わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

杉浦日向子の初期の傑作が実写でよみがえる!「合葬 GASSOH」

2015-09-29 14:00:31 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 杉浦日向子の漫画を長編アニメ化した「百日紅~Miss HOKUSAI~」(原恵一監督)は、江戸時代の風俗を巧みにとらえた佳作だった。これを機会に、杉浦漫画を何冊か読んでみました。そして今回、その一作が初実写でよみがえった。1982~83年にかけて漫画雑誌“ガロ”に連載、日本漫画家協会賞優秀賞を受賞した作品の映画化「合葬 GASSOH」(9月26日公開)です。300年におよぶ江戸幕府の時代が終わりを告げ、明治時代が幕を開けた、いわば日本が封建国家から近代国家へと脱皮を遂げようとしていた頃。そんな激動期に、将軍・徳川慶喜の汚名払拭と幕府復権をめざす組織“彰義隊”が上野の山に立てこもり、新政府軍と対峙する。ドラマは、その彰義隊に属する若者たちの苦悩と戦いの足取りを追います。
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 鳥羽・伏見の戦い後、将軍の警護と江戸市中の治安維持を目的として有志によって結成された彰義隊。当初は高い志をもって結成され、江戸の民衆からも慕われた彰義隊だったが、幕府の解体とともに将軍・慶喜が水戸に事実上追放されると、隊は強硬派と穏健派に分裂。義憤にかられた強硬派は、次第に反政府的な武力集団に変貌。隊には、多くの市民、ことに普通の若者たちも参加していた。本作は、自らの意思で彰義隊に加わった青年・秋津極(柳楽優弥)と、養子先から追い出され行くあてもなく入隊した吉森柾之助(瀬戸康史)、彰義隊の存在に異議を唱えながらも加わらざるを得なかった福原悌二郎(岡山天音)、3人の友人の、時代に翻弄され、戦いに身を投じていく過程と、数奇な運命をつづっていきます。
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 脚本を担当したのは、「ジョゼと虎と魚たち」の渡辺あや。監督は、「少年と町」(07年)で京都国際学生映画祭グランプリを受賞、渡辺脚本の「カントリーガール」(10年)でも監督をつとめた新鋭・小林達夫。なによりも、急激な時代の渦に呑み込まれる3人のキャラクターの描き分けがリアルです。忠義心に掻き立てられ、親友・悌二郎の妹・砂世(門脇麦)との婚約を破棄し、強硬派として上野に立て籠もる極。長崎で勉学に励み、彰義隊のやり方に疑問を感じていたにもかかわらず、上野戦争に巻き込まれる悌二郎。なんとなくその場にいて変革を傍観しながら、料亭の女性・かな(桜井美南)に恋する柾之助。こうした群像は、今日の若者にも通じそうだ。そして、オダギリジョーが穏健派の代表・森篤之進を演じる。
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 杉浦日向子の初期作品である原作は、3人の青年の苦悩と葛藤をぎりぎりまで追い詰めて描き込んでいる。その語り口は、「百日紅」や「百物語」に比べると極めて暗い。むしろ、リアリズムに裏打ちされているといっていい。1960年と70年前後に、学生たちが闘った安保闘争をすら彷彿とさせる。そして、最後の戦いの凄惨さ。今回の実写版も、ほぼ原作に忠実に展開される。だが、少し違うのは、杉浦の妖しげな世界―幻や物の怪のイメージが強調されていること。加えて、上野戦争の戦闘シーンは、砲声や銃声、不忍池の蓮の花などで象徴している。組織の中の若者の苦悩と試行錯誤を、シンプルな映像で映し出しているのだ。
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 そんな中で、極に婚約を破棄され、女性の道を閉ざされたかに見えた砂世が、異なる人生を見出していくくだりが新鮮です。演じる門脇麦もチャーミング。小林監督は語る―「政府軍への憤怒、自分たちの置かれている立場への不安、仲間同士の羨望と嫉妬といった感情。それらが、歴史上の限定的なものではなく、普遍的な青春映画のテーマとして伝わってほしい」と。また、遊郭で漏れ聞こえる端唄、座敷にさす光、格子で隔てられた内と外、それら細部がリアリティーを帯びていることを願っているとも言う。それは同時に、杉浦日向子の画の素晴らしさにも共通する。漫画には珍しいロングショットや俯瞰ショットを多用した構図、江戸庶民文化の巧みな再現。それらは、失われた文化への挽歌でもある。(★★★★)



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