牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

しっぺ返し

2016-11-09 18:26:45 | Weblog
箴言9:7ー12 人を馬鹿にするような者にそれを注意すると、しっぺ返しをくらいますせいぜいかみつかれるのが落ちです。好意でしても憎まれるばかりだから、かかわり合いにならないことです。しかし、知恵のある人は違います。注意すると、前以上にあなたを愛します。知恵のある人を教えなさい。そうすれば、ますます利口になります。正しい人を教えなさい。その人は、もっともっと多くのことが分かるようになります。
知恵の基本は、神様を恐れ、たいせつにすることです。物事が良くわかりたかったら、まず神様を知りなさい。生きがいのある実り多い人生を送らせてあげよう。と知恵は呼びかけます。知恵は知恵ある人を助けます。知恵を馬鹿にすれば、自分が傷つくだけです。
毎日、箴言を書いています。リビングバイブルで読むと、説明もいらないので、聖書のことばだけで充分ですね。
わきまえのないことを捨てて、生きなさい。悟りのある道を、まっすぐに進みなさい。主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。わたしによって、あなたの日は多くなり、あなたのいのちの年は増すからだ。
アーメンと信じる恵みで人生が変わります。イエス・キリストの十字架と復活を信じる幸いを体験してください。心から祈りつつ。
ありがとうございます。今日もまた天国の聖なる一日です。感謝します。


幸な日々

2016-11-09 18:25:26 | Weblog
主イスに従う 幸いな朝
すべてを捨てても その100倍の
豊かな報いは 約束されて
ありがとう感謝で 今日も天国

主イエスの約束 真実なれば
試練や困難 乗り越えて行く
不思議な力は 御霊によって
ありがとう感謝で 今日も天国

主イエスは復活 我がうちにあり
福音伝えて 喜びあふれ
今日も活き活き 使命に生きて
ありがとう感謝で 今日も天国
アーメン

離れず、見捨てずに、いつもともに

2016-11-09 18:10:09 | Weblog
イエス・キリストを信じる人生は幸せです。試練があり困難もありますが、いつでも平安であり、この世を生きる限り、霊的・精神的祝福、社会的祝福と肉体的祝福も受けます。

大阪市内でのタクシー車中、福音を語り左右脳内出血、小脳内梗塞になり、天国から追い返された牧師です。体験を語ると笑いながら、バランスが良くなりましたねと言う。

お元気な72歳で孫6人、曾孫も二人いると楽しそうに話してくれました。

この世にあってその幾倍=イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子どもを捨てた者で、だれひとりとして=この世にあってその100倍をとマルコの福音書にはあります。

イエス・キリストに従い仕える人生では、その場では無駄に見えるが、後になって大きな祝福になることが、多々あります。

生駒聖書学院に献身入学してくる神学生たちを思うとき、卒業後の牧師人生が、その幾倍かを受け続けている姿に感動します。

後の世で永遠のいのちが保証され、死の陰に谷を行く時も、大きな愛の手に導かれての天国です。

家内が天に召され、ひとり暮らしも2年半。元気で快調に現役の働きを続けています。聖書の約束通り、わたしはあなたを離れず、あなたを見捨てない。イエス・キリストの愛のことばに生かされています。

ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。






豊かな愛

2016-11-09 08:18:40 | Weblog
聖書のみことば
エレミヤ書31:3 主は遠くから、私に現われた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。
神の愛は、広く大きいだけでなく、豊かな愛です。イエス・キリストの十字架により、すべての罪を許し、神の子としてくださり、永遠のいのちを与える豊かな愛です。
人間の愛には限りがあります。裏切られたり、辱められたりすると、怒りや憎しみが燃えることもあります。
しかし、神の愛は信じない者にも、両手を広げて救いを与える、豊かな愛です。ルカの福音書15章に、
放蕩息子の話があります。
ある人に息子がふたりあった。弟が父に、『おとうさん。私に財産の分け前を下さい。』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。
それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。
何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。
それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。
彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。
しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。
もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』
こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。
息子は言った。『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』
ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。
そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。
豊かな神の愛は、今もアーメンと信じる人を救い、新しい人生に入れてくれます。
ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝します。