枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

学ぶ姿勢・・・

2014年03月13日 | Weblog

 研修に参加することは、知識を広げることと、そこから一つでも学ぶことを見つけることにも繋がる。或いは、疑問を持ったり、より深く知っていくことにもなる。また、角度を変えてみたり、考え方を見直したりもできる。そのどれにも、自分の不足している知識を補う。

 勤務の中で、介護としてしなければならないことと、それ以前のことがある。建前と本音に分けるか、叱かり或いは、注意したりしても、誉めることを忘れない。そういった上司は、単なる理想ではない。上に立つ者は、様々なジャンルの勉強を、常に怠らないことだ。

 人間の背景を知るには、必ず歴史があるもの。個々の差はあれども、戦前や戦中を、また戦後に生きてきたのだ。実際に体験はしなくていいから、少なくともその時代を学んでいてほしい。歴史は苦手と言うのがそもそも違う。生き様が歴史なのだ。自分史である。

 研修を終えて外に出たら、夜気に紛れて沈丁花の香りが漂ってきた。気温も、雨が上がったにしては暖かい。明日は、古典落語を聴きに市内まで出る。インフルエンザの悪あがきにかからないよう気をつけよう。満月も近い。朧月夜に、うっかりしないよう注意!。

 寒さが和らぐこの頃が、油断もしてくるので、心身の緩みにも気をつけたい。注意1秒、怪我一生とならぬよう。今年の目標の、100冊読むには達成できるか。雑誌も入れれば到達できそう。新聞は除外。矢張り、テレビなぞを観ている時間は、ありそうもない。

 朝、寝床から起き出して着替え、弁当を作り、枇杷葉茶を沸かして詰め、父母と銀河のお茶湯を供える。朝餉を戴き、食後の珈琲を飲みながら、朝刊を広げる。テレビ欄を眺め、地方の四方山話に目をやり、連載小説を読む。原発の再稼動への動きがある。

 福島第一原発の放射線事故で、汚染水の莫大な数量が、漏れていることや、廃炉にするにも、その処理に時間も、費用も物凄いお金がかかる。責任は誰が取るの?事故が起きない安全も、起きた時点の補償もなしに、再稼動しようという考えが理解できぬ。

 国民の反対を押し切ってまで、再稼動したり、新設する必要性があるのだろうか?戦争をするための武器を、輸出容認にも疑問が残る。地球をぶっ壊したいのか。人類を破滅に導き、この青い惑星を消したいのか。地球最後の日は近く、世界は狂っていくのだ。

  折鶴ラン。どんどん増える。あちこちに鉢を置いている。そこら中に飾っている。置き場所がない。

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