牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

2016-11-05 18:17:54 | Weblog
日本語(新改訳)聖書は1800ページあります。ひと言で表現すれば、聖書は真の神からの、人類への愛の手紙です。
全聖書66巻を凝縮すれば、ヨハネの福音書3章16節になります。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
"For God so loved the world that He gave His only begotten Son, that whoever believes in Him should not perish but have everlasting life.
この聖書のことば、ヨハネの福音書3章16節で多くの方を天国の救いに導くことができました。
神学生時代、ヨハネの福音書3章16節を覚えていただけで、殺人事件を起こして大阪を逃亡していた青年を信仰告白へ導き、救われたこの青年は自ら曾根崎警察署へ自首。そして刑務所で服役し、更生しました。
初めて救いに導くことができ、このことが今日までの牧師として務めをはたし、アーメンと言えば救われす!の原点になっています。
また、多くの臨終にある方々と息を引き取る寸前に、ヨハネの福音書3章16節が永遠のいのちをもたらすきっかけになりました。
そしてさらにヨハネの福音書3章16節を凝縮すると、ヨハネの第一の手紙4:8 神は愛です。になります。神は愛です。限り合い愛なる神に、全人類は愛されています今日も愛なる神の愛の手に導かれながら歩める幸いを感謝します。
ヨハネの第一の手紙4:7-10 愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。
愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。
神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした。感謝します

太陽も雨も

2016-11-05 08:12:14 | Weblog
聖書のみことば
マタイの福音書5:45天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。
植物は雨と風にさらされ成長します。
書斎の南側の住宅跡地に、野菜や玉ねぎが500本も植えられました。
特に、野菜=レタス、白菜、ブロッコリーや金時草などは、毎朝、食べられるようにと植えてくれました。
すごく日当たりが良い空地です。野菜には雨と水が必要で、通販で50メートルのホースを購入し、毎朝夕の日課で水まきです。
野菜が雨と空気の中で、きれいに成長し、朝の食卓をおいしくします。
土の栄養分や太陽の光は大切でが、雨や風も野菜を育てます。
人生も日照りばかりだと、砂漠のような人間味のない人生になります。
悲しみや苦しみから得たものが、花となり実となります。
悪い人にも、良い人にも太陽が昇り、風や雨も降るように、愛のtの父の摂理が人生を導きます。
不平不満を言わずに、雨の日にはハレルヤと、御名を賛美し。晴れの日はアーメンと心から感謝できる幸せ人生です。
ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です