わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

紛争で引き裂かれた2家族の感動ドラマ「もうひとりの息子」

2013-10-16 17:11:09 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img029 是枝裕和監督の「そして父になる」がカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞して話題になった。テーマは、赤ん坊の取り違え問題。これと設定が似て、主題がまったく異なるのがフランス映画「もうひとりの息子」(10月19日公開)です。監督・脚本を手がけたのは、舞台脚本・演出で名をなし、映画は3作目となるユダヤ系フランス人女性ロレーヌ・レヴィ。赤ん坊の取り違えという問題の背後に、イスラエルとパレスチナの紛争をからめた力作になっている。2012年東京国際映画祭ではグランプリと最優秀監督賞をダブル受賞した。
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 テルアビブで暮らすフランス系イスラエル人のシルバーグ家。あるとき、18歳になった息子ヨセフ(ジュール・シトリュク)が兵役検査を受け、血液検査の結果、意外な事実が判明。彼は、母オリット(エマニュエル・ドゥヴォス)と父アロン(パスカル・エルベ)の実の子ではないというのだ。18年前、湾岸戦争の混乱の中、病院で別の赤ん坊と取り違えられていたのだ。やがて、その事実が相手側の家族に伝えられる。その相手とは、紛争の渦中にあり、ヨルダン川西岸地区で暮らすパレスチナ人のアル・ベザズ家。取り違えの対象になったのは次男ヤシン(マハディ・ザハビ)。母ライラ(アリーン・ウマリ)と父サイード(ハリファ・ナトゥール)は戸惑いを隠せず、長男ビラル(マフムード・シャラビ)は怒りをあらわにする。やがて壁で隔てられた2家族は、混乱の渦中に引きずりこまれる。
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 生みの親を取るか、それとも育ての親を選択するか。結論の出ない、あるいは結論の明らかなドラマを成立させている要素は、イスラエルとパレスチナとの紛争だ。自治区に封じ込められ、ユダヤ人入植地と分離壁の存在で、双方は検問所を通らなければ往復できない。交流を始めた2家族の困惑と戸惑いと怒り。母親同士は、悲しみながらも心を通わせる。だが父親同士は、紛争相手を受け入れられない。ビラルは、実の弟と思っていたヤシンに反発し、ヨセフを受け入れる。では、実際に取り違えられた息子同士はどうか? ヨセフの将来の夢はミュージシャンになること。ヤシンはパリで学び、医師を目指して大学入学資格試験に合格したばかり。彼ら当事者である若者たちは、すぐ互いに交流を始める。
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 映画は、イスラエルとパレスチナの現状をリアルかつ日常の寓話としてとらえながら、その上で家族の絆と苦悩を織り上げていく。無言の対立を続ける父親たち、コミュニケーションを取り始める母親たち、そして子供たちのレベルでの対話。世代や立場にのっとって、それぞれのレベルでの民族問題が展開されていく。フランス、パレスチナ、イスラエルと異なる背景を持つ俳優たちが繰り広げる、個々人の愛と苦悩の描写が秀逸だ。レヴィ監督は、「イスラエルのユダヤ人、イスラエルで暮らすパレスチナ人、西岸地区のパレスチナ人で編成されたスタッフが、脚本をより良いものにしてくれた」と語っている。
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 更に同監督は言う。「これは、異なる立場にいる両者が互いに手を差しのべることを描いた希望の映画」だと。それは、取り違えられた当事者たちには、なんらのわだかまりもないことに象徴される。ヨセフとヤシンは語り合う。事実を知ったとき、どんな気分だった?「君と同じさ、たぶん」。パレスチナ人だったと知って、憎しみを感じた?「全然、感じない」。つまりレヴィ監督は、取り違え問題を通して、イスラエルとパレスチナの未来を新しい世代と女性の手に託しているのだ。息が詰まるような展開だが、そのヒューマンな語り口に好感が持てる。ヨセフとヤシンはそれぞれ自立していくが、果たして両家族はひとつに融合できるのか? 憎悪と戦いが生み出す現代の混乱に、ひとつの光明を示す素敵な寓話ではある。(★★★★★)


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