わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

ブルガリアのニューウェーブ作品「さあ帰ろう、ペダルをこいで」

2012-05-11 19:49:39 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

4 ブルガリア共和国では、年間の映画製作本数は、わずか7~8本だそうだ。そうした状況から登場した新鋭ステファン・コマンダレフ監督の「さあ帰ろう、ペダルをこいで」(5月12日公開)は、各国で評判になったフレッシュな作品です。ブルガリアは1946年にソ連の衛星国家となり、1988年に共産党政権が崩壊した。本作は、こうした国家の歴史に翻弄され、離ればなれになった祖父と孫が家族の歴史をたどることで、失われた時間と絆を取り戻すロードムービーである。共産主義時代の抑圧をドラマの背景にして、民衆による体制批判と、家族や同胞同士の愛を、人情味たっぷりに謳いあげた傑作に仕上がっています。
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 物語は、過去の共産党政権下のブルガリアと、現代(07年)のドイツ及びヨーロッパ各国を往復して展開される。1983年、ブルガリアからドイツへ移住したアレックス少年一家。25年後、祖国への里帰りの途中、一家は交通事故に遭い両親は死亡、アレックス(カルロ・リューベック)は衝撃で記憶を喪失する。孫を心配してブルガリアからやって来た祖父バイ・ダン(ミキ・マノイロヴィッチ)の誘いで、アレックスはタンデム自転車でヨーロッパ横断の旅に出る。目指すは祖国ブルガリア。幼時に手ほどきを受けたバックギャモンを再び祖父に教わりながら故郷に向かう道中、アレックスは自分の人生を取り戻していく…。
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 政治亡命者としてドイツで保護されたブルガリア出身の作家イリヤ・トロヤノフ原作(兼共同脚本)の映画化だ。本編中、過去のブルガリアの政治状況がエピソードとして語られる。アレックスの祖父は、東ドイツに留学した際にハンガリー動乱で学生運動を組織し、ブルガリアに送還され刑に服した過去を持つ。罪状はスターリン像の爆破。そしてアレックスの父親は、過去の弱みにつけこまれ、勤め先の人事部長(秘密警察)から義理の父バイ・ダンをスパイするように強要される。こうした理由から、アレックス一家は祖国を捨て、途中イタリアの難民キャンプにたどり着き、亡命者に対する過酷な現実に直面する。
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 だがドラマの主流は、アレックスとバイ・ダンがタンデム自転車に乗って、ドイツからブルガリアに向かう旅にある。ドイツでは引きこもりに近い生活をし、記憶を失ってからは病院で無気力な日々を過ごすアレックス。祖父バイ・ダンは、そんな孫をなんとか立ち直らせ、記憶を甦らせようとする。その手段となるのが、ボードゲームのバックギャモンであり、航空機のかわりとなるタンデム自転車での旅だ。「人生はサイコロと同じ、どんな目が出るか、それは時の運と、自分の才覚次第だ」-祖父が孫を励ます言葉だ。映画は、自然のたたずまいや人間心理をきめ細かくとらえながら、民衆の姿をくっきりと映し出す。
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 こんなシーンが印象に残ります。共産党政権下のブルガリアで、アレックス7歳の誕生日に祖母が祝いのお菓子を作る。そのため祖母は、強引に配給の列に割り込んで砂糖を入手する。もう一つは、帰国の途中、祭りで賑わうキャンプ場で、アレックスは美しい女性ダンサーに恋をする。それに対して祖父は言う-「また一つ壁を越えたな」と。考えてみると、体制に抵抗した祖父と父親の骨っぽさと、現代の若者アレックスの脆弱さという構図は、世界共通の現象なのではないだろうか。加えて、祖父と孫との国境越えの自転車旅行をたどってみると、改めてヨーロッパは一つだな、という思いがするのです。(★★★★★)


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