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「キリスト教もマルクス主義も中国化される」太平天国からわかる現代中国

2021年02月19日 | 国際紛争 国際政治 
「キリスト教もマルクス主義も中国化される」太平天国からわかる現代中国

2/11(木) 8:46配信
13



プレジデントオンライン

菊池秀明『太平天国 皇帝なき中国の挫折』(岩波新書)

「太平天国の乱」をご存じだろうか。清朝後期、科挙に落第した知識人の洪秀全が、キリスト教の影響を受けて創始した秘密結社・上帝会を率いて1850年の末に蜂起。反乱軍はやがて大都市・南京を占領して首都「天京」とし、太平天国を建国する。反乱は約14年にわたって続き、清朝の屋台骨は大きく傾いた。

【この記事の画像を見る】

もっとも、事件の名前は知っていても、現代の私たちの社会にどうつながるのかピンとこない人も多いだろう。だが、実は太平天国の乱には、現代中国の習近平体制の本質や中国の覇権主義の理由、さらにはウイグル問題や香港デモの背景といったさまざまな問題を読み解くカギが隠れている。

太平天国研究の第一人者である菊池秀明氏(国際基督教大学教養学部教授)が昨年12月に刊行した新著『太平天国 皇帝なき中国の挫折』(岩波新書)は、事件の概要とその背景をあますところなく描いた。今年2月に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)を刊行した中国ルポライターの安田峰俊氏が、太平天国から見える現代中国の姿を菊池氏に聞いた──。(前編/全2回)

■格差に苦しむ反エスタブリッシュメントの反乱

――かつて上帝会が勢力を伸ばし、
太平天国の乱の起点となったのは、中国南部の広西省(現在の広西チワン族自治区)です。
地図を見ればわかりますが、広東省とベトナムに挟まれた広西省は、チワン族をはじめ少数民族が多く、中華であって半分は中華でない僻地(へきち)。なぜ、この土地から大反乱が始まったのでしょうか?  【菊池】強烈な格差社会だったんです。伝統中国では科挙(儒教の教養をテストする官僚登用試験)を通じて、誰もが社会的上昇を果たせる──というタテマエがありましたが、科挙の受験勉強は大変です。それなりに裕福で文化資本がある家庭の出身者でなければ、事実上は参入できなかった。社会におけるさまざまなコネや利権も、地位と財力のある人に集中していきます。

 つまり、「誰にでも社会的上昇のチャンスがある」という幻想だけはバラまかれていたのですが、現実的にそれが不可能な人たちがいた。そんな、格差社会のなかで決定的に切り捨てられた階層の人たちが、当時の広西には特に多く存在していたんです。

「キリスト教もマルクス主義も中国化される」太平天国からわかる現代中国

2/11(木) 8:46配信
13

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プレジデントオンライン

菊池秀明『太平天国 皇帝なき中国の挫折』(岩波新書)

「太平天国の乱」をご存じだろうか。清朝後期、科挙に落第した知識人の洪秀全が、キリスト教の影響を受けて創始した秘密結社・上帝会を率いて1850年の末に蜂起。反乱軍はやがて大都市・南京を占領して首都「天京」とし、太平天国を建国する。反乱は約14年にわたって続き、清朝の屋台骨は大きく傾いた。

【この記事の画像を見る】

もっとも、事件の名前は知っていても、現代の私たちの社会にどうつながるのかピンとこない人も多いだろう。だが、実は太平天国の乱には、現代中国の習近平体制の本質や中国の覇権主義の理由、さらにはウイグル問題や香港デモの背景といったさまざまな問題を読み解くカギが隠れている。

太平天国研究の第一人者である菊池秀明氏(国際基督教大学教養学部教授)が昨年12月に刊行した新著『太平天国 皇帝なき中国の挫折』(岩波新書)は、事件の概要とその背景をあますところなく描いた。今年2月に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)を刊行した中国ルポライターの安田峰俊氏が、太平天国から見える現代中国の姿を菊池氏に聞いた──。(前編/全2回)

■格差に苦しむ反エスタブリッシュメントの反乱

――かつて上帝会が勢力を伸ばし、
太平天国の乱の起点となったのは、中国南部の広西省(現在の広西チワン族自治区)です。
地図を見ればわかりますが、広東省とベトナムに挟まれた広西省は、チワン族をはじめ少数民族が多く、中華であって半分は中華でない僻地(へきち)。なぜ、この土地から大反乱が始まったのでしょうか?  【菊池】強烈な格差社会だったんです。伝統中国では科挙(儒教の教養をテストする官僚登用試験)を通じて、誰もが社会的上昇を果たせる──というタテマエがありましたが、科挙の受験勉強は大変です。それなりに裕福で文化資本がある家庭の出身者でなければ、事実上は参入できなかった。社会におけるさまざまなコネや利権も、地位と財力のある人に集中していきます。

 つまり、「誰にでも社会的上昇のチャンスがある」という幻想だけはバラまかれていたのですが、現実的にそれが不可能な人たちがいた。そんな、格差社会のなかで決定的に切り捨てられた階層の人たちが、当時の広西には特に多く存在していたんです。

■資本主義ですら中国共産党の管理下のままで成長してしまった

 ――洪秀全はキリスト教を中国化し、孫文はナショナリズムを中国化し、毛沢東は共産主義を中国化した……。

 【菊池】中国的な文脈で物事を読み替えてこそ、初めて生命力が吹き込まれます。たとえば洪秀全の場合、「上帝(=神)」は外来の神ではなく、中国古来の神だと主張していました。明らかに誤ったキリスト教解釈なのですが、そうすることでこそインパクトを持ち得たわけですね。

 ――洪秀全から毛沢東まで「中国化」の話が続きましたが、より最近の話を考えるなら、鄧小平や習近平は改革開放政策という形で資本主義を中国化したのかもしれません。本来、自由な民主主義社会でこそ健全に発達するとみられていた資本主義が、中国共産党の管理下のままで成長してしまいました。時価総額が世界トップ10に入る大企業の創業者(アリババ創業者のジャック・マー)すら、党の意向次第で葬られかねないのが「中国の特色ある」資本主義です。

 【菊池】外国人が、中国を理解しようとしてなかなか迫り切れない理由も、このあたりにあるように感じますね。

■中国共産党のプロトタイプだった太平天国

 ――太平天国は南京を占領したあと、耕地を均等に分配する天朝田畝制度という、ちょっと後世の社会主義制度に似た構想をはじめ、極めて理想主義的な政策を打ち出すいっぽう、国民に対しては非常に抑圧的な体制を作り上げました。太平天国のこうした点も、中華人民共和国との類似性を感じさせます。

 【菊池】実は今回、本書を書きながらずっと悩んでいたのです。なにかを取りあげて書籍を書くときは、対象にある程度は肯定的な態度を持つものでしょう。しかし、すくなくとも南京を占領してからの太平天国は、どこから見ても中国共産党のプロトタイプのような存在なのです。しかも本書の執筆中はちょうど、香港デモがはじまったころでした。

 ――香港の行く末を心配する立場に立てば、香港支配を進める中国共産党の先輩格と言っていい太平天国を論じる作業にはつらいものがありそうです。

 【菊池】非常にしんどいですね。過去の太平天国の歴史を踏まえたうえで、現在の中国や香港の未来に希望を持てるかといえば、持てるような結果は生まれなかったわけですよ。そもそも、本書の副題に「皇帝なき中国の挫折」とあるように、太平天国は本来、従来の中華王朝の皇帝権力を中心としたトップダウン体制とは異なる統治体制を模索する運動としての側面もあったはずでした。しかし、結果的にはそうならなかった──。

 ――洪秀全は皇帝ではなく「天王」を名乗りました。他の幹部連中も、楊秀清が東王、蕭朝貴が西王、馮雲山が南王、韋昌輝が北王、石達開が翼王などとなっており(蕭朝貴・馮雲山は早期に戦死)、称号はみんな「王」ですね。

 【菊池】太平天国に「皇帝」は存在せず、いるのは「王」だけ。一定の序列はあっても「王」たちは身分的には同じ存在で、制度的には共同統治体制だったんです。かつての中国においては特異な政体と言っていいでしょう。

■独裁体制の強い誘惑

 ――ただ、やがて天王洪秀全の権威を脅かした楊秀清が韋昌輝に暗殺され、さらに韋昌輝も洪秀全に粛清されて、これを見た石達開が天京を離れ……と、泥沼の権力闘争が発生します。結果、洪秀全の独裁体制が固まるいっぽうで、太平天国の革命運動は下り坂に転じました。

 【菊池】バネを巻きすぎるとビーンと戻ってしまうように、中国では皇帝の個人独裁体制を克服しようと試みても、ふとした拍子に戻ってしまうわけです。これは中国共産党についても同じなのでしょう。毛沢東時代の反省から、個人崇拝や個人独裁を防ぐために集団指導体制を採用してきたはずが、結局、習近平時代になって個人に権力が集中する体制が復活してしまいました。

 ――中国の社会は「放」(分散化・奔放化)と「収」(集権化・独裁化)の繰り返し、とはよく言われる話です。近年でも胡錦濤時代までの、汚職や犯罪が蔓延しながらも活気があった「放」の社会が、習近平時代に一気に「収」に変わりました。洪秀全なり毛沢東なり習近平なり、パワーのある政治家が登場すると「収」が始まります。

 【菊池】極端から極端に振れずに、ほどほどのところで分権的な社会を作って落ち着けばいいのにと思うのですが、中国の場合は容易にそうならない。強烈な競争社会であるためか、複数の権力者が権力を分散して共存する形よりも、総取りを目指す動きが出てしまいます。日本や欧州と異なり、過去の歴史上でながらく封建制を経験していないことも影響しているのかもしれません。

 ――封建という言葉は、世間一般では「封建的な父親」のように「旧時代的な」とほぼ同じ意味で使われています。とはいえ本来は、国王が臣従する諸侯に封土を与え、その土地の領有権と統治権を認める仕組みを意味する言葉ですね。

 【菊池】封建制は、地方の領主(日本の江戸時代の場合は藩主)が自分の領地に対して強い責任を持つ体制です。当然、それぞれの領地の支配については、非常に大きな裁量権が認められていた。ただ、中国ではすくなくとも宋代以降の約1000年間、特に漢民族の間ではそうした統治が長期的に認められる例は稀でした。

 ――中国において地方に強い権限を委譲するケースというのは、制度的に設計された結果というよりも、太平天国の乱のあとに各地で軍閥化が進行したように、王朝が弱体化してからなし崩し的にそうなってしまう印象です。やはり、安定した体制にはほど遠いですね。

 【菊池】中国の社会は、民間に非常に強いパワーがあります。言い換えれば、ものごとを民間に任せておくと、好き勝手なことをどんどんはじめてしまい、統制が取れなくなる。中国社会の一番の問題は、こうした民間の野放図なパワーに対して、権力側が常に恐れを抱いているため、無理やりに抑え込んで統制しようとする志向が生まれがちなことです。ひとつだけの「正しいモデル」を提示して、それを民の側に信じ込ませる形になりがち。これは現在の共産党体制まで続く特徴だと言えるでしょう。(後編に続く)



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菊池 秀明(きくち・ひであき)
国際基督教大学教授
1961年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。専攻、中国近代史。
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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター
1982年滋賀県生まれ。中国ルポライター。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞。近著に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)など。
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「キリストは中国女性に転生した」中国新宗教”全能神”の謎…勧誘拒否者撲殺事件の真相とは

2/6(土) 11:12配信
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文春オンライン

トランプ支持とコロナデマを生む「Cアノン」筆頭…反共気功集団”法輪功”セミナー潜入記 から続く

【写真】「世界の終わり」を信じて甘粛省政府前に集まった数百人の「全能神」信者たち

 キリストが中国人女性に転生したという教義を信じる「全能神」は、1990年代から今世紀にかけて勢力を伸ばした中国のプロテスタント系新宗教だ。2014年には山東省のマクドナルドの店内で、勧誘を拒否した女性を信者たちが撲殺したとされる事件も、中国メディアにより報じられている。彼らは当局からは「邪教」として弾圧を受けており、中国国内では地下活動を余儀なくされる「秘密結社」化した存在となっている。

 中国ルポライターの安田峰俊氏は著書『 現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史 』(中公新書ラクレ)で、日本国内で暮らす信者へのインタビューをおこなったほか、全能神が成立した経緯とその教義の性質にも切り込んでいる。同書から一部を抜粋・再編集して紹介しよう。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◇◇◇
中国の「邪教」筆頭へ

©iStock.com

 中国におけるプロテスタントは、三自愛国委員会という政府系の組織により統括され「中国共産党の指導」を仰ぐタテマエになっている。それに不満を持つ数千万人規模の信者たちは、家庭教会(地下教会)と呼ばれる非公認教会に集って信仰を守ってきた。だが、当局の弾圧のもとで正確な神学知識を学ぶ機会が限られ、また地下活動による閉鎖性の強さもあって、中国の家庭教会は数多くの「異端」的な教派やカルト的な新宗教を生む母体にもなってきた。

 今回の記事で紹介する全能神(東方閃電、実際神)も、中国の家庭教会をルーツとして生まれたプロテスタント系新宗教のひとつだ。中国公安部からは、法輪功と並ぶ「邪教」の筆頭格として強い警戒と取り締まりの対象となっている。

 まずは中国公安部の内部資料とされる「邪教「実際神」の活動情況及び工作要求」(2001年3月6日付)から、当局が把握している全能神の性質について見ていこう。

〈邪教「実際神」(またの名を「全能神」)は黒龍江省の元「呼喊派」幹部メンバー趙維山が1989年に創設した。趙はかつて1989年に黒龍江省阿城(現・ハルビン市阿城区)に「永源教会」を違法に建て、「能力主」を自称し、1000人近い群衆をペテンにかけていたことがある。

 1991年にかの組織が現地の公安機関によって法に則った取り締まりを受けた後、趙維山はまた(組織名を)「全権」に改称して河南省などに潜伏、「「能力主」の時期はまもなく終わる、イエスはふたたび肉体をともなって姿を現した。(再臨にあたり)女性であることを選んだ、すなわち「実際神」である」などといったデマを広め、「実際神」の組織を設立し、その活動は黒龍江省・河南省・広東省・江蘇省・江西省などの10あまりの省や直轄市に及び、万を超える群衆をペテンにかけている。「邪教「実際神」活動情況及工作要求(絶密)」『中国宗教迫害真相調査委員会』〉

 文書に出てくる「呼喊派」(欧米圏の呼称は「シャウターズ」)とは、中国の家庭教会から生まれた神秘主義的な傾向が強いプロテスタントの教派だ。敬虔な信徒たちが「阿門(アーメン)」などと神を称える言葉を呼喊(よびさけ)ぶことでこの名で呼ばれ、文化大革命からほどない1983 年の時点で、はやくも当局から「邪教」認定を受けた。

全能神たる「女キリスト」は、共産党「サタン」との戦いに勝利する

 全能神の事実上の創始者・趙維山は、この呼喊派の影響を受けて全能神を立ち上げている。

 全能神の教義の特徴は、キリストが中国人女性として再臨したとする信仰に加えて、人類の歴史を「律法」「恩典」「国度」の三時代に分ける、「神三歩作工」(神のはたらきの三段階)と呼ばれる独自の歴史認識を持つことだ。

 すなわち、天地創生をおこなったエホバ(ヤハウェ)の時代が「律法の時代」で、ナザレのイエスが布教活動をおこなって以降が「恩典の時代」──。と、ここまでは既存のキリスト教が説く内容と比較的近いのだが、全能神はその後に、キリストが中国人女性として復活した現代を「国度の時代」と位置づけている。そして、やがて全能神である女基督(女キリスト)がサタンとの戦いに勝利して人類を救済すると考えているのである。

 さらに全能神は、「恩典の時代を担ったイエスは、人びとに贖罪と愛の教えを説いたがために、最終的にサタンとの戦いに勝利をおさめることができなかった」「国度の時代は、神による征服事業であり、サタンに勝利するために人びとは女基督に服従しなければならず、自分〔=女基督〕に従う者のみが最後の審判をまぬがれることができる」と考える終末観を持つとされる(『結社が描く中国近現代史』)。
あまたある新宗教から「邪教」の筆頭格に

 そんな全能神が、中国国内で「邪教」として明確に定義づけられたのは1995年である。これは法輪功をはじめとする気功の各派が活動を制限されはじめたのとほぼ同時期だ。中国では1980年代からオカルトブームが社会を席巻していたのだが(詳しくは 本書 参照)、当局はこのあたりの時期から取り締まりの方針に傾いていったのである。

 1995年11月、中国共産党中央弁公庁と国務院公庁が出した「「公安部の“呼喊派”などの邪教組織の調査取り締まりに関する情況および工作意見」の転載発令に関する通知」において、呼喊派とその系統の新宗教である常受教・中華大陸行政執事站・能力主・実際神(=全能神)、さらに門徒会・全範囲教会・霊霊教・新約教会・主神教などのキリスト教系新宗教と、東洋思想系の観音法門の合計11団体が名指しで「邪教」指定を受けた(その後ほどなく、筆者が 以前の記事 で書いた真佛宗もこれに加えられている)。

 この時点では、中国当局はむしろ呼喊派の取り締まりに重点を置いていたとみられるが、その後に当局が「邪教」リストを更新していくたびに、全能神に対する当局のマークは強まっていく。

 やがて山東省で全能神関係者によるマクドナルド殺人事件(後述)が発生した直後の2014年6月4日、中国公安部系の組織とみられる反邪教聯盟によって最新の「邪教」リストが発表され、全能神はこのときから筆頭格の扱いを受けることになった。

 今世紀に入るころから、中国共産党は「邪教」問題を、新疆やチベットの少数民族独立運動と並ぶ、体制の安定を揺るがす警戒対象であるとみなしている。また、1999年の中南海包囲事件以来、中国ではながらく法輪功が「邪教」の代名詞的存在だったが、2014年6月以降は全能神がこれに取って代わるようになった。

マクドナルドで勧誘拒否の女性を撲殺

 現在の中国当局の全能神に対する認識も、当然ながら非常に厳しい。

 たとえば、やはり当局系のサイトと見られる『反全能神聯盟網』に2019年5月31日付けで発表された「全能神邪教を防ぐハンドブック」は、全能神が「「世界の終わり」などのデマをばらまいて恐怖のムードを作り出し」、「信徒を扇動して肉親の情を捨てさせ社会から遊離させ、少なからぬ家庭を滅茶苦茶にし、甚だしくは罪なき人間を惨殺して」いる凶悪な破壊的カルトであると再三強調する。

 この文書いわく、全能神の主要な害悪とは、暴力による殺人、全財産の寄付、信者と連絡がつかなくなる、家族の崩壊、中国共産党と中華人民共和国政府に対する攻撃、正統な宗教の破壊……などである。なかには、全能神信者の母親が宣教の邪魔だからと生後3ヵ月の娘を殺害した、信仰のために家庭から失踪して15年が経過した、全能神信者になった母親が子どもを勘当したなど、非常に陰惨なエピソードも数多くみられる。
住んでいた家の壁には「残殺」「虐殺」「なぐれ」の文字も

 もっとも、中国共産党が政治的な敵対者に対して、多分にデマを交えた徹底的な中傷を展開することは、往年の反日デモの際の日本企業バッシングなどでもお馴染みだ。

『反全能神聯盟網』の主張は、相当な脚色が施されている可能性が高く、充分に注意して読む必要がある。

 ――しかし、プロパガンダではなく事実だとみられる過激な事件も起きている。

 その代表例が、2014年5月28日に全能神の信者を名乗る男女が起こした「山東省招遠市マクドナルド殺人事件」だ。まずは報道をベースに事件の概要を見ておこう。

〈 山東省煙台招遠市内のマクドナルド店内で5月28日、男女6人が女性を取り囲んで殴り続けて殺害した事件で、中国の警察当局は同月31日、「容疑者6人はカルト集団の構成員だった」と発表した。容疑者6人と殺害された女性に面識はなく、勧誘のために電話番号を聞かれたが拒否されたことで暴行が始まったとされる。中国メディアは6人が所属していたとされる新興宗教集団「全能神」の危険性を強調する記事を配信しつづけている。

 事件発生は5月28日夜。殺害されたのは今年36歳になる女性の碩燕さん。夫と7歳の息子、夫の母と暮らしていた。28日夜には市内のマクドナルド店で夫と息子とともに食事をした。その後、夫は息子を遊ばせるために、先に店を出た。呉さん1人が店に残った。「惨劇」は約20分後に発生した。

 店内にいた「全能神」の信者である男女6人が、呉さんを入会させようと勧誘。電話番号を尋ねたが、呉さんは応じなかった。すると6人は呉さんを囲んで殴り始めた。店関係者や他の客が止めようとすると、殴りかかられたという。

 警察官が駆け付けた時、6人は呉さんを引き倒して、全身をけったりアルミ製のパイプで頭部を殴りつけていた。6人は警察官にも殴りかかるなどで抵抗した。応援の警察官が多数駆けつけ、近くの大型店舗の警備員も協力して、6人を取り押さえた。呉さんは病院に搬送されたが死亡した。

 容疑者6人のうち成人の男は1人で、娘2人と未成年の息子、さらに家族関係はない女2人。警察は刑事責任を問えない未成年者1人を除く、5人の身柄を拘束した。

 警察によると、6人は同じ家に住んでおり、周辺住民への聞き込みにより、5月28日の事件発生以前に、犬を殴り殺すなどしていたことが分かった。また、住んでいた家の壁に貼っていたボードには「残殺」、「虐殺」、「なぐれ」などの文字が残されていた。

『サーチナ』「マクドナルド店内撲殺事件で中国各メディアが〈反カルト〉記事掲載」2014年6月2日

 ※原文の明らかな誤字脱字は修正した〉

主犯のメンバーには死刑が言い渡された

 中国国内の他の報道によれば、全能神の信者である6人の男女がマクドナルドの店内で客たちに無差別に電話番号を聞いてまわり、それに応じなかった被害者女性(37歳とする報道も多い)を、突然「邪霊」であるとして撲殺したとされる。犯人グループの主犯格は50代の男・張立冬で、さらに彼の娘の張帆と張航、息子の張某(未成年)、女性の呂迎春、張巧聯らであった。

 逮捕後、張立冬は自身が過去7年来の全能神の信者であることを認め、国営放送CCTVはその証言を大きく報じた。他のメンバーが全能神の書籍を読んでいたことも明らかにされた。その後、裁判を経て2015年2月に主犯の張立冬とその娘の張帆に死刑が執行され、残る成人三人にも終身刑を含む懲役刑が下された。
当局の「邪教」摘発キャンペーン?

 もっとも、事件については中国国内メディアの報道をベースにせざるを得ず、情報に強いバイアスがかかっている可能性がある。念のために別の見解も紹介しておこう。

 たとえば、全能神に好意的な姿勢で知られるイタリアの学術団体CESNUR(新宗教研究センター)の雑誌『The Journal of CESNUR』に論文を寄稿しているアメリカやオーストラリアなどの宗教学者たちは、張立冬ら犯人グループの正体について「全能神の元信者」「全能神を名乗った別の教団の信者」といった当局発表とは異なる見立てを発表している。同じくCESNUR系で中国国内の宗教迫害ニュースを専門に扱っているウェブニュースサイト『Bitter Winter(寒冬[ハンドン])』(日本語版あり)も、事件について全能神無罪説を主張する記事をしばしば掲載している。

 もちろん全能神の教団自身も、事件の犯人は自分たちの信者ではないと主張している。確かに、犯行グループのメンバーに「神の化身」を称する女性二人が”本当に”含まれていたことは、全能神の教義(本書中で詳述)とは矛盾があるように感じなくもない。

また、事件発生から4日足らずで当局が全国規模の「邪教」摘発キャンペーンを大々的に展開したり「邪教」リストを更新したりした点も、ずいぶん用意周到だ。捜査前から準備を進めていなければ、これほどの速度で大規模なプロパガンダを打つことは困難だろう(ちなみに1999年の法輪功弾圧の場合、彼らが中南海包囲事件を起こしてから摘発の開始まで約3ヵ月間の準備期間が置かれた。信者の人数や事件の性質が異なるので全能神のケースとの単純な比較はできないが、扱いは明らかに異なっている)。
西側各国の主要メディアでも報道された

 とはいうものの、張立冬以下の犯人グループが全能神の関係者であることは、中国の国内報道を引用する形ではあるが、イギリスのBBCやアメリカのCNN、ロイター、『ニューヨーク・タイムズ』などの西側各国の主要メディアでも伝えられている。ひとまずマクドナルド事件については、国際的には全能神の関係者の犯行であるとみなす認識が一般的だと考えていいだろう。

 ※なお、マクドナルド事件について全能神無罪説を主張する論文を掲載した『The Journalof CESNUR』の発行元であるイタリアの学術団体CESNURは、全能神のみならず世界平和統一家庭連合(統一教会)やサイエントロジー、日本のオウム真理教、韓国の新天地イエス教証しの幕屋聖殿(新天地教会)などの社会的に物議を醸かもしている各種の新宗教や破壊的カルト、欧州のネオナチなどにも容認的な姿勢を取っており、欧州社会では彼ら自身に対する批判が少なくない。いっぽう、CESNUR傘下のウェブニュースサイト『Bitter Winter』は、アメリカ国務省や日本の法務省が中国の人権弾圧問題の参考資料として用いるなどしており、国際世論に対して一定の影響力を持っている。マクドナルド事件の真相は、論じる者の政治的立場によって評価が変わる問題だと言えそうだ。

◇◇◇

※本記事は2020年2月6日刊行の『現代中国の秘密結社』(下部リンク参照)の一部を、編集のうえ抜粋したものです。また、著者の安田氏のもうひとつの安田氏の新著、群馬県のベトナム人豚窃盗問題と技能実習生問題の真の闇を暴く『 「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』 (KADOKAWA)も2021年3月2日刊行予定!

安田 峰俊



grg***** | 6日前

世界には色々な宗教があるけど、本当に神が死後の人間を救ってくれるなら、神の名を語って人を殺すような人間は、どんな理由があろうと救われることはないと思います。同じく入信を拒んだからと言って人に嫌がらせをするような人も救われることはないと思います。
そんなことする人は、そもそも本当は神様なんか信じてないんだと思います。
要するに自分に都合のいいように神様を利用しているだけです。

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doo***** | 6日前

この人のように批判精神をもって参加しても、気功的な動作の効果は「実感」してるのが面白い。周りに流された自己暗示ゆえなのか、実際ヨガ的な健康効果はあったりするのか・・

そういえばオウムのルーツも、最初はヨガがメインだったな。

批評的な気持ちで参加してもそうなら、元々健康不安あったりする孤独な人はコロッと取り込まれそうな気もする。

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tkf | 6日前

中国に住んで無いのでわかりませんが、中国にはそんなに宗教があるのですか。信仰者がいるんだ。現状はどんな感じなんでしょうね。
 宗教とカルトとの違い。キリストや釈迦本人がカルトだと言う人はいない。ガンジーやキング牧師をカルトだとも言わない。釈迦は仏の心象で人の振る舞いの模範となった。キリストも十字架にかけられても民衆への慈愛は微動だにもしなかった。生きていても死に至っても復活という宗教的背景は別にしても、その心象は地獄の様相では無くその真逆。凶弾に倒れたガンジーもキング氏も卓越した精神を失わず光続けています。カルトはそのような人の道、卓越した普遍の精神が、宗教を装いながら無い。結果人の救済どころか苦しみの地獄の世界を顕現してしまい極めて犯罪的に堕ちる。簡単な表現をすると個人的にはそう思っています。

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icc***** | 6日前

自分の大学時代の卒論テーマがこれだったんですけど、信教の自由があるため公権力が表立って邪教認定をするようなことは法輪功以来なかったですね。1995年のいわゆる通知も一応極秘扱いの内部伝達でしたし、そもそも原文書が見つかりませんでした。あと反邪教連盟という名の組織は無いんですけど、反邪教協会の間違いじゃないかと思います。反邪教協会は科学協会と関連が強く、公安系は中央直属機関の610室があります。関連した研究はかなりあるんですけど、体験談から言うと近年キリスト教の蔓延は目ざましいものですね。データに出てこないから知られてませんけど、信者の割合は日本より遥かに高いように感じられます。

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ixe***** | 6日前

中国の報道だから全面的に信じるわけにはいかないが、半分くらいが真実としても確かに邪教だわ。キリストが天国で泣いてるよ。
・・アメリカにも似たようなカルト教団がたくさんあるけど、こっちは余り知られてないな。

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pik***** | 6日前

中国は一億人くらいキリスト教徒がいるんじゃないですかね。
知らないだけでキリスト教絡みの話は結構他にもたくさんありそう。

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tmr***** | 6日前

はいすみません!実は私がキリストの生まれ変わりです。
反論あるなら否定する根拠だしてみろや、、、って結局宗教は言ったもん勝ち。
だから私が神だ!

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afg***** | 6日前

阿片戦争じゃないけど、太平天国の乱 の経験があるから 中国は宗教に対して締め付け厳しいよね。

古くは 漢の時代の 黄巾の乱

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c97***** | 6日前

一方的宣伝ではなく、いろんな角度で情報を提供する。あとは判断を読者に任せる素晴らしい記事だ。

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toron***** | 6日前

中国だと宗教弾圧で事件作られた可能性もあるから、なんとも言えんな

コメント
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大いに悲観する対中警戒派

2021年02月19日 | 国際紛争 国際政治 
バイデン政権が中国の海洋拡張戦略を牽制するために太平洋艦隊に司令したわけではない。以前より(すなわちトランプ政権の時期に)計画されていた行動である。たとえば、ニミッツは8カ月にもわたってアラビア海からインド洋にかけて展開していたため、アメリカ西海岸のシアトル郊外のブレマートン基地に帰還する途中に南シナ海を通過しただけである。

■ 大いに悲観する対中警戒派

 米海軍関係者の中でも、オバマ政権時代に自らの対中強硬策の提言を却下され続けた対中警戒派の人々は、「少なくとも対中軍事政策に関しては『オバマ3.0』(第3期オバマ政権)になってしまうことは避けられない」と確信している。

 なぜならば、バイデン政権の対アジア軍事政策を左右することになる国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官にカート・キャンベル氏が就任したからである。

 対中警戒派の人々によると、キャンベル氏が設立したコンサルティング会社は、アメリカのクライアントたちに中国共産党系企業に対する投資を促進し、中国共産党政権による一帯一路政策に相乗りする形でビジネスを大いに成功させた、まさに習近平率いる中国共産党の協力者そのものである、という。

 もっとも、バイデン大統領自身も、近親者が関係しているビジネスが中国共産党系企業と密接な関係があるとの疑いを受けている。そのバイデン大統領自身があえてキャンベル氏を対中軍事政策の司令塔に据えたことから、対中警戒派、とりわけ常日頃中国海洋戦力と対峙し続けている米海軍対中強硬派の人々は、「南シナ海や東シナ海での対中軍事政策において、バイデン政権は当面は馬脚を現さないものの、やがてオバマ時代以上に“中国の思いのまま”にされてしまいかねない」と大いに悲観している。

■ スカボロー礁での大失態

 バイデン大統領もキャンベル調整官も、中国共産党に関連した私的なビジネスで利益を上げたということ以上に、オバマ政権期の対中取り込み政策、あるいは対中融和政策を牽引したという事実は消すことができない。

 とりわけ「スカボロー礁スタンドオフ」事件が発生した当時、国務次官補であったキャンベル氏の大失態は、対中警戒派の人々によると、アメリカがベトナム戦争で敗北を喫しサイゴンから海兵隊ヘリコプターが最後の撤収をして以来、最大のアメリカ外交の失策であったという。

 スカボロー礁スタンドオフというのは、南シナ海の環礁であるスカボロー礁(中国名、民主礁)を巡るフィリピンと中国の領域紛争に関して、2012年4月から6月にかけて、双方が巡視船や軍艦まで派遣して軍事衝突に発展しかねない状況に立ち至った事件を指す。

フィリピンはアメリカと米比相互防衛条約を締結している。その内容は、日米安保条約に類似しており、かねてよりアメリカ側は、フィリピンの施政権下にあるスカボロー礁は米比相互防衛条約の適用範囲内であるとして、同盟国であるフィリピンの立場を支持し、中国側を牽制するかのような姿勢を示していた(ただし、アメリカ外交の鉄則に則り、第三国間の領土紛争に対しては直接介入はしない、という立場は維持していた)。

 海洋戦力は中国軍がフィリピン軍を圧倒的に上回っている。そのためフィリピン政府は、万が一にも中国との間で軍事衝突が勃発してしまった場合、なんとか軍事衝突を回避するべくアメリカ政府の支援を期待した。

 しかし、国務次官補としてこの問題を担当することになったキャンベル氏は、これまで同様にアメリカ政府は「条約上のコミットメントをする」との方針を示すに留まった。

 中国側は、フィリピン政府に対して、スカボロー礁から撤収しない場合には軍事攻撃をも辞さないといった内容の威嚇を続けた。そこでフィリピン政府は、アメリカ政府に条約に基づく最大限の介入をするように要請した。しかしながら、アメリカ側は対中威嚇のための軍艦や航空機の派遣はおろか、フィリピン支援の断固たる態度を明確に示すことはなく、曖昧な姿勢に終始したのである。

 米比相互防衛条約が存在するにもかかわらず、アメリカ政府には苦境に陥った同盟国を軍事力を持ってして救援する意思がないことを見て取った中国は、スカボロー礁周辺へ艦艇や巡視船を繰り出して、全てのフィリピン巡視船や漁船群を追い払ってしまった。それ以降今日に至るまで、スカボロー礁すなわち民主礁は中国の実効支配下にある。

■ 歴史は繰り返す? 

 米比相互防衛条約と日米安全保障条約、中比スカボロー礁領域紛争と日中尖閣領域紛争、そしてカート・キャンベル氏が率いるアメリカ対中政策ときわめて似通った前提条件が出そろっている。

 当時のフィリピンのように同盟国頼みだけでは、日本にも惨めな結果が待っているだけである。

北村 淳


バイデン政権が自衛隊に大きな期待、南シナ海護衛で

2/8(月) 6:01配信
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JBpress

フィリピン海に展開する米海軍・強襲揚陸艦上に並んだF-35 B戦闘機(1月30日撮影、米海軍のサイトより)

■ 「最も深刻な競争相手・中国」 「米国の最高の財産・日本」

 ジョー・バイデン米大統領が4日、初の外交演説を行った。

 その中で中国を「最も深刻な競争相手」(Our most serious competitor)と呼び、日本や欧州諸国を「米国の最高の財産」(Our greatest asset)と持ち上げた。

 (https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/02/04/remarks-by-president-biden-on-americas-place-in-the-world/)

 安倍晋三首相(当時)の巧みな「ドナルド・トランプ扱い」で何とか難を逃れてきた日本はともかくとして、ドイツやフランスといった同盟国は、このバイデン演説を「米国第一主義」からの公式決別宣言と受け止めている。

 今バイデン氏の頭の中にあるのは「中国の脅威」にどう立ち向かうか、だ。

 短期、中長期的に米国が取り組まねばならないビッグ・アジェンダだ。

 トランプ氏の中国に対する憤りをむき出しにした過激なレトリック。自ら仕掛けた「米中貿易戦争」での関税引き上げ競争。

 そんな近視眼的な小手先のサル知恵では根本的な問題解決の糸口は見い出せない――これは米国のエリート外交安保政策立案集団の総意だった。

 相手は手ごわい、「孫子の兵法」の国だ。

 バイデン政権発足前から米国には堰を切ったように対中国戦略論が飛び出している。

 トランプ前政権で対中政策立案に携わってきた外交安保担当者がまず動いた。トランプ政権で冷飯を食っていた外交専門家の一人はこう漏らしている。

 「われわれは、水面下で密やかに対中戦略を練ってきた。問題はドナルド・トランプとかいう大統領が我々の分析には一切見向きもしなかっただけだ」

 その物的証拠が、米国家安全保障会議(NSC)が2021年1月に解禁した極秘メモランダム「U.S. Strategic Framework for the Indo-Pacific」(インド太平洋地域における米国の戦略的枠組み)だった。

 (https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63778)

ワシントン・ポストのジョシュ・ロギン氏によると、同メモランダムとは対(つい)になるもう一つの極秘メモランダムがあった。

 タイトルは、「U.S. Strategic Framework for Countering China's Economic Aggression」(中国の経済侵略に対抗するための米国の戦略的枠組み)。

 公開すれば中国に手の内が分かってしまう恐れがあるため、解禁されなかったらしい。

 これより先、米国務省は、「The Elements for the China Challenge」(中国による挑戦の構成要素)と題する報告書を公表した。

 米議会に毎年提出される報告書で2020年11月に作成されたが、その後12月に一部修正されている。

 国務長官直属の政策企画局(The Policy Planning Staff)が作成したものだ。同省のブレーン集団だ。

 当時の局長はピーター・バーコウィッツ氏。上級研究員だったスタンフォード大学フーバー研究所から出向していた。フーバー研究所は共和党の保守正統派の牙城だ。

 同報告書が指摘したのは以下の10点。

 一、米国は、国内においては憲法に基づく政府、繁栄、健全な市民社会を守るための自由を確かなものにせねばならない。

 一、米国は、強力で機敏な、超高性能のハイテク装備の軍隊を堅持せねばならない。

 一、米国は、自由でオープンかつ法に基づく国際秩序の防備を固めねばならない。

 一、米国は、現存の同盟関係システムを点検、再評価せねばならない。

 一、米国は、同盟関係システムをより効果的、かつ責務分担を伴ったものとして強化せねばならない。また国際機関を現実に即したより効果的なものにせねばならない。

 一、米国は、米国の権益を促進するためには中国とも協力せねばならない。

 一、米国は、中国から受けているチャレンジについて米国民を教育、啓蒙せねばならない。

 一、米国は、外交、軍隊、金融・経済、科学、技術分野でこれから活躍する新しいパブリック・サーバント(公僕)に中国についての知識を教えねばならない。米国人は中国、中国の文化や歴史を学ばねばならない。

 一、米国は、米国の教育を改正せねばならない。米国の伝統、レガシー、自由についてより責任を持たせるような教育にするべきだ。

 一、米国は、自由の理念のチャンピオンになるべきだ。

 (https://www.state.gov/wp-content/uploads/2020/11/20-02832-Elements-of-China-Challenge-508.pdf)

バイデン氏の初の外交演説は、この報告書の内容を下敷きにしていることが分かる。

 「中国の脅威」にどう立ち向かうか――。

 国務省報告書は、その大前提は「まず隗より始めよ」だ、と言い切っている。

 米国という国家の在り方をもう一度点検し、弱点を直し、強化することから始めるべきだというのだ。

 それを外交政策を司る国務省が打ち上げているところが面白い。

 それだけトランプ時代の米国は分裂し、疲弊していたと外交のプロたちは見ていたのだろう。

 中国と対峙するには、国内を何とかせねばならない。米国だけでは手に負えなくなった。だから共通の価値観を持つ同盟国やパートナーの力を借りたい。

 共和党の伝統的な保守主義者を任ずるバーコウィツ氏は、もともとトランプ氏などにではなく、議会の心ある議員たちに向けてこの報告書を書いたのだろう。

 前述のロギン氏は「トランプ氏が手に取ることなどない、しかし見識のある(対中国戦略の)青写真だ」と評している。

 NCSの極秘メモランダムも国務省政策企画局報告も同盟国の関係強化の必要性を訴えている。

 バイデン大統領も国務長官も国家安全保障担当補佐官もいまのところ公けには、同盟国に何を、いつ、どうやってほしいのかという具体的な方策は提示していない。

■ 「日本復活」の著者、今度は「中国の脅威」に挑戦

 そうした中、日本でもお馴染みの経済社会学者、クライド・プレストウィッツ氏がこの点について新著で指摘している。

 ロナルド・レーガン政権下では商務長官の政策顧問を務め、自動車、半導体をめぐる日米摩擦、日米交渉に当たった。 経済戦略研究所(Economic Strategy Institute)所長だ。

 2017年に上梓した「Japan Restored: How Japan Can Reinvent Itself and Why This Is Important for America and the World」(邦題「2050 近未来シミュレーション日本復活」)は日本でも評判になった。

 中国による尖閣諸島侵入危機や日米豪印「クワッド」による自由民主主義勢力強化の動きを予見している。

 新著は、「日本復活」以後の世界情勢を展望、中国の台頭で激変する世界で米国は何を為すべきかを解明している、

 タイトルは、「The World Turned Upside Down:America, China, and the Struggle for Global Leadership」(世界はひっくり返った:米国、中国、そしてグローバル・リーダーシップの葛藤)。

 プレストウィッツ氏は南シナ海に進出する中国の動きをこう見る。

 「南シナ海を通過し、航行することは、米国と同盟国、パートナー国にとっては死活的に重要であり、何人もこれを妨げてはならない」

 「南シナ海とその周辺の海域は米国、同盟国、パートナー国の商業上、安全保障上の利益と密接な関わり合いを持っているからだ」

 「中国は好き勝手に南シナ海に境界線を引き領有権を主張、同地域にある島や岩礁に軍事施設を構築している。これに対し、関係諸国は実体のある、確固たる対応をせねばならない」

 「その第1段階として、漁船による操業を中国に妨害され、脅されているフィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナム4か国は漁船と漁業操業者を守るための『漁船保護合同小艦隊』(Fisherman's Protection Flotilla)を創設すべきだ」

 「4か国の海軍、沿岸警備隊から編成された小艦隊は南シナ海での警備警戒活動を実施、同小艦隊を日米仏の海軍、海上自衛隊が警護支援するというものだ」

 (なぜフランスが含まれるのか。フランスは太平洋地域にあるニューカレドニア特別共同体や仏領ポリネシア海外領邦を統治しており、駐屯部隊もいる。「太平洋に利益を有する国家」だからだ)

「こうした多国籍的な警備警戒活動を展開させることで、同海域での中国の国際法違反行為、環境破壊的な行動を阻止せねばならない」

 「米国は、この構想の下で、ベトナムとの相互支援体制を発展させ、日豪印比などとの同盟・友好関係を強化するのだ」

 「軍事活動では米軍が主だった役割を果たすことは避けられない。だが他の諸国もそれ相当の役割を演じてもらわねばならない」

 「すでにその役割を果たし始めている国もある。日本だ。日本は、ベトナム、フィリピン、インドといった国々への支援などで緊密に協力している」

 「オーストラリアやインドも軍事力を強化,他国との協力に動いている。米海軍は大西洋や地中海にに展開している空母機動部隊をシンガポールに速やかに移動すべきだ」

 「中国は、いずれ中距離弾道ミサイルや対艦巡航ミサイル、大陸弾道弾ミサイルを増強し、展開する。また空母発進の無人爆撃機や無人潜水艦や超音速攻撃兵器も増強する」

 「これに対抗するために、米国はインドネシア、マレーシア、ベトナムとの合同軍事演習を実施すべきだし、この合同演習には日豪印も参加すべきだ」

 「インドネシアなど周辺諸国には、無人偵察機、機雷、対艦ミサイル、移動式対空防衛システム、長距離ミサイル発射艦艇などを米国が供与すべきだ」

 「日米豪などは、ベトナムのスプラトリー諸島(南沙諸島)、フィリピンのパグアサ島(中業島)、インドネシアのナトゥーナ島などの防衛支援を行う。これらの島々は、日米豪などの兵力展開拠点としては格好の場所になるだろう」

 南シナ海に米軍がしゃしゃり出て中国軍と対峙するのではなく、東南アジア諸国の混成部隊を展開させ、それを日米が護衛するという構図なのだ。

 自衛隊は完全にフル・メンバーとして米軍と行動を共にしている。米国が対中戦略との一環として日本に具体的に要求しているのは、まさにこれなのだ。

 当然、南シナ海の後は(あるいはこちらの方が偶発的事態としては先にになるかもしれないが)台湾だ。

 「台湾は戦略的地点に位置している。中国軍が台湾を制すれば、日本、韓国、フィリピンその他の周辺諸国の防衛は最悪の事態を招くだろう」

 「米国は台湾の指導者たちに、台湾をスイス化せよと助言し、そのために支援すべきだ」

 「スイス化とは、何も台湾を中立国にせよと言っているのではない。第三国がスイスを武力攻撃するにはあまりにもコスト高であり、極めて困難な国家であることに鑑み、台湾をそんな国家にすべきだという意味だ」

 「元米軍人が台湾のスイス化に向けた具体的な青写真を描いている。すでに防衛システム、防衛拠点、兵器などで台湾当局に助言をしている」

 「このスイス化構想は、米国がここ20年、台湾のハリネズミ化と相通ずるものだ」

 「敵が攻めてくると針を立てて身を守るハリネズミのように要塞化しようという戦略だ。『イスラエル化』という専門家もいる」

 リチャード・アーミテージ元国務副長官が立ち上げた「プロジェクト・2049・研究所」(Project 2049 Institute)などが検討、策定している。

 (https://project2049.net/)

 ただ米台関係筋によると、台湾サイドは膨大な費用がかかることもあり、二の足を踏んでいるともいわれる。

 そこまでしなくとも、中国が攻めてくれば、米軍が出動してくれるだろうという淡い期待(? )を寄せている。

 いずれにせよ、米国内では外交専門家たちが、「我こそは第2のジョージ・ケナンだ」と、対中戦略の「Long Telegram」*1
を書こうと競っている。 「米国の最大の財産」と煽てられた(? )同盟国では、「我が国はどのような関わり合いを持つのか」といった論議が始まっている。

 いよいよ日本はじめ同盟国ではそのことをめぐる論議が活発化しそうだ。

 *1=ケナン氏が1946年、駐ソ連代理大使当時、本国に送った長文電報。その後、米国のソ連の封じ込め政策の基礎となった。

高濱 賛



中国海洋調査船がグアムに出没。その恐るべき狙いとは?

2/9(火) 6:10配信
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週プレNEWS

太平洋方面に広がる中国海洋調査船の活動。真の狙いは潜水艦作戦のための「下調べ」か?(写真は沖ノ鳥島近海、第三管区海上保安本部提供)

中国政府や企業が運用する「海洋調査船」の活動領域が近年、西太平洋の米領グアム周辺まで急速に拡大している。

国連海洋法条約(以下、海洋法)には、原則として海洋調査には沿岸国の同意が必要と明記されている。しかし、日本経済新聞の報道(2月1日付)によれば、この1年間で他国の排他的経済水域(EEZ)などで、沿岸国の同意を得ずに不審な活動をしたとみられる中国の調査船は10隻以上に上るという。

『侮ってはならない中国 いま日本の海で何が起きているのか』(信山社新書)の著者で、同志社大学法学部の坂元茂樹教授(国際法)はこう説明する。

「海洋法第96条には、『非商業的役務にのみ使用される船舶に与えられる免除』という記述があり、いわゆる『公船』であれば旗国以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除されると定められています。

中国側は、たとえ調査船が民間船舶であっても政府が委託している以上は公船である、したがって海洋調査は可能だ、という立場を取り、以前から南シナ海のフィリピンやマレーシア、ベトナムのEEZでも一方的に海洋調査と称する情報収集活動を行なってきた経緯があります。

昨年7月には、日本のEEZである沖ノ鳥島の南側海域において、中国の調査船がワイヤーを海中へ伸ばしたり、観測機器を海中に投下したりしているのを日本の海上保安庁が発見しました。海保は調査の中止を無線と電光掲示板で求めましたが、中国調査船は19日間にわたって違法行為を行ないました」

もちろん、この「調査」の本当の目的は資源や生物ではない。グアム周辺まで活動を拡大させている中国の狙いについて、フォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう語る。

「米海軍幹部の話では、グアム周辺の米艦艇や航空機からの電波傍受、訓練で使用し廃棄された装置などの回収、海底への監視機器の設置などが行なわれている可能性があるそうです。

また、日本の沖縄東方からグアムにかけては、日米が日頃から実戦的な訓練を行なっている海域が多い。そこに調査船を継続的に送り込めば、米海軍や海上自衛隊の戦術を調べることもできます。

そして最大の目的は、やはり自国の潜水艦の活動海域を拡大することでしょう。潜水艦作戦に必要不可欠な海水温、潮流、深度、塩分濃度、海底地形といったデータを収集していることは間違いありません。

AIS(自艦の位置を知らせる信号)を出さない調査船は航跡記録に残らないため、実際に活動している隻数は報道よりもさらに多い可能性が高いと思います」

前出の坂元教授はこう警告する。

「中国は海軍や巡視船、調査船の装備の大型化、近代化といったハードの面だけではなく、国際法の穴を突くようなソフト面の研究も積み重ねています。国際社会は厳しい対抗措置を考えるべきです」

もし中国海軍の原子力潜水艦がグアム近海まで自由に活動できるようになれば、米全土が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)による核攻撃の射程に入り、米中の軍事バランスは激変する。このゴリ押しを止める手段はあるのか?


取材・文/世良光弘

「中国に侵略される!」 中国系国会議員の誕生に南アフリカで相次ぐ抗議の声

2/9(火) 12:00配信
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クーリエ・ジャポン

南アフリカ初の中国系女性大臣シァオメイ・ヂャン・ハヴァード(右から2人目)とアフリカ民族会議の仲間たちPhoto: Facebook / @DrXiaomeiHavard

1月27日に突如、南アフリカで初の中国系議員と大臣が誕生した。アパルトヘイトを経験した同国では多様性の象徴として歓迎されるかと思いきや、「中国の侵略」に怯える市民から激しい反対の声が挙がっている。とはいえ、中国共産党は中国人を徐々に移民先の政界へ送り込んでおり、市民の恐怖はあながち妄想とも言えない。

【画像】外国政界に浸透する“中国系国会議員”
「南アフリカ議会に中国人はいらない」

南アフリカの英文ニュースサイト「ブリーフリィ」と「ザ・サウス・アフリカン」は、同国の右派与党のアフリカ民族会議(ANC)が、マタメーラ・シリル・ラマポーザ大統領(ANC議長)の新たな大統領府大臣と国会議員に中国出身の帰化女性党員であるシァオメイ・ヂャン・ハヴァードを指名し、外国、とりわけ中国出身者の国政参入を嫌う国民から、激しい反発の声が挙がっていることを伝えた。

前任大臣で国会の院内総務を務めたジャクソン・ムセンブ議員は新型コロナウイルス感染症で1月21日に急逝。シァオメイ・ヂャン・ハヴァードは次期議員の有力候補で、党執行部の指名により、1月27日、故ムセンブ氏の議席と大臣職を同時に引き継いだ。彼女は華人初の南アフリカ国会議員となり、健康ポートフォリオ委員会の委員として、新型コロナウイルス感染症対策などに取り組む。
愛国的なネットユーザーたちは、1月27日からSNSで、ハッシュタグ#NoChineseInSAParliament(南アフリカ議会に中国人はいらない)、#SArejectsXiaomeiHavard(南アフリカはシァオメイ・ハヴァードを拒否する)などをつけた投稿を始めた。

「ANCは亡きムセンブ議員の地位を、こともあろうに中国人実業家に置き換えるなんて! まったく解せない」

「彼女はANCや南アフリカの政治について、公に発信したことがない」

「後任大臣に誰がなろうとかまわないが、中国の影響力がある限り、わが国はずっと中国共産党にぬかずかなければならない」

「中国はアフリカを食い尽くす大きな脅威。われわれは21世紀の新たな植民地に成り下がろうとしている」

「ANCよ、この人事は南アフリカの議会政治に尽くしたジャクソン・ムセンブへの侮辱だと思わないのか」

「南アフリカ人の尊厳を保護し、再確認する憲法が必要だ」

一部のネットユーザーは「皮膚の色、民族、宗教に基づいて他人を差別する言い訳をすべきではない。南アフリカの歴史を知っていれば当然のことだ」と外国人排斥の高まりを懸念しているが、ハッシュタグつき投稿は増える一方だ。

ANCのスポークスパーソン、ノムファネロ・コタは28日、「わが党は、種差別および非性差別の原則を順守する。騒動が国家統治を妨げてはならない」との声明を発表した。

ヤリ手のインテリ女性社長

南アフリカのシァオメイとは何者か。

シァオメイ・ヂャン・ハヴァード(出生名:張暁梅=ヂャン・シァオメイ)は56歳の南アフリカ国籍中国人だ。1965年、中国の河南省に生まれ、中国の大学を卒業後、1994年、29歳で南アフリカのヨハネスブルグ大学に留学。コンピュータ・サイエンスの博士号と電気工学の修士号を取得した。

1998年、33歳で南アフリカ拠点のコングロマリット(複合企業)に成長する「南非蘭徳集団(ランド・グループ)」を創業。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)で金やダイヤモンド採掘のほか、観光、不動産、教育、貿易、医療、コンサルティング、弁護士事務所に会計事務所まで多様な事業を展開している。彼女は30代で南アフリカ人の夫と結婚し、同国に帰化した。

ビジネスを拡大しながら「中国=南アフリカ傑出女企業家商会」主席、「南部アフリカ河南省商工会」会長、「全アフリカ商工会中国女性企業家連盟」名誉会長、「ヨハネスブルグ・ランド孔子学院」院長など、アフリカを代表する華人女性起業家として、数々の中国系団体代表も務める。中国共産党河南省委員会からも名指しでたびたび称賛されており、中国共産党と南アフリカのつなぎ役としても存在感を示している。
シァオメイは2004年にANCに入党し、南アフリカで政治活動を開始。ビジネスの経験を活かし、黒人コミュニティの経済発展や、貧困撲滅に尽力(※本人談)。2016年から2017年にかけて、ANCの国会議員候補名簿に登録される。

2019年の総選挙に初出馬するも、名簿順位が低く落選。2020年、ANCの規律委員会はシァオメイを「汚職、管理ミス、またはその他の不正行為」の疑いのある党員23人の1人にリストアップした。

南アフリカに帰化し、23年間もビジネスで南アフリカ社会に貢献しているシァオメイだが、彼女を国民から慕われた故ムセンブ議員の後釜に据えるというANCの決定は、党員をはじめ多くの市民が大きな拒否反応を示した。シァオメイ個人の素質や性別が問題視されているというよりも、彼女がヤリ手のビジネスマンであるために、経済力のある中国出身者の国政参加を認めると「やがて中国共産党に南アフリカが乗っ取られる」という恐怖感があるからだ。

アフリカ変革運動のリーダー、ヴヨ・ズングラ国会議員もシァオメイの議員・大臣就任に抵抗感を示すひとり。

「中国出身黒人が中国の全人代(全国人民代表大会、国会に相当)の代表になれないのなら、なぜ中国出身中国人が、南アフリカ議会議員として南アフリカの法律を制定することができるのか」
「中国人は自国民のために自国経済を保護し、世界中で中国企業の事業拡大を進めている。南アフリカをはじめアフリカにはたくさんの中国系ショッピングセンターがあるが、中国には一体、いくつのアフリカ系モールがある?」

また、同党のムズワネレ・マニイ氏も次のように批判した。

「南アフリカ憲法には欠点がある。帰化した外国人はわが国の公的な代表になる資格を保持してはならない。ネイティブの南アフリカ人だけがその資格を持つべきだ」

バッシングの背景には外国政界進出をもくろむ共産党の動きも

中国共産党との関係が密接な中国人が、移民先の政治家として存在感を示す例は、南アフリカだけでなくオーストラリアでもすでにあった。

2019年5月の連邦総選挙で、与党・自由党のグラディス・リウ氏(劉卉停=リウ・フイティン)がメルボルンのチザム選挙区から初当選し、連邦議会初の中国系女性議員になった。現在57歳のグラディスは広東省系の香港人で、香港理工大学を卒業後、1985年に豪州へ移住し、1992年に帰化。ビクトリア州首相の顧問などを務めていた。

だが連邦議員当選の直後、グラディスが2003年から2015年まで、中国の国務院(内閣)が管轄し、対外情報工作機関・中国共産党中央統一戦線工作部と連携する「中国人民対外友好協会」や下部組織の「山東対外友好協会」「広東対外友好協会」などに所属していたことが明らかになり、共産党との密接ぶりが問題視された。
また2019年9月、在シドニー中国総領事館の外交官が、東部・ニューサウスウェールズ州議会上院の野党・労働党の親中派議員シャケット・モーセルメイン氏の政策顧問(帰化中国人)と共謀し、国内政治に干渉しようとした疑いがあると報じられた。モーセルメイン議員の関係先は家宅捜査を受け、顧問と外交官の通信履歴など多数の証拠品が押収された。

さらに2018年、中国政府の情報機関・国家安全部が19年の総選挙に32歳中国系オーストラリア人ニック・ヂャオ(趙波=ヂャオ・ボゥ)を与党・自由党候補として擁立しようとしていた疑惑が判明。ニックは国家安全部のスパイとして連邦議会に出入りしていたが、立候補を打診された件を密かに諜報機関のオーストラリア保安情報機構(ASIO)に相談。翌2019年にメルボルンのモーテルで変死しているのが発見された。

ASIOはかねて自由党、最大野党・労働党双方に、ふたりの中国系富豪からの政治献金を受け取らないよう警告していた。彼らはともに中国共産党員で不動産デベロッパーを経営する玉湖集団(ユゥフゥグループ)の黄向墨(フアン・シアンモゥ)CEOと、僑鑫集団(キンゴールド)の周沢栄(チャウ・チャクウィン)CEOだ。2017年、彼らの献金総額は約10年間で670豪ドル(約5億5000万円)に上ると明らかになった。両氏のオーストラリア国籍や帰化申請許可は剥奪され、オーストラリア当局は入国を禁じている。

広東省出身で英国に帰化したスティーブン・ドミニク・チャン(張景龍=ヂャン・ジンロン)は2009年、20歳で欧州議会議員の最年少候補者となり、2015年英総選挙(下院)にも出馬。その後、航空機操縦免許を取得し、水上飛機(香港)航空(シープレーン・ホンコン)を創業したが、まだ32歳と若いスティーブンは、改めて英国での出馬機会を探っているとされる。

今後は日本を含む他の国・地域でも続々、中国共産党の影響下にある帰化華人が「外国人参政枠」を使って当該国の議員に当選するだろう。(Text by Jun Tanaka)

Jun Tanaka








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