わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

大戦が引き起こしたポーランドの悲劇を女性の視点で…「夜明けの祈り」

2017-08-05 13:50:16 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 フランスの女性監督アンヌ・フォンテーヌが手がけた「夜明けの祈り」(8月5日公開)は、第2次世界大戦末期から戦争終結直後にかけてのポーランドで医療活動に従事した女医マドレーヌ・ポーリアックの実話の映画化です。大戦中のポーランドはナチス・ドイツとソ連に分割占領された。ナチス敗退後は、ソ連を後ろ盾とする共産政権が誕生。だが、事実上はソ連に支配され、駐留地での暴行や略奪が頻発。本作のモチーフであるレイプは、こうした異様な空気と規律の緩みのなかで起こった衝撃的な事件だった。ヒロインは、フランス国籍保持者の捜索・保護・引き揚げ支援のため派遣されたフランス赤十字の一員。フォンテーヌ監督は、女性がこうむった例えようもない悲劇を通して、戦時の混乱をあぶりだします。
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 1945年12月のポーランド。赤十字の施設で負傷兵への医療活動を行う若きフランス人女医マチルド(ルー・ドゥ・ラージュ)のもとに、悲痛な面持ちのシスターが助けを求めてやってくる。マチルドは、担当外であることを理由に一度は願いを断る。だが、凍てつく空の下で何時間もひたむきに神への祈りを捧げる姿に心を動かされ、遠く離れた修道院へと出向いて行く。そこでマチルドが目の当たりにしたのは、戦争末期にソ連兵の蛮行によって身ごもり、神への信仰と残酷な現実の狭間で苦悩する7人の修道女の姿だった。マチルドは、かけがいのない命を救う使命感に突き動かされて、多くの困難に直面しながらも激務の合間をぬって修道院に通い、この世界で孤立した彼女たちの唯一の希望となっていく…。
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 この事件は、大戦末期に敗走したドイツ軍と入れ替わりに占領軍として入ってきたソ連軍兵士たちが修道院に押し入って、数日間にわたる蛮行を働いた結果である。まずマチルドは、身ごもって苦痛に泣き叫ぶ若い修道女ゾフィアに帝王切開をほどこし赤ん坊を取り出す。そして、産気づいたシスターたちから次々と新しい命を救い出す。厳格なカトリック修道院では、たとえどんな理由があろうとも妊娠・出産などとはとんでもないことだ。マチルドは、決して口外しないと約束させられ、同僚のユダヤ人男性医師サミュエル(ヴァンサン・マケーニュ)に協力を求め、赤ん坊の尊い命を守り抜く。これに対して、シスターたちは「私たちを見捨てないで。あなたは救世主よ」と、涙ながらに感謝の気持ちを伝えてくる。だが、頑なな修道院長はゾフィアの子供を雪が積もる野原に置き去りにするという暴挙に出る。
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 主な舞台は修道院だが、決して宗教くさい暗鬱なドラマではない。それは、戒律厳しい修道院で修業するシスターたちが、信仰に縛られながらも妊娠することで女性の性(さが)を表に出してくるくだりに示される。信仰と妊娠が相容れないという矛盾のなかで、表面に滲み出る女の素顔。それは、いつの時代にも存在する苦悩であり、普遍的なテーマでもある。さらに、勇気ある医師を演じる新進女優ルー・ドゥ・ラージュの清々しい魅力が、重苦しいドラマに新鮮な空気を送り込む。フォンテーヌ監督は、こうした女性たちの心理を鮮やかに浮かび上がらせる。重厚な演出と静謐な映像で、宗教と母性との相克をあぶりだす手並みは鮮やかだ。同監督は言う――「残念なことに、この種の残虐行為は今日もなおはびこっています。女性たちは、世界中の戦争国でこうした非人道的な扱いを受け続けているのです」と。
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 フォンテーヌ監督は、映画に登場するのと同じベネディクト会に属するふたつの修道院を訪れ、最初の修道院では観察者として過ごし、2番目の修道院では修練者として生活したとか。その上でポーランド・ロケに臨み、北部の田舎で同国の女優たちに囲まれて撮影を行った。背景にソ連軍と共産政権という要素がある悲劇という点で、故アンジェイ・ワイダ監督の遺作「残像」と対をなす作品だともいえる。ラスト、この地を去る間際のマチルドの提案により、修道院では戦争孤児を引き取ると同時に、シスターたちが産んだ赤ん坊を育てることになる。子供たちには、戦争も国籍も宗教も関係ない! この締めくくりからは、こんな作者の叫びが聞こえるようだ。マチルドのモデルになったマドレーヌ・ポーリアックは、1946年2月にワルシャワ近くで任務遂行中に事故死をとげたという。(★★★★+★半分)


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