御膳籾(ごぜんもみ)とは、江戸時代、将軍をはじめとする大奥の人々がたべるために
献上さっれたコメのことである、全国でも美濃国の幕府直轄領にのみ課せられており、
各務原市域の幕領でも作られていました。
幕府直轄領 約5000石 尾張藩領 約4000石 旗本徳山氏領 約2500石 旗本坪内氏領
約6500石 合計 約18.000石
毎年春になると村々に納入量が割り当てられ、大切に作り、慎重に選別するよう命じられ
ました。
納入には村で生産して上納する「居村納」と他の村に生産を委託する「引請納」がありま
した。
品種は「ちこ弥六」で作るのが大変だった様で「いもち病」に弱かった。
船で桑名まで運ばれ、江戸へ廻米されていた。
江戸でも厳しく選別される、一粒ずつ選別され少しでも欠けている米は取り除かれた。
幕領であり続けたいと願う人々の主張に使われた。
なぜ美濃国なのかは分からない、今後も研究を続けたい。
本文はかかみがはら百科プラスから引用させて頂きました
この展示は11月13日(日)まで展示されています、是非お出かけ下さい
しかも、病気に弱い籾を作って大変だった・・
でもお殿様のご飯を作ってぃる・・という誇りで
精一杯作っていたんでしょうね~
その歴史を掘り下げて・・・まだほかにも
資料がありそうですね~
勉強になりました。 <(_ _)>
り収穫できなかったときの苦労は言葉では表せな
かったでしょうね、まして病気に弱い品種ですか
らね、それにしても各務原から殿様のご飯が作ら
れていたことは私も初めて知りました、まだまだ
ほかにもありそうですね、楽しみです。