枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

眠気誘う・・・

2014年03月19日 | Weblog

 風があるものの、寒くはない。室内に居るよりは、外での日向ぼっこがいい。ありがたい陽射しである。天気予報では明日は雨らしい。海棠の蕾が膨らんで来た。そろそろ枇杷葉エキスをかけよう。猫柳が散り始めた。春の装いに変わりつつある。

 勤務中には居眠りができないので、休憩時間は体を休める。自分用に持って行っている珈琲を淹れ、眼を閉じている。うろうろしていると、仕事を言いつけられる。調子のいいことこの上ない。最初の内こそしていたが、考えると莫迦らしいじゃない。

 まあ下らないことではある。然し、理不尽な態度には違和感がある。それなら、しない方がいいんです。休憩時間を譲ってくれませんからね。巧く立ち回っている方には、ちょっとした時間でしょうが、真面目にしていると、休息は絶対に必要ですよ。

 四季の野菜をきちんと言えます?因みに春、たらの芽、蕗、豌豆、そら豆、アスパラガス、三つ葉、芹、椎茸、牛蒡。意外と、頭に浮かびません。ハウス物が出回って、季節感がなく、何時でも何でも手に入りますから。旬の物が少なくなったのです。

 分別ある大人が、何も抵抗できない幼児に、暴力を奮い、果ては殺めるという行為を、幼稚であるとしか思えないが、消えた命を元には戻せない。卑怯でもある。自分より非力な者に、手を下すなど、人間のすることとは想えない。何という恐ろしさ。

 明日は、孫の卒業式。12年前に入学し、16名での同級生が、今は13人になっている。それでも学年として多い。何しろ、5人や9人という生徒数。今後は、中学校も統合され、送迎はスクールバスという。集団でしか行動できない人間に育っていく。

 撮影したら、枇杷葉との合体に見える?癒されているので、じっと動かない。葉の色と同じなので、わからないことも。

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彼岸入り・・・

2014年03月18日 | Weblog

 耳が痒い、と思っていたら雨だ。麦の芽も程よく育っている。孫がとっとこ踏んでいる。今朝は、乙女椿が一輪咲いた。奈良のお水取りが終わると、例年咲き始める。枝が撓る大きな蕾で、大輪の花になる。肥料は何も遣らないのに、艶やかです。

 クリスマスローズも、シンプルな赤と白の他に、淡い桃色や、緑がある。昨年買ったのは、黒色であるが、未だ先だろう。八重のもあるが、これはちょっと遅く咲く。アネモネも咲き始め、玄関の横の梅もちらほら綻びている。白枇杷の花芽が満開。

 洗濯物は乾かなかったが、暖かな一日だった。ちょうどこの時期に、体調を崩すことが多い。安心や油断をするからで、嗽と手洗いは忘れないように。野菜中心の生活で、風邪も引かず健康にしておれるのは、感謝に堪えない。枇杷葉のお蔭だ。

 薬は、百害あって一利なし。というくらい体に佳いことはない。確かに、部分的には効くが、他の部位に与える影響で、次が悪くなる。従って、新たに薬を加えることになる。次第に薬は増える。悪循環の繰り返し。自然治癒能力は時間がかかる。

 然し、手っ取り早い方法で、薬漬けになるよりは、時間がかかって一進一退になろうとも、病気になり難い体を創ることの方がいい。花粉症にも初歩的にはかかっているが、思わないようにしている。治そうとしている、自分の細胞を信じている。

 自然の持つエネルギーを貸してもらい、体の中に蓄えておき、免疫と抗体を創り出していく。最近は、少々のことでは怯まない。無論、嗽と手洗いは欠かさない。朝の検温も必ず行う。Aさんが感心するが、決めた以上はやり遂げることが大切よ。

 晩秋の庭に、桑の色ずきと枇杷葉苗の緑がきれいだ。桑に実は、秋の方が甘くて美味しい。鳥が狙って来る。

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人間ドッグ、歯科。

2014年03月17日 | Weblog

 今朝は、穏やかな天気で、水温む気温。のんびりとしたいが、起きたらそのまま病院に向う。人間ドッグなので、朝食抜きだ。珈琲も飲めない。検査終了して待ち時間が、2時間半ある。事務の方が待たれますか、と言うがこの天気でそれはない。

 帰宅して、片付けていた布団を干し、洗濯物をする。Drの結果を話すのに付き合う。全ての値は良好なのだが、何故か悪玉が多過ぎると言う。ああ、それね。昨晩疲労困憊で、板チョコを食べたからです。でも、云わないでおく。内科受診だと。

 タニタの脂肪計は、2年前と変わらず40代の数値。煙草は、吸ったことがないから、肺はきれいだった。心臓も肥大はない。それなのに可笑しいと首を傾げるDr。データだけを見て物を言うからわからないのだ。患者の話を聴かないのは藪だ。

 医者であるべき前に、人間としての考えや嗜好を尋ね、生活習慣を知らなければ、何が疑問なのかを解決できないでしょ。誰であろうと、尊敬や信頼に値する人には、話させる雰囲気と、包みこむ思いやりがなければならない。それでこそDrだ。

 再び自宅に戻り、布団を終い、乾いた洗濯物も入れる。三度目の出かけで、歯科受診をする。当分は行かなくてもいいようで、調子さえ良ければ、そのままでいいとのことだ。数ヵ月後に連絡するので、予約を取ってください。って、忘れません?

 途中、役場に家賃を払いがてら、新年度の用紙を取りに寄るが、ほうれんそうができていなく、加えて送った、という呆気に取られる対応。新人じゃないのよ、税金の無駄使いをしないで。この先、消費税が8%になるんだよ。遊んでんじゃない。

 やっと家に落ち着き、昼前に摘んでいた蓬を湯がく。庖丁で刻み、白玉粉に混ぜて団子を作る。醤油を垂らして戴く。嫁と孫が来たので、皿に盛って食べさすと好評。お灸を据えるよりいいんだよ。従って、蓬は抜かないで置いてある。重宝する。

 日中の陽射しは、汗ばむ陽気で、居眠りもつき暖かい。本日の要件も無事に終り、やれやれである。クリスマスローズが満開であり、草の勢いも弾んでいる。雪のしたの葉は小さいが、あちこちに見える。山椒も未だ硬い。春爛漫は近づいている。

 瓢箪から駒で、蒔いた大豆が発芽し、豆が生った。意外と大きな豆が中に入っていた。味も旨かった。

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使い方に依る・・・

2014年03月16日 | Weblog

 Aさんの、歩行状態を見た時、何かと理由をつけて、常々話してきたことの、実行していないことに思い至る。咽喉元過ぎれば熱さ忘れており、努力を怠っている。自分の体を健康に持続するには、本人のやる気のみで、誰も援けてはくれない。

 自分でこうと決めたら、千里の道でも先ず一歩からの歩みです。直面する問題への解決には、真摯な気持ちが大切ですが、其処に至るまでの計画も、実行に移してからの行動にも、必ず自分で責任が取れなくては。人任せではいけません。

 ダイエットをする以上は、どんな誘惑にも負けない意志です。きちんと食べて痩せないと、健康を害し、精神的にもダメージを受けます。日本人でありながら米を眼の敵にして、おかずだけを食べている。生野菜ではなく、煮炊き物や味噌がいい。

 わたくしなど、ご飯はお腹一杯戴き、野菜物や乾物を中心です。ジュース類は生が多く、加工品は避ける。コンビニ弁当など、買ったのは一度きり。お茶は枇杷葉茶、ドクダミ茶、鉈豆茶で済ませ、きらん草、千振を時には加え、健康維持は充分。

 ケーキやチョコレートも好きで、よく口にします。無論、肥ります。でも、肥ったからといって、悪い事ではありません。体が欲しているのを、拒否してまで我慢する必要もない。食べたカロリーをエネルギーに換えればいいのだ。動くことや頭脳回転。

 ゆったり気分でばかりいると、肥るのは当たり前です。しゃっきと背筋を伸ばし、無駄口を敲かず、能率・効率よく体を動かすこと。これで肥ったら、これは体質です。自分の美点だと、考えを改めて付き合うこと。思い様で、人間関係を丸くします。

 源氏物語の中に登場する女性達は、個性豊かな女人です。決して美人ばかりではありません。橘の君はふくよかです。末摘む花に至っては、醜女。でも光源氏は、一度きりとはいえ、情けをかけたのだからと見棄てません。もてる男の鉄則です。

 どんな人にも、長短はあり、それだからこそ人間関係が豊になる。世の中に、自分と同じ意見ばかりだと、却ってつまらなくなる。面白みに欠ける。自分にない物を持っている他人との交流は大切。何も喧嘩をするのではない。耳を傾けること。

 満月の夜、月からの迎えが下りてきて、かぐやは月世界に還る。で、かぐや姫って、地球に何しに来たのだろう?

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鶯の声聴こゆ

2014年03月15日 | Weblog

 春めいた陽射しに、山の鶯がホーケチョ、ケチョ。何度もうれしそうに鳴く。布団を剥いで起き、庭に出る。快晴ににんまりして、布団を干す。午後からの勤務なので、今しかない。朝と昼を兼ねて摂り、洗濯をしておく。体が少しだるい、と検温すれば36.4。

 上昇しそうなので抜き取り、気合を入れて出かける。ちょうど昼食時間であったため、賑やかな風景だ。目配り、気配りを怠らず、顔色を見つつ業務に励む。ちょっとした変化にも、心を向けていないと慌てることになる。異変を察知し、見守ることが肝要だ。

 昨夜は、夕刻から市内まで古典落語を聴きに行った。贔屓の噺家で、この人の演じ方がいい。某新聞に連載していた伊勢参り、単行本になったので求める。ちゃっかりサインを(自分宛)入れてもらった。心が春めいた。帰宅したらPM10:07で、遅い夕食。

 演題が、上方落語では、江戸落語とは違う。落語万年カレンダーを買ったが、これが偶然にもその日にあった。手向け茶屋(お見立て)貧乏花見(長屋の花見)となっていたのだ。贔屓の噺家は、実に所作が粋。同じ噺でも巧い。惹きこまれる噺振りである。

 勤務時間を過ぎたが、直ぐに帰らないのがいいような気がしてぐずぐず居た。駐車場では異常はなく、それでも大潮には注意。町道から県道に出る直前、2台の事故車を目撃する。あるんだなぁ、こういう予知が。どうしてか引き止めれ、難を逃れることに。

 朔日の塩変えには、気分が引き締まる。特に新年は尚更で、1年の無事を願う。旧暦を用いるようになって、特に変わったことには遭わないが、何かしら不思議な力が動く。リエさんは、感じたのかなぁ?我が家の庭に下りて、花木に挨拶してたでしょう。

 今年の枇杷葉は裏年で不作、というけれども、我が家のはちゃんと付いている。何故なのかは断定できないけど、朝な夕なに声をかけ、感謝して接していると、応えてくれるのでしょう。ゆっくりでも美味しい実をつけ、採らせてくれることがありがたいのね。

 自然からの贈り物には、たくさんの命が宿っている。農薬をかけず、いとおしんで育み、感謝して接すれば、花木にも想いはあろう。人間のしたことには必ず応える。それが自然の掟だ。厳しい現実であり、真摯な想いを映していよう。丹精籠める慈しみ。

 昨年の初夏、好奇心から大豆を蒔いた。何と、大きな実が入っていた。肥料も何も遣らずなのに、自然は強い。

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原発は要らない!

2014年03月14日 | Weblog

 昨夜は、小説を読みながら、連日の研修疲れから寝入っていた。突如、激しい揺さぶりに叩き起こされる。可なり長く感じたが、1分程であろうか。次に来る引き戻しに、身構えていたが無く安堵。震度3から4だろう。震源地は近県と思えるが。

 朝、嫁に電話し、無事を伝える。立って居られないほどの揺れではなかったが、原発の再稼動が始まったら、終息のつかない事態に陥るには、非を見るより明らか。再稼動への承認をしたとの記事に唖然とする。人類の滅亡は近づいている。

 日本は、武器の輸出を談話したり、発展途上国への原発建設に、助力しようとしている。そのどちらもが殺人に値する。知っていながら、利益を優先し、自分ではないという思いからだ。虐めも似たようなもので、我が身の痛さにはならないのだ。

 然し、武器にせよ、原発にしろ、人間を殺めるという事には変わりない。作るのは、人間であるからだ。放射線の除染に、ロボットを使うのも、作るのも操作するのも人間で、機械には心など宿っていないと嘯く。これではアトムは永遠に生まれない。

 先日、食器乾燥機が作動しなくなった。便利な機械として使えればいいが、作動しないと邪魔な存在になる。では聞くが、感謝の気持ちで使っていた?ぞんざいに扱い、きれいに掃除をし、大切に思っていただろうか疑問が湧く。答えは否だろう。

 人間にしか、感情はないのかもしれないが、ある意味では存在し得ることも間々ある。意思の相通は不可能かもしれないが、大切に更に愛おしく思えば、機械であろうと応えてくれる。言葉にはその人の威があり、言霊となって天に届くからだ。

 職場での人間関係が煩わしい理由には、グループでの存在が大きいからだ。介護の仕事には欠かせない、チームワークも成り立たない。然るに、上司には平等な目線で観ることを願う。同時に、個性や気質を把握して接してもらいたいものだ。

 昨日の研修での講師の話の中に、死のうと思う人は、黙してする。という言葉に思わず頷いた。誰かに話しても、上司に相談や訴えをしても、何故そういった気持ちを持ち、仕事への意欲や姿勢が薄れているかを考えてほしい。孤立は辛い。

 頑張らなくてもいい、とは思うが、自分の生き様に清くありたいとの想いから、努力に励んでいる。同じ24時間を与えてもらっているなら、自分の居場所で芽を出して咲きたい。命の終わる日まで精進することに依って、使命を全うしたいもの。

 北側の白茂木。中々、育たない。今年は、鉢から出すかなぁ。根が張って来ており、窮屈なのだろう。

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学ぶ姿勢・・・

2014年03月13日 | Weblog

 研修に参加することは、知識を広げることと、そこから一つでも学ぶことを見つけることにも繋がる。或いは、疑問を持ったり、より深く知っていくことにもなる。また、角度を変えてみたり、考え方を見直したりもできる。そのどれにも、自分の不足している知識を補う。

 勤務の中で、介護としてしなければならないことと、それ以前のことがある。建前と本音に分けるか、叱かり或いは、注意したりしても、誉めることを忘れない。そういった上司は、単なる理想ではない。上に立つ者は、様々なジャンルの勉強を、常に怠らないことだ。

 人間の背景を知るには、必ず歴史があるもの。個々の差はあれども、戦前や戦中を、また戦後に生きてきたのだ。実際に体験はしなくていいから、少なくともその時代を学んでいてほしい。歴史は苦手と言うのがそもそも違う。生き様が歴史なのだ。自分史である。

 研修を終えて外に出たら、夜気に紛れて沈丁花の香りが漂ってきた。気温も、雨が上がったにしては暖かい。明日は、古典落語を聴きに市内まで出る。インフルエンザの悪あがきにかからないよう気をつけよう。満月も近い。朧月夜に、うっかりしないよう注意!。

 寒さが和らぐこの頃が、油断もしてくるので、心身の緩みにも気をつけたい。注意1秒、怪我一生とならぬよう。今年の目標の、100冊読むには達成できるか。雑誌も入れれば到達できそう。新聞は除外。矢張り、テレビなぞを観ている時間は、ありそうもない。

 朝、寝床から起き出して着替え、弁当を作り、枇杷葉茶を沸かして詰め、父母と銀河のお茶湯を供える。朝餉を戴き、食後の珈琲を飲みながら、朝刊を広げる。テレビ欄を眺め、地方の四方山話に目をやり、連載小説を読む。原発の再稼動への動きがある。

 福島第一原発の放射線事故で、汚染水の莫大な数量が、漏れていることや、廃炉にするにも、その処理に時間も、費用も物凄いお金がかかる。責任は誰が取るの?事故が起きない安全も、起きた時点の補償もなしに、再稼動しようという考えが理解できぬ。

 国民の反対を押し切ってまで、再稼動したり、新設する必要性があるのだろうか?戦争をするための武器を、輸出容認にも疑問が残る。地球をぶっ壊したいのか。人類を破滅に導き、この青い惑星を消したいのか。地球最後の日は近く、世界は狂っていくのだ。

  折鶴ラン。どんどん増える。あちこちに鉢を置いている。そこら中に飾っている。置き場所がない。

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陽射し和らぐ・・・

2014年03月12日 | Weblog

 日中の気温が上昇し、窓を開けていても寒くない。ここ数日、寒さがぶり返していたので、気の抜けたような暖かさ。じっとしていては眠気を誘うので、分担の業務をこなす。午後から近場へと散策にも行き、近々ドライブにも行く予定。然し、夜間は冷える。

 昨日の式典の記事が、新聞に載っている。日本は、島国なので、地震や津波には太刀打ちできない。何度見舞われても乗り越えてきたが、原発の放射線には向う術がない。科学者の殆んどが、その事実を知っており、危険性も事故も認識していたのだ。

 庶民の中にも、或いはという想いを抱き、もしかするとの不安もあったのを、安心・安全というお金にすり替えて惑わせた。そうなったら口を噤むしかない。日本人の習性でもある。人間の浴びる放射線の数値が、幾ら位と決まっていても、安全の保障はない。

 あの3年前に還ることが可能なら、どんなにいいだろう。だが、其処に還ったとして、原発をどうするのか。人間の一人独りが、明るい未来を想定するのではなく、多少の不便さはあっても、心の豊かな生き方をしたい。文明に慣れても、自然には狎れない。

 先日、同僚に菜の花ちらし寿しを作って上げたが、婚約者の男性にお礼の文をもらった。この前は、ちらし寿司ごちそう様でした。とてもおいしく頂きました。また、機会があればよろしくお願いします。サイン。きちんとした字である。芯があり、礼節もよろしい。

 帰宅して、枇杷葉の生葉を採る。腰痛には、冷やさないことが肝心だが、痛みの症状を和らげるには、枇杷葉温圧療法が何よりだ。整体に行ったり、外科治療を高じてもおいそれとは治らない。1年を通じて、絶対に冷やさないことを、厳守することが大切だ。

 病院に行かねば、治療とは認めないのも可笑しい。介護の仕事をしていれば当然、腰を痛める。研修に参加し、抱えない介護や、器具を使うことも学んだが、うっかり痛めることが間々あるのだ。年中、腹巻を離さない。毎晩蒟蒻を温めて枇杷葉と当てる。

 それでも、勤務する以上は、そういったことを理由にはしたくない。本当に痛みがあるなら休む。給料をもらうのだから、平等である筈だ。どんな仕事も、楽をして得る物には、必ず見返りがあろう。自分で納得をした仕事に励みたい。その努力をしたいもの。

 晩秋の庭に咲く、ミニバラ。枇杷葉の苗も、涼しくなった風に木丈を伸ばす。鉢植えにしているので、そろそろ地植に。

 

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木瓜迷惑・・・

2014年03月11日 | Weblog

 遊歩道の隅に、密やかに咲いている木瓜。梅に似てはいるが、佇まいが違う。梅の呼び方も、白いのは白梅だし、赤は紅梅と言う。季節に違わず咲き、春を先取る。この後には、乙女椿や辛夷が春の光に映える。どんな花が何時咲くか、身近に知っておきたいもの。

 木を見て、森を見ず。ではないが、其処に咲く草花を知っておけば、会話の糸口にもなるし、他人の悪口を言うまでもない。芸能界のスキャンダルが、話の中心では情けない。内容に奥行きも無ければ幅も無い、二次元の世界でしかない。亜空間までは必要ないが。

 介護の仕事には、施設の特徴が現われるが、ゆったりとした流れの中で、食事を摂り、好きなことをして過ごせれたら、どんなにいいだろう。年齢を重ねると、体が思うに任せない。それでも何とか動かさないと、筋肉は固まってしまう。あちこちがくっついたままになる。

 70、80歳の方に、全力疾走はできない。ゆっくりでいいから、何分かかっても歩いて欲しい。歩いていないと筋肉は萎縮する。家も棲んでいないと、痛みが激しいのと同じで、使わなければ衰える。そうして元には戻り難くなって、時間も相当にかかる。厄介でもある。

 其処に住まう人にも依るが、介護者との共同生活が大切なことは、いうまでもない。そうして、食事の内容、素材の吟味にも問題がある。確かに、流通状態で購入費が嵩み、安い物へと目がいくが、添加物や合成物のあるのは避けたい。認知症を増勢してしまう。

 テレビも、点けっ放しにはしない。食事時間には電源を切る。この節には、個人での持ち込みになっているので、観たければ居室ですればいい。眠たければ寝れば佳し。趣味の域を励むも好しだ。十把一絡げには賛成し兼ねる。生きる愉しみには、程遠い生活だ。

 個人的には、施設に入る余裕はないが、掃除の行き届いた空間で、花木のある、静かな時間を持ちたいもの。騒々しさも厭だが、子供の遊びに付き合う気はない。介護現場は、人手不足だろう。一人で三人を見守るのは無理がある。往々にしたいことは違うのだ。

 昨年の名月。月の姿にも、その年の特徴があるようだ。尤も、観られる、とばかりは限らないのだ。

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強風に蹈鞴踏む・・・

2014年03月10日 | Weblog

 布団を干すどころではない。洗濯物を飛ばされないようにするべく、外に出て危うく飛ばされそうになる。雪花もちらつく。あまりの寒さに怯んでしまう。だが、歯医者には行かねばならないし、勤務の更新もしておかねばならず、重石をつけて出かけてみた。

 例年の如く、寒さも彼岸までと思えるが、それでも油断はできない。今日日の世では、何が起こるか断定できない。命の軽さに絶句し、生きることの難しさを痛感する。消費税が上がれば、暮らしに多大な影響が出る。何も食べないでは措ける者でもない。

 今年は、大豆をたくさん蒔こう。胡瓜とトマトも植えよう。南瓜は無論のこと、じゃが芋や葱も手がけたいもの。先日、大根を出し昆布で炊いたら、素朴な味で美味しく食べれた。昨年のじゃが芋も、小さかったがほくほくだった。何事も経験と実践が大事。

 庭の白梅が満開になる。玄関の方のは、未だ硬い蕾だ。梅の香に酔うほどではないが、古里を思い出す。祖母が居て、両親の元気な頃に還る。今時分には、筆軸を切っていた。薪割りや、椎茸の菌の植えつけもしていた。縄跳びが唯一遊びだったよ。

 交差跳び、二重跳び、二重交差跳び、後ろ跳び、駆け足跳び等、学年や種類に分けて競い、最後まで残った者は表彰された。持久走もあって、寒風をついて走っていた。中には、通り道に自分の家があり、そのまま帰った者も居て、思い出は尽きない。

 子どもの頃の楽しみには、何がよかったものか?親の庇護にあり、責任の程度が違ったから、懐かしいのかもしれない。電化製品は殆んどなく、不便な生活であった。娯楽も、ラジオさえ点けていなかった。何かね、オリンピックで変わった感がある。

 今回の東京オリンピックも、福島の除染を残したまま、工事人数を増やしているそうだ。本音と建前が違うのはわかりきっているが、余りにも無情なやり方だ。消費税を上げておき、何をするのだろう?誰も福祉関係に使う筈のないことは知っている。

 明日は、介護福祉士の研修がある。夜間になるが出席にした。勤務を終えて行く。足長おじさんではないが、大学に行っての勉強には無理があるか。蓄えの無い者が学ぶ方法に、誰も応じてくれはしない。働きながら通って学ぶのもまた愉しいもの。

 金星の最大光度。惑星の中でも、マイナスがつく輝きだ。宇宙を見上げるのは、略毎日。刻々と変わるさまが愉しい。

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