わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

不思議な感覚の心理サスペンス「パーソナル・ショッパー」

2017-05-13 12:54:59 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 フランスの異才オリヴィエ・アサイヤス監督・脚本「パーソナル・ショッパー」(5月12日公開)は、ファッショナブルでありながら不思議な感覚にあふれた心理サスペンス&ミステリーです。2016年カンヌ国際映画祭では監督賞を受賞。題名の“パーソナル・ショッパー”とは、忙しいセレブに替わって服やアクセサリーを買い付ける職業の人のこと。欧米では比較的浸透している言葉だそうだ。この購入代行者を演じているのが、アサイヤスの「アクトレス~女たちの舞台~」(14年)に出演して注目を集めたクリステン・スチュワート。華やかなファッション界を駆け巡りながら、自らは“霊媒師”であるという設定で、目に見えない世界との交流が醸し出すミステリアスで中性的なキャラクターを全身で演じている。
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 モウリーン(クリステン・スチュワート)は“パーソナル・ショッパー”としてパリで働いている。彼女は飛びぬけたセンスで完璧に仕事をこなしていたが、3か月前に最愛の双子の兄ルイスが亡くなり、悲しみから立ち直れずにいた。そんな時、携帯電話に奇妙なメッセージが届き始める。まるでモウリーンを監視しているかのように居場所や行動を正確に把握していて、送り主の発する命令に従わざるを得なくなる。そうやって送信者は、モウリーンの秘めた欲望を暴いていく。それは別人になってみたいという夢。モウリーンは、次第に現実と虚構の区別がつかなくなっていく。やがて周りで次々と不可解な出来事が起こり、ついに殺人事件へと発展。果たして、謎のメッセージの正体と、それが意味するものとは…。
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 モウリーンの周囲に起きる出来事がユニークだ。彼女は、クライアントのキーラ(ノラ・フォン・ヴァルトシュテッテン)に振り回されている。相手は世界中を飛び回っているため、指示は一方的な伝言メモばかり。衣装を用意した撮影も平気ですっぽかし、レンタル服も気に入れば返さない。なによりもモウリーンにとって、試着を禁じられているのが不満だ。他方、亡くなった兄とは、先に死んだ方がサインを送ると誓い合った。そのためかどうか、兄は事あるごとに影のように霊として姿を見せる。やはり兄も霊媒師だったのだ。やがて、携帯電話に入る差出人不明の奇妙なメッセージ。それは、買い付けでロンドンに向かい、やがてパリに戻ったモウリーンを執拗に追いかける。この携帯でのメールのやりとりが忙しなく、ドラマに焦燥感とスピード感を与える。果たして、相手は亡き兄なのか? その謎の人物にそそのかされて、モウリーンは禁を破り、キーラのために買ったドレスを着用する。
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 現実か、妄想か? ドラマは、モウリーンの忙しない動き+心霊現象+心の揺れ動きをとらえながら、彼女の屈折した心理を追う。そして次第に、自分でも高価なドレスを着て別人になりたいという隠された欲望が表に出てくる。キーラのゴージャスなドレスに身を包み、指定されたホテルの部屋で自撮りするモウリーン。やがてクライアントの家に向かった彼女は、変わり果てたキーラの死体に遭遇する…。謎の電話~ファッショナブルな世界への憧憬~殺人。それらは、すべてモウリーンの頭のなかでの出来事なのか? 彼女にとっても、周囲の出来事が不分明になる。ドラマ全体に漂う、ひとつに斬る(解釈する)ことが出来ない曖昧さ。それがアサイヤス監督の狙いなのか。はじめは暗く、男っぽく、中性的だったクリステン・スチュワートが、着飾って艶然たる美しさを表わしていくくだりが見どころだ。
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 オリヴィエ・アサイヤス監督は語る。「映画で描きたかったのは、私たちが生きている世界のリアリティーと、自分たちのイマジネーションを繋ぐこと。私たちは、これら鏡の両側に生きている。ファッション業界を選んだのは、ここ以上に物質主義的な世界はないと思ったから。私は、そこに取り込まれながら、そこから逃げ出そうとする人物に惹かれていった。見えないものの中に。夢の中に」。また、スチュワートは言う。「本作は、監督独自の方法で、目に見えない世界を想起させることに成功している。知性ではなく、肉体的感覚に訴える人間的な作品」。劇中登場する兄ルイスの妻、その恋人、謎のカメラマン(?)の存在などが独特のキャラを見せる。前記のコメントを読むと、なにやら小難しい内容のように思われるが、ヒロインの心の奥底に潜む愛憎と変貌に接しているだけで引き込まれる。(★★★★)


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