル中になって死にそうなところをさっきの看護師さんに助けてもらって、病気と闘う人や、小さな体でいつも笑顔で元気に頑張っている愛実ちゃんを見て、俺もちゃんと生きなきゃいけないと思って一大決心して死に物狂いで勉強して目出度く弁護士になりました。」
「そうだったんだ」
「弁護士と言ってもまだ新米のペーペーで先輩に付いて周って勉強させてもらってるんだけど、その先輩は年下、でクライアントはまず俺の顔を見て頭を下げるんだ。早く外見に中身が追い付かないとなって先輩に言われてる(苦笑)」
「バリバリの敏腕弁護士に見えるもんね(笑)」
「君はどうしてた? あの子は?」
「あの頃・・・いつものように病院に行くと母の容態が急変して、あっという間だった。まさかこんなに早く亡くなるなんて罰が当たったんだと思った。それからしばらくして妊娠していることに気付いた。流産したときに可能性は0ではないけど限りなく0に近いと言われていたから信じられなかった。母の手術代や入院の支払いに葬式を出したらもうすっからかんで、お金もない、母もいない、頼る人もいないでどうしようかと途方に暮れた。ううん、なにもしなくてもあの時と同じようにまた流産するだろうから病院にも行かずにそれを待とうと思ったの(苦笑) そんなある日のこと母の遺品を整理してたらタンスの奥から保険の証書が出てきたの、既に支払いの終わっている300万円の終身保険で受け取りは私になっていた。産みなさい、ちゃんと産んで育てるのよという母の声が聞こえた気がした。あの時も母は誰よりも子供が生まれるのを楽しみにしてたんだった。そして妊娠の報告に母の墓参りに行くと叔母に会ったの。叔父の看病でなにも出来なかったのを後悔していて私を頼って欲しいと言ってくれた。叔父はもう亡くなっていて、それで叔母の家に世話になることになったの。そして私は無事に赤ちゃんを産んだ。生まれてきた子はとても可愛い女の子で愛が実るようにと愛実と名付けたの。だけど愛実は生まれながらに心臓に病気をもっていて、大きくなったら手術をするということで殆ど病院暮らし。でも明るくて元気な子で、私は愛実の手術代を作る為に必死で働いてきた。でも全然苦じゃないの、どんなに疲れていてもあの子の笑顔を見れば元気になれるもの。折り紙のおじちゃんて聡のことだったのね、愛実は折り紙のおじちゃんが好きでよく話してくれたわ(微笑)」
「由美、愛実を生んでくれてありがとう。あんないい子に育ててくれてありがとう」
「もう~聡ったら泣き過ぎ、鼻水まで出して二枚目が台無しよ(笑)」
「僕はなにも出来なくて、なにもしてこなくてすまない、本当にすまない」
「あなたも私も苦しんだ。私たちは間違っていたんだと思う。でも私とあなたが心から愛し合って授かったのが愛実だから、いつか愛実が大人になったときにちゃんと話そうと思う」
「うん、それがいい」
「俺は折り紙のおじちゃんとして、愛実ちゃんのママを好きになったからプロポーズしたんだ、だから愛実ちゃんのパパになってもいいかなって言うよ」
「あらっ プロポーズしてくれるの?」
「あっしまった・・・」
「いつも私の方から言うんだもんね、映画誘ったのも私だし(笑)」
「一生言われるな(笑) もしもう一度君に会えたならプロポーズしようと思ってこの指輪いつも持ち歩いていた。実家の俺の部屋の机の引き出しに入っていたんだ・・・17年前に渡せなかった指輪が」
「17年前というとあの時・・・」
「勝倉由美さん、僕と結婚してください」
両方の頬を流れる綺麗な涙・・・
「はい」
君は泣きながら笑顔で頷いた。
「あっ 雪」
「あのときと同じだね、ホワイトクリスマス」
「雪が振ってきたのに全然寒くなくて」
「雪ってあったかいなって、そんな訳ないのに(笑)」
「それはあのとき聡が・・・」
「キスしたから、こんな風に
(微笑)初めてのキスだから緊張してドキドキして、だからなんだか身体がほてってほてって」
「温かかったね(微笑)」
「由美・・・愛してる」
「愛してるなんて初めて聞いた」
「ほらっ昔、亜子が簡単に愛してるなんて言う男信用出来ないって言ったろ、だからなかなか言えなくてプロポーズしたら言おうって思ってたら、プロポーズできなくてそれで17年もかかっちゃった」
「17年越しの愛してるなんだ」
「うん」
「嬉しい、凄く嬉しい」
今度は君の方からキスをしてきた。少し背伸びして(微笑)
「何度でも言うよ、愛してる、愛してる、愛してる」
「私も~ 愛してる、愛してる、愛してる!」
雪が降る・・・
真っ白い雪は・・・哀しみを、苦しみを、過ちを全てを覆い尽くしていく。
だけどそれらを忘れてはいけないんだと。そして新しい明日を僕たちは生きていく。
完
・・・エピローグ・・・
「あー美味しかった、ママの作る玉子焼きは絶品だね。食後の運動にジョンと遊んでくるね」
「ああ」
「高校生になっても一緒に花見に来てくれるなんて嬉しいけど友達がいないわけじゃないよな?」
「明日は友達と遊園地に行くって言ってたわよ」
「そっか、早いな~もう高校生か、4年前に手術の成功率が五分五分と聞かされたときはどうしようかと思ったけど、手術したからあんなに元気に走れるんだもんな。俺はもしものことを考えると怖くて手術しなくていいと思ったんだけど、君が愛実なら大丈夫って言ったんだよな、君は昔から強いよな。愛実もそんな君に似て強いから病気に勝って元気になったんだな」
「あのとき」
「えっ?」
「愛実が手術室に入った途端、今までめそめそしてたあなたが叫んだでしょ、愛実!負けるな!生きろ!生きて必ずママとパパのところに戻ってこい!て叫んだでしょ、とても大きな声で力強く。愛実にも聞こえてたんですって。それで絶対生きてやるって思ったそうよ。手術の後身体きつくて忘れていたんだけど、こないだあなたの大きな声聞いて思い出したって言ってたわ」
「大きな声って?」
「ジョン、それは食べるな! 賞味期限過ぎてるって(笑)」
「ああ、あれか~」
「あなたも強いわよ、泣き虫だけどね(笑)私お手洗い行ってくるね」
「あー喉乾いた~ママは?」
「トイレ」
「私の本当のパパってパパなんでしょ?」
「えっ?」
「私が大人になったら本当のこと話そうと思っているんだろうけど、私もう16だよ、別に20才まで待たなくていいから。それにママとパパが愛し合って私が生まれた。それでいいじゃん、それが一番大事なんだから。ジョンもう1回、行こうか」
「ワン!」
「パパも一緒に行こうよ!」
「よーしっ」
季節は巡ると言うけど僕は後何度
満開に咲き誇れる桜を見れるのだろう
時よ止まって なんて叶わないって知ってる
だけどもう少しこのままでいたいよ
繋いだこの手 いつか離れてゆくよ
ありふれた日々が ただ愛しくて end
藤木直人作詞 utakata の歌詞を一部引用させて頂きました。
最後まで読んで頂きありがとうございます。楽しんで頂けたなら幸いです。一言でも感想頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。