わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

C・プラマーが助演男優賞候補に「人生はビギナーズ」

2012-02-06 19:01:43 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

2 マイク・ミルズ監督(兼脚本)の「人生はビギナーズ」(2月4日公開)は、ちょっと異色な物語です。舞台はロサンゼルス。主人公は、38歳で独身のアートディレクター、オリヴァー(ユアン・マクレガー)。相棒は仕事と、ジャックラッセル・テリアの犬のアーサーのみ。母の死から5年後、彼は癌を宣告された75歳の父ハル(クリストファー・プラマー)から、突然衝撃の告白を受ける。「私はゲイだ。これからは本当の意味での人生を楽しみたい」と。以後、父は若い恋人を作り、若々しいファッションに身を包み、新たな人生を謳歌し始める。それに対して、オリヴァーは戸惑いを隠せない。臆病な彼は、知り合った陽気なフランス人女優アナ(メラニー・ロラン)と惹かれ合うが、何かがしっくりこない…。
                    ※
 ミルズ監督自身と父親との関係から生み出されたプライベート・ストーリーの映画化だそうです。映画は、ハルとオリヴァー父子の物語、オリヴァーとアナのドラマが別々に撮影され、それぞれの感情を忠実に表現するように二重構造に仕立てられた。そして、父親の再生と死、母親の記憶、スケッチで示されるオリヴァーが関係した過去の女たちの肖像など、過去と現在をスピーディーに交錯させて、物語が進行する。長年ゲイであることを表沙汰に出来なかった父親の人生の再生を見つめる息子。恋愛に不器用な息子に対して、人生の何たるかをひそかに伝えようとする父親。ミルズ監督は、登場人物の微妙な心理の移ろいをきめ細やかにとらえながら、父子の愛や人情の機微を巧みに浮かび上がらせる。
                    ※
 しかし、この作品がユニークなのは“衝撃的なカミングアウト”がもたらすだろう動揺や悲劇にのめり込んでいない点にあります。映像のリズムは、むしろポップでユーモラス。ミルズ監督の父親は、サンタ・バーバラのゲイ・カルチャーに飛び込み、実際の年より20歳も若く着飾り、振る舞い、生きたという。45年間の結婚のくびきから解放されたハルが、パーティーやエクササイズに精を出すありさまは、微笑ましく愉快だ。また、過去に多くの女性関係に失敗し、自分の負の部分がアナとの関係にも影を落とすオリヴァー。彼が、落ち込んだ際に愛犬アーサーと字幕で会話するくだりは、おかしくもあり、切なくもなる場面だ。このアーサーに扮する迷犬(?)コスモの、とぼけたキャラも見どころです。
                    ※
 カリフォルニア出身のマイク・ミルズは、グラフィック・デザインやミュージック・クリップ、TVCMなどで活躍してきたクリエイター。長編映画初監督作「サムサッカー」(05年)で評価された。「父親の人生を通して、自分の殻を破ることについて最も表現したかった」とか。自身の半自伝的な物語を、客観的な目線とポップな映像感覚で語り上げる手法が斬新です。演技陣では、父親ハルを演じる名優クリストファー・プラマーが絶品。本作では、2011年度アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされています。五つ星採点で★★★★。


コメントを投稿