わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

疎外された映画作家の苦渋「汽車はふたたび故郷へ」

2012-02-18 18:52:38 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Photo オタール・イオセリアーニは、旧ソ連グルジア共和国出身の映画監督です。1962年に中編デビュー作「四月」を製作するが、当局によって上映を禁止された。66年には、良質なワインの生産をめぐって工場側と対立する若い醸造技師の奮闘を描いた「落葉」を発表し、68年カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞などを受賞して、一躍海外で名前を知られるようになる。やがて79年、活動の拠点をパリに移す。以後、「素敵な歌と船はゆく」(99年)、「月曜日に乾杯!」(02年)などで名匠の地位を確立。常に揺るぎのない姿勢で、ソフトにユーモラスに体制に潜む矛盾を突き付ける作風がファンの心を掴んできました。
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 そのイオセリアーニが「ここに幸あり」(06年)以来、4年ぶりに手がけた新作が「汽車はふたたび故郷へ」(2月18日公開)です。グルジアを追われるようにして去り、パリにやって来た若い映画監督の苦渋に、自らの体験を投影させた作品になっている。主人公ニコ(ダト・タリエラシュヴィリ)は、検閲や思想統制によって思うような映画作りが出来ないことに耐えかね、自由を求めてグルジアからフランスへ向かう。だがフランスでも、映画に商業性を求めるプロデューサーとの闘いが待ち構えており、製作は困難の連続。映画は、ニコの少年時代への郷愁とともに、反体制作家の苦悩を詩的にユーモラスに描く。
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 イオセリアーニ監督の手法は「最高に深刻なことを、微笑みをもって語る」ことだそうです。「君は国家のカネを使って、好き勝手に撮影している」という検閲官に対して、ニコは応じる―「すみません。公開しないほうがいい。理解不能でしょうから」と。そして、幼なじみの友人と上映禁止になったフィルムを密かに持ち出したあげく、投獄され暴行を受ける。やがてニコは、ワイロ代わりのワインを手に政府高官のもとに出向き、出獄を示唆される。だがフランスでも、プロデューサーたちに「独創性が強すぎる」「長すぎる」と言われ、編集権を奪われる。そんな光景が、実に牧歌的に映し出されるのが特色です。
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 映画の原題は「Chantrapas(歌わない子)」。この言葉には「役立たず」「除外された人」という意味もあるとか。またイオセリアーニは、「登場人物を壊し、役者の個性に力を与えてしまうクローズアップは絶対に使わない。切り返しショットも恥ずべきもの」という。現実に進行する不条理を、客観的に突き放してとらえる姿勢だ。加えて、持ち出したフィルム缶をボートで運ぶニコを、池の中から人魚が見つめる場面などに、映画作家の解放への願いがこめられる。ニコは再び汽車で故郷に戻り、この人魚の腕に抱かれることになる。「これは、僕と、僕の同僚たちの物語。つらい経験をおくりながらも、口笛を吹いてそこから抜け出てきた人たちの物語」―イオセリアーニ。五つ星採点で★★★★+★半分。


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