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「蘭亭序」についてご指導を頂きました

2021年07月22日 22時30分17秒 | 書道


                                                                                               ↓乾龍御覧立宝  ↓神品神龍半印本
続く

「神龍半印本」とは
馮承素(ふうしょうそ)の臨摸といわれる。
始めに「唐模蘭亭」の文字があり、その左横に「神龍」の半印があることから、「神龍半印本」と呼ばれている。
字画が鮮明であるので、初学者には学びやすい。
高校の教科書などで紹介されることが多い。(尚に紹介は私たちが学んでいます高校の教科書です。)
「神品」とは
上品・下品の言葉から上品の上に用いる言葉です。
「乾隆御覧立宝(かんりゅうごらんりっぽう」の印
清の乾隆帝(かんりゅうてい)であります偉い方から順に押印しているということ。

先生にご指導を戴きましたことを教科書から転載して保存いたしました。
「王羲之(おうぎし)はどんな人」
王羲之は、4世紀の初め中国の晋という時代の名門貴族の出身で、若くして将軍や地方の長官を歴任しました。
7歳の頃から書を学び、現代の漢字書体の発展に大きく貢献し、後の人々に大きな影響を与えました。
「蘭亭序」とは何 
会稽(かいけい)現在の中国浙江省紹興市という地方の長官だった王羲之は、永和9年3月3日その地方で名勝とされる「蘭亭」という場所で地元の名士達を招き「曲水の宴」
という詩会を開催しました。
この詩会の作品を集めた詩集の序文を書きました。これが「蘭亭序」という世界的に有名な作品と言うことです。
「蘭亭序」にはどんな事が書いてあるの 
「蘭亭序」 には、詩会当日の天候や会場周辺の様子のほか「時代は変わっても感動の源は同じ。後にこれらの詩文を読む人も心を動かすことであろう」というように人間の
普遍的な感動も書かれています。

王羲之は書を芸術の域にまで高めただけでなく、感じた事、思った事を素直に文章に書くと言う意味でも先んじていたと言われています。
「蘭亭序」はなぜ有名なの 
王羲之の時代から約300年後、中国の唐の時代の皇帝・太宗は、王羲之の作品が大好きで各地から集めました。
中でも「蘭亭序」をこよなく愛し「昭陵」という自分の墓にまで持って行ってしまいました。
「従いまして王羲之が自ら書いた「蘭亭序」は存在しません。」 

本日は書道教室でした。
今までも「蘭亭序」については行書の古典に学ぶことの大切さをご指導いただいてまいりましたが、本日は改めて学びましたかのように新鮮な気持ちでご指導を頂きました。
忘れていなかったことは「王羲之が自ら書いた「蘭亭序」は存在しません。」と言うことでした。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (matsubara)
2021-07-23 08:13:16
王羲之の「蘭亭序」についてのお話は、40年くらい前に
調べています。
漢字も習おうとした時期があり、調べました。
石碑にしか存在しません。
返信する
matsubaraさま (oko)
2021-07-23 17:52:30
お訪ね頂きましてありがとうございます。
今までに「蘭亭序」の臨書を展覧会にと思いながらとうとうできませんでした。
今後、部分的に、学ぶことはあると思いますが全臨は根気が続きません。。
返信する

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